オリーブのような人になりませんか?

2015年5月17日(日) 

 日本キリスト教団 徳島北教会 主日礼拝メッセージ

30分間
礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る



ヨエル書2章19節 (新共同訳)
 主は答えて、その民に言われた。
 「見よ、わたしは穀物とぶどうとオリーブをお前たちに送り、飽き足らせよう。
 お前たちが国々の中で恥を受けることを、わたしは二度と許さない。」



今回はライブ録画はありません

 
▼穀物とぶどうとオリーブ

 今日は本来、私が説き明かしをする担当でしたが、急な都合で礼拝に参加できなくなってしまったので、これを司会の方に代読していただいて、本日の説き明かしとさせていただきたいと思います。申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、今日お読みしました、ヨエル書の言葉は、外国の侵略によって国土をボロボロにされ、嘆き悲しみ、泣いているイスラエルの王国の民に対して、神が預言者ヨエルを通じて、「神はあなたがたを憐れんでいる。神は決してあなたがたを見捨てない。恐れるな、喜び踊れ。わたしが豊かな食べ物を再び与えようと言っておられる」と伝えようとした言葉の一部分です。
 ヨエル書を最初から読んでいると、単に他国からの襲撃を受けただけではなくて、イナゴの大群によって畑を食い荒らされたという災害にも遭っているようです。
 この食糧難のギリギリの事態に対して、ヨエルは、今日の聖書の箇所のように……
 「主は答えて、その民に言われた。『見よ、わたしは穀物とぶどうとオリーブをお前たちに送り、飽き足らせよう」(ヨエル2.19)
 ……と言っています。
 このことによって、当時のイスラエルの人々にとって、生きる上で最低限必要な食料とは、穀物とぶどうとオリーブだということがわかります。
 もちろんこれに塩が不可欠ですが、塩はそこら中の岩の中に岩塩が含まれていますから、わざわざ畑で育てなくても手に入りやすいのです。ですから神さまから恵んでいただかないと手に入らない作物というと、最低限、穀物とぶどうとオリーブということになります。
 穀物があればパンを作ることができます。パンを作ることができれば、オリーブオイルや塩につけて美味しく食べることができます。もちろんオリーブの実そのものも栄養豊かな食事になります。
 また、ぶどうがあれば、ぶどうジュースを絞ったり、ぶどう酒を作って、飲み物になります。ぶどうは地面の質が塩っぽくて、井戸の水がまずい時も、甘くて美味しい水分を提供してくれます。これで食べるものと飲むものが確保できます。
 さらに、オリーブオイルは、飲んでもよし、塗ってもよし。薬用にも化粧用にも使える万能の油ですから、これがあるのとないのとでは大違いです。

▼オリーブとイエス

 オリーブという植物は、もともとはシリアのあたりが原産だそうです。イスラエル地方のちょっと北の方で、そこから地中海の沿岸全般、つまりヨーロッパから北アフリカまですぐに広がりました。そして現在では、世界中の温帯地方では栽培されていない所は無いくらいに重宝されています。
 オリーブは乾燥に強く、温暖なところで伸びるので、イエスの住んでいた地域も含めて、地中海沿岸地方では大変盛んに栽培されていました。
 イエスが受難の時に逮捕される直前、泣きながら神に祈りを捧げたのも、エルサレムの近くのオリーブ山というところですが、ここは今でもオリーブ畑になっています。
 オリーブの樹齢は長いので、このオリーブ山のオリーブはイエスの祈る姿を見ていたものもいるのではないかと昔は言われていたようですが、まあ実際のオリーブは最高でも樹齢1000年くらいだということですので、さすがにそれはないだろうというのが、最近の見解です。それでも、オリーブは自然に、あるいは接ぎ木で何代も繁殖してゆきますから、イエスの祈りを見たオリーブの何世代か後の子孫はそのオリーブ山に植わっているということは確かだと言われています。
 実は、私も自分でオリーブを育ててみたくて、先日、日本で一番オリーブが盛んに栽培されているという小豆島に行って、オリーブの苗を3株買ってきました。
 しかし、オリーブは温暖なところでは乾燥には強いのですが、寒さには弱いそうなので、冬は極端に冷える京都の丘の上では枯れてしまうかもしれません。これの対策を今から考え中です。

▼オリーブの効能と用途

 先ほどオリーブは万能と申しましたが、まさにそのとおりで、オリーブオイルは単にパンにつけたり、料理に使ったりするだけでなく、胃腸を健康に保ったり、高血圧や糖尿病にも良いそうです。また、やけどや擦り傷のあとにも塗り薬として塗ったりします。化粧品やヘアトニックとしても使われていたようです。
 ですから、有名な「善いサマリア人のたとえ」のお話がありますが、半殺しにされて倒れているユダヤ人を助けるために、通りすがりのサマリア人が傷口にぶどう酒とオリーブオイルを塗ったのは、消毒と治療のために行う非常に理にかなった手当だったんですね。また、そういうこともあるために、比較的豊かな人が旅をする時には、オリーブオイルを携帯していたそうです。
 また、そのような様々な効能があることから、聖なる木という呼ばれ方をすることもあり、そのオリーブオイルを注ぐことは神の霊を注ぐことであるという見方もされるようになり、かつてのイスラエル王国では、祭司が王を任職するときに、頭から油を注ぐという儀式を行いました。
 これがいわゆる「油注ぎ」という儀式で、ぼくも当初は頭から油を注ぐなんて、どんなにギトギトになるんだろう、奇妙な風習だなあと思いましたが、そもそも整髪料や化粧品として使われていたような油ですから、当時の人たちにとってはそんなに違和感がなかったのかもしれません。
 同じオリーブオイルでも、最初に実をつぶして取れる、いわゆる「一番絞り」の最高級のエクストラバージンオイルを頭から注いでもらうのですから、王様になる人はさぞかし気持ち良く光栄な気持ちにひたっただろうと思います。
 イエスが受難するすぐ前、ベタニアという村で、夕食の最中にその食卓に集っていた中の女性が、高価なナルドの香油をイエスの頭に注ぎかけたというエピソードがマルコによる福音書の14章に記されていますが、これも、「イエスは私たちの王様です」というこの女性の気持ちを表した行為なんですね。
 イエスは、権力を求めず、武力を使うこともなく、ただ、貧しい人や差別されている人や、病人や障がいのある人をケアして周り、人が人として「生まれてきてよかった」と思えるような生き方を説いて回ったのですが、そういう「弱い人のそばに寄り添う」ことを徹底し、「共に立ち上がり、歩むこと」を徹底した人こそ、私たちの王様なんだと信じる気持ちを、このイエスの食卓に招かれていた女性は告白したんですね。
 男性の弟子たちはこれをとがめましたが、イエスはこの女の人のすることを
「するままにさせておきなさい」(マルコ14.6)とかばい、またその上、「世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられる」(マルコ14.9)とまで称えました。
 このことについて、実はイエスの良い知らせと弱った人を助ける働きは、主に女性たちの力によって受け継がれていったことを示しているのだという学者もいます。

▼オリーブのような人間に

 さて、オリーブにお話を戻しますが、カクテルのドライマティーニなどにつけ合わされる緑色のオリーブの実はまだ若い実で、これが完熟すると黒い実になります。黒い実はよく輪切りにされてピザに乗っていたりしますね。
 ぼくはこの黒いオリーブの実が大好きで、缶詰に入ったのをよく買います。そして、ちょっとだけ茹でて、おつまみにしたり、料理に使ったりします。
 以前、「塩で味つけられた快い言葉を用いなさい」という言葉がコロサイの信徒への手紙に書かれているというお話をしましたが、ぼくはオリーブの実を食べるたびに、「オリーブのような人間になれたらいいのにな」と思うことがよくあります。
 オリーブを搾った油がどんなに有用かは先ほど申し上げましたが、黒い完熟したオリーブの実も料理用としては、ほぼ万能です。
 オリーブの実だけを食べると、ちょっと酸っぱいような、少しだけえぐ味のあるような(このえぐ味が肝臓にいいらしいのですが)、まあちょっと変な味です。食べ慣れると癖になりますが、とても個性的な味です。
 こんな個性的な味の実をどんな料理に入れるのかなと思っていろいろ試してみると、水煮を輪切りにしてそのままサラダに混ぜても良いし、炒め物に混ぜても良いし、カレーに入れても美味しいです。和風のものにも合うかなと、肉じゃがに入れてみましたが、やっぱり上手い具合に調和しました。「すごいな」と思いました。
 それ一つだけとってみると非常に個性的な味をしているのに、他の食材と混ぜると見事に調和して良い味のハーモニーを作るのです。
 人間も、多少癖があり個性が偏っているような者でも、それはそのままで良し、しかし他の人と何をしようとすると、上手い具合に他の人の味を引き立てて、より美味しさをかもし出す。
 そういう人間になれたらいいなと思いますが、いかがでしょうか。
 
▼オリーブ山のイエス

 イエスは人生の最期に自由を奪われる寸前まで、オリーブ山にいました。
 なぜ彼はオリーブ山に行ったのでしょうか?
 それはわかりません。聖書の中にも手がかりはありません。
 しかし、少なくともイエスがオリーブを好んでいたことは間違いないでしょう。 聖書の中にも、オリーブは穀物やぶどうと共に必需品であると書かれてあるし、よく食べる人でしたから、パンをぶどう酒に浸したり、オリーブオイルにつけたりしてモリモリ食べていたはずです。
 オリーブが嫌いな人がオリーブ畑に入ってはいかないと思いますし、ゲツセマネ(油絞りの意味)のような匂いのする所には近づかないはずです。オリーブオイルの香りの鎮静作用を求めて、無意識に近づいていったのかも知れません。
 (そのかわり、ひょっとしたらイエスはイチジクは好きではなかったのかもしれません)
 オリーブ畑にオリーブの立派な木が4〜5メートルの感覚をあけて立っている空間は、なんとも言えない安らぎを与えてくれる空間です。
 ぼくも小豆島でオリーブ畑に入ってみました。上手い具合に人に目立たず、祈りを捧げるには良い空間です。たいへん落ち着きました。「こういう場所で、イエスは最期の祈りを捧げたのかな……」と思い描いてみたりもしました。
 それで、自分でもオリーブを育ててみたいと思い、苗を買って帰ったわけであります。

 イエスがおそらく好んでいたであろうと思われるオリーブ。それは人に優しく、健康と癒しを与え、個性が強いにもかかわらず、他の存在と協調できる、素晴らしい植物です。
 こんな人に自分もなれたらいいのにな、と思います。
 そして、できればいつか愛餐会で「カレーの日」に、ちょっと黒オリーブを混ぜたものを1回だけでも作っていただければ、嬉しいなと思います。
 本日の説き明かしは以上とさせていただきます。





Clip to Evernote

礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール