賢者たちの喜び

2015年12月20日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 クリスマス礼拝 説き明かし

約21分間
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説き明かし21分間 + 分かち合い51分間 = 72分間

 マタイによる福音書2章1−12節 (新共同訳)
 イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになった。そのとき、占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て、言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
 これを聞いて、ヘロデ王は不安を抱いた。エルサレムの人々も皆、同様であった。王は民の祭司長たちや律法学者たちを皆集めて、メシアはどこに生まれることになっているのかと問いただした。
 彼らは言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者がこう書いています。『ユダの地、ベツレヘムよ、/お前はユダの指導者たちの中で/決していちばん小さいものではない。お前から指導者が現れ、/わたしの民イスラエルの牧者となるからである。』」
 そこで、ヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめた。そして、「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう」と言ってベツレヘムへ送り出した。
 彼らが王の言葉を聞いて出かけると、東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。学者たちはその星を見て喜びにあふれた。
 家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。


 
▼東から来た賢者たち

 おはようございます。そして、クリスマス、おめでとうございます。
 みなさんとキリストの降誕祭を共にお祝いできますことを心から嬉しく思っています。
 さて、今日の聖書の箇所を見てみましょう。クリスマスの物語の中でも、多くの人が知っているお話、東の方から占星術の学者たちがメシアの星を訪ねてやってきたというお話です。
 占星術の学者という書かれ方をしていますが、このユダヤ地方より東にあるペルシアの賢者たちというのは、占星術だけでなく、天文学、医術、薬学などを収めた……と言っても1世紀の話なので、薬というのも薬草やハーブの類でしょうし、天文学と言っても結局星占い的な未来予知になるんですけれども、とにかく占星術に限らず、様々なことに秀でていて、ただ学問をするだけではなく、人の相談に乗ったり、癒したりもする賢者たちということです。
 その賢者たちが東のペルシアからやってくる。
 ペルシアというと、ローマ帝国の領土よりも外れの国です。そもそもユダヤがローマ帝国の東の端っこで、そこよりも東の外れです。そして、もともとユダヤ人は異民族/異邦人に対して強い抵抗を感じていたのに、さらに自分たちよりが普段接することもない東の異邦人たちが訪ねてくることが描かれているわけです。

▼別の救い

 ここに、ユダヤ人が待ち望んでいる救い主は、ユダヤ人たちの期待とは全く違って、まず異邦人に知らされたのだ、というマタイの強い主張があります。
 ユダヤ人は、ローマ帝国の属国の扱いを跳ね返して、独立を果たし、自分たちの王国を復興することを夢見ていました。そして、それを実現する軍事的リーダーを「メシア」(救い主)と呼んで待ち望んでいました。
 ところが、この福音書を書いたマタイは、本当のメシアの誕生は決してユダヤ人の間には知らされないという物語を書きました。
 ということは、マタイは、メシアというのは「ユダヤを軍事的に解放する」というユダヤ人の期待とは全く違う方なんだよ、と言っていることになります。
 ペルシア人にとってはユダヤがローマ帝国から解放されるということは自分たちには関係のない問題です。ユダヤ人が待ち望んでいた軍事的独立、解放とは別の救いが現れたということをマタイは示しているわけです。
 では、その「別の救い」とは一体なんでしょうか?

▼強い牧者ではなく、弱い牧者として

 賢者たちは、黄金と乳香と没薬を送り物としてイエスのもとに持ってきた、と書かれています。
 伝統的な解釈として、黄金はメシアが生まれたということの喜びを表していますが、乳香と没薬はイエスの死の準備として送られたものだと言われています。私もそのように解釈できるのではないかと思っています。
 亡くなった人をお墓に収めるときに……と言っても、皆さんも映画などを観て、ご存知ではないかと思いますが、イエスが生きていた時代のお墓というのは、横穴式のお墓で、洞窟を掘った穴が、ベッドに遺体を横たえるような形になっていて、そこに布にくるんだ遺体を寝かせるようになっているんですね。
 その遺体を葬るときに、遺体を洗って清めて、それをすぐには腐らないように薬を塗って、匂いが出ないように乳香を塗って、ということをやります。そこで、この乳香と没薬はイエスの死を準備していると言われているのですね。
 生まれたばかりの赤ん坊をお祝いしに来るのに、いきなり埋葬の道具を持ってくるかと当時の最初の読者はびっくりしたでしょうけれども、これは、このメシアは最初から人々のために死ぬためにこの世に生まれたんだよと言っているんですね。
 救い主は、みんなを引っ張って勝利と栄光へと導く将軍のようなリーダーではなく、羊を守るために命を捨てるような、最初から殺されることが運命付けられていた、弱さにおいて人を救う救い主なんだよ、ということです。ここでも、救い主というものに普通私たちが期待しがちな強い指導者というイメージを覆しているわけです。

▼牧者としての指導者

 少しさかのぼりますが、マタイは旧約聖書の預言を引用して、指導者がベツレヘムから生まれてイスラエルの指導者となると書いています。
 ベツレヘムというのは、ユダヤ人の先祖の中でも偉大な英雄とされているダビデ王の出身地です。この出身地から再びユダヤ人を救う救世主が生まれるであろうというのは、ユダヤ人の中で噂されていたことでした。ですから、マタイは「ユダヤ人の期待している場所から救い主が生まれるんだ」ということは否定していないわけです。
 しかし、「にもかかわらず、それはユダヤ人の期待しているようなリーダーではないんだ」というギャップを強調しているかのように見えます。
 それは羊を飼う牧者のイメージなんですね。戦う兵士を率いる将軍のようではなく、弱くおとなしい羊たちを守り、養う羊飼いのような指導者ということなんですね。
 ここには隠された意味もあって、実はこの牧者というのは、先ほど申し上げたように、東の国ペルシアで賢者たちが果たしていた役割でもあるんですね。
 賢者たちは、星を見て民や国の将来を予言したり、人々の相談事に乗ったり、薬を調合して病気の人を癒したりしていた、弱い人のための導き手なんですね。
 ですから、彼らがイエス・キリストの誕生をお祝いに来たというのは、ユダヤの地で生まれた自分たちよりもはるかに優れた導き手を拝みに来たということを意味しているのではないかと推測されるわけです。
 そう考えると、「学者たちはその星を見て喜びにあふれた」と書いてある、この「喜びにあふれた」という言葉も、この賢者たちこそが自分たちと同じ、弱い人と傷ついた人のために尽くす役割をする者たちの使命を導く、究極の賢者がお生まれになったのだなと、深い喜びに満たされた。そういう実感が伝わってくるのではないでしょうか。

▼神さまのウィンク

 ちなみに、賢者たちは星に導かれて、ベツレヘムへ行ったと記されていますが、これ、普通では他の星の間を通って、他の場所に移動してゆく星というのはありえませんよね?
 よく幼稚園のページェントなどで、お星さまを持って園児さんが歩いて行ったりとか、時々お星さまの中心に穴が空いていて、そこから園児さんの顔が出ていたりなんかもしますけれども、ああいう風にゆっくりと賢者たちを導いていって、ベツレヘムの街の上にとどまったという物語をマタイさんが書いているのですが、あのイメージの元になったのは、実際に起こる流星や彗星のような現象だったのではないかという解釈もあるんですね。
 流星が進む方向を示してくれたから、それについて賢者たちは旅していった。あるいは彗星は箒のような尾をつけてどんどん進んでいるように見えますから、そのほうき星の方向を目指してゆくと、ベツレヘムの街に行き着いた……というようなイメージをマタイさんは心に描いてこの物語を書いたのではないかと考えることができるのですね。
 そして、流れ星やほうき星というのは、神さまがそのご意思をこの世に知らせるために、天の扉をチラッと開けて、天空に漏らした光であると昔の人たちは考えたそうのですね。
 つまり、神さまがチラッとほらした光、言い換えると神さまのウィンクのような儚いものが、賢者たちにとっては感謝に満ちたしるしであったわけです。

 というわけで、今日は、人々の羊飼いのような役割を果たしていた異教の賢者たちが、さらに大いなる究極の賢者、羊のために命をも捨てるような羊飼いを求めて旅をし、その羊飼いの誕生にまみえることができた。そして、それを導いたのは、神さまがウィンクのようにチラッと天球に投げた光の粒であった、というお話でした。
 私たちは、私たちのために命を捨てた羊飼いの誕生をお祝いする日を迎えていますが、その羊飼いの本当の目的や働きは、力強く勝利を手にするための指導者ではなく、弱い者と寄り添い、守り、育む者であるということであり、それを最初に知らされたのは、戦いを望む人々ではなく、戦いを望む人々が全く気づかないところで、やはり人を癒し、守り、育む仕事をしていた人たちだったということに、想いを馳せてみたいと思います。





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