見えない神から見える神へ

2006年1月6日(金) 日本キリスト教団香里が丘教会 新年祈祷会奨励

説教時間:約15分……パソコンに取り込んでからゆっくりお読みください。

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聖書:マルコによる福音書1章9〜11節 (新共同訳)

  そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者という声が、天から聞こえた。

神が目に見えた日

  今日は1月6日です。
  1月6日はわたしたちの教会暦では
「公現日(こうげんび)」あるいは「顕現日(けんげんび)」ということになっています。
  もともと東方の教会の習慣で、この日にイエス様のご誕生、子ども時代の出来事から、ヨルダン川の洗礼にいたるまでのさまざまな出来事を記念する祭として祝われてきました。
  この公現日が西方の教会にも伝わるうちに、クリスマスの期間を12月25日から1月6日までとし、1月6日にはイエスが洗礼を受けて、神さまが
「あなたはわたしの愛する子、わたしの御心にかなうもの」(マルコによる福音書1章11節)と宣言したことをお祝いするようになってきました。
  さて、ここで気になるのは、神さまがそう宣言したから、イエスが神の子となったという風に理解するやり方があるということです。
  イエス様自身が、ご自分のことを「わたしは生まれながらも神の子だ」と思っておられたのではなく、人間としてのイエスの意志ともかかわりなく、神がイエスを選んで神の子だと宣言した、その瞬間から、神がわれわれの間に姿を現したのだ、という風に考える考え方もあるというわけです。そこで、この日のお祝いを
「神現祭(しんげんさい)」すなわち「神が現われた日の祭」とも呼びます。
  イエスご自身も、苦難の人生を歩まれる中で、「実は自分は『来たるべき人の子』なのかも知れない」と悟っていったのでしょうけれど、もともとはイエスご自身も生まれる前に自分の霊がどうであったかは知らなかった。その点においては、私たちと同じであったということです。

見えない神から見える神へ

  通常、神さまは「見えないもの、触れないもの」と決まっています。
  しかし、キリスト教では、洗礼を受けて以降のイエスの生き様、死に様、その全ての言葉と振る舞いのなかに、神が現われていると考えます。
  つまり、それまでの「見えない神」が、イエスにおいて「見える神」として姿を現したわけです。
  もちろんイエスも人間ですから、やがて死にます。イエスはこの世で最も苦しい処刑の方法で殺されました。そのことが人間としてのイエス自身の願いとは程遠かったことは、ゲツセマネの園で彼が
「この杯をわたしから取りのけてください」(マルコによる福音書14章36節他)と祈ったことや、死の瞬間に大声で「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」(マルコによる福音書15章34節他)と叫んだことからもわかります。
  この十字架の出来事によって、たった30数年の「見える神」の時間は終わり、ふたたび「見えない神」の時代が続いて、約2000年後の現在に至っているわけです。
  「見える神」というのはたいへん危険な思想です。歴史の中でいくつもの王権が、「自分の権威は神から与えられたものである」と主張し、「自分を神として拝め」と庶民に要求する皇帝も数多く現われました。日本でも、太平洋戦争に敗れて天皇が「人間宣言」をするまで、天皇を「現人神(あらひとがみ)」としてあがめることが要求されていましたし、戦争で死んだ兵士は護国のカミとして靖国神社に祀られていました。
  物体であれ、人間であれ、目に見えるものを神としてあがめることは、必ずその物体(つまりご神体)を保管している組織や、皇帝や天皇などの特定の人物に権力を集中させ、ピラミッド型の身分制度を作り出し、神の名を語りながら振るわれる権力の横暴や暴力を招きます。
  「見える神」としてイエスを拝することにも、これと同じような危険が伴わなかったのでしょうか。イエスを現人神としてあがめることで、イエスの頂点とする権威的な宗教団体をつくってしまう危険性が初期のキリスト教会の時代からあったのではないでしょうか。

仕える者として

  そういう意味で、私は、イエスのことを、あまり「なるキリスト」とか「わがイエスよ」とか呼ぶのは、イエス自身の思いに反するのではないかと常々感じてきました。
  イエスの生涯は、王権とか栄光とかいうものとは程遠いものでした。
  いつも病人や貧しい者と共に生き、権力や権威を持つ祭司たちに命を狙われ、最後はもっともひどい辱めを受けながら、最も苦しい刑罰を受けて死んでいった。「この人のどこに権威や栄光などあるのだろうか」と見る人が悩まなければならないほどに落ちぶれた人生でした。
  しかし、始まりから終わりまで、そういう権威や栄光のかけらもないような生涯を送ったことを通して、イエスは権威とか栄光といった類のものをあえて拒絶しているように感じるのです。
  これは私たちがイエスを偶像化しないためにはよかったのではないかと思います。
  キリスト教は、イエスを頂点とし、イエスに近い者と自称する直弟子たちの権威をあがめたり、その伝統を受け継ぐものとして教会の聖職者が一般信徒よりも上に立つものとして君臨したり、というようなことではあってはならないのですね。そういうことはイエスご自身が一番いやがることだったのではないかと思います。
  
「あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」(マルコによる福音書10章43−45節他)と伝えられているとおり、イエスは人に仕えられるよりも、人に仕えることを望み、他の人びとにもそのようにすることを勧めていました。
  ですから私たちは、何か権威的なものをありがたがったり、自分が権威に近いことを喜びに思ったりするのではなく、イエスが教えてくださったように、人の下に自分を置き、人に仕える生き方を実践してゆくことが大切なのではないかと思います。

友なるイエスと共に

  さきほど歌いました讃美歌21の493番、以前から歌い継がれておりました1954年版の讃美歌では――私は今でもこちらのほうになじみが深い気がするのですが――312番で、「いつくしみ深き なるイエスは」と歌われていますし、ヨハネによる福音書15章14−15節にも、「わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである」と記されています。
  わたしたちは、イエスを高みに祭り上げてあがめるのではなく、大地を踏みしめて歩き、人びとと語らって笑い、人びとと共に泣いたイエスと共に生きてゆくことを、聖書を通してイエスご自身から勧められているのではないかと思います。
  この新しい一年も、イエスと共に歩む一年でありたい。そう祈り、行なって、生きてゆきたいものです。
  お祈りをいたします。

祈り

  愛する御神さま。
  今日は敬愛する兄弟姉妹と共にこうして新年の集いを持ち、祈りを合わせることができますことを感謝いたします。
  この新しい年も、私たちの予想もつかないような出来事が起こるやも知れませんが、どのような時にもあなたを思い出し、すべてを耐え忍ぶ力を与えてください。
  あなたの御子が人に仕える人生を送ったことを思い起こし、わたしたちにできるかぎりの奉仕をさせてくださいませ。
  この祈りを、ここに集うおひとりおひとりの心の内にある祈りと共に、イエス・キリストの貴い名においてささげます。
  アーメン。

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