死者を悼むためのパン裂き

2015年10月4日(日) 

 日本キリスト教団 徳島北教会 世界聖餐日礼拝説き明かし

16分間
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 エレミヤ書16章5−7節 (新共同訳)
 主はこう言われる。「あなたは弔いの家に入るな。嘆くために行くな。悲しみを表すな。わたしはこの民から。わたしの与えた平和も慈しみも憐れみも取り上げる」と主は言われる。
 「身分の高い者も低い者もこの地で死に、彼らを葬る者はない。彼らのために嘆く者も、体を傷つける者も、髪をそり落とす者もない。
 死者を悼む人を力づけるために、パンを裂く者もなく、死者の父や母を力づけるために、杯を与える者もない。





ライブ録画:聖書と説き明かし(19分)+分かち合い(32分)=51分間

 
▼死者を悼むためのパンと杯

 今日は世界聖餐日という日に定められています。普段から私たちは聖餐式には非常に積極的なこだわりをもっていますので、何度もイエスの食卓については語ってきているわけですが、今日はまた違った角度から聖餐というものを見つめてみたいと思います。
 今日読んだ聖書の箇所は、エレミヤというイスラエルの預言者の言葉で、イザヤについで偉大な預言者としてユダヤ人の間では……ということは、当然イエスやイエスの弟子たちにとっても偉大な預言者としてシナゴーグで読まれてよく知っていたはずの言葉です。
 ここでエレミヤ書に書かれているのは、ユダの地エルサレムが主なる神を裏切ったために、主なる神から罰せられ、エルサレムは滅ぶのだという預言を切々と語っているんですね。
 16章5節に「あなたは弔いの家に入るな。嘆くために行くな。悲しみを表すな。わたしはこの民から。わたしの与えた平和も慈しみも憐れみも取り上げる」と書かれていますけれども、もう今更遅いんだと、弔いも嘆きも悲しみも無駄だ、平和も慈しみも憐れみもわたしはユダの地から取り上げるからな、と言っているんですね。
 そして、6節「身分の高い者も低い者もこの地で死に、彼らを葬る者はない。彼らのために嘆く者も、体を傷つける者も、髪をそり落とす者もない」。つまり、誰も生き残らないんだから、誰も葬ったり悲しんだ地してくれる人もいないだろう、という恐ろしい宣告ですね。
 そして次です。7節「死者を悼む人を力づけるために、パンを裂く者もなく、死者の父や母を力づけるために、杯を与える者もない」。
 ここが他の多くの聖書の箇所とともに、私たちの聖餐の起源と関連がある箇所の一つであると考えることができるんですね。

▼最後の晩餐の謎
 
 というのも、そもそもキリスト教の聖餐というのは、イエスの死を悼み、記念するところから始まったからなんですね。
 この今日の聖句は、「死者を悼む人を力づけるためにパンを裂いたり、杯を与える者もいないんだぞ」という警告なわけですが、逆にいうと、その背景には、どうもユダヤ人たちが、死者を悼む人を力づけるためにパンを裂いたり、死者の家族を力づけるために杯を与える、といったことが行われていたんだろうということが言えるわけです。
 キリスト教の聖餐式、または「主の晩餐」という儀式は、そのままイエスの最後の食事を再現しているというわけではありません。福音書の中に「最後の晩餐」として描かれている場面は、実は最初の教会がやっていた聖餐式を逆にモデルにして描かれた物語なんですね。
 つまり、教会がすでに聖餐式というパン裂きと杯の回し飲みの儀式をやっていて、後からイエスの死後40年近く経ってから最初に福音書を書いたマルコが、その儀式の場面が実はイエスが行った最後の食事をかたどったものなのだ、というふうに後から物語を作ったわけです。
 また、最後の晩餐はユダヤの過越祭の食事であったとよく言われますけれども、これも、イエスは人間の罪を贖う小羊であったという解釈ができあがってきてから、「イエスは過越祭で人々の身代わりに殺される小羊になったのだ」ということから最後の晩餐が過越祭に持ってこられたわけで、実際に過越祭にイエスが最後の食事をし、十字架につけられたというわけではないんですね。
 そういうわけで、イエスの最後の食事というものがどんなものだったのか、またそれがいつの季節だったのか、ということは正確なことは何もわかりません。

▼イエスの死を悼む食事の儀式

 ただ、なぜイエスの死を記念する食事の儀式が、パンと杯の儀式になったのかということの背景には、今日の聖書の箇所がひょっとしたら背景にあるのではないかということは考えられるわけです。
 つまり、ユダヤ人には死者を悼む人を力づけるためにパンを裂いたり、杯を与えたりといった習慣があったのではないかということです。
 イエスがあまりにも理不尽な、しかもあまりにも急な殺され方をしたために、弟子たちはその死の意味を当初は全く理解できませんでした。それどころか、特に男性の弟子たちは、自分たちもイエスと一緒に逮捕されて処刑されるのではないかと恐れて全員逃亡していました。一同は恐怖と混乱でパニックになっていました。
 やがて、パニックが収まってゆくと今度は、自分たちを癒し、食べさせ、救ってくれたあの優しいイエスが、なぜあんなに理不尽で残酷な殺され方をしなければならなかったのかを考えずにはおれませんでした。
 そして、長い時間をかけて、彼らは自分たちの聖書を何度も何度も紐解き、自分たちの宗教の儀式を参照してゆくなかで、やがて、イエスは過越祭のときに屠られる小羊の役割を果たしてくれたのではないかということに思い至るんですね。
 しかし、その場合、なぜそれがパンと杯の儀式で記念することになったのかという謎が残るわけですが、それが先ほど申し上げた、死者を悼む者を励ますためのパン裂きがルーツになっているのではないかということです。
 イエスの弟子たちは、イエスの死を悼み、また互いに励まし合うためにパン裂きと杯の儀式を行い始め、やがてそれが、過越祭に肉を引き裂かれ、血を流す小羊のイメージと重なっていったのではないでしょうか。そして、さらにそれが後になって、イエスの死の意味を思い起こすためのキリスト教会の儀式として確定していった。
 そして、イエスの死後20−30年ほどたってから、パウロが自分の手紙に「イエスは私たちの罪のために殺された」という言葉と、聖餐式の式文の引用のような言葉を書き込み、その後20年ほど経ってから今度はマルコが、パウロの手紙に書いてある聖餐式の式文を、そのまま書き写して、最後の晩餐の場面を作り上げるんですね。
 けれども、その根底にあるのは、まだイエスの死の意味を何も把握できていない時点から、イエスの死を悼む人たちの間で、お互いに励まし合うために、パン裂きと杯の儀式のような食事が行われた可能性があり、そうだとすれば、これが聖餐式の最初の原型であったのではないかと思われます。
 最初は単純な、イエスの死を悲しみ、悼みを分かち合い、励まし合うパンと杯の食事だったということです。
 
▼聖餐の原点
 
 いまとなっては、儀式として確立し、さまざまな神学的な意味も付け加わって、いろいろな論議を呼んでいる聖餐ですが、いちばん最初の原点にあるものは、亡くなった人や家族を悼むため、また悼んでいる人を励ますための食事だったと考えれば、少し聖餐の捉え方もすっきりしたものになってくるのではないでしょうか。
 最初に聖餐を始めた弟子たちは、イエスの死のショックから立ち直るために、とりあえず、自分たちがそれまでもやってきたことのある、パンと杯の食事の式を始めたのではないでしょうか。それは私たちがお葬式のあとで食べる親族の食事会のようなものかもしれません。
 その中で、イエスの思い出が語られ、イエスがどんなに自分たちのことを愛してくださったか、イエスがどんなに貧しい人や病を負った人を手厚く世話をし、弱い立場に追い込まれた人に優しく、孤独な人の友達になってくれたか、そしてどんなふうにして個性の強い、どんな政治的立場の人も弟子として受け入れて、それらの人々を分け隔てている壁を越えることを教えてくれたか。そんなことを思い思いに話し始めていったのでしょう。
 過越の羊であるとか、贖いの山羊であるとか、そういう神学的な解釈も私たちの役に立たないわけではありませんが、そのような解釈が現れてくる以前に行われていた「主の晩餐」の食事は、おそらくイエスの思い出話を語る、弔いの食事のようなものではなかったかと考えられます。
 ですから、たとえ今の私たちにとっても、聖餐について、難しいことは別にわからなくてもいいと思うんです。
 ただ、イエスという人が自分に何をしてくれたのか、イエスとは自分にとってどんな人なのか、どんな人だと思うのか、イエスについて感じること。そんなことを自由に話し合う場としての食事であっていいと思うんですね。
 お葬式に親戚一同が集まって食べるお食事。そこで故人の思い出話をしているうちに、ただ悲しいだけではなく、時には笑わずにはおれないようなエピソードもあったでしょう。
 そういうお食事会を1回だけで終わらせるのではなく、何度も何度も繰り返し、思い返し、語り直すうちに、イエスの言葉や振る舞いが蘇ってくる、イエスの死んだ意味についての話もされるようになってくる、イエスの思いがここにいる自分たちの間に今も生きている……そうやってキリスト教のエクレシア:キリスト教の集まりにおける、家の教会での礼拝の核ができていったのでしょうね。
 そうやってイエスは聖餐式を核とした礼拝の中に、生き生きと蘇ってくるようになり、それを後の教会が復活と呼んだんですね。

▼宣教としての聖餐

 ということは、もっと考えるならば、聖餐式という礼拝の中の食事は、初めてこのエクレシアの家の礼拝に招かれてきた人に対して、イエスのことを知ってもらうための役割を果たすようになったということも考えるということです。
 聖餐というのはイエスのことを知ってもらうための食事です。イエスがどんな人であったかということを知ってもらうための食事であって、イエスのことを知っている人たちだけが食べてもいい食事というのとは違います。全く逆です。
 イエスのことをよく知っているとか、洗礼を受けているから聖餐に参加することができるのではなくて、イエスのことをまだよく知らない人や初めての人にこそ、聖餐に参加してほしいのですね。
 そして、そこでイエスがどんな人だったか、イエスの存在がどんな意味を持っているのかを語り合うことが必要です。
 それが聖餐の原点だからです。
 ですから、私は、ここで「聖餐こそが宣教であり、伝道である」と宣言したいと思います。
 みなさんはいかがお感じになりますでしょうか。

 
 
※この説き明かしは、『基督教世界』誌における齋藤(田渕)麻実牧師(高槻南平台教会)の寄稿からインスピレーションを受けたものです。
 





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