ホスピタリティのはじまり

2012年6月24日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝説き明かし

説教時間:約25分(「分かち合い」を含めて約53分間)

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聖書:マタイによる福音書25章31〜40節 (新共同訳・新約p.51)

  「人の子は、栄光に輝いて天使たちを皆従えて来るとき、その栄光の座に着く。そして、すべての国の民がその前に集められると、羊飼いが羊と山羊を分けるように、彼らをより分け、羊を右に、山羊を左に置く。
 そこで王は右側にいる人たちに言う。『さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。』
 すると、正しい人たちが王に答える。『主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いているのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか』。
 そこで王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』」




「説き明かし」と「分かち合い」の録画(約53分間あります)
社会派

 おはようございます。今日もどうぞよろしくお願い致します。
 確か先々月だったか、Oさんが礼拝の「分かち合い」の中で、「教会がもっと世の中の役に立つような事ができればいいのに」と仰ったことが、ぼくの心にはずっと残っていました。
 日本キリスト教団の中には、「教会派」と「社会派」、あるいは「伝道」か「社会活動」かというような二分法で物事をとらえている人がいまして、何かというと自分や他人をその枠の中に当てはめて、「もっと教会は伝道しなければならない」とか、「もっと教会は社会問題に関心を持たねばならない」と色々主張する、そんな人たちがいます。
 今日は日本キリスト教団の創立記念日だそうですけれど、この教団内の対立にあって、創立記念の祝賀ムードとは程遠い雰囲気ですね。
 私自身は現在のところ、そういう論争というか政治的な争いの蚊帳の外にいます。それは教会の担任教師ではなく、学校という現場を自分の主なフィールドにして働いているからです。しかし、そんな私でもどうやら「社会派」の一人というレッテルだけは貼られているようです。
 それは、そもそも「学校」という施設で「教育」という事業に関わっている事自体が「社会活動」だからです。しかも、その学校教育の中で、授業だけでなくボランティア活動などにも精を出して生徒たちを引き連れ回しているのですが、行く先々は震災の被災地であったり、釜ヶ崎のホームレスになった人たちのいる所であったり、障がい者の施設であったり、児童養護施設であったりします。つまり社会問題に関わっています。しかも、それが「キリスト教教育」の一環であると思っています。
 ですから、私は「社会派」という事になってしまいます。
 教会が何か世間のお役に立てたらいいのにな、と思い願っている、この教会のOさんも、そういう観点で言えば、「社会派」です。
 「社会派」は「教会派」の人たちから、日本キリスト教団の信徒の数が減ったのは「社会派」のせいだ、と責任をなすり付けられています。社会活動ばかりやっていて伝道をおろそかにしたからだ、というのがその理由です。
 逆に「社会派」の中には、「教会派」こそが日本でのキリスト教の衰退の原因を作ったと思っている人がいます。「信仰、信仰」「神学、神学」そうやって頭でっかちの抽象的な思索をもてあそんでいる間に、すっかり教会は社会から必要とされなくなってしまったじゃないか。もっと、社会と関わらないといけないんだ、と。
 私はどちらが正しいのか、あるいは何が本当の原因なのかをはっきりと断定しているわけではありませんが、ただ確かなのは、どちらの立場の教会でも日本では信徒の数はそんなに増えてはいないということです。

伝道も社会も

 私自身は「社会派」か「教会派」あるいは「伝道派」なんて分類は全く意味がないと思っています。それらを「あれか、これか」と言った風に分割することはできません。
 なぜなら、教会に集まっている信徒は、皆社会の中で生きておりますし、社会の影響を教会の中に持ち込んできますし、逆に教会で得たものを社会での生活に反映させることになりますから、教会か社会かという分類は、あまり意味が無いんですね。
 もちろん「日曜クリスチャン」という言葉もあって、日曜日だけクリスチャンのように振る舞って、他の場所では一切自分がクリスチャンであることをひた隠しにして、二重人格のような生活を送っている人もいますけれども、たとえ、そういう生活だったとしても、なぜその人が二重生活になったのかという理由はキリスト教にあるわけですし、たとえいわゆる「カクレキリシタン」であったとしても、信徒であることは黙っているけれども、やはり個々の生活の場面の中で、キリスト教の影響が無意識に表れてしまったり、本人なりに信仰と行いが矛盾する時に心の中では葛藤を覚えたりするわけですから、やはりそれもキリスト教の信仰がその人の社会生活に影響を与えているということになり、1人の人間の人格を教会向けの人格と社会向けの人格に切り離すということは、実際には難しいはずです。
 ただ問題は、教会が教会という組織として社会的に何らかの事業を行うかどうかという話では、確かに賛否両論がわかれています。
 カトリック教会はそのあたり、上手に一つの組織の中で分業しているな、と思わされることがあります。
 あるカトリック信者の方に聞いたのですが、「一つの大きなぶどうの木に、たくさんのぶどうの房がぶらさがり、ひとつの房にまたたくさんのぶどうの実がついている。わたしはその一つのぶどうの実である。あの人は社会問題にもっぱら関わっている。わたしはもっぱら教会で祈っている。それらの異なる働きが教会のあちこちでなされているけれども、全体で一つのぶどうの木なんだ」という考え方をするというのですね。
 そういう考えをみんなが共有していれば、「伝道だ」「いや社会活動だ」と論争することもなく、「あの方は私の代わりに、あの役割を負ってくださっているのだな」、「私はあの方の代わりに祈ろう」とか「私はあの方を代わりに、あの方を支える献金をしよう」と思い合い、互いに祈り合い、支え合うということができたりするのかなとも思わされます。
 まあいくらカトリックにはカトリックの別の問題があって、隣の芝生は青く見えているだけかなとは思いますけれどね。

ホスペス

 日本という八百万の神々を祀っている社会でのキリスト教の宣教を考える上で、最近私は、同じように多神教的だった古代ローマに広まった初期のキリスト教の活動が、非常に参考になるのではないかと思うようになりました。
 最初はイエスとその弟子たちから始まった小さな放浪の伝道集団の教えと実践が、ユダヤ人たちの間に広まり、それがだんだんとユダヤの地だけではなく、異邦人の国に住んでいるユダヤ人にも広まり、さらに異邦人の中にも広まり、そして何だかんだ言いながらも300年以上かけて、迫害されていたにも関わらず、ローマ帝国の中で多数派を占めるようになり、そして公認化され、ついには国教になってしまったのですね。
 300年以上かかったとは言え、なぜそこまで影響力が大きな宗教になりえたかというと、それについてはまだ完全には解明されていませんし、色々な説が出ているのですが、一つには、「それはキリスト教徒たちが、飢えている人を食べさせ、渇いている人には飲ませ、旅をしている人に宿を貸し、裸の人には着せ、病気の人を見舞ったり、手当をし、牢にいる人を訪ねるという活動を地道に広げてきたからだ」という考えがあります。
 この教会の働き、教会が設けた、貧しい人や病人や旅人などを受け入れる施設のことを、ラテン語で「ホスペス」あるいは「ホスピティウム」と呼んでいたそうです。元々は「よそ者を受け入れる場所」という意味だそうです。
 つまり、キリスト教徒たちは、生活に困窮している人や、病気の人がいたら、その人がキリスト教を信じる/信じないに関わらず、またその町や村の住民であるかどうかにも関わらず、行きずりの旅人でも、受け入れてもてなしたり、お世話をしたりする。
 また「良心の囚人」、つまり良心に基づいて権力者に抵抗した結果投獄されたような人を慰問する。そういった活動を300年かけて組織的にやれるような体制を作っていったらしいんですね。
 そこで、「ホスペス」という言葉で、もうお気づきになった方もいらっしゃると思いますけれども、これが後のホスピスやホスピタル(病院)、ホステルやホテル(宿屋)、それから「お世話をする人」という意味で「ホスト/ホステス」という言葉の語源になりました。
 また、そういう人のおもてなしをしたり、困窮している人を助けたり、支えたりする行いや気持ちのことを全体的に「ホスピタリティ」と言いますけれども、そういう概念の源にもなりました。
 ローマ帝国の国教会はラテン語を採用しましたので、これは最初「ホスペス」と呼ばれましたが、さらにさかのぼって聖書のギリシア語に戻ると、これは「ディアコニア」という言葉になります。
 今の日本では「社会福祉」と簡単に一言で言いますけれども、要するに「みんなでみんなの社会を良いものにしてゆこう」という活動がキリスト者の間から生まれて、それがその後のヨーロッパにおける、医療や看護、介護、福祉、社会保障、カウンセリング、基本的人権などなどといったものに実を結んでいったわけですね。

ヨーロッパ2000年

 今日お読みしましたマタイによる福音書の記事は、イエスが亡くなってから40年近くたってから書かれたものですが、その後300年に渡って拡大されてゆくことになるキリスト教会の活動の始まりが、既にイエス以後間もなくから、教会の中でヴィジョンとして示されていたことを指し示しています。
 
「お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれた」(マタイ25:35-36)。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(25:40)。という言葉です。
 ただ、マタイの福音書はこのあと、
「最も小さな者の一人にしなかったのは、わたしにしてくれなかったのである」(25:45)、「この者どもは永遠の罰を受け、正しい人たちは永遠の命にあずかる」(25:46)などと、後味の悪い締めくくり方をしていますよね。ですから、私は個人的にはこういう物の言い方をするマタイはあまり好きではないんですけれど、それでも、「あなたがたは、わたしにこうしてくれただろう? そういう人は永遠の命にあずかるんだよ」というセリフが紀元後80年前後に書かれていたということは、その時代のキリスト者たちがそういう行いを実際に実践していたという裏づけがあったからこそではないかと思えるのですね。
 そして、こういう福音書を信じていたお金持ちが、自分が死んだ時、地獄で永遠の火に焼かれたちするのは嫌だなあと思って、死ぬ前にドンと大金や土地などを教会に寄進して、大きなホスペスを作らせた。それによって貧しい人たちや病人や旅人たちが福祉の恩恵にあずかってきた。そういう歴史を2000年近くも重ねて、社会福祉の制度や体制がヨーロッパ社会に発達してきたことも事実です。
 ですから、このマタイの福音書は、「みんなでみんなの社会を良いものにしてゆこう」という2000年のホスピタリティの歴史の始まりにあたる壮大なヴィジョンを描いた記事の一つと言えます。

日本

 日本でもそういう宗教的、歴史的背景が全く無かったわけではありませんが、キリスト教の2000年ほどの連続した積み上げはありません。ヨーロッパが2000年積み上げてきものの、見えない根っこの部分にあたるキリスト教信仰の部分を見ようとしないで、目に見えている部分だけを輸入した感があるように思います。
 もちろん宗教的な基礎も、具体的な活動もちゃんと受け容れようとした人はいます。石井十次や留岡幸助、山室軍平、賀川豊彦といった人びとがそうだと思います。しかし、それらは単発に終わり、宗教的基礎は次第に形だけのものになり、やがて宗教的要素は全く見られないものへと解消されていってしまいました。
 そして、現在の日本は貧しい人、困窮している人への福祉や保護については非常に冷たい社会になっていっていますね。因果応報というか、そいつがそうなったのは本人が悪いんだから助けてやる必要なんか無い、と。儲かった人は本人が努力してそうなったんだから当然であって、困窮している人に手を差し伸べる必要なんか無いという、そういう感覚がもうかなり蔓延してしまっていて、私が学校で出会っている中学生や高校生たちも、そういう感覚の持ち主のほうが多数派です。
 でも、そういう風に社会が冷えきってゆく一方で、東日本大震災の影響が大きかったと思いますが、ボランティア活動、奉仕活動への関心もまた確実に高まっています。別に被災地に行く、行かないは別として、自分の身の回りからも何かできることをやっていこうという機運が高まっていて、私が学校で顧問をしているボランティア部には、特に熱心に呼びかけや勧誘をしなくても、どんどん入部志望者がやってきます。
 そういう動きを感じるなかで私は、今の日本社会は非常に心の冷たい人たちと、非常に志のある心の温かい人たちが、どちらも強くなってきているような気がしています。
そんな世の中で、私たちの教会も、「みんなでみんなの世の中を住みやすいものにしていこうよ」という流れに参加するのは、2000年のキリスト教の伝統の中でも、また聖書の御言葉によっても、妥当な事ではないかなと思います。
 別段、大きな事業を立ち上げなくてはならないということではなく、最初はおそらくイエス一人に弟子たち数人から始まったような、愛情深い言葉と行いにならって、私たちも他人には親切に、丁寧に、優しい気持ちと態度で接してゆけたらいいな、と思います。
 説き明かしは以上です。あとはみなさんのご自由なお声をお聴かせ下さい。

 参考図書:田川建三『キリスト教思想への招待』勁草書房、2004





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