呼び集められた家族

2013年2月24日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝説き明かし

説き明かし約25分間+分かち合い約40分間=計65分間
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聖書:マルコによる福音書6章1~6節 (新共同訳・新約)

 イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。
 安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。
 「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵を、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」
 このように、人々はイエスにつまづいた。
 イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。
 そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。そして、人々の不信仰に驚かれた。





説き明かしと分かち合いの録画(約65分間)


家族だからこそ居心地が悪い
 今日もまた自分の体験の話から入ります。申し訳ありません。
 私はこれまでも、そして今もそうですが、自分の家族の中では、かなり異質な存在として受け止められているようです。 まずそもそもキリスト教の教会に通い始め、やがて洗礼を受けたことが、親に対しての最初の大きな裏切りでした。
 私の親兄弟は、ある意味典型的な日本人家庭で、初詣、墓参りは非常に熱心な反面、自分たちは無宗教であると言い張る人びとだったので、私がキリスト教の洗礼を受けたと知った時、父はテーブルを叩いて怒り、母は泣き崩れました。
 そこから始まって、私が親を喜ばせたと言えば、ある有名な大企業に就職が決まった時くらいで、その後は、その会社を自分から辞めてしまいますし、牧師になりたいからと言って大学生になってしまいますし、離婚はしてしまいますし、牧師の資格を取って学校の教員にはなったものの、またもや離婚……という事で、これほどの親不孝はあるだろうかというくらいの事はやってきました。
 母親はさすがに歳をとって人間が丸くなったので、私が何を言ってもさほど大きくは驚かなくなりましたが、万事平凡、堅実に生きてきた弟は、私のような人間がほとんど違う星の生物のように見えるようで、最近も「兄貴の近況報告は聞きたくない」というような事を言われたところです。
 彼によると、「兄貴の近況報告を聞いてると恐ろしい」と言うんですね。そして、「家族であっても、厄介ごとを持ち込む人は避けるのは当たり前」と言って、もう何も知らせてくれるなというわけです。
 こっちにしてみれば、血のつながった家族、親兄弟であるからこそ、自分の苦しみや悩みを受け止めて欲しいと願うわけですが、家族にしてみれば、50歳を前にしてそういう落ち着きの無い人間が身内にいるというのは迷惑なんですね。
 こちらは「つらいから話だけでも聴いてくれ」と思うのですが、身内の者は逆に「迷惑をかけられた」という被害者意識を持っているのですね。お金を貸してくれとか、そういった実害をもたらしているわけではないのですが、話を聴くだけでも気持ちが乱されるので、自分たちのほうが被害者であるかのように感じて、「迷惑だ」と言います。
「家族だったら受けとめてよ」とトラブルの渦中にいる人間は思い、「家族だったら迷惑をかけないでよ」と本人以外の家族は思っているわけです。
 そういうわけで、型通りの人生を歩めない人間や、変わった個性の持ち主にとっては、「家族こそ居心地が悪い」ということになります。型にはまらない人間、一風変わった人間は、最初からある程度距離感のある他人と一緒にいるほうが、よっぽど楽だということが言えるのではないでしょうか。
 やや自分の置かれている状況を投影しすぎかも知れませんが、イエスもそういう体験をしたのではないか、と今日の聖書の箇所や、その他のいくつかの箇所を読んで、そう思います。

生意気なイエスを引きずり下ろせ!
 今日の聖書の箇所では、イエスが故郷のナザレに帰った時のことが描かれています。
 安息日に会堂(シナゴーグ)で人々を教えた時、ナザレの人々は、
「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵を、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」(マルコ6:2-3)と言って、イエスにつまずいた(6:3)と記されています。
 イエスが小さなハナ垂れ坊主の頃から知っていたナザレ村の人たちは、イエスがおそらく堂々と人々に教えを語るのを見て、何か不愉快なものを感じたんでしょうね。イエスが非常に生意気に思えたのかも知れません。イエスの方も、「昔の俺とは違うんだぞ」といった鼻につく態度を臭わせていた可能性もあります。とにかくイエスが不愉快だった。
 そこで地元の人びとは、「こいつは大工じゃないか」、「こいつはマリアの息子じゃないか」、「ヤコブ、ヨセ、シモン、ユダの兄弟で、姉妹たちは我々と一緒に住んでいるではないか」と、口々にイエスを揶揄し始めます。
 「こいつは大工じゃないか」というのは、どういうニュアンスだったんでしょうね。イエスは最も身分の低い底辺労働者だったという学者もいれば、大工であったという事は少なくとも、木工業や建築の職能を持っていた、つまり「手に職のある」人なので、最底辺ではなく、そこそこ食べる事ができていた階級だったという学者もいますので、なんとも断定が難しいのですが、少なくともここでは、「大工ではないか」という言葉が、シナゴーグで教えるイエスを貶める意図で遣われていますので、おそらく「聖書に通じた律法学者のようなインテリ階級でもないくせに、インテリぶりやがって!」という非難が浴びせられたということではないかと思います。
 「こいつはマリアの息子じゃないか」というのは、非常に意味深な言葉です。通常、ユダヤ人の男子の名前は、父親の名前をとって「◯◯◯の子、◯◯◯」といった形で呼ばれるからです。ですからイエスの場合、「イェシュ・ベン・ヨセフ」、すなわち「ヨセフの子イエス」と呼ばれるべきなんです。しかしここでは「マリアの子」と呼ばれている。ということはイエスの父親はいないということになります。

父無し子イエス
 イエスの父親ヨセフはイエスがまだ幼いうちに亡くなったのだろうというのは、学説ではなく何と無しに言い伝えられてきた事ですが、本当にそうだったのだろうか、と私は疑問に思います。というのも、イエスは常に神に対して「アッバ(お父さん/パパ)」と呼びかけています。非常に親しみをこめた、実の父に対する呼びかけです。
 これは旧来の解釈では、イエスが神の子であることのしるしだ、と安易に言われてきたのですが、そんなわけはないでしょうね。私は、これは、地上にはイエスの父がいなかったし、亡くなったイエスの父の生前の様子を彼に伝える者もいなかったからだと思います。
 つまり、イエスの父親が誰であるか、誰も知らないのですね。
 それに対して、彼の弟であるヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの4人の父親がいないということは考えにくい。他にも姉妹たちがいることが告げられていますが、この「姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか」(6:3)と言われています。つまり、それぞれ妹たちもナザレの村の中の別の家に嫁いで暮らしているということでしょう。つまり、イエス以外の兄弟姉妹は、それなりにナザレの村の生活に馴染んでいる。父無し子の娘を嫁に欲しいと言う家も少なかったでありましょうし、おそらくイエスより下の兄弟姉妹の父親はちゃんと存在していて、娘たちの結婚の世話もちゃんとしたのでしょう。それに、4人の息子と2人以上の娘を作った夫婦の、夫である男性の素性が知れないというのはちょっと考えられないです。
 そういうことを考えると、イエスの父親だけが誰なのか不明であるということになり、またそういう現実があったからこそ、後々マタイやルカの福音書が、クリスマスの「処女降誕」の物語を創作する余地が生まれたのではないかと思います。
 イエスは自分の生物学上の父親を知らないのです。そういう子どもは当然村人たちから蔑まれるでしょうし、同世代の子どもたちからも虐められるでしょう。虐められ、辱められる中で育ったからこそ、世の中の弱い者、蔑まれた者、除け者にされた者に対するイエスの感受性が鋭く育ったのではないでしょうか。
 そして、地上に父と呼ぶべき人を持たない彼は、天の父を「お父さん」と呼ぶ他になかったのではないでしょうか。

本当の家族
 しかし、たとえ虐めや辱めにさらされていたとしても、生まれ育った故郷は一つしかありませんし、血のつながった母親は一人しかいません。同じ母から生まれた家族もまた一つしかありません。そのような家族の人たちに認められたい、また故郷の人たちを見返してやりたい。そうイエスが思ったとしても無理のないことだと思います。
その目論見は見事に失敗しました。イエスは故郷の人々を更に不愉快にさせ、ますます非難の対象になりました。
 家族の人たちも、彼の理解者にはなってくれませんでした。その事は、同じマルコによる福音書の、少し手前、第3章の後半に描かれています。
 
マルコによる福音書3章の20〜21節。「イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。『あの男は気が変になっている』と言われていたからである」。
 続いて、少し飛びますが
31〜35節。「イエスの母と兄弟たちが来て外に立ち、人をやってイエスを呼ばせた。大勢の人が、イエスの周りに座っていた。『御覧なさい。母上と兄弟姉妹がたが外であなたを捜しておられます』と知らされると、イエスは、『わたしの母、わたしの兄弟とはだれか』と答え、周りに座っている人々を見回して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、兄弟がいる。神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ。』」。
 考えてみれば、ひどい物言いです。実の母、兄弟姉妹が自分を訪ねてきているのに、自分の周りに集まっている人びとを指して、「ここにいるあなたがたが私の兄弟、姉妹、母なのだ」と言った。つまり、外で自分を取り押さえに来ている家族は、本物の家族ではない、ここにいて自分の伝えるメッセージをしっかりと受けとめ、自分に賛同し、自分と行動を共にしてくれる人びとが、自分の本当の家族なのだ、と言っているわけです。
 彼の家族は全く彼のことを理解してくれない。理解できない。理解したいとも思ってくれない。ただ「身内の恥をさらすだけだから、とにかく落ち着け!」、「家族の迷惑なんだ。とにかくおとなしくなってくれ!」と彼を取り押さえに来るだけです。
 イエスにとって、血縁でつながった家族というのは、もはや自分をありのままに受け容れてくれる人びとではありません。イエスのことをありのままに受け容れ、行動を共にしてくれる人びとがイエスの家族なのです。

呼び集められた者たち
 イエスの、そのような「新しい家族」とでも呼ぶべき仲間は、自然とイエスの周りに集まってきたわけではありません。
 まず最初にイエスの家族になった最初の弟子たちは、ガリラヤ湖で仕事をする漁師たちでしたが、最初はイエスが誰であるか知りませんでした。イエスの方から彼らの所に出かけて行って、そして
「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(マルコ1:17)と声をかけて、自分について来るよう呼びかけました。
 他にもイエスはガリラヤ湖周辺の村や町を自ら訪ねて行って、人びとを教え、癒しました。そして、イエスと出会った人びとの中から、イエスについて行こうとした者が現れ、イエスの弟子集団を形作るようになりました。
 これは彼が最初の頃弟子入りしていた洗礼者ヨハネと全く逆の方針でした。ヨハネは砂漠で人に呼びかけて、「私のところに来なさい」と言いましたが、イエスは逆に自分からあちこちに出かけて行って、声をかける。非常にアクティブです。
 つまり、イエスは自分の家族とも呼ぶべき仲間を、自分で呼び集めたわけです。イエスの家族になる人は、イエスの呼びかけに応えた人です。
血縁の家族は選ぶ事はできませんが、イエスの家族はイエス自身が呼び集めた仲間であり、また、呼びかけられた人びとの中でも、イエスの呼びかけに応えた者たちによって家族ができあがっています。
 よく教会のことを「神の家族」と言いますが、この家族は「この家族に加わりたい」と思った者たちどうしが集まって作られています。イエスに呼びかけられ、イエスに応えようとする者の集まりが、イエスの家族であり、神の家族です。私たちは生まれながらの家族ではなく、イエスに呼び集められた家族なのですね。
 私たちは、血縁とは違う、「イエスに呼び集められた家族」としての絆を結んでいて、互いの違いを認め合い、互いに異なる個性を神さまが与えてくださっていることを感謝し、私たちが互いにいかに違っているかを楽しみつつ、共に祈り会い、支え合いつつ生きてゆきたいと思います。
 また、このもうひとつの家族の和のなかに、いつでも新しい出会い、新しいタイプの人をも受け容れることができるような、開かれた状態を作っておきたいと思います。
 私も破天荒な生き方をしている放蕩息子ですが、この家族の中に受け容れられていることを心から感謝しており、この家族こそが自分のホームのように感じておりますし、私とは異なる人とも一緒にいることを楽しめる者でありたいと思っています。
 以上で、本日の説き明かしを終わります。皆様のお話をお聴かせ下さい。



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