イエスの罪

2014年2月23日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝説き明かし

約29分間
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聖書:マルコによる福音書1章1−15節 (新共同訳)

 神の子イエス・キリストの福音の初め。
 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。
 ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」  そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。
 それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。
 イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。
 ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。





ライブ録画:説き明かし(29分間)+分かち合い(51分間)=計80分間


ヨハネの洗礼

 皆さん、おはようございます。今日は、最初に書かれた福音書である、マルコの一番最初の場面からお読みしました。
 マルコの福音書は、後からできたマタイやルカのように、イエスの誕生の物語がありません。それはマタイやルカが付け加えたもので、最初のマルコには無かったものです。マルコによる福音書は、いまお読みいただいたとおり、洗礼者ヨハネの登場から始まっています。
 洗礼者ヨハネという人は、荒れ野、すなわちユダヤ地方の中でも、街や村から離れた荒れ果てた地域に住んで、らくだの毛衣を着て、革の帯を締めて、いなごと野蜜を食べていた(マルコ1:6)と言いますから、野生的な生活というか、原始的な生活をしながら、ヨルダン川で洗礼を授けていたというんですね。
 こういう生活をしていたことから、よくこの洗礼者ヨハネを、死海のほとりで隠遁生活をしながら神の救いを待っていたエッセネ派と呼ばれるグループや、現在は死海写本と呼ばれている大量の文書、巻物を洞窟に隠していたクムラン教団というグループの一員ではないかという説が一時期唱えられていたこともあったようなんですが、どうも違うらしいというのが最近の研究結果のようです。
 エッセネ派やクムラン教団というのは、神がこの世に介入して、この世の終わりを来らせ、神の国を実現することを期待して、腐敗しきったエルサレムの神殿の祭司たちから距離をおいて、砂漠にこもって神の救いを待っていたわけです。
 ところが、この洗礼者ヨハネという人は、仲間と一緒に砂漠に引きこもって、一般社会と断絶するということはしていないんですね。この人は、ユダヤの全地方やエルサレムの住民に広く呼びかけて、一般人に悔い改めをさせて、罪の赦しの洗礼を授けて、そしてまたその人びとを帰していました。
 そして、イエスもそんな人びとに混じって、ヨハネのもとに罪の赦しを求めて洗礼を受けに来た一般人の一人だったということです。

罪とは何か

 さて、ここで問題です。イエスがヨハネのもとに来て、洗礼を受け、赦しを受けたいと思っていた罪とは一体なんだったのでしょうか?
 今日の説き明かしのタイトルです。「イエスの罪」とは一体なんだったのでしょうか? イエスはどんな罪意識を持って、ヨハネの洗礼によって洗い浄められ、赦されたいと思っていたのでしょうか?
 ここで、「罪とは何か」について、おさらいのような話をします。
 「罪」とは、日本語では専ら、何か悪いことをすること、あるいは道徳や法律を破ることという意味で使われます。
 しかし、聖書における罪というのは、ご存知の方もおられると思いますが、直訳すると「的外れ」という意味になります。これは旧約聖書のヘブライ語での「ハッタート」という単語、それから新約聖書でも「ハマルティア」という単語がそれに当たり、いずれも「的を外している」という意味です。
 ではここで、外している「的」とは何かというと、それは神の意志です。神の意志、神の御心、神の願い、神の期待……いろんな言い方ができますが、神が望んでおられることから外れること、あるいは反逆すること、神との約束を破ること、そのことによって神の前に立つ資格を失うこと、あるいは自分から神との関係を切ってしまうこと。それらが、聖書の言葉で言う「罪」だったわけです。
 しかも、それが「汚れ(けがれ)」とか「破れ」といったこととも結びついていたのが、ユダヤ人の罪の感覚でした。
 例えば、聖書の中で「重い皮膚病」(ヘブライ語でツァラート)という言葉が出てきますが、このツァラートというのは、人間の皮膚にできた変色や荒れた状態や、できものやカビが生えたような状態、または膿が出ているような状態のことを言っていて、実は人間の皮膚だけではなく、革製品や家の壁にできた変色を指しても使われるような言葉です。
 このツァラート(つまり皮膚病)ができた人は、汚れた人間として、街や村から追い出され、洞窟や森の中に隠れてホームレスとして生きるしかない世の中でした。
 このツァラートにかかるというのも、罪の結果であるとされました。何らかの理由で神から離れてしまったり、神の御心から外れた生き方をしていることが神の怒りに触れて、体の完全性が崩れるという結果を招いたんだと考えられたわけです。
 女性が男性より劣っていると考えられたのも同じ発想が根底にあります。女性は男性とは違い、約一ヶ月に一回血液が体外に出ます。血が漏れるというのは、神の作品としては不完全であると。そして血が出ている間は汚れているので、人の集まりから遠ざかって引きこもっていなさい、とされたわけです。
 神殿で献げ物をする時に、傷のない完全な動物を捧げなさいと決められていたのも、同じ考えに基づいています。傷がついたり怪我をしている動物は神から与えられた完全さを損なっているから、献げ物としては相応しくない。だから、神殿に巡礼に来る人たちは、献げ物の動物を自分で連れてくるんんじゃなくて、神殿の境内で買う方が確実だというわけで、神殿の境内には動物商人がうじゃうじゃいて、それを相手に後にイエスが大暴れするということにつながっていきます。

個人の罪、民の罪

 というわけで、罪というものが、道徳的な善悪の問題ではなくて、神の前に相応しいかどうか、また神から離れ、汚れたり損なわれたりしているかどうかという問題、しかもその判断基準もかなり原始的なものであったということがおわかりいただけるかと思います。
 そして、この神の御心にかなった完全な状態から遠ざかって汚れてしまう罪というものは、個人だけではなく、民全体の罪というものも同時にあると考えられていました。民が全体として神から離れた汚れた状態である場合、民は罪深いということになります。
 そして、イエスが生きていたこの時代、ユダヤ人は罪の中にあると、多くの人が考えていました。
 当時、ユダヤ人は固有の領土を失っていました。ローマ帝国に占領され、属州として支配され、ローマに税金を収めさせられていました。ローマ人は神に選ばれた民ではない異邦人ですから、汚れています。汚れた異邦人の支配を受けている。これは神の前に立つに相応しくない汚れた状態です。
 しかも、神殿の祭司階級の貴族たちは、ユダヤ人社会の指導者たち、いわば国会議員や官僚に当たるような人々は、実質的にローマ人たちと妥協した、ローマの傀儡政権だったわけです。これは神に選ばれた聖なる民であるユダヤ人を汚れた異邦人に売り渡す行為で、神に対する明らかな反逆だと、そう考える人は少なくなかったわけです。
 ですから、「今に神の裁きは降るぞ! 終わりの時は近いぞ!」と説く宗教者も当然出てきます。神殿の祭司たちがやっている神事は全く意味のない偽善だとして決別し、エルサレムを離れて荒れ野に退却し、神の裁きと神の国の到来を待つというエッセネ派やクムラン教団のようなグループも現れますし、そういう会員制のサークルのような教団に入れない一般人でも、「終わりの時を生き延びて、やがて来る神の国に入りたい」と願う人たちをたくさんいるわけで、そういう多くの人たちを受け入れて、悔い改めの洗礼を授ける洗礼者ヨハネのような人も現れたというわけです。
 そして、イエスもこの人々の群れに混じって、洗礼を受けにやってきました。おそらく他の洗礼志願者と同じ動機で。つまり、神の民として全く相応しくない罪深いユダヤ人社会の一員だという自覚がイエスにもあった。しかし、その罪を洗い清めて神の民として相応しい人間になりたいと思って洗礼を志願したのでしょう。

ヨハネとの決別

 というわけでイエスは、自分は神の御心に適わない罪深いユダヤ人の一人だと自覚していて、悔い改めて洗礼を受けて赦され、ヨハネが「もうすぐ来る」と言っていた神の介入を待ち望んでいたんでしょう。そして、受洗者の中でも非常に神の国を待ち望む思いの強かったイエスは、ヨハネの直弟子になったんでしょう。
 ところが、これは皆さんご存知のとおり、やがてイエスはヨハネから離れて、独自の道を歩み始めます。そのきっかけが何であったのかは、はっきりとはわかりませんが、いずれにしろヨハネが殺されて、ヨハネの活動は突然中断し、ヨハネ教団は解散。イエスも含めてヨハネの弟子たちは見捨てられた格好になります。
 ヨハネが殺されたのは、ほぼ間違いなく、神殿の祭司たちやヘロデ・アンティパスといったローマと結託している支配者に対して、「お前らは神に裁かれて地獄で焼かれるぞ」と挑戦したからです。
 しかし、あまりにあっけなくヨハネは殺されてしまった。ヨハネを信じ、ヨハネに望みをかけていた人々は深い失望を味わったでしょう。「あの洗礼は一体何だったのか?」、「神がもうすぐ介入してくださるという約束はどうなるんだ?」と疑問が渦巻いたことでしょう。その後、イエスが誰にも洗礼を授けなかったのも、この洗礼に対する失望があったと考えれば頷けます。イエスは洗礼に、もはや意義を感じてなかったんですね。

神の王国を作り出す

 それと、イエスがヨハネとは全く違う道を歩んだ、もう一つの点は、ヨハネは神が介入してこの罪の世を終わらせてくださるという期待を宣べ伝えていたんですが、イエスは自分が神の国を始めようとしたということです。
 このイエスの神の国というのが、大変面白いんですね。イエスが始めようとした神の国の先取り。それが誰でもが招かれる愛餐だったわけです。
 イエスにとって、ローマと、ローマの傀儡になっているユダヤの神殿貴族たちによる罪というのは、この支配階級がどれだけガリラヤ地方などに住んでいる庶民の生活を圧迫して年貢や税金を吸い上げ、「貧困に陥るのは、お前が罪深いからだ」と侮辱し、「生活や仕事に追われて安息日を守れないのは罪だ」と言って責めたて、「羊飼いや漁師は生臭い汚らわしい仕事だ」と言って差別し、「病気にかかるのは罪の結果だ。天罰だ」と言って苦しみを増し加え……という、人間に対する冒涜というか、それこそ神の作品としての人間に対する暴虐ではないかという怒りと結びついていました。
 だからイエスは、そういう支配と隷属の関係、身分や経済格差、搾取や差別……などなどといった人間に対する冒涜、人と人の間を引き裂く境界線、そういったものを全部ぶっ壊して、みんな神の前に平等なんだから、本当に誰でも平等にしてやろうじゃないか。
 また、その人間に対する冒涜、暴虐の本質というのは、今日、明日食べるものが無い人々を作り出しているということに典型的、象徴的に現れています。つまり、この罪の世の中は人殺しの世の中だということです。食べられない人々を見殺しにしている。だから、まずは誰でも不自由なく食べられる世界を作ろう。それができなくて何が神の国だと。
 だから、イエスの神の国は、全ての人間が平等に扱われ、全ての人間が平等に食べることのできる場所、ということになったわけです。
 イエスの平等な食事会。愛餐。これはこれで当時の社会において立派な抵抗運動でした。
 祭司など身分の高い人から見れば、身分の低い人、汚れた仕事の人、汚れた病気の人、そして女性や犯罪者などと一緒に食事をするというのは、自分たちの清さに対する冒涜であり、神が定めた秩序に対する冒涜です。そういう一切の境界線を外して、一緒に食事会をするなんて行いは、社会秩序をぶち壊すような反社会的行為、彼らが信じている神に対する反抗的行為と見なされたんですね。
 そして、そういう身分、カーストを取り払った世界を神の「王国」だと宣言するということは、この世を支配しているのはローマ皇帝なんかじゃないんだ。私たちの神が王様であり、皇帝なんだ、と宣言する事ですから、皇帝の権力に対する批判にもなってしまっているわけです。
 イエスが洗礼者ヨハネと全く同じように、捉えられ殺されたのも無理のないことだと言わざるを得ません。

私たちは……

 さて、私たちは、洗礼を捨て、愛餐を実施して神の国をこの世に実現しようとした反逆児イエスの生き様に習って生きようとしています。
 イエスの生きていた時代や社会背景と、今の私たちの生きる時代や社会とは、異なるところもあれば、よく似ているところもあります。
 イエスの精神を今の世に活かして生きようとすれば、どういうことになるでしょうか。
 皆さんの思う事、感じる事を思いつくままにお聞かせいただければ有り難いです。
 




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