イエスの気合い 汚れた霊とは何か

2014年3月23日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝説き明かし

約24分間
礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る



聖書:マルコによる福音書1章21−28節 (新共同訳)

 一行はカファルナウムに着いた。イエスは、安息日に会堂に入って教え始められた。人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである。
 そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」
 イエスが、「黙れ。この人から出て行け」とお叱りになると、汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声を上げて出て行った。
 人々は皆驚いて、論じ合った。「これはいったいどういうことなのだ。権威ある新しい教えだ。この人が汚れた霊に命じると、その言うことを聴く。」
 イエスの評判はたちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった。





ライブ録画:説き明かし(27分間)+分かち合い(53分間)=計80分間


カファルナウム

 2週間前にイエスが漁師たちを弟子にしたところのお話をしました。いよいよ今回はイエスの活動の開始です。
 カファルナウムというのはガリラヤ湖畔の街で、最初にイエスが活動の拠点にした場所だと言われています。漁業の街で、ユダヤ人だけでなく異邦人に対しても魚や魚の加工食品を輸出していて、異邦人と接する機会が多いことから、エルサレムの都の人びとからは蔑視されていましたが、交易でそれなりに栄えていたといいます。
 このあとの聖書の箇所を見ると、すぐにシモン・ペトロのしゅうとめが登場するように、この漁師町とシモン・ペトロの家族の住んでいる辺りは近かったのかなと思いますね。

会堂

 さて、安息日になって、イエスが会堂で教え始めたとあります。ユダヤ教の会堂を「シナゴーグ」と呼ぶことはご存知の方も多いのではないかと思います。
 イエス時代のシナゴーグでの礼拝については、いろいろ資料はあるのですが、どうも文献を読んでいても実感が湧かないというのが私の正直な感想です。まあ私の不勉強もありますけれども。しかし、いくつか資料を見ても、言っていることが違っていたりもするんですよね。ビデオか何かで記録されていたらいいんですけれども、今から2000年も前にビデオカメラがあるはずがないので、見る事もできません。
 ただ、詳しいプログラムの順序についてはわかりませんが、まず確かなのは、ユダヤの礼拝は一日3回行われたということと、シナゴーグの礼拝では「トーラー」(日本語に訳すと「律法」ですね)と呼ばれますが、別名「モーセ五書」、つまりヘブライ語聖書の最初の5冊、「創世記」、「出エジプト記」、「レビ記」、「民数記」、「申命記」、この5冊を年間を通して読んでゆきます。読み方も、今の我々が聖書を読む時のように普通に朗読するのではなくて、歌を歌うように……というより歌そのものですね。歌ってみんなで暗誦しているわけです。ユダヤ人は子供の頃からそうやって歌って聖書を前から順番に毎日唱えているので、トーラーはほとんど暗誦しています。
 それから預言書、「イザヤ書」とか「エレミヤ書」などに続く預言者の言葉ですね。これを読んでゆく。イエスが故郷のナザレに帰って受け容れられなかったというエピソードがマルコ、マタイ、ルカの3つの福音書には書かれていて、その中でルカだけが、イエスに「預言者イザヤの巻物が渡され」(ルカ4:17)と、イエスが預言書を朗読する場面を書いていますけれども、そのようなことが行われていたのは事実なんですね。
 それから、ラビによる教えや、礼拝参加者による証のようなお話がありました。使徒言行録13章に、アンティオキアという町のシナゴーグでパウロとバルナバの二人組が、「律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、『兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください』」(使徒13:15)と言われて、それでパウロが説教したことが書かれていますけれども、こんな風に突然なのか、前もって打ち合わせがあったのか、とにかく指名されて話すということもあったようです。
それから、祈りを捧げています。2種類の代表的な祈祷文があって、ユダヤ人は皆それを暗誦しているんですが、それについては時間の関係で、また別の機会にお話しようと思います。

のびのびと教える

 そういうわけで、イエスのような被差別階級の大工(テクトン)が幼い頃から専門的な教育を受けていたことはかなり疑わしいですが、同じような被差別階級もたくさんいる庶民のシナゴーグで聖書を朗読したり、みんなの前で話したりしたことは十分あり得ますし、文字が読み書きできたか疑われてはいますが、トーラーの言葉は大体暗誦していたでしょうし、洗礼者ヨハネのもとで一定の修行と教育を受けて来て、しかもそれをある意味卒業して、独自の何らかの確信を抱いて人々にメッセージを伝えようとしているいるわけですから、通常の一般庶民の証よりははるかに雄弁に語ったというのは間違いないでしょう。
 そして、「人々はその教えに非常に驚いた。律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったからである」(マルコ1:22)とありますが、これはどういうことなんでしょうね? 律法学者は権威ある者として教えなかったのでしょうか? 律法学者こそ権威主義者のような印象がありますけれども。
 おそらくこれは、マルコに言わせれば、律法学者というのは「自分の言葉で語っていない」、「自分の血肉になった言葉を語っていない」ということなのではないかと思います。つまり、「律法にはこう書いてあります。そして律法の注解書にはこう書いてあります。高名なラビもこう言っていますし、こういう判例もあります。ですから、私たちはこのように生きるべきです」というような、自分よりも権威のある書物や偉大な人物の権威に依拠する形で人を教えていたと言いたいんでしょう。
 これに対して、イエスは、自分自身に権威がある者のように堂々とオリジナルな言葉で教えたということなんでしょう。このあたりを、山浦玄嗣さんの『ガリラヤのイェシュー』という翻訳はうまいこと伝えていると思います。
 「休み日ともなれば、待ちかねた様子で、イェシューさまは村の寄合に出かけて行き、教えなさったものでござる。それも、掟語り衆の教え様とはまるで違って、堂々と自信に溢れ、少しも臆せず、のびのびと教えなさったものでござる。それで、聞く人はその教え様にいつも舌を巻いて感服していたものでござった」(マルコ1:21-22、山浦玄嗣『ガリラヤのイェシュー』イー・ピックス出版、p.201)

汚れた霊

 ところがその時、汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだと。「ナザレのイエスよ。我々をどうするつもりだ? 我々を滅ぼしに来たのか? お前の正体はわかっている。神の目に適った聖者だ!」と。
 ここで面白いのは、この汚れた霊が複数形になっていることですね。「我々を滅ぼしに来たのか」(マルコ1:24)と言っています。ここに限らず、複数形の汚れた霊が一人の人に取りついて、苦しめるという話が聖書には収められています。たとえばこの先に出て来るマルコ5章の、「レギオン」という汚れた霊の集団が豚に乗り移らされる話もそうですよね。
 聖書の中には、このようにイエスは汚れた霊や悪霊が取りついた人を救う話がたくさん出てきます。それを読むと、「ああ、当時は汚れた霊に取りつかれた人がたくさんいたんだなあ」とわかります。
 けれども、実はそれは今の私たちが置かれている状況とあまり変わらないんですよね。
 今から2000年前です。1世紀の人たちには今の私たちのような医学はありませんし、顕微鏡も医薬品もありません。大体、発酵とか病気の原因になる細菌というものの存在が発見されたのは17世紀のことです。オランダのレーウェンフックという人が1676年に発見したそうですね。
 そうすると、1世紀の人たちが病気や体調不良になった時、その原因をどうやって理解しようとしたのかというと、それは何かが体の中に入り込んだに違いない。その何か得体の知れない存在を、この人たちは「霊」と呼んだんですね。
 それは病気や体調不良を起こすわけですから、「悪い霊」あるいは「不潔な霊」つまり「汚れた霊」と呼ばれるわけです。
 その一方で、良い霊、清い霊というものもあります。そういう霊は「聖なる霊」(つまり「聖霊」ですね)と呼ばれて、そのような聖なる霊は神からのものだと理解されたわけです。
 しかも、その「霊」は、新約聖書のギリシア語で「プネウマ」、旧約聖書のヘブライ語で「ルーアッハ」と言いますけれども、実は「風」や「息」という意味をも表しています。つまり、病気や体調不良になる人は、汚れた息あるいは風が体に入ったんだと思われたわけです。
 息も風も同じですよね。空気の流れです。そして1世紀の人は空気というものが窒素や酸素などの混じった期待という物質であるということも知りませんから、息も風も霊もひとつのものとして捉えていました。
 ですから、人間は生きている限り呼吸をしていますけれども、これは鼻や口を通して風が出入りしている、すなわち霊が出入りしていると考えたわけです。そして、死ぬ時には呼吸の風が止まる。すなわち霊の動きが止まるということです。
 そして、汚れた霊が入ると病気になり、逆に聖なる霊に満たされると権威ある者として堂々と人を導くことができるわけです。



 この感性は実は日本人と良く似通っていると思いませんか? 日本人には非常に理解しやすい世界だと思います。
 今のプネウマ、ルーアッハ、すなわち「霊」という言葉を、もっと日本人の感性に合わせた日本語に直すと、多分「気」という言葉になると思います。
 そもそも「病気」という言葉自体がそうですよね。「気」が「病んでいる」わけですね。「病は気から」という言葉もありますね。
 それから「生きる」ということは要するに「息をする」ということですけれども、死ぬ時には「息を引き取る」と言いますよね。息を体内に引き取ってしまって止まってしまう、無くなってしまうという意味でしょうね。
 それから、ちょっと体調を崩すと「風邪を引いたかな」と言いますよね。風邪というのは、読み方は「かぜ」そのもので、漢字では「邪(よこしま)な風」と書きますよね。「よこしまな風」、「邪悪な風」と言ったら、これギリシア語に直すと「汚れた霊」です。そのまんまです。
 そして日本人は、よくわからない体調不良に関してはすぐに「風邪かな?」と言いますよね。喉が痛くても風邪、鼻水が出ても風邪、咳が出ても風邪、頭が痛くても風邪、お腹が痛くてもお腹に来る風邪と言ったりします。それが21世紀の西洋式の現代医学の検査を受けると、細菌やウィルスの感染症だったり、花粉症や大気汚染によるアレルギー症状だったり、あるいはストレスやトラウマといった心の問題に原因がある心身症のような体調不良だったりするわけですけれども、それが軽いうちは「どうせ風邪だろうから、休んでおけ」というような対応だと思うんですね。
 そして、よく「風邪は気合いで治せ!」とか言う人もいますよね。あるいは「気が張っていれば風邪なんか引かん!」と言う人もいます。あれも、日本人独特の「気」の感覚ですけれども、実はこれが古代のユダヤ人の「霊」の感覚と似通っているわけです。

気合いの戦い

 さて、そういう風に背景事情を押さえた上で、今日の聖書の物語をもう一度見てみます。
 この汚れた霊に取りつかれた人というのは、要するに日本風に言うと汚れた「気」に取りつかれてしまっている人と表現することができます。「邪気」が入ってしまっているわけです。
 そしてこの人の様子の描かれ方から見て、肉体的な病気ではなく、何らかの精神的な病気にかかっているように見る事もできます。今で言うと何と呼ぶべき症状なのかは、これだけではわかりません。とにかく、自分の体内に複数の汚れた霊が入り込んでいるという風に言っています。そして、「堂々と自信に溢れ、少しも臆せず、のびのびと」人を教えるイエスに対して、非常に挑戦的な態度で、「俺たちを滅ぼしに来たのか! お前の正体は分かっている! 神の聖者だろう!」と悪態をつく。
 これだけを見ると、ひょっとしたらこの人は病気というほどのことではなくて、イエスのあまりに堂々とした立派な教えっぷりに圧倒されて、それまでこのカファルナウムのシナゴーグで幅を利かせていた教え手や語り手たちがカーッとなって喧嘩を売っているように見えないこともないです。正気で物を考えているとは思えないようなわけのわからないことを主張して相手を否定しようとするという、こういう光景は教会でも学校でもよく見かけます。宗教とか教育の世界ではよくあることです。
 このような挑戦に対してイエスはどう応じたか。
 「黙れ! この人から出て行け!」
 問答無用です。邪気に取りつかれ、コンプレックスのかたまりになって難癖をつけてきた相手に向かって、「黙れ!」と一喝です。そして汚れた霊に「出て行け!」と命じたということは、いわば「その腐った精神を棄てろ!」と言ったのに等しいでしょう。
 するとこの人は、「がああーっ!!」と叫んで体を痙攣させて、しゅんとおとなしくなった。気が抜けたんですな。気を落とした。つまり、邪気が抜け落ちた。イエスの気合いの方がこの人よりも何十倍も強かったんですね。
 このイエスの気合いにはシナゴーグに集まっていた人々も度肝を抜かれて、「なんちゅうこっちゃ。力のある新しい教えやなあ。この人が口を開いたら、邪気も払われるんやなあ」と口々に言い合って、そしてイエスの評判はガリラヤ湖周辺の町や村に広まっていった……というのが今日の物語です。
 イエスはカファルナウムという港町で、気合いに満ち満ちた宣教活動を始めました。その勢いは難癖をつけてきた歪んだ精神の持ち主に対して、反論することも許さず、逆に挑戦者のほうが気をもがれて阻喪してしまうほど強力であった……という力強いスタートです。
 みなさんのお感じになったこと、お考えになったことをお聞かせいただければありがたいです。どうもありがとうございました。
 




Clip to Evernote

礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール