You Are Not Alone: きみは一人じゃない

2010年9月18日(土) 同志社女子高等学校 修養会 開会礼拝主題講演

説教時間:約24分(音声版はありません)

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聖書:マタイによる福音書6章6節 (新共同訳・新約 p.9)

 だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる。
 

Message in a Bottle

お話を始める前に、ひとつ歌を聴いてもらおうと思います。
既に歌詞が配ってあるので、それを見ながらでもいいし、見なくてもわかるよ、という人は見なくても結構です。
では、聴いてみましょう。

The Police "Message In A Bottle" PVはこちら(YouTube)

〔“Message in a Bottle”約4分50秒〕
  Just a castaway
  An inland lost at sea
  Another lonely day
  No one here but me
  More loneliness
  Than any man could bear
  Rescue me before I fall into despair
     I'll send an SOS to the world
     I hope that someone gets my
     Message in a bottle
  A year has passed since I wrote my note
  But I should have known this right from the start
  Only hope can keep me together
  Love can mend your life
  But love can break your heart
     I'll send an SOS to the world
     I hope that someone gets my
     Message in a bottle
  Walked out this morning
  Don't believe what I saw
  A hundred billion bottles
  Washed up on the shore
  Seems I'm not alone in being alone
  A hundred billion castaways
 Looking for a home
     I'll send an SOS to the world
     I hope that someone gets my
     Message in a bottle
  Sending out an SOS (repeat and fade)

孤独のメッセージ

 これは、1979年にリリースされて、世界的にヒットした、The Policeというイングランドのバンドの曲です。日本では『孤独のメッセージ』というタイトルで売り出されていました。1979年というと今から31年前の曲という事になりますが、ポリスは今もライブでこの曲を演奏しています。まあポリスの代表曲の1つですね。
 歌詞をざっと日本語に訳してみると、こんな感じですね。
 「無人島に流れ着いて、ひとりぼっち
 来る日も来る日も、自分ひとりしかいない
 誰も耐えられないような寂しさ
 絶望してしまう前に、誰か助けてくれないか
   ぼくはSOSを世界に流そう
   誰か拾ってくれないか
   1本のボトルに入ったメッセージを」
 ここまでが1節ですね。
 2節を飛ばして3節に行きましょう。
 「今朝、海岸に出てみると、信じられないものが目に入った
 1000億本ものボトルが岸辺で波に洗われている。
 どうやらぼくは、孤独でありながら孤独ではないらしい。
 1000億本ものひとりぼっちが居場所を探している。
   ぼくはSOSを世界に流そう
   誰か拾ってくれないか
   1本のボトルに入ったメッセージを」

 ……この曲が大ヒットしたのは、この世の中にはたくさんの人がいて、一緒に生活したり、勉強したり、仕事をしたりして、ものすごく近い所にいるはずなのに、「でも自分はひとりぼっちなんだ」とみんなが感じている。でもその本心は分厚いガラスの瓶の中に入っていて、誰にも読んでもらえないし、自分も他人のメッセージを読めてない、という悲しいけれども真実を言い当てているからだろうと思います。
 でも、それと同時に、この歌は、「私はひとりぼっちだ」と感じている人が、実は世界中にものすごくたくさんいて、「あなたは実はほんとうの意味でひとりぼっちではないんだよ」「同じように寂しい人があなたの周りにたくさんいるんだよ」ということにも気づかせてくれるメッセージ・ソングでもあるんじゃないかな、と思います。

You are not alone!

 ぼくは、この修養会のテーマ「You are not alone! あなたは一人じゃない」という言葉を最初に聞いた時に、「あ、これはすごいな」と思いました。
 というのは、「わたしはひとりぼっちなんです」という告白でもないし、「わたしは一人じゃない」と自分に言い聞かせているのでもない。そうじゃなくて、「あなたは一人じゃないよ」とメッセージを投げかけているじゃないですか。
 これはすごいことですよね。自分のことはさておいて、「あなたは一人じゃないよ」というメッセージを発信する側の言葉をテーマにすることができるって素晴らしい。
 それはさっきの歌で言ったら、ガラスの瓶の中から出て行って、他の人のガラス瓶を叩いて、「おーい、あなたはひとりぼっちじゃないよ!」と知らせに行くようなものです。
 その勇気があったら大丈夫。その勇気があったら、たいていの事は乗り越えてゆけます。その勇気があればね……。
 その勇気があればいいんだけど、実際にはなかなかぼくたちは、自分のボトルの中から出て行って、人に「あなたは一人じゃないよ……!」って声をかけることができないんですね。「それができたら苦労はしないよ」「自分一人のことだって、自分で手に負えないと思う事がしょっちゅうあるのに、人にそんな声をかけに行くなんて無理だ」と思うのが本当のところではないかと思います。
 そんなことができるようだったら、最初から「わたしはひとりぼっちだ」なんて手紙を瓶につめたりなんかしないですよね。むしろ、誰か他の人に、「あなたはひとりぼっちじゃないよ!」と言ってほしいくらいじゃないですか?

さえずり・つぶやき

 少し話は変わりますが、ぼくは今Twitterというものにハマってます。Twitter知ってますか? 携帯とかiPhoneとかパソコンとかからネットにつないで、最大140文字以内という短い文章で、「つぶやく」んですね。
 そして、「この人のつぶやきを聞いていたいな」と思うと、その人のTwitterのページを開けて「フォローする」というのをクリックすると、すぐに、その人のつぶやきが常にリアルタイムで流れてくるようになります。
 自分のつぶやきと、フォローした人たちのつぶやきが順番に流れてくる、その続いた列のことを「タイムライン」と言います。
 ちなみにぼくがフォローしているのは、現段階で
〔iPhoneで見る〕◯○人です。◯◯人のつぶやきが流れてきます。その中にはうちの生徒さんのアカウントもあります。
 また、ぼくのつぶやきは現時点で
〔iPhoneで見る〕△△△人にフォローされています。ということはぼくが「腹減った。飯まだか」と書いたら、その「腹減った。飯まだか」が△△△人に瞬時に流れます。
 そして、人のつぶやきに対して返事をしたり、何人もの人と話し合ったり、他の人に読まれたくない事はダイレクトメールで送ったりもできるので、とても便利です。
 でも普段は、誰かに聞かれてるということもあまり意識しないでつぶやく事ができてしまうので、つい本音が出てしまいがちなメディアでもあります。だから、危険と言えば危険です。自分の正体はバレていないだろうと思って、匿名で人の悪口を流す人もいます。
 本当に賢い人はそういうことはしないんですけどね。警察が動いたらすぐ誰かわかりますから。
 でも、すくなくともぼくがフォローしている人たちは、そういうつまらない事をしない人ばかりなので、たいてい気分よくコミュニケーションを楽しんでます。
 そのTwitterに、時々、「自分が嫌い」「勝手に涙が出てくる」「学校に行きたくない」「病気になりたい」「大学生になんかなりたくない」「大人になりたくない」「生きていたくない」「こんな自分なんか消えてしまえばいいのに」「愚痴ばっかりtweetしてごめんなさい。うざかったら遠慮なくアンフォローするなりブロックするなりしてください」……こんなtweetがしょっちゅう流れてきます。

返事はいらない

 自分が知っている生徒さんが、そんなつぶやきを洩らしていると、つい介入したくなります。「おい、大丈夫か?!」とね。
 でも、それをぐっと我慢します。もし、ぼくが過剰に反応してしまったら、その子は二度と自分の本音をつぶやいてくれなくなるんじゃないかなと思うからです。
 そうじゃないですか? 人に余計な心配をかけたくないから、人には言いたくない事ばかりでしょう?
 それに、人にわかってもらう為に、一から説明するのも面倒くさいでしょう?
 また、自分の事を心配してくれるのは有り難い事かもしれないけど、心配するあまり、頼んでもいないようなお節介をされたりすることもあったりするのが、他人というものではないですか?
 だから、下手に人に相談して面倒な事になるくらいだったら、自分の胸の中に収めて黙っておこう、と思っているのですよね。
 でも、黙ったままで我慢しているのはあまりにつらすぎます。だから、Twitterで思いつくまま言葉にしてみる、と少し気持ちが楽になったりすることがあるんだと思います。
 だから、Twitterというのは、下手に返事をもらえないほうが安心して思った事を書けていいわけです。言いっぱなしですからね。
 誰が聴いてるかもよくわからない。ひょっとしたら誰も聴いてないかも知れない。それならそれでいい。
 でも、ひょっとしたら誰かが聞いてくれているかも知れない。そのへんの曖昧な所が、Twitterのいいところではないかと思います。

無言で耳を傾けている

 そして、神さまってひょっとしたらこんな感じかなって思ったりすることがあります。
 地球上に68億人ほどの人間がいるじゃないですか。そして、それぞれの人がみんな色んなことを考えていて、色んな喜びがあって、色んな悲しみがあったりする。その色々な思いを、祈りに託して捧げます。
 すると神さまのタイムラインには、実にたくさんの人の祈りのつぶやきが流れてくるわけです。そのつぶやきに、神さまはいちいち返事をしません。返事をすれば、余計なお世話になってしまう事がわかっているからです。
 でも、一人一人をフォローしながら、「わたしは聴いているよ」と心の中でつぶやいているのではないでしょうか。
 神さまは「わたしは聴いている。あなたは一人じゃないよ」と思いながら、無言で耳を傾けてくれているんじゃないかと思います。
 私たちは自分の寂しい思いを、たくさん祈りに載せてつぶやいたらいいと思うんです。そのつぶやきは神さまがフォローしてくれています。返事はくれないけど、ちゃんとフォローしてくれています。

I will follow you.

 では私たち人間どうしはどうでしょうか。
 私たちも、お互いをフォローする関係でありたいなと思います。
 いちいちこまめに反応するわけではないけれど、「ちゃんとあなたのことはフォローしているよ」という思いが互いに伝われば、ずいぶん生きやすくなるんじゃないかと思うんです。
 一番最初に、人間は孤独な心を抱えてボトルの中に閉じこもっているような存在だ、と言いました。
 確かに私たちは、他人のボトルの中に入ってゆく事はできませんし、自分のボトルの中に人を入れるのも苦手です。
 でも、「わたしはあなたをフォローしているよ」という意思表示をガラスごしに伝えることはできると思います。
 その方法はいろいろあります。たとえば……
   ① いつもスマイルで挨拶する事。
   ② 相手の目を見て、相手の言葉に耳を傾ける事。
   ③ そして、頷く事。
 それを積み重ねたら、上手な受け答えができなくても、気の利いたアドバイスなんかできなくても、自分のフォローする気持ちは相手に伝わります。
 「あなたをフォローしているよ。だからあなたはひとりぼっちじゃないよ」。
 「何も言ってくれなくてもいい。ちゃんとあなたが聴いてくれている事はわかってる。ありがとう」。
 それをお互いに信じられるようになるには、ひょっとしたら長い時間がかかるかも知れません。でも、つながることは必ずできるということを、ここにいる皆さんには信じてほしいと思います。

 私たちは孤独ではありますが、互いにひとりぼっちではありません。お互いとても近い所にいるんです。まずは「自分の隣の人も、きっと寂しいんだろうな」と気づくことが初めの第一歩でしょう。
 ボトルの中から、とりあえず、スマイルで手を振ってみる。そこから始めてみてはどうでしょうか。

 お祈りをします。

祈り

 私たち一人一人に命を与え、この世に送り出してくださった神さま。
 神さま、あなたは私たちに、一人ずつ異なる心を与えてくださったことを感謝いたします。
 そして、私たちが互いに自分の心を持ち寄り、出会い、ふれあうチャンスと力を与えてくださったことを感謝いたします。
 この修養会を通じて、私たちがお互いのことをよく知り、共に生きる喜びを分かち合うことができますように、どうか私たちを導いてください。
 この祈りを、イエス・キリストの御名によってお聴きください。
 アーメン。

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