イエスと農

2013年11月17日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝説き明かし

聖書朗読と説き明かし(35分間)
礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る




聖書:マタイによる福音書20章1−16節 
(新共同訳・新約)

 天の国は次のようにたとえられる。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うために、夜明けに出かけて行った。主人は、一日につき一デナリオンの約束で、労働者をぶどう園に送った。
 また、九時ごろ行ってみると、何もしないで広場に立っている人々がいたので、『あなたたちもぶどう園に行きなさい。ふさわしい賃金を払ってやろう』と言った。それで、その人たちは出かけて行った。主人は、十二時ごろと三時ごろにまた出て行き、同じようにした。
 五時ごろにも行ってみると、ほかの人々が立っていたので、『なぜ、何もしないで一日中ここに立っているのか』と尋ねると、彼らは、『だれも雇ってくれないのです』と言った。主人は彼らに、『あなたたちもぶどう園に行きなさい』と言った。
 夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。
 最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。それで、受け取ると、主人に不平を言った。『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』






聖書朗読と説き明かし、分かち合い(計約78分間)

イエスの生業

 イエスが彼の宣教活動を始める前、彼が何で食べていたのかということは、興味のある人には興味のある問題です。
 まあ、一般には大工だったと言われています。「大工の息子」と聖書に書かれてあるからです。しかし、「家を建てるだけでなく、家具や調度品も作っていた木工職人だった」と唱える学者もいますし、「その当時ガリラヤ地方の家づくりといえば石造りであるから、石を切り出して運搬して組んでいた石工職人であった」とか(外典の『ナザレ人福音書』という本には、「私は石工で暮らしていた」とあります)、あるいは「建築の知識を活かして、ガリラヤ湖周辺のあちこちの町や村に出張して仕事をしていたはずだ」とか、「あるいはローマ人たちの建築事業に日雇い労働者として雇われていた可能性もある」とか、色々な説が飛び交っております。
 最近私が読んだ本では、大工といいつつも、そんなに多くは仕事はなかったはずで、大工だけでは食べていけず、家族や親族の農園を手伝っていた可能性が大きいという話がありました。
 まあ前から私も、イエスのたとえ話には大工や建築に関するたとえ話より、ぶどう園や麦の話など、農業に関するたとえ話の方が多いのかなと思っていたのですが、イエスが大工仕事だけではなく、農作業にも従事していたので、農家のこともよく知っていたという事はありそうです。イエス自身が、「今日汗を流して働かないと、今夜と明日の朝食べるパンがないよ」という日雇い労働者として農園で働いた経験があるから、農園で働く苦しさもリアルに理解していたはずだと言えるわけです。
 今日お読みした聖書の箇所、「ぶどう園の労働者のたとえ話」も、イエス自身が日雇い労働者としてぶどう園で働いた経験があり、また何度も仕事の現場で顔を合わせていた他の労働者との会話の中で、「働こうが働かなかろうが、どっちにしたって最低毎日の食い扶持くらいは保証されたら、そりゃあまるで神の国だよなあ」と言ったからこそ、周囲の労働者にけっこう説得力を持って受け入れられ、後世に語り伝えられて福音書に収められたのではないかと思われます。

新しい米

 ところで、私は勤め先の学校で、大阪の「釜ヶ崎」と呼ばれている日雇い労働者と失業者、ホームレスの人たちが集まる街でのボランティアのまとめ役をやっています。
 昨日はうちの学校の文化祭だったんですけれども、毎年文化祭ではPTAに全面的に協力していただいて、「献米」という運動を行います。「献金」というのはお金を献げますよね。それと同じようにお米を献げるのが「献米」です。これで毎年数百kgのお米を集めて釜ヶ崎に運び込みます。
 実は先々週のある日、突然一人の保護者の方から電話がかかってきたんですね。自分の担当学年でもなく、担任のクラスで持っているわけでもない生徒さんの保護者だったので、ちょっと緊張感を持って受話器を手に取りました。
 すると、その方がお話をされたのが、ご自分でお米を作っておられるということなんですね、本業のお仕事とは別に。そして、「昨年は30kg献米してけれども、今年は60kg献米したい。文化祭の当日は人がたくさんいて大変だから、今から持って行こうと思うんですが、いいですか」というお電話だったんですね。
 それで、「今からですか? わかりました、どうぞ!」というわけで、早速そのお父さんが、60kgのお米を持ってきてくださったんです。
 そして一緒に台車でガラガラ運びながら、その方が語ってくださるんですね。
 「先生、私も54になりましてね。最後は農業をやって死にたいと思ってるんですよ」と。
 そう聞いた瞬間、私は「おいおい、54はまだ若いやろ」と正直思いましたが、そういう人生の終わり方を早いうちから考えている深い人間性をお持ちなんだろうと思い直しました。
 この方は、本業のかたわら、60反の田んぼを借りて、お米づくりを昨年から始めておられたんですね。そして、その日、精米したばかりのお米を持ってきてくださって、そして帰り際に、「はい、新米です。どうぞ食べてください!」とおっしゃって、5㎏ほどのお米を別の袋でくださいました。精米したてのお米は温かかったです。有り難くて、ジーンと心に響きました。

米は命

 そのお父さんが帰られたすぐ後に、校長から御礼の電話を入れてもらいました。すると、今度はそのお父さんからメールが届きました。私のメールアドレスをご存知ということは、私の釜ヶ崎の活動報告をホームページで御覧になったのかも知れませんね。
 送られてきたメールの中にはこんな文章がありました。
 「お米は2年目の素人の手によるものですが、先人が何代もかけて守って来られた大切な『たんぼ』と『地元の湧水』をお借りして作らせてもらったものですから、私の未熟は何とかなったのではと思っています。
 富田先生がライフワークとされておられるボランティア活動の、お役に立つことになれば幸甚です。
 これからも志を貫いて下さい」
 またまた私は、有り難くて心がジーンと温もりました。
 日本人の心の底には、米に対する特別な感情があるのではないかと、私は常々感じています。先祖代々から受け継がれてきた田んぼ、自然の恵みである水、そして太陽の光……そうやってできた米が、人の命を養い、土地の広さの単位となり、通貨や経済力の単位になったりしてきたのが日本の文化なわけで、まさに米は生活の基盤であり、命そのものと言えるわけですよね。
 そして、私が釜ヶ崎に米を送るのは、命を送りたいと思うからで、釜ヶ崎でおむすびを握るのは、失業した人が今日、明日とりあえず死んで欲しくないからなので、これを私がライフワークとしていることを、このお父さんは理解してくださっていたんですね。
 というより、改めて「ライフワーク」と言われてハッとしました。「そうだ、これはぼくのライフワークだな」と思いました。

釜ヶ崎

 なぜ、私は釜ヶ崎に関わり続けているのだろうか……?
 釜ヶ崎に関わり始めたのは、炊き出しの創始者である、もう亡くなられましたが、金井愛明先生という牧師の活動に学校が参加し始めた翌年に、私が就職した時からです。
 金井牧師は、学校の礼拝の説教者としてやってきて、「釜ヶ崎には米が足りない。釜ヶ崎に米を送ってくれ!」と訴えられました。その呼びかけに答えて当時の教頭先生たち体育の先生とPTAを中心に、米を釜ヶ崎に送る運動:「献米」が始まったのが、私が今の学校に赴任する前の年のことでした。
 私は赴任早々その活動に参加し、炊き出しでおむすびを握って配る活動に生徒と一緒に参加しようと考えて、参加者を募ったのが、今のボランティア部というクラブの始まりです。
 それ以来、細々と年に数回通うだけではありますが、それでも16年以上通っていて、これからもたぶんずっと関わり続けるだろうし、色々な場所で釜ヶ崎のことを話し続けると思います。
 それはなぜかというと、要するに釜ヶ崎という町が好きなんだろうと思います。
 では、なぜ釜ヶ崎が好きなのだろうか……と考えてみると、なんだかいい恰好を言うようですが、釜ヶ崎に行くと、人間の生きる原点を見るような気持ちになるから、でしょうか?

原石のような人間

 「働いて、稼いで、食べて、寝る」。そして、次の日も起きて、「働いて、稼いで、食べて、寝る」。この基本で生きていて、余計なものがあまりないんですね。修行中のお坊さんのようにシンプルです。まあ、食べる時に、「飲む」が加わったり、「歌う」が加わったり、週に1日か2日は「休む」が入ります。
 釜ヶ崎の人は欲があまりありません。お金が無いからと言ってケチではありません。ぼくみたいなオッサンには絶対にあり得ませんが、たとえば可愛い女子の高校生など連れて行くと、ポケットの中のなけなしの銭をはたいて自販機のジュースを買ってごちそうしてくれたりします。
 人間、たくさんの金や物を持つと、思い煩いが増えますが、そういう思い煩いから解放されているみたいです。お金が無いので、あまり妙な遊び方もできませんから、せいぜい安いお酒を飲んだりする程度が楽しみです。
 余計なもののない、ただの人間がそこにいて、ありのままの姿で生きている。怒りたい時には怒るし、笑いたい時には笑うし、黙りたい時には黙っています。相手によって態度や口調を変えたり、器用に世渡りのできるような人はいません。
 たぶん、そういう世渡りが下手だから、リストラなどに遭ったり、人に騙されたりして、釜ヶ崎に流れてきたんじゃないかなと思います。
 でも、その表裏のない、むき出しの人間、磨き上げる前の原石みたいな人間がゴロゴロところがっているような場所の雰囲気が、非常に気楽で、肩がこらなくて、だから私は、時々釜ヶ崎に行くのが好きなのではないかと思います。

食べて、寝る

 ただ、飯が食えないというのは誰にとっても一大事で、「シンプルライフ」などと気取ったことを言ってはおれません。
 貧しくても、なんとか食えているという状況と、完全に食い詰めてしまって、今日明日食べるものが無い、という状況では、天と地ほどの差があります。
 ホームレスの路上生活がどんなに激しいストレスにさらされるものなのかを知っている人は多くありません。私の父親も、「ホームレスも3日やってらやめられへんらしいで」と言ってあざ笑っていた。やることもなく寝転んでばかりで楽チンだと思っているんです。
 しかし、やっている本人は不安と恐怖でおののいています。
 食べるものが底を突いてしまうと、「死」というものが目前に迫ってきます。真っ暗な冷たく固いアスファルトやコンクリートの路上に寝転び、「明日にはもう俺はこの場所にはいないかもしれない」と思う不安。こうして寝ている間に誰かに襲われはしないかという恐怖。そんなストレスで胃潰瘍になっている人もいます。
 だから、人間も動物ですから、とにかく食べるものと、安全に寝ることのできる場所は絶対に確保しないといけません、生きるためには。
 だから、米を送る。米は命ですから。
 寝る場所を用意することまでは私にはできません。しかし、お米を持っていくことはできる。自分以外の人に呼びかけて集めることもできる。それは最低限のことで、それ以上のことを大々的にやろうと思っているわけでもありませんし、何か善いことをしたと思っているわけでもありません。
 こんな献米や炊き出しのボランティアをやらなくてはいけないような社会が変わらなくてはいけないのであって、献米やボランティアなど必要なくなるようにしなければいけないんです。
 とにかくそういうわけで、死にそうになっている人を、水際でただ食い止めるだけのような活動を、なんとなく何年もやることになってきたわけですが、要するに人間にとっては、生きて死ぬまで飯が安定して食えればよく、寝る場所もあれば、それで基本的にはいいんではないかなと思っています。
 釜ヶ崎という場所は、その最低ラインで大体生きていけている、人間の生きることの原点のようなものが見えるから、私はここが好きだと思うんですね。

天の国

 で、イエスの言った天の国なんですが、今日お読みした聖書の箇所にあります通り、イエスは「天の国は次のようにたとえられる」と言って、夜明けから一日働いた人も、夕方5時にやってきた人も、同じ賃金を受け取ったという話をしています。
 雇い主のぶどう園の主人は、夜明けに人を雇った後も、広場に9時に行ったり、12時や午後3時に行ったり、5時に行ったりしていますが、それでもいい歳をした大人が所在なげにブラブラしている。これは大阪の釜ヶ崎とよく似た風景です。仕事が無いので、相当元気で若い連中に仕事を取られて、残った多くの人々はブラブラしているより仕方がないわけです。
 ブラブラしているということは、この時代には生活保護というような素晴らしいものはありませんから、完全に食い詰めてしまっているということです。既に食べる物が無い状況に置かれた人で、まさに死に瀕しているわけです。
 イエスの話すぶどう園の主人は、こういった人たちを一人残らず連れて来て、同じように食べるだけの収入を与えるのです。
 食べる量ということに関しては、人間はそんなに互いに大きく違いませんよね。ある人の食べる量が、別の人の10倍以上なんてことはありません。多少の個人差はあっても、ものすごい大差があるわけではありません。ですから、みんながとりあえず食べることができる値段というのも大差は無いはずで、もしべらぼうにお金がかかるということなら、それは贅沢なものを食べているからで、そんなに贅沢をしなければ、みんなかかる食費はそんなに変わらないだろうから、同じだけみんなに与えましょう、と。
 仕事のある人も、仕事の無い人も、食べることについては心配しなくてもいい世界が来たらいいのにな。それがイエスの言う天の国です。
 そんな国が来たらいいのにな、と私も思います。
 説き明かしは以上とさせていただきます。





Clip to Evernote


礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール