知られざる神に(改訂版)

2011年8月14日(日) 日本キリスト教団徳島北教会主日礼拝説教

説教時間:約40分間 音声版はありません。

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聖書:使徒行伝17章22~34節 (口語訳:新約p.211-212)

 そこでパウロは、アレオパゴスの評議所のまん中に立って言った。
 「アテネの人たちよ、あなたがたは、あらゆる点において、すこぶる宗教心に富んでおられると、わたしは見ている。
 実は、わたしが道を通りながら、あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇もあるのに気がついた。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう。
 この世界と、その中にある万物とを造った神は、天地の主でもあるのだから、手で造った宮などにはお住みにならない。また、何か不足でもしておるかのように、人の手によって仕えられる必要もない。
 神は、すべての人々に命と息と万物を与え、また、ひとりの人から、あらゆる民族を造り出して、地の全面に住まわせ、それぞれに時代を区分し、国土の境界を定めて下さったのである。
 こうして、人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、神を見いだせるようにして下さった。事実、紙はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、
 『われわれも、確かにその子孫である』。
 このように、われわれは神の子孫なのであるから、神たる者を、人間の技巧や空想で金や銀や石などに彫り付けたものと同じと、見なすべきではない。
 神は、このような無知の時代を、これまでは見過ごしにされていたが、今はどこにおる人でも、みな悔い改めなければならないことを命じておられる。
 神は、義をもってこの世界をさばくためその日を定め、お選びになったかたによってそれをなし遂げようとされている。すなわち、このかたを死人の中からよみがえらせ、その確証をすべての人に示されたのである」。
 死人のよみがえりのことを聞くと、ある者たちがあざ笑い、またある者たちは、「この事については、いずれまた聞くことにする」と言った。
 こうして、パウロは彼らの中から出て行った。しかし、彼にしたがって信じた者も、幾人かあった。その中には、アレオパゴスの裁判人デオヌシオとダマリスという女、また、その他の人々もいた。

一神教と多神教

 私はこれまで、日本人に受け入れられるキリスト教とはどういうものかということを常に考えてきました。そのために、日本古来の宗教心、信仰の形といったことを知ろうと努めてきました。その過程で、日本人の多神教的な宗教心と、欧米のキリスト教社会の一神教的信仰の違いという説があることも知りました。
自分の職場でも必ずしもキリスト教が好きな人ばかりではないので、時々誰も他にいない所で、「私、一神教は嫌いなんです。一神教というのはどうも寛容さが無いというか……」とか言われたりする事もあります。
 ところが、いろいろ調べたり、考えたりするうちに、そんなに単純な比較はできないなと思うようになりました。
 「一神教は唯一の神以外のものを認めない頑さがあるが、日本人は多神教だから色々なものを共存させる寛容さがある」というような事は、最近でも民主党の小沢氏がそういう発言をして一部で問題視されましたが、あの人がそういう事を平気で公の場で言えるのは、日本人の間に実際そういう思い込みが広く行き渡っている事をちゃんと知っているからでしょうね。だから日本のキリスト教団体の代表が抗議を申し入れても、鼻にもかけていません。
 しかし、日本人は本当に寛容でしょうか? 色々に多様な人間を共存させるような社会でしょうか?

日本人は寛容か

 ちょうど今は70年前の戦争を強く思い出す季節でもあります。私が生まれた時は、既に太平洋戦争が集結してから20年たっていたわけで、私は戦争について、限られた本や人の話と映像によってしか知り得ないのですけど、自分が見聞きした中で最も当惑させられるのは、「当時の日本人は、本当はみんな戦争が嫌で、本当は天皇が現人神だと信じていたわけではなかったのに、軍部が政権を握り暴走して、あの無謀な戦争に国民を巻き込んでしまったのだ」という説明が必ずしも正確ではないということですね。
 実はかなり多くの人が本気で天皇は神さまだと信じていて、日本は神の国だと信じていて、日本が負けるはずがない、日本国民は天皇の赤子で、陛下のために命を捨てることが最大の栄誉であると信じていて、神風が吹くという事を疑った事も無いという人が、案外たくさんいたということです。
 そして、新聞やラジオに興奮を煽られて、町中で日の丸振って万歳三唱で兵士を送り出す。「うちの息子は戦地に出したくない」とか「この戦争は負ける」とか言うような少数派の人は、「非国民」と言われて徹底的に排除され、いじめ倒される。
 敵前逃亡兵や脱走兵は、内地にいる家族まで迫害を受け、一家全員殺されることもあったという、そんな国のどこに寛容さとか多様性があるのか、よくそんな事が堂々と言えるものだと思います。

神道と天皇制の歴史

 多神教的風土というのは、言わば「棄てる神あれば、拾う神あり」というものではないかと思います。あの神さまに怒られても、この神さまは拾ってくださる。またじっさい本来の日本の神道というのは、「あなたはあの神を神として拝み、私はこの神を神として拝む。あなたの神は私の神ではないので拝む必要は無い。同じようにあなたが私の神を拝まなくても、別に私は怒りません」というのが本来の神道の姿であったと仰る学者もおられます。
 仮にそうだとして、その神々の共存が壊れ始めるのはいつからかと言うと、これが大和朝廷による日本平定が始まる頃です。天皇家の祖神(おやがみ)は天照大神(あまてらすおおみかみ)という太陽神ですね。
 大和政権が日本を平定しようとする闘いと交渉は、神々の闘い、神々の交渉とされます。結果的に大和朝廷は支配権を握ってゆくわけですが、それは、もともと平等で対等な関係であった、それぞれの土地、それぞれの部族の神々が、天照大神という最高神との関係において序列がつくということです。これを文書化し神話(すなわち当時の人にとってみれば歴史)として編集されたのが『古事記』や『日本書記』で、そこで初めて、神々の間にも序列と身分の上下があるのだという発想が公のものにされました。
 天皇家が君臨するに従い、当初の「出雲型」と呼ばれる、平等で共存共栄的な宗教観ではなく、「大和型」と呼ばれる神々のヒエラルキーによる、権力の正当化が行なわれてゆくわけです。

近代天皇制とキリスト教

 その後、政治的な実権が朝廷から武士へと変わるというような変化はありましたが、その武士の実権も、建前上は天皇から例えば将軍職を下賜するというのが建前となっていたので、宗教的には天皇が君臨していたことは間違いなく、「権威のお墨付き」としての絶対者:天皇の存在は、消すわけにはいかなかったようですね。
 その天皇制を利用した、異分子の排除、国民の洗脳、ナショナリズムへの国民の動員というものが最もピークに達したのが、明治から昭和にかけての大日本帝国においてではなかったかと私は思います。
 明治維新後、近代天皇制を国家統一の原理として確立する際、明治政府の初期の指導者たちは、ヨーロッパの(特にドイツの)キリスト教に影響を受け、積極的に宗教による民衆支配を研究して取り入れていたようです。そもそも政治も軍事もドイツに学べという方向に帝国政府は進んでいましたから、宗教についても同様だったようです。
 そして、いわゆるスクール型に椅子を一方向に講壇に向かって並べたり、起立して伴奏付きで歌を歌ったり、学校長や軍の将校が訓辞を垂れたりするという形が、あちこちの式典に取り入れられていったのですが、これが実はキリスト教の礼拝がモデルだったという話です。
 皮肉な事に、キリスト教を真似て導入された儀式で礼拝する天皇制に、キリスト教自体も抑圧を受ける事になりました。欧米列強の圧力で信教の自由は建前上認めざるを得なかったのですが、そのかわり「神社非宗教説」が唱えられて、「国家神道は宗教に非ず、宗教以前の国民の義務である」と言って、キリスト教徒のように、唯一の神以外のものを崇拝しないという態度は絶対に許されなかったんですよね。

キリスト教は一神教か

 こうして若干荒っぽくではありますが、歴史を振り返っていく中で、私は最初の頃、この天皇制、特に政治政府によって作られた近代天皇制というのは、一神教に近いんじゃないのかと思っていました。本来、日本は多神教的な寛容と共存共栄の文化があったのに、そこに一神教的で排他的な文化を持ち込んで広めてしまったのは天皇制なんだ、そしてその背後にあるのは結局、明治政府が参考にしたキリスト教なんだ、と結局キリスト教の自己批判に帰ってゆくような考え方をしていました。
 でも、最近はあまりそういう風には思っておりません。
 キリスト教が完全に一神教と言えるかというと、確かに制度の上ではそうですが、父なる神と、子なるキリスト、そして聖霊という、最低でも3つの信仰の対象が現実に存在してしまっているのをもはや否定もできず、「それでも唯一の神なのだ」と正当化するために「三位一体説」という教義が捏造された面が非常に強いです。
 カトリックの場合、無数に聖人や福者と呼ばれる信仰の対象があります。その最たる例が聖母マリアですし、他の無数の聖人たちについても、一般大衆が拝んで、祈っているわけですから、実態は日本と変わらない多神教、言ってみれば天満宮の菅原道真と一緒です。カトリックの人は公には絶対に認めないでしょうけど、「多神教だ」と決めつけてはいけないとしても、やはり「多神教的だ」としか言いようがないと思います。
 キリスト教は、到底寛容とは言えない歴史を約2000年間歩み、無数の屍を踏み越えて来たわけですが、こうしてキリスト教が完全な一神教ではない事がわかると、「排他的で不寛容で好戦的なのは一神教だからだ」とは言えなくなってしまいます。
 翻って日本人も、決して寛容でもなく、じゅうぶん排他的で、異質なものへの虐待は凄まじいですが、それを「多神教的風土であるにもかかわらず」とか、「天皇制で一神教的要素が入って来たから」とか言ってみても妥当ではないような気が、今はします。

キリスト教 vs 日本教

 教会、特にプロテスタントには、「神社やお寺に行ってはいけない」「仏壇やお墓に手を合わせるのは偶像礼拝だ」と怒る人は今までたくさんいました。それに対する反省から、「だからキリスト教は日本人には受け入れられないのだ」と言う人もおられます。
 確かに多神教的なカトリックが日本でも爆発的に信徒数を増やした時期がありました。安土桃山時代、織田信長から豊臣秀吉の時代、各地にキリシタン大名が誕生し、特に九州地方ではかなりキリシタンの率が高かったようです。
 これはなぜかというと、おそらく集団改宗が多かったからでしょう。村人全員で改宗するとか、藩主がキリシタン大名となると非常に改宗しやすくなるという状況だったと思います。自分でキリシタンになる決断をした大名はともかく、下々の民衆まで改宗するのは、完全に個人の自由で信仰に入ったというわけではなかったのではないでしょうか。
 キリシタン大名には、例えば長崎では、自分の領地をカトリック教会に寄進した所がありました。これによって南蛮人の軍事力を味方につけて、秀吉の全国統一に反抗しようとしたわけですね。
 そもそも織田信長は当初キリシタンには好意的でしたが、これは自分の全国平定に抵抗する本願寺系列の仏教徒を叩きつぶすために、南蛮軍の協力を得られないかという計算があったようです。しかし、反抗的な仏教勢力を滅ぼした後、キリシタンに利用価値が無くなると、手のひらを返したように迫害に転じます。日本統一に邪魔だからです。そしてその政策を豊臣秀吉も継ぎます。
 すると今度は、先ほど申し上げたように、全国統一に反抗する大名たちが、キリシタンとなってそれに抵抗するわけです。
 そう考えると、教義や信仰の違いというよりは、指導者たちの政治的思惑から、キリスト教の受容か排除が決まったらしいと言えます。織田にしても豊臣にしても、そして徳川にしても、キリシタンを禁教にしたのは、「日本」という国を統一するために邪魔な宗教だと判断した事が、かなり重要なポイントではないか、という問いが浮かびます。
 ここで再び、明治以降の近代天皇制の事を思い出しますと、なぜキリスト教が国家の厳しい管理、抑圧におかれたかというと、それは天皇の絶対的権威を認めないということで、日本国民の統合の邪魔になるからだ、という答がより明確に見えてくるような気がします。
 当時、キリスト教だけではなく、天皇を奉るという要素の無かった宗教は全て抑圧されました。そして、「宗教以前」「宗教以上」の天皇崇拝に協力しない「宗教団体」は、怪しい集団、非国民的な集団という見方をするムードが作られていきました。

アイデンティティの問題

 ということは、キリスト教が日本でこれまで伝道に難儀してきたのは、政治的/軍事的指導者がこの島国を統制したいが為に作った「単一民族国家日本」という幻想、「私は日本人だ」という帰属意識を作り、保つためには、あらゆる「日本的なもの」(誤解も含めて)を動員して、それにはてはめる事ができないものを徹底排除してゆくメンタリティのせいではないかと。
 ですから、キリスト教と日本人の問題は、一神教と多神教の対立ではなく、キリスト教といわば「日本教」(若干使い古された言葉ではありますが)とでも言うべき精神性の対立ではないのか、という問いを持っています。
 ユダヤ人とユダヤ教徒というのは同じであるというのは、割と広く明確に言葉にされていますが、日本人は「日本教徒」であるというとは、あまり唱える人がいません。かつて山本七平さん(1921-1991)という出版社長兼評論家がおられまして、この人が「日本教」という言葉を使って日本人を論じ、『日本人とユダヤ人』などの著書を出していたのはご存知の方も多いと思いますが、この方の評価は極端に賛否が分かれています。
 しかし私は、日本人のキリスト教受容と土着化という課題を考える上で、日本人のメンタリティを把握するために「日本教」という言葉に現在非常に関心を引きつけられていますので、山本七平さんの著書も再度読んでみようかなと思っています。
 私はかつてから、クリスチャンであるという事は、「私は何者か」「私はどう生きるのか」というアイデンティティの問題に深く関わっていると思ってきました。しかし、クリスチャンとしてのアイデンティティを生きようとすると、どうしても「日本人としてどうあるべきか」というこの社会における暗黙の了解なり、世間の要求のようなものと、矛盾を起こすのです。
 今日、ここでその矛盾について私が感じていることをお話する時間の余裕はもうありませんが、少なくとも、日本人のアイデンティティの状況についてきちんと考えておく事は、日本におけるキリスト教の宣教において決して避けることができない課題ではないかと思います。

パウロの伝道は成功したか

 さて、歴史的な興味はつきませんが、時間にも限りがありますので、このへんにして、聖書に戻ります。
 本日のテクストでは、紀元50年前後の言うまでもなく多神教の世界だったローマ帝国の中の、アテネという街が舞台です。ここでパウロはアレオパゴスという会議所の真ん中で、キリスト教の神を伝道しますが、果たしてこれがうまく行っているのか。それとも失敗しているのか。
 多神教の世界ではありますが、同時に皇帝も神の子として崇拝され、そちらの方が他の神々よりも優先される場合もあるなど、日本の天皇制と似た所があります。そういう社会にパウロは切り込んで行きました。
 その際パウロは様々な偶像が奉られた神殿を見渡して、「知られざる神に」と刻まれた祭壇を発見し、ここを切り口に話し始めます。
 
「あなたがたの拝むいろいろなものを、よく見ているうちに、『知られない神に』と刻まれた祭壇があるのに気がついた、そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、いま知らせてあげよう」(使徒行伝17:23)
 この語りかけはなかなか巧妙だと思います。彼はアテネ人のそれまでの信仰を決して否定する事なく、むしろその信仰の一つを賞賛するために引き合いに出します。
 あなたがたアテネの人びとは、「自分たちがまだ知らない神」があることがわかっている。それは他の神のように偶像で表す事ができない神、文字でも絵でも像でも表現できない神、それがまさに私も伝えようとしている神なのです、というわけですね。そして彼は、「しかし、私はその神を知っている」と呼びかけ始めました。
 そして、その神は人間の手で造った神殿や像に住むのではなく、人の手によって仕えられる必要もないと言います(17:24-25)。ここで彼は、他の神々の神殿における偶像礼拝よりも、この見えない神のほうが優位に立つことを、やんわりと暗示しています。
 それから、自分の神は全ての人間に命と息と万物を与えて、あらゆる民族を造り出したと説きます(17:25-26)。これは、神が万物と人間の創造者として、他の神々だけではなく、皇帝を崇拝することを暗に否定しています。皇帝も神に創造された人間に過ぎないからです。
 と同時に、あらゆる民族は神に作られた同格の存在であるから、ローマ人だけが優れているわけではない、とユダヤ人の立場からも言っているわけです。

信仰とはアイデンティティの問題

 そして更にパウロは、「神はわれわれひとりびとりから遠く離れておいでになるのではない。われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように『われわれも、確かにその子孫である』」(17:27-28)
 ここでも、パウロは上手にギリシア・ローマの文化を引用しながら、自分の主張を進めています。
 ここで彼が言うように、我々人間が神のうちに生き、神も我々のうちに生きるというは、神と人が一致しているという感覚を述べているのですが、これはパウロの信仰にとっては重要なポイントで、彼が「自分は十字架につけられて死んだ者であり、いま自分が生きているのはイエスが私の内で生きているのだ。蘇ったイエスが宿る器として、私は私の肉体を明け渡しているのだ」と言っているわけですね。
 パウロにとって信仰というのは、「私はキリストの容れ物です」「私は生ける神の神殿です」ということなのですね。
 「私はユダヤ人だ」とか、「私はファリサイ派の律法学者だ」とか、「私はユダヤ人だ」とか、そういった自分の今までのアイデンティティが全部いったんご破算になって、素の人間として自分が何者であり、また何に自分の人生の全てを捧げて生きるのかということを再構築した生き方、生き様そのもの、それが信仰です。
 ですから、本当はこのような信仰は、「私は何者なのか」「私はどう生きるのか」ということを、根底から問い直すことによってしか、本格的には始められないわけです。信仰を確立するというのは、神によってアイデンティティを確立し直すということなのです。
 そして、その為には、国籍、民族、部族、家系、宗教、政治的立場といった、私たちが帰属意識を持ちやすい何らかの集団に所属しているということで自分が何者かを定義づけるということはいったんご破算にして、完全に自由な立場を目指してみようという姿勢がどうしても必要となります。
 誤解を恐れずに思い切って言いますと、「私は◯◯教会の一員だ」という帰属意識に移り住んだことと、「私は神と共に生きる者だ」と告白することは、同じではないということです。「教会に所属しているからキリスト者だ」とは言えないのです。

日本人であることと信仰者であること

 そうなると、日本の伝道で難しいのは、先ほどから申し上げている「日本人である」というアイデンティティですね。
 そしてこういう民族主義的アイデンティティは、戦争や大災害などの危機の時代に、激しく高まり、また煽られます。かつて太平洋戦争時、日本の軍事費が国家予算の85%をも超えようとしていた時、「日本人なら贅沢は敵!」といった看板が街頭のあちこちに掲げられていました。いまは、東日本大震災が起こって、「がんばろう日本」「ひとつになろう日本」「日本人なら節電しよう」というようなキャンペーンがいたるところで見られます。
 そして在日外国人、特に韓国人、朝鮮人に対して「日本人が憐れみで日本に住まわせてやっているゴキブリども!」「日本が嫌なら、さっさと出てゆけ!」みたいなプロパガンダがなされます。関東大震災の時にも、在日の人たちに放火の濡れ衣が着せられ、多くの在日が虐殺されました。2000年近くも前に、ネロ皇帝がローマに起こった大火事を、クリスチャンたちによるものと決めつけて、大迫害を行なったのと、何も変わっていません。
 そしてやはりこのお盆の季節になりますと、帰省ラッシュが始まりますが、帰省ラッシュというのは、里帰りで親に会うという事もありますが、親も含めて先祖に会いに帰るという、墓参りラッシュなのですね。そして、クリスチャンがお墓や仏壇に手を合わせることに躊躇すると、「これは宗教じゃない。日本人としての常識、日本人の文化・習慣で、宗教とは関係ないのだから、拝みなさい」と大抵言われます。しかし、それでも悩んでいると、「おまえはそれでも日本人か!」と言われてしまうわけです。

宗教は集団の論理であった

 「日本人である」という事に過度に固着するアイデンティティは、「何にも属さず、ただ見えない神を信頼して生きる」という生き方と矛盾します。矛盾しますが、それが強制されるのでなければ、この世での一つの生き方として認められても良いかも知れません。
 しかし、「日本人である」という事を過度に強調する人びとは、しばしば非常に高圧的であり、排他的であり、暴力的です。かつてキリスト教会が、「クリスチャンではない者」を熱心に探し求めては火あぶりにしたのと全く変わりません。
 ですから、日本における「私たちは日本人だ」というアイデンティティの暴力的な排他性がある限り、日本人に「見えない神と共に生きる道」をメジャーにさせるのは不可能、あるいはかなり難しいと思います。
 また、この現状に対して、キリスト教会が「教会員」「信徒」といった集団のメンバーの増加を図ろうとしても、あまり状況が改善されるとも思えません。
 これまでキリスト教が、欧米の隅々まで広まり浸透したのは、結局、ローマ皇帝の政策により「国教」になったからであり、その後も熱心に異端審問、魔女狩りなどを続けて来たからです。キリスト教が世界一の宗教になったのは、暴力でそれを押し進めたからです。そうでなかったら、こんな世界宗教にはなりません。
 では、侵略者ではなく、占領され、支配された側の人びとはというと、これもやはり集団・組織に根ざした信仰が主流でした。例えば、宗主国イギリスに対する植民地アメリカの独立、侵略者の日本人に対する被支配者韓国人の抗日運動、白人に対する黒人の解放運動、北半球の経済支配に対する南半球の国々の抵抗……。このような人びとの抵抗の論理にキリスト教が大きな影響を与えています。

利用される「宗教」

 現在、キリスト教は既に北半球の宗教ではなく、南半球で最も盛んな宗教なのだと言われております。しかし、最近まで韓国人にはクリスチャンが多い多いと言われていたのに、もう既に減少の傾向を見せています。それは抗日運動よりも、もっと賢く日本人を利用し、外貨を獲得する戦略が成功しているからですね。つまり、キリスト教の賞味期限は韓国では過ぎつつあるのです。
 翻って日本を見ますと、これだけ「日本教」が強烈な日本でも、敗戦直後には「キリスト教ブーム」と呼ばれる時期がありました。それは、圧倒的な経済力と技術、学問、文化の水準を誇るアメリカを筆頭にした欧米文明への憧れであり、アメリカのような進んだ国になり、アメリカ人のようにかっこ良くなりたいという願望が後押しした結果です。そして日本社会が良い意味でも悪い意味でも成熟期を迎えた今、教会はほとんどの人に見向きもされていません。つまり、日本でも従来型のキリスト教は賞味期限が過ぎているのですね。

新しいキリスト教へ

 長々と考えてきましたが、こうして見ると、私たちは「日本人である」にしても、「教会員である」にしても、結局はある集団に所属することを自分のアイデンティティの根拠にしているということであり、また歴史的にもキリスト教は集団の都合や群衆の意識によって利用されて来た面が非常に強いということ。
 そういう意味では、キリスト教も日本教も本質的には変わっていないということです。変わっていない者同士が対抗しようとすると力関係で勝負がつくのであり、日本では必ずキリスト教は日本教に敗北するのです。もしこれまでと同じ宗教観で日本をキリスト教国にしたければ、武力で日本を占領し、国家神道と天皇崇拝を一切禁じ、更には皇族全員をキリスト教に改宗させるくらいの暴力的手段でなければ不可能でしょう。
 それはしてはならぬと思うのなら、キリスト教自身が全く新しい何かに生まれ変わらねば、未来はないと思います。
 日本人であるとか、韓国人であるとか、キリスト教徒であるとか、そういった事の前に、「私たちの国籍は天にある」というのが、私たちの信仰であるはずです。つまり私たちは、見える形ではこの世の何らかの組織・集団に所属してはいますが、自分の存在の一番根本の部分ではこの世の何にも属していないのです。
 「国籍は天にある」とか「見えない神」と言いますのはなぜかというと、天や神がこの世の見える存在だと、人間が「神とはこんなものだ」と把握できてしまう。定義できてしまう。あるいは把握したような気持ちに安易になれます。それに依拠することは偶像崇拝であり、物神化であります。
 しかし、私たちが信じようとしている神は、人間が見たり、聞いたり、想像したり、定義したりできるような小さな存在ではありません。私たちの神は、どうしたって人間には認識できない「知られざる神」なのです。

知られざる神を「知る」

 ただ、「知られざる神」:知る事ができない神だけれども、全てのものに浸透している神の中で私たちが生きることで、私たちもこの世の万物とひとつにつながり、私たちの中に神が生きて働いてくださることで、その神の愛に支配が広がることが、この世の万物と共存し、全ての人びととの平和と共生を実現する道になるわけです。
 そのような世界が来る事を待ち望みつつ、世界のあらゆる集団・組織に生活上は所属しなくてはならなくても、その集団・組織の利害に埋没しないで、本来は国籍を天に持つ自由な者として生きること。それが信仰というものであり、「知られざる神を『知っている』」ということになるのではないでしょうか。
 そうなると、クリスチャンというのは、教会の門を叩く時はともかく、いざ自分の人生の問題として、イエス・キリストと私という関係を見つめ直した時には、こういう「この世の何にも所属しない」という独特のアイデンティティの把握の仕方と、独特の生き方を発見した者の集まりとなるべきであり、つまるところ、そういう事を考えるのが面倒な人は、なかなかクリスチャンにはなれないのではないか、と思います。
 もちろんそういう人もいていいので、同じように歓迎されて同じように共に食べ、共に祈り、共に生きるということでよいのですが、それでもこの「クリスチャニティ」(クリスチャンであること/キリスト者の道)というものを他の人にも伝えよう、広めよう、後代に伝えようという思いを持つ人は、先ほどから申し上げていますように、この「知られざる神」に自分の人生を任せてみようという決心が必要です。
 繰り返しになりますが、私たちは「キリスト教の神」という限定された神に拘束されるために信じるのではありません。もしそうなら、その方がある意味、楽だと感じられるかも知れません。思想や行動を拘束されるのは一見不快に思えるかも知れませんが、実は何でも自分で考えて判断しなければならない事がなくなるので、中に入ってしまうと楽なのです。日本人は個の主体性というものが未熟で、すぐ全体主義に走りたがりますが、それはそのほうが楽だからです。またそれを可能にしているのが四方を囲んでいる海です。
 しかし、私たちが信頼しようとしているのは、「知られざる神」です。明確な命令や規範というものは本来ありません。神について知る事ができるのは、ただこの神が「愛」だという事のみです。私たちは自分の全身にこの「愛」を充満させ、その「愛」に自分の命をささげる道を求める。そのためには、地上の全ての所属、国籍、民族、そしてキリスト教という宗教の枠からさえも自由になって、愛の神に自分の身柄を受け渡すのであります。
 私たちに自由を得させる真理は、「知られざる神」のみにあるのだ、と私は信じています。

祈り

 愛する天の神さま。
 今日も私たちを、この祈りと説き明かしと分かち合いの場に集めてくださってありがとうございます。
 あなたは私の目には見えず、手で触れず、耳で聴くことのできない、未だ私たちにとって「知られざる方」であられます。
 しかし、私たちはあなたの御子イエス・キリストが示してくださった道を信じ、あなたの愛に身を任せ、あなたの愛を運び伝えるための器となりとうございます。
 どうか神さま、私たちの進むべき道を、生きるべき道を私たちに悟らせてください。そしてその道を歩む勇気と力を与えてください。
 イエス・キリストの名によって祈ります。
 アーメン。

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