罪は取り返せない。でも人生はやり直せる

(「何度でも赦され、何度でも立ち上がる」の改題)

2014年4月20日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 イースター礼拝説き明かし

26分間
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聖書:ヨハネによる福音書21章1−14節 (新共同訳)

 食事が終わると、イエスはシモン・ペトロに、「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」と言われた。ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの小羊を飼いなさい」と言われた。
 二度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロが、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言うと、イエスは、「わたしの羊の世話をしなさい」と言われた。
 三度目にイエスは言われた。「ヨハネの子シモン、わたしを愛しているか。」ペトロは、イエスが三度目も、「わたしを愛しているか」と言われたので、悲しくなった。そして言った。「主よ、あなたは何もかもご存じです。わたしがあなたを愛していることを、あなたはよく知っておられます。」
 イエスは言われた。「わたしの羊を飼いなさい。はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」
 ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのである。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。





ライブ録画:説き明かし(26分間)+分かち合い(36分間)=計62分間


ガリラヤ

 イースター、おめでとうございます。
 復活祭の喜びを皆さんと分かち合いたいと思います。
 本日お読みしました聖書の箇所は、正典の福音書の中では一番最後にできた福音書の、最後の部分に近い、復活のイエスと弟子たちの出会いの場面を描いたもので、特にペトロに焦点を当てて描かれています。
 もう読んでいてお気づきになった方もおられるのではないかと思いますが、これは2週間前にお話しした、ペトロが三度イエスのことを知らないと言ったという物語と対応した話になっています。ペトロがイエスを三度「知らない」と言ったわけですが、今日の物語では、イエスがペトロに三度「愛しているか」と聞くわけです。
 イエスが十字架に打ち付けられて死んだ時、イエスの弟子たちはほとんどの者が逃げ去ったと福音書を読む限り思われます。ペトロは、イエスが連行されて行った後をついて行き、そこでイエスを三度否認したことになっていますが、これも二週間前に申し上げましたように、実際には逮捕され、尋問されて、公に否定をした可能性があります。それでペトロは釈放されたというわけですね。イエスを見捨てることによって彼らは自分の命を守ったわけです。
 その後、主だった弟子たちはガリラヤ地方に引き揚げて行ったと描かれています。これはルカが書いていることと食い違います。
 ルカによる福音書と使徒言行録では、弟子たちはエルサレムにとどまっていて、そこでペンテコステの出来事を経験したことになっています。そこから教会の歴史が始まったとルカは言いたいわけですね。
 しかしヨハネは、弟子たちがガリラヤに帰ったと記しています。これは彼らが自分たちの生活の現場に戻って行ったということを示しています。ガリラヤ湖という場所は、ペトロらが働いて生活の糧を得ていた場所であり、家族と暮らしていた場所であり、彼らがイエスと出会った場所でもあります。ということは、イエスは弟子たちの生活の場に入り込んで来られて彼らに声をかけたのだということも改めて再認識できます。
 イエスを見捨てて逃げてきて、ペトロたちは自分の暮らしていた生活の場、そしてイエスと出会った場に戻ってきました。そこで彼は、「漁に出よう」と言います。これはおそらく、彼らはそれぞれの生活の場で「人を漁る漁師」としての活動を始めようとしたということでしょう。
 しかし、自分たちの知恵だけでやろうとしても、なかなか伝道の効果も上がらない。ところがそこに、予想もしなかった助言を与える人物が現れる。すると努力の効果が現れる。あれは実はイエスの助けであったのではないか……というのが、今日お読みした物語の前半です。

魚の聖餐

 そして、彼らは浜辺に上がり、イエスとともに食事をします。これも聖餐の原型のひとつです。
 私たちは聖餐と言えばパンとぶどう酒のことだろうと決めつけてしまいがちですが、実はパンと魚の伝承もあるんですよね。しかし、キリスト教のごく初期の教会の遺跡などには、イエスと弟子たちがパンと魚の食事を共にしている壁画や床絵などが残っていたりしますし、ずっと後の時代になって15世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチでさえも、彼の『最後の晩餐』という作品では、イエスと12人の弟子たちの前のテーブルに並んでいるのは、パンと魚です。
 1400年近くもパンと魚を聖餐とする人々が存在していたということは、聖餐というものが本来いかに多様であったかを示す証拠と言えるでしょうね。ヨハネによる福音書は、このパンと魚の聖餐と、もうひとつのパンとワインの聖餐の二つを両方伝えている福音書であるというわけです。

三度の裏切りと三度の問い

 そして、このイエスとともに食べる食事において、ペトロはイエスに三度話しかけられます。
 「ペトロ、あなたは私を愛しているか」。
 ペトロはイエスに答えます。
 「主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」。
 もう一度、イエスは訊きます。
 「ペトロ、あなたは私を愛しているか」。
 再び、ペトロはイエスに答えます。
 「主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」。
 三度目に、イエスは訊きます。
 「ペトロ、あなたは私を愛しているのか」。
 そうすると、ペトロは悲しくなったと福音書には書いてあります。そして答えます。「主よ、私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」。
 この三度の質問と答えが、ペトロが三度イエスを「知らない」と言ったという物語と対応していることは明らかです。

アガペーとフィリア

 加えて、ここで使われている言葉を調べてみると、面白いことがわかります。
 最初のイエスの質問、「あなたは私を愛しているか?」という質問の中の「愛する」という言葉は、ギリシア語では「アガパオー」といい、皆さんもよくご存知の「アガペー」という言葉の動詞です。
 これに対してペトロは、「私があなたを愛していることは、あなたがご存知です」と言っていますが、ここでの「愛する」は、「アガパオー」ではなく、「フィレオー」という単語であり、これは「フィリア」という単語が動詞に変化したものです。
 2回目にイエスが「私を愛しているか?」と訊いた時も、イエスは「アガペー」の愛で愛しているか? と言っていますが、ペトロは「私が『フィリア』で愛していることは、あなたがご存知です」と答えます。
 そこで、3度目にはイエスは、「お前は『フィリア』で愛してくれているのか?」と訊きますと、ペトロは悲しくなった……と描かれているわけです。
 この「アガペー」と「フィリア」の使い分けには大して深い意味はないというのが多くの学者さんの考え方のようです。しかし私は、三度目だけなぜ違う言葉を使ったのかということに引っかかります。
 「アガペー」というのは、一般に四つあると言われているギリシャ語の「愛」という言葉の中で、最も値打ちのあるものとされている愛です。自分よりも他者を守る、自己犠牲を伴う愛です。もしペトロがイエスとともに命を捨てていたら、命を失ってでも愛を貫く、まさにアガペーの愛を実行したと言えるでしょう。
 これに対して、「フィリア」という言葉は同じ「愛」でも、アガペーほどの重みはなく、友人同士の愛、時に「友愛」とも訳されることのある言葉です。
 つまり、今日の物語において、イエスは二回「ペトロよ、あなたは私を、アガペーの愛で愛しているか」と問いかけたのですが、ペトロは二回とも「いえ、フィリアの愛で愛してはいますが」としか答えることができず、そこで最後には「あなたは私を、フィリアの愛で愛しているのか」と尋ねたというわけです。ペトロは三回目にイエスが譲歩してくださったのを知って、深い悲しみに襲われました。自分の裏切りの重さを改めて思い起こしたからでしょう。
 しかし、私たち読者は、このイエスの言葉遣いの変化に、イエスの優しさ、イエスの赦しが現れていると読むことはできないでしょうか。
 自分を顧みず、捨て身の愛に殉ずることができない人間に対して、「おまえは私に友情を感じてくれてはいたのだね」という言葉をかけてくださるイエスの声に、人間の弱さを理解して受け止めてくださる愛を感じることができるのではないでしょうか。
 この物語は、イエスを裏切って自分を守ったことを多くの人に知られてしまっていたペトロが、いかにして教会のリーダーとして復帰し得たのかを知る上で重要な話です。ペトロは自分の限界を理解し、赦してくださるイエスの愛を発見することで、罪人の頭として、欠けたる人間の筆頭として、そして、だからこそ最も多く赦された者としてイエスの赦しの愛を説く者として再び立ち上がったということです。
 「自分ほどひどい奴はいないんだ!」という自覚がある。だからこそ、「自分ほど多くイエスに赦されている者はいないんだ!」につながってゆきます。「私が罰されずに生きているのだから、あなたが罰せられるはずがない! 私が赦されているのだから、あなたが赦されないはずがない! 全ての人が赦されているのです! なんと喜ばしいことでしょうか! それを私は、イエスから告げられたのです! イエスはこの食事において、今も私たちと共におられます!」。
 この気づきがイースターの始まりです。

赦しから再起へ

 このイエスの赦しへの気づきと、イエスの優しい愛に満たされて、もう一度生き直してみよう、古い自分は死んだもののように、そして新しくキリストの霊が自分の体で生きていただけるように、自分を開け渡して生き直してみよう……それが復活の体験です。
 三日間という数字は、後から書かれた聖書の物語によく使われる象徴的な数字に過ぎません。実際にはイエスの死からイエスが今も私たちの命になってくださると初代の信徒たちの間に感じられるようになるまでには何年もかかったはずです。
 何年もかけてイエスの弟子たちは、表向きには「イエスのことなど知らない」と言って迫害を逃れて生き延び、その裏で必死にイエスの死の意味を知るために旧約聖書を研究し、イエスの死が自分たちの罪の贖いであったという結論に至り、特にそのイエスを直接裏切ると公的に宣言するいう最も恥ずべき行為を行ったペトロが、最も多く赦された者としてイエスの赦しと自分自身の生き直しを宣言して初代教会の再起を導いていったのでしょう。これがイースターのできごとであり、教会の宣教の始まりです。

ペトロの生涯

 さて、ペトロは三度の愛と友情に関する問答の末に、「あなたは腰に縄をつけられて、行きたくないところに連れて行かれる」とイエスに予言されています。そしてヨハネも、「これはペトロがどのような最期を迎えるようになるのかを予言したものだ」と解説しています。
 これは、このヨハネによる福音書はペトロが亡くなったかなり後に書かれていますので、「事後予言」と言われています。つまり、全ての出来事が済んでしまったあとで、「この事は実はあらかじめ予言されていたのである」ということで、全ては神がご存知であったのだ、と主張しているのですね。これも、ペトロは最終的には信仰のゆえに捕まって連行され殉教したということが、読者たちの間にすでによく知られていたということの証拠になります。
 「行きたくないところへ」というのは、彼がやはり喜んで命を捨てる人間になったわけではなかったことも暗に示していますが、それでも、イエスが受難したときには逃げたペトロが、その生涯の最後はイエスと同じ死に方をしたということで、彼はイエスに続く者となったのだ、とペトロの栄誉を讃える形にもなっています。

ハッピー・イースター

 このように、イエスの復活というのは、お墓から死体が起き上がって出てきましたすごいですね、おめでたいですね、という譬え話の出来事ではなく、実際にはイエスに赦され、愛されているということに気づくことによって、もう一度生き直してみよう! 人生をやり直してみよう! という、自分自身の蘇りのことです。
 取り返しのつかない罪を犯した人でも、人生はやり直しができる。そのことを喜ぶ日です。罪は取り返しがつかない、でも人生はやり直せる。やり直しが許されている。それを喜ぼうじゃないかという日です。
 ですから、その喜びは厳粛で深いものです。そして、それは赦し合いと励まし合い、支え合いの優しさに満ちています。
 この優しさ、こんな自分にも関わらず愛されている喜びを胸に、深い感謝をもってイースターを喜びたいと思います。
 イースター、おめでとうございます。感謝いたしましょう。





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