第6の日

2010年7月24日(土) 日本キリスト教団香里ヶ丘教会 教会学校サマー・キャンプ 開会礼拝奨励 『ゆるされて』を改題

説教時間:約12分(音声版はありません)

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聖書:創世記1章26〜31節 (新共同訳・旧約p.2)

 神は言われた。
 「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
 神は御自分にかたどって人を創造された。
 神にかたどって創造された。
 男と女に創造された。
 神は彼らを祝福して言われた。
 「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ。海の魚、空の鳥、地の上を這う生き物をすべて支配せよ。」
 神は言われた。
 「見よ、全地に生える、種を持つ草と種を持つ実をつける木を、すべてあなたたちに与えよう。それがあなたたちの食べ物となる。地の獣、空の鳥、地を這うものなど、すべて命あるものにはあらゆる青草を食べさせよう。」
 そのようになった。神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった。
 夕べがあり、朝があった。第六の日である。

 さあ、これからいよいよ待ちに待ったサマーキャンプが始まります。
 みんな、ふだんの学校の事も、大人は仕事の事も忘れて、のびのび自然の中で楽しみましょう。

 さて、今さっき私が読んだ聖書の箇所は、神さまがこの世をお造りになった時に、人間を造った6日目のお話です。
 人間が猿から進化した事は、みんな知ってるよね?
 正確には、哺乳類の中から、現在の猿に似た生き物がだんだんとできてきて、いろんな種類の猿型の生き物があって、その中のいくつかの種族は残念ながら絶滅していった。
 そのなかで、言葉が喋れて、「自分」というものがわかって、時間の感覚、つまり過去と現在と未来がわかって、昔の事を自由に思い出したり、未来の計画を描いたり、あるいは未来の事を心配したりすることができるようになった種族が生き残って、それがさらに進化して今の人間になっていったのね。

 でも、これは大変すぐれた力ではあるんだけど、その一方で人間にとってはつらいことも生んでしまったのね。
 それは、それまでは「自分」というものがここにいるという感覚はなかったから、自分というのは自然界のなかに溶け込んでいたのね。
 でも、「自分」ってものがわかってしまったから、人間は「あ、自分がここにいる。自分というのはひとりぼっちしかいない」ってことがわかってしまった。
 草も樹も、鳥も魚も獣も、みんな仲間だったのに、そういった他の生き物と切り離されてしまった。
 また、それに加えて、人間は自分が裸だと気づいた。
 そこであわてて体を隠す服を作るようになったのね。

 そして、何よりも切り離されてつらかったのが、神さまとの関係。
 神さまのことがわからなくなり、神さまが何を思っておられるのかが全然わからなくなった。
 そうやって、神さまから切り離されたのは、人間が優れた心の能力を持ってしまったからなんだけど、その能力のせいで逆に神さまから離れてしまい、何でも神さまの思いと関係なくするようになったので、昔の人たちは、「それは悪いことだ」と思って、「人間は罪を犯してしまった。人間には罪がある」と言うようになったのね。

 ぼくが思うのに、この神さまから離れてしまった罪というのは、悪いことだと言うよりは、悲しいことですね。
 それまで神様と心が一つだったのに、それが切り離されて神さまの思いがわからなくなってしまったんやからね。

 それから何万年もたって、今からたった2000年ほど前に、ナザレのイエスという人が現われました。
 そして、いろんな人に「あなたの罪は赦された」「あなたの罪は赦された」って言うてまわりました。
 周りの人たちは、一体この人なにを言うてはるんやろ、とよくわからなかったんだけど、そのうち、このイエスという人が、切り離されてしまった神さまとの関係をもう一度つなごうとしていることがわかったのね。
 そして、とんでもないことに、このイエス様は、自分が罪深い人間のために代わりに罰を受けてあげるからね、と十字架にかかって死なれた。
 人々はそのことで、神さまの心が何でもわかるという昔の状態には戻れなかったけれども、少なくとも
 「ああ、神さまがゆるしてくださったんだな」
 「もうわたしたちは哀しむ必要はないんだな」
 「私たちは愛されてるんだな」
 「自由に生きていっていいんだな」
 ということは、はっきりわかったのね。

 そういうわけで、今ぼくたちは、自由に、思ったとおりに生きていっていいわけです。
 神さまなしで、自分の力で生きていっても、いいんだよ、とゆるされているわけです。
 そんな風に、みんな神さまに愛された大切な人間です。
 両隣の人を見てください。自分だけが大事な人間ではなくて、隣の人も、そのとなりのひとも、みんなが神さまに赦され、神さまに愛された大切な人間です。

 ですから、このキャンプでみなさんにお願いしたいのは、みんなが神さまに愛された大切な人間ですから、お互いを傷つけたり、嫌な思いをさせたりすることのないように、気をつけてください。
 それから、この2日間、今日も明日も、私たちは自然のなかで遊びますが、さっきも言ったように、自然というのは、もともと私たち人間も仲間だった、お友だちだった生き物たちがたくさん住んでいる世界です。
 草木や虫だけの動物植物だけではなく、山も川も命を持っています。
 そういうたくさんの命のなかに遊ばせてもらいに行くのですから、それなりに自然を大切にしてください。
 草木をちぎったり、虫を殺して遊んだりしないこと。山や川を汚したり、ゴミを残したりしないこと。
 そして、自然に対して「ありがとう」という気持ちをもちながら、遊んでください。

 では、2日間、楽しく遊びましょう。
 お祈りをします。目を閉じて、手を組んでください。

 私たちに命を与え、この世に送り出してくださった神さま。
 今日から明日、こうしてあなたに作られた自然のなかで遊ぶ時間が与えられましたことを、感謝します。
 どうか、私たちが、安全に楽しくこのキャンプを過ごし、よい思い出が作れるように、どうか守ってください。
 このお祈りを、イエス様のお名前によって、お聴きください。
 アーメン。

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