今ここで息を吹き返そう

2015年4月5日(日) 

 日本キリスト教団 徳島北教会 イースター礼拝メッセージ

31分間
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マルコによる福音書16章1−8節 (新共同訳)
 安息日が終わると、マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメは、イエスに油を塗りに行くために香料を買った。そして、週の初めの日の朝ごく早く、日が出るとすぐ墓に行った。
 彼女たちは、「だれが墓の入り口からあの石を転がしてくれるでしょうか」と話し合っていた。ところが、目を上げて見ると、石は既にわきへ転がしてあった。石は非常に大きかったのである。
 墓の中に入ると、白い長い衣を着た若者が右手に座っているのが見えたので、婦人たちはひどく驚いた。
 若者は言った。「驚くことはない。あなたがたは十字架につけられたナザレのイエスを捜しているが、あの方は復活なさって、ここにはおられない。御覧なさい。お納めした場所である。さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と。」
 婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。





ライブ録画:聖書と説き明かし(31分間)+分かち合い(31分間)=62分間

 
▼マルコの復活物語

 みなさん、イースターおめでとうございます。イエスの復活をお祝いしたいと思います。
 とまあ、そうは言っても、私たちは毎週イエスの復活を祝う日曜日を主日/聖日として守っているのですけれども、特に教会の暦のなかでは今日がイースターとしてイエスの復活をいつもよりも特に心に意識する日として覚えることになっています。
 「イエスの復活がなければキリスト教は生まれなかった」とよく言うクリスチャンがいます。それは確かに当たっていると私も思います。しかし、そのイエスの復活をどう理解するかによって全く変わってしまうでしょうね。
 イエスが本当に金曜日に死んで、3日目の日曜日にお墓から出てきたということが事実だと思っていて、それで「死に勝利した、やっぱり彼は普通の人間ではない、神の子だ、もしイエスが十字架にかかって死んだままだったら彼はただの人間だった、復活という出来事があったからキリスト教が始まったんだ」と思っているとしたら、それは私の考え方とはちょっと違うなと思いますが、みなさんはどう思われますでしょうか。
 本日お読みした聖書の箇所は、最初に書かれた福音書の締めくくりの部分です。
16章8節、「婦人たちは墓を出て逃げ去った。震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである」という言葉で終わっています。ここがマルコによる福音書のラストだとされているんですね。それ以降の部分は、後にできたマタイやルカに影響されて、あとで体裁を合わせるために写本が生産されてゆく中で書き加え得られた部分だと言われています。
 
▼復活物語の変遷

 4つの福音書の復活の場面を簡単に比べてみると、最初に書かれたものから後に書かれたものに向かって、どんどん話が発展して大きくなっていっているのがわかります。
 最初のマルコ、本日読んだところでは、3人の女性がイエスの遺体を収めたお墓の前に来ると、お墓が空っぽであることに気づきます。お墓の中に白い長い衣を着た若者がいます。これが何者かはマルコでははっきり書かれていません。
 しかしこれがマタイとルカでは天使とはっきり書かれているんですよね。しかもルカではこれが2人に増えています。
 それからマタイは、マルコに書かれているように、「ガリラヤに行けばイエスに再会できる」という言葉をそのままもらっていますが、その後、弟子たちがガリラヤに行って、本当に山の上でイエスと再会するシーンを付け加えています。
 またルカは、ガリラヤで初めて復活のイエスが現れるのが待ちきれなかったのか、復活のイエスは弟子たちがエルサレムで隠れているところに現れたということになっていますよね。
 そして、最後に書かれた福音書のヨハネでは、もうイエスはお墓の前に現れてしまっていますよね。
 こんな風に、書かれた順番から言うと……
 (1)マルコでは、お墓が空っぽだっただけで、復活のイエスは出現しない。
 (2)マタイでは、イエスは(彼が亡くなったエルサレムから離れた)ガリラヤで現れる。
 (3)ルカでは、イエスはエルサレムで現れる。
 (4)ヨハネでは、イエスは墓の前に現れる。
 ……という具合にどんどんイエスが肉体の姿で登場するのが、早くなり、エルサレムに近くなるという発展をしていっているということがわかります。
 これで何がわかるかというと、古代にこれらの福音書を書いた人たちは、事実を事実通りに報告しようとするよりは、作者として何を伝えたいかという意図があって、それを象徴的な物語として伝えるということを大事にしようとしたんだろうということです。
 福音書の物語が後になるほど発展しているということは、福音書を書いた人たちが、だんだんと自分の言いたいことを載せて、前にできた福音書を越えてやろうという意図で書いていったということです。
 逆に言うと、古い最初の福音書に近づくほど、イエスの死んだ後に近い時代の言い伝えの元々の内容に近づくことができるのではないか。
 物事はそれほど単純ではないのですが、それでも大筋においてはそういう風に言えないこともないので、私も礼拝でマルコを引用することが多いわけです。
 そこで、今日もとりあえず、このマルコの福音書をテクストとして取り上げているわけです。

▼女性たちがまずイエスの復活を知る

 この復活の物語を見て、まずわかることは、最初にイエスはもはや死んだままではいないということを知ったのは女性たちだったということです。イエスの復活を最初に知ったのは男性の弟子達ではないということです。
 特に、ここに名前を挙げられているマグダラのマリアと他2人の女性ですね。この3人が中心になってイエスがもはや死んだままではいないということを認識したということですね。
 ただ、マルコ福音書の最後は、この女性たちが逃げ去り、正気を失っていて、誰にも何も言わなかった……と書いています。
 これはおかしいんですね。誰にも何も言わなかったのだったら、誰にもイエスの墓がからっぽだったということは知られなかったということなんですね。著者のマルコだって知らないはずなのに、なんでそんなことを書いたんですか? ということになってしまいます。
 なぜマルコはこのような結末にしたのか、はっきりとはわかりません。わかりませんけれども、ひとつ感じられることは、このマルコの書き方が非常に女性をバカにしているというか、少し軽蔑しているような印象をほのめかしているということですね。「震え上がって、正気を失って、誰にも何も言えない」という姿がどうも頼りない感じです。
 そして、イエスの復活がキリスト教の始まりであるというのに、誰にも何も言っていないということは、この女性たちが言っていることは信用できないんだとマルコが言っているように感じる人もいるかもしれません。
 しかし、全く逆に、私たちがイエスの復活について実は何も知っていなくて、本当のことはこの女性たちに聞いてみないとわからないんだ、と言っているようにも感じられます。
 マルコによる福音書の記者はとにかくエルサレムの教会の12人の使徒に対しては、私も今までなんども言っていますけれども批判的なんです。「あいつらは何もわかっちゃいないんだ」という具合です。ですから、そのマルコの姿勢を考えると、ひょっとしたらイエスの復活については、あのエルサレムの12使徒教会は何もわかっていない。彼らは本当のことを知っている女性の弟子たちから、何も教えてもらえてなかったんだと言っているのかもしれません。
 私は、どちららかと言えば、この後者の方の考えに近いです。というのは、とにかくマルコさんは女性たちが空っぽの墓を見たんだということは少なくとも述べているからですね。男性たちは目撃していない。
 本当のことを知っているのは女性の弟子達なんだということをはっきり主張している。ここが大事なんだという気がします。

▼遺体も蘇生もない

 次に大切なことは、遺体がそのまま起き上がったとか、蘇った肉体を持ったイエスが姿を現したという話もマルコにはないということです。
 イエスが姿を現したというのは、先ほども確認したように、後の方からできてきた福音書に書かれていることですよね。しかも登場するのがどんどん早まりリアルになってきている。後になるほど誇張が入るわけです。ということは、やっぱりイエスが肉体をとって登場したというのは、フィクションの可能性が高い。最初の元々の出来事としては、少なくとも墓は空っぽであったということしか言えないということなんでしょう。
 だいたいマルコでさえイエスが亡くなってから40年以上はかかってから書かれているわけですから、その空っぽの墓の話だって、本当にあった通りの事実かはわからないんだ、とそこまでシビアに批判的に見ることもできるわけですから。
 イエスが死んでから40年かかって、やっと「お墓にはイエスはもういません」という話が伝えられるようになっていた、という時間の流れのつかみ方でいいのではないかと思います。
 ということで、少なくとも言えるのは、もともとのイエスの復活に関する言い伝えにおいては、体の蘇りというのはあまり大事なことではないというか、そもそもそんなことは誰も言っていませんよ、ということになります。
 使徒信条に「我らは体の蘇りを信ず」と書いてありますけど、あんなことは別に最初の福音書であるマルコにとってはどうでもいいんですね。まあ、ここの教会で使徒信条を告白していなくてホッとしています。
 肉体の蘇生ということは大事なことではありません。そうではなく、「ここにはいない。その代わりガリラヤに行けば会える」ということがきっとここでのキーワードになっていると思われるんですね。
 ここではガリラヤとは何を示しているんでしょうか。もちろんこれが事実を示した記録ではない物語であるかぎり、この「ガリラヤで会える」というのも象徴的な意味で言っているのでしょう。

▼ガリラヤとエルサレム

 これも、なんでも結びつけているような感じの話になってしまいますが、やっぱりマルコはエルサレムを徹底的に批判し、拒否したんではないかと思うんですね。
 これも以前から申し上げていることですが、マルコの中では紀元70年のユダヤ戦争でのエルサレムの壊滅は神さまの裁きだという認識なんです。なんといってもエルサレムはイエスを殺した街であり、イエスが抵抗した大祭司たちが支配している街である。
 つまり実を結ばなかったイチジクの木のように、せっかくイエスがガリラヤから出てきて懸命に宣教したのに、エルサレムは応えなかった。
 だからエルサレムは神の裁きを受けて陥落し、それと一緒にエルサレムの12使徒教会も壊滅させられたんだ、というのがマルコの基本的姿勢です。
 また、イエス自身がエルサレムで処刑されたにも関わらず、ペトロたちがまだエルサレムに留まることができて、イエスの教えを伝えるような活動ができているのはなぜだ? という不信感もあるでしょう。
 なぜ逃げたはずのペトロたちが、その後はのうのうとエルサレムに留まり続けているのだろうか? それはおかしいじゃないか。
 それはペトロがイエスのことを3度知らないと言ったという物語が象徴的に示していることと何か関連があるのではないだろうか。実はペトロたちこそがユダのようにイエスを売り渡すような証言を裁判で証言して命を助けてもらったのではないか……などと、悪い予感が次々と浮かんできます。
 このように、マルコが持っているかもしれないエルサレムの街および12使徒のエルサレム教会への不信感を掘って行くと、おそらく空っぽの墓の前で謎の若者が「ここにはおられない」とエルサレムを拒絶するのも当たり前かなという気もします。
 それではガリラヤとはどういう土地であったかというと、ガリラヤはイエスが生まれ育った場所です。イエス自身も大工と農業の兼業で、近所の人々と一緒に肉体労働を営んでいた。そのような汗水垂らす仕事を通して、「働いた時間とか体の強い弱いに関わらず、みんなが食べてゆくのに困らなかったら、それが神の国ってもんだよなあ」と語り合った、場所です。
 最初の弟子達をリクルートしたのもガリラヤの湖のほとりです。そこで、生き物の命を扱い、クサい臭いのする仕事だと蔑まれていた漁師達を最初の弟子にしました。また、彼は同じようにガリラヤ湖畔の町々を巡って旅をする中で、マグダラという街でマリアという女性と出会い、この人も弟子にしました。
 そして、人を教え、病人を癒して清めの宣言をし、蔑まれている人に赦しの言葉をかけ、そして誰でもが日々の食事にありつくことのできる食卓を催し、飢えている人々に生きるための栄養を与え、徴税人のようなお金持ちにはその医療や食事のためのスポンサーにならせて、罪の赦しの機会を与えたんですね。そして、このような場所や人の働きを「神の国はこのようなものだ」と宣言したんです。
 そして、実はそういう食事の用意や病人の世話などは、当時は女性の得意分野でしたから、多くの女性の弟子たちがイエスについて、イエスのこの「神の国運動」の実質的なスタッフとして活動を切り盛りしました。
 そしてやがて、そういう仕組みができあがると、次の街に出かけてゆくということをやっていたわけです。
 そのような活動をイエスは、ずっとガリラヤ地方の、エルサレムの大金持ちから税金や小作料などの年貢を取り立てられて、食うや食わずの人たちを中心に助けることを行っていました。最初から都会志向ではなく田舎志向だったんです。
 そのガリラヤの田舎にイエスによる神の国の実演によって、「自分は人間だったんだ」「自分は生きていいんだ」と、目を開かれた人が多かったでしょう。また、人の話など聞いていなかった人が耳を開かれたでしょう。また「生きる意味」や「生きる喜び」や「神を信じ、慕う心」を再び取り戻した人も多かったでしょう。
 つまり、人々は、イエスによって「蘇らされていた」んです。
 人々は、イエスによって、死んでいた状態から再び「起こされ」、人生を取り戻し、生き返ったんです。復活したのはイエスによって再び起こされた死んでいたような人間だったんですね。
 そして、イエスによって蘇らされた人たちの中には、イエスと一緒にイエスの働きに参加しようという者もいたでしょう。それは、ガリラヤに留まって、自分の家や近所を中心に行った人たち、あるいはイエスと一緒についていって弟子になった人たち、いろいろいたでしょう。
 ガリラヤには人々の復活が起こっていて、イエスの死など噂でしか聞いてなかったし、自分たちの活動の中にイエスは今も生きていると信じている小さなグループがたくさんあったでしょう。
 ですから、ひとつの見解として、「エルサレムなんかにはイエスはいない。イエスは今もガリラヤにいる」と言う言葉が出てくるのは、不思議なことではありません。
 ガリラヤとは、イエスの死んだ後も、イエスと共に歩み続ける人たちがいる現場のことを示しているのであり、イエスが行ったことを引き継ぎ続ける人たちがいる場所であり、そのイエスの活動の中にイエス自身が宿っている。そういう形で復活のイエスは人々の中に宿るのだ、というメッセージが、このマルコの福音書の締めくくりの部分からは読み取ることができます。

▼死の束縛から自由になる

 イエスは、「死ぬ」ということで自由になりました。
 ガリラヤでイエスの神の国運動を継ぐ人たちは、イエスがエルサレムで殺されたと噂に聞いた時、即座に、「いや、イエスはここにいる」と感じたことでしょう。「私たちの間にイエスはいる」と。
 2人でも、3人でも、そんな少人数でも、もっと大きな人数でイエスの言葉と行いを信じ、イエスの後を継ごうとした人たちは、「イエスは私たちと共にいる」と、みんな直感したことでしょう。
 そして、その活動を続けてゆく中で、次第に年配のものが世を去り、新しい若い者に引き継がれて世代交代しても、イエスはずっと歳をとらずにその教会の中に存在するという感覚が保存されたんですね。
 そして、なぜそれがそんなにはっきりとその感覚が保存されることが可能であったかというと、それは儀式、特に聖餐式によって、イエスの体と血という存在がここにあるということをリアルに確認していたからなんですね。
 だからイエスは、死ぬことによって、彼の肉体が存在する場所にも限定されず、彼の寿命にも限定されず、いつまでも私たちの間に生きることができるようになったわけです。
 それを私たちはイエスの復活と言います。そして、私たち自身もイエスの言葉と行いによって蘇らされようと自分を献げるのがイースターです。そして蘇らされた私たちは、さらにイエスと共に歩むということに招きを受けているわけです。
 お墓の中に閉じこもっているような自分の殻から飛び出し、イエスと共に外に出かけて行き、イエスと共に歩みましょう。





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