たとえ名は残らなくても または 無名の良心

2009年10月27日(火) 近江兄弟者高等学校3年生「創立者礼拝(放送礼拝):奨励

説教時間:約23分(前後のトークを入れて26分) お聴きになりたい方は→audio

礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る

聖書:コリントの信徒の手紙(1)3章10~11節 (新共同訳・新約)

わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。
そして、他の人がその上に家を建てています。
ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。
イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、誰もほかの土台を据えることはできません。

名を残した人

 みなさん初めまして、こんにちは。同志社香里高等学校というところで聖書の先生をしている富田正樹といいます。今日は放送礼拝ということで、みなさんのお顔は見えませんが、近江兄弟社学園高校3年生のみなさんは、お元気でしょうか? お元気じゃないかも知れないですね。今日がなぜ放送礼拝になったのかというと、インフルエンザのせいですね。元気な人はしっかり手洗いうがいして、元気じゃなくなってしまった人はしっかり休んで力を蓄えてほしいと思います。
 さて、今日は「創立者礼拝」ということなんですが、私も普段、自分の学校での新入生の授業で、同志社の創立者についての授業をします。こちらの近江兄弟社学園でも、そうですか? そうですよね?
 私自身は、実は同志社系列の高校を出たわけではありません。兵庫県にある関西学院という学校の中学、高校を出ました。聖書の授業で教えてもらったのは、関学の創立者であるウォルター・ラッセル・ランバスという宣教師の先生のことです。
 でも、こうして就職したのは同志社の系列校です。私は同志社の創立者については何も知りませんでした。ですから就職が決まってから、慌てて同志社の創立者、新島襄のことを勉強しました。そして今も勉強し続けています。
 今回、こうして近江兄弟社学園に呼んでいただける事になって、とてもうれしかったんですけど、私は近江兄弟社のことはほとんど知りませんでした。
 もちろん、ウィリアム・メレル・ヴォーリズという人の名前は知っていました。中学生の時から知ってました。なぜなら、関西学院の校舎は多くがヴォーリズ建築事務所の設計だったからです。また、同志社の校歌、カレッジ・ソングの作詞をしたのもヴォーリズさんです。
 また、メンタームを作っているのが近江兄弟社だということも、もちろん知っていました。私は家で家族の者には「リップクリームはメンタームを買うんやで!」と言い聞かせています。でも私の連れ合いが間違えてよくメンソレータムを買って来るんです。私は「こらっ、それ違うやろ!」と注意します。
 ヴォーリズさんという方は、多才な人ですね。建築設計ができて、薬品会社を作った実業家で、音楽ができて、美術や文学の才能もあって、しかもキリスト教の伝道者として、多くの人に良い影響を与えた、すばらしい人物です。
 私、さっき同志社に就職したと言いましたけど、それは2度目の就職で、実は最初に大学を出た時は、あるコンピュータ/通信機器メーカに営業マンとして就職しました。クリスチャンとして伝道しながら、ビジネスも成功させる人というのは、サラリーマンでクリスチャンだった私にとってはヒーローでした。

名を残した人の陰で

 で、そのヒーローについて調べてみようと思ったところが、近江兄弟社の中でも、近江兄弟社学園、この学校の関連のことになると、意外にわかりにくいんですね。インターネットで探すというのは一番初歩的な調べ方ですけど、いろいろキーワードを変えて検索しても、あんまり出てきません。ヴォーリズさんと学園、この2つのキーワードではデータがあんまり出てこないです。
 でも、調べていくうちにだんだん分かってきました。どうも「近江兄弟社学園をヴォーリズさんが作った」という思い込みが間違っていたんですね。そうではなくて、後に近江兄弟社学園になってゆく元になった幼稚園や小学校の、方向性や考え方の基礎を作っていったのは、ヴォーリズさんのお連れ合いの、一柳満喜子(ひとつやなぎ・まきこ)さんの力が大きかったのだ、ということを知りました。
 それで、一柳満喜子さんについて調べ始めました。簡単に手に入る本はありませんでした。インターネットでもほとんど何もわかりませんでした。もし学校で一柳満喜子さんについて調べてレポートを出しなさいと言われたら、間違いなく私は最低の成績なんじゃないかなと思います。みなさんのほうがよく知っておられるでしょうね。
 そこで、中島淳先生にお願いして資料を送っていただきました。とても貴重な資料です。一柳満喜子さんが自分で書いた文書ですが、メレルさんについての本のように、単行本になって出たものではないです。
 しかしそれを読むと、満喜子さんが、人間の成長や発達を十分に、そして健康に導くにはどうしたらいいのかを、聖書に基づきながら、深く論理的に考えて、学校のプログラムを作っていったことがわかりました。

たとえ名は残らなくても

 メレルさんのものすごく派手な活躍の陰で、満喜子さんの活躍は全然目立たないですね。今の時代、改めて強調して言われないと、満喜子さんに注意を払う人はいないんじゃないかと思います。
 ある資料によれば、満喜子さんは、人に頼まれて講演を行ったり、文章を書いたりということはしたそうですが、自分の生い立ちや、自分ものの考え方を、自分から積極的に自伝のような形で語ったりしたことはなかったらしいですね。
 たぶん、自分のやるべきことはきちんとわかっていて、それをしっかりやるけれども、その代わりに自分のことを認めて欲しいとか、有名になりたいという欲望がほとんど無かったのではないかと思います。
 私は、「それってすごいことだな」と思います。
 なぜなら、これは私自身の話になってしまいますけど、私は別に目立ちたがりというわけではないんですが、自分が何か一生懸命にやって、成果が上がったら、それを誰かに認めて欲しいという気持ちにすぐかられてしまいます。
 ふだんから私は、自分の考えたことや、礼拝でのお話などは、文章に書いて、自分のホームページにアップするようにしています。そうして、たくさんの人に読んでもらったり、意見を掲示板に書き込んでもらったり、メールをもらったりすると、すごくやりがいを感じます。そして、そういう経験が自分の中でモーティベーションになって、さらに次のコンテンツを作ってゆくエネルギーになっていきます。
 この場合、人に評価されることが、自分にとって大事になっていますし、自分の考えた事、話した事の記録が、どんどんウェブ上のコンテンツとして構築されて行くのも、自分としては楽しいわけです。こういうことに喜びを感じるのは、まあ、ある意味ナルシストというか、ちょっと自分に酔ってる人間なのかも知れません。私の妻は、はっきりと「あんたはナルシストや」と言います。
 こういう私のような人間の弱点は何かと言いますと、誰からもほめてもらえないという状況が苦手です。常に誰かからほめられたり、おだてられたりしないと、物事を続ける元気がなくなってしまいます。
 つまり、私は一柳満喜子さんの生き様とは、正反対の人間なのだな、と自分で思います。
 誰かからほめられるから、あるいは人が見ていてくれるからするのではなく、あくまで自分がやるべき事、大切な事と信じた道を一心に進む。人が自分をどう見るかということよりも、自分の仕事が誰のためなのか、何のためなのかということだけを考えている。そういう生き方ができる人を、わたしは本当にうらやましいと思います。
 そして、世の中というのは、実はそういう人たちによって動かされているものなのではないかという気がしています。

ビル建設から思う事

 さっき少し話しかけましたが、私は名古屋で、ほんの6年間だけですが、サラリーマンとして働いていました。そのサラリーマン生活の中で感じた事の一つが、「社会というのは、たくさんの無名の人たちが支えている」ということです。
 私が営業マンとして担当していた売り物は、そういうことがわかりやすい品物でした。私が当時売っていたのは、電話の交換機……といってもわかりにくいかもしれませんが、たとえば学校や会社やホテルなどにはたくさんの電話がありますよね。学校1つで100台くらい。大きな会社だと500台くらい使うところもありますね。そういう電話の線を全部たばねて、お互いに内線電話できるようにしたり、外部の電話回線やインターネットにつないだりする機械、それが交換機というものです。
 また、ビル管理システムというものも売っていました。これは、ビル全体のエアコンや電気などをコントロールするようなシステムで、中央監視装置とも言われています。
 こういう電話交換機や中央監視装置というのは、ビルが新しく建つ時に組み込まれるので、「新しいビルの建築計画があるぞ」と聞くと、すぐに行って、「うちにはこんな交換機がありますよ」「こんな中央監視のシステムはいかがですか」と売り込みに行くんです。
 そして、うまく採用してもらえたら(というか、この採用されるまでの営業の苦労がたいへんなんですけど、それを話しているとここでは時間がなくなってしまうので、それは省略しますね。とにかくうちの機械が採用してもらえると決まったら)、まず建築設計の図面に、自分たちのシステムの形や機能などを書き込んでもらいます。……というか、設計事務所、これは例えばヴォーリズ建築事務所みたいな設計事務所の設計士の先生に、「この紙に描いてもってこい」と言われて図面の用紙をもらって帰ってきて、自分たちで交換機や中央監視の図面を描きます。
 私は関西学院の大学では文学部で日本文学を勉強していたんですが、卒業して就職して会社に入ると、ドラフターという道具で電話交換機の図面なんか引くことになるは思いもよりませんでした。まあ、みなさんもきっとそうでしょうけど、社会に出ると、必ず自分の想像したのと違う未来が待っていますから、今から楽しみにしててくださいね。
 さあ、そうして図面が出来上がると、その図面を監理する設計事務所の人がチームのリーダーになって、general constructor、略してゼネコンと呼ばれる総合建設業者を動かします。このゼネコンというのは大きなところでは大成建設とか大林組とか竹中工務店という、みんなも聞いたことがあるんじゃないかと思いますがそういった建設会社です。こういう会社が、地下を掘って基礎工事をしたり、鉄骨を組み立てたり、コンクリートを流したりといったことをします。
 そして、そのゼネコンの下にsub constructor、略してサブコンという工事業者がつきます。サブコンというのは、例えば空調の工事をする会社、水道工事の会社、電気工事の会社などです。
そして、その電気のサブコンの下で、我々のような電話交換機や中央監視装置のメーカが機械の設置工事をします。自動ドアやエレベータや防犯、防災など、数えきれないくらい色んな会社のスタッフが、1つのビルの建設に向かって力を結集してゆきます。

無名の作業員たち

 工事を行なうといっても、じっさいに工事現場に入って肉体労働や工事の作業をするのは、さらに下請けの工事業者の人たちです。その中には、一日一日の稼ぎで何とか食いつないでいる、日雇いの労働者の姿も混じっています。
 一番上で現場の指揮をとっている建築事務所の人たち、その下で建物を構築するゼネコン、その下のサブコン、さらにその下で機械を入れるメーカ、更にその下で現場の肉体労働に従事する労働者たち……。そんな風にピラミッドのような構造の中で、たくさんの人たちが自分の持ち場で最前を尽くす事で、りっぱな建物が出来上がってきます。
 ひとつの建物が立ち上がるまでに関わった人の数は計り知れませんが、ひとりひとりの名前が残されるということは、普通はありません。
 働く人はひとつの現場が終わると、次の現場へと移り、そこでまた新しい仕事に取り組みます。
 建物が完成して引き渡される時、そこにはビルを建てるためにお金を出した会社や学校などの人と、設計事務所の先生たちの姿しかありません。しかし、実はその背後に膨大な数の人間が関わっていて、その人たちの名前が覚えられることはありません。
 私が名古屋で働いていたとき、1度だけ、「このビルの建設に関わった全ての人の名前を刻もう」という提案をしてくれた設計事務所がありました。残念ながら私はそのプロジェクトには参加してなかったので、自分の名前を残してもらうことはできなかったのですが、そんな風に現場で働いている人間の気持ちを汲んでくれる先生もいるのだな、とちょっと感激したのを憶えています。
 多くの労働者は、誰にも名前を思い出してもらうこともなく、ただ、できあがった建物を遠くから見て、「あれは俺の仕事だ」「あれは私の作品だ」と心の中で思って、満足しているのです。

たくさんの良心

 さて、私が働いている同志社という学校は、今から134年前に、新島襄という人によって創立されましたが、その新島襄の残した言葉に、「一国を支えるのは、決して2人や3人の英雄ではない。それは無名ではあっても、教育があって、知識があって、品性の高い人たちが力を合わせて初めてできることである。そういう人たちは『一国の良心』というべき人たちである。私たちはそういう『一国の良心』を育てたい」という意味のものがあります。
 「2人や3人のスーパーヒーローがいても、世の中がよくなるわけではないよ」「世の中を支えて良くしてゆくのは、良心を抱いた無名の人びとの協力によるものなんだよ」と、私はそんな風に理解しています。
 大事なことは、目立つ事でもなく、人からほめてもらうことでもなく、不器用でもいいから、少しずつでいいから、自分が正しいと思う道を進む人が、ひとりでも出てくること、なんだと思うんです。
 「数で全てが決まるわけではない」という人がいます。もちろん、世の中は数が多いほうが正しいと言い切れる事ばかりではないし、数の論理で多数派が物事を押し切って少数派をつぶしてしまうことはよくないことです。
 しかし、私は、「自分がヒーローやヒロインになる事よりも、人を主人公にしてあげたい」とか「自分がほめられることもいいけれど、人のことをほめてあげたい」とか、そんな心持ちを持った人が、世の中の多数派になっていけばいいのになと思います。
 今の世の中は、もうじゅうぶんに悪い事や醜い事、ずるい事や暴力などがいたるところに蔓延しているので、もうこれ以上、わざわざ悪ぶって見せてもしょうがないところまで来ています。今時、悪い人間になることは全然かっこいいことではありませんし、そんな人が必要とされているわけではありません。
 実は、世の中がぶっ壊れずに済んでいるのは、そんな名もない、そして数少ない良心の持ち主が、どこかで世の中を支えて、危ないところを救ってきたからではないのかと、最近思います。
 今、みんなに求められているのは、「あなた自身もこの良心の人になりなさい」ということなのではないでしょうか。

恵みを土台に、家を建てる

 さて、今日は、最初に学園の創立者のおひとりである、一柳満喜子さんが、多くの人に省みられる事もなかったにも関わらず、自らの良心を尽くして、学園の基礎を作ったことを思い起こしました。
 今日読んだ聖書の言葉は、その満喜子さんがまるで語っているような感じで受け取れるのでないかと思います。
 満喜子さんが語っているように想像しながら、もう一度、その聖書の言葉を読んでみますから、聞いてください。
 「わたしは、神からいただいた恵みによって、熟練した建築家のように土台を据えました。そして、他の人がその上に家を建てています。ただ、おのおの、どのように建てるかに注意すべきです。イエス・キリストという既に据えられている土台を無視して、だれもほかの土台を据えることはできません」
 そのように書かれています。
 この近江兄弟社学園も、また他のキリスト教学校も皆そうですが、イエス・キリストという土台の上に建っています。また、みなさんもそれぞれの人生という家を、イエス・キリストの良心の土台の上に、これから建てていくわけです。
 この「良心」の土台にふさわしい建物を建ててゆけるように、注意深く、よく考えて、良い人生を歩んでいってください。
 では、最後にお祈りをします。目を閉じてください。

祈り

 私たちをいつも愛し、支えてくださる神さま。
 今日は、こうして近江兄弟社学園の高校生のみなさんとマイクを通じて共に礼拝が持てています事を感謝します。
 今ここに集まっている全ての人が、あなたの与えてくださった愛と自由と良心を土台とし、人に仕えることで、喜びを分かち合う、楽しい人生を送れますように、どうか一人一人を導いてください。
 この祈りを、イエス・キリストの御名によってお聴きください。
 アーメン。

礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール