生ける屍からよみがえった人

2016年5月29日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝 説き明かし

約22分間
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聖書朗読と説き明かし22分間 + 分かち合い36分間 = 58分間

 使徒言行録9章1−9節 (新共同訳)
 さて、サウロはなおも主の弟子たちを脅迫し、殺そうと意気込んで、大祭司のところへ行き、ダマスコの諸会堂あての手紙を求めた。それは、この道に従う者を見つけ出したら、男女を問わず縛り上げ、エルサレムに連行するためであった。
 ところが、サウロが旅をしてダマスコに近づいたとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。サウロは地に倒れ、「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」と呼びかける声を聞いた。
 「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすれば、あなたのなすべきことが知らされる。」
 同行していた人たちは、声は聞こえても、だれの姿も見えないので、ものも言えず立っていた。
 サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった。人々は彼の手を引いてダマスコに連れて行った。サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった。


 
▼サウロの回心の史実性

 今日はサウロ、のちにパウロと呼ばれるようになった人の回心の物語の始まりを読みました。
 このサウロの回心の話は、大変有名ですけれども、これが事実書かれたとおりだったかはわかりません。
 少なくとも、これはルカが書いた使徒言行録という本で書かれていることであって、パウロ自身が書いた手紙の中には、このような事件があったことは一切書かれていないからです。
 ルカは使徒言行録の中で、この事件について3回も書いています。この9章の今日読んだ部分と、他に22章と26章にも書いています。
 しかし、この今日読んだ9章では、一緒にダマスコに向かっていた同行の人たちもイエスの声を聞いたことになっているのに、22章ではパウロだけに声が聞こえて、同行者には何も聞こえなかったことになっています。
 また、この9章ではパウロが地に倒れ、同行者の人たちは突っ立っていたことになっているのに、26章では同行の人たちもみんな倒れたことになっています。
 このように矛盾点があるというか、ちょっとルカさんにもいい加減なところがあるので、この話はほんまかいなということになってくるのですね。
 使徒言行録の中で、パウロは何度もこの話をドラマティックに人に話そうとした様子が描かれていますけれども、パウロが自分で書いた手紙には、そういうこと描かれていません。むしろ自分の回心の体験について書いた部分は地味な印象を受けます。
 例えば、コリントの信徒への手紙15章1−7節に、自分がどのようにイエスに出会ったかを書いてありますが、そこによれば、イエスはまず最初はケファ(男性の一番弟子のペトロのことですね)に現れ、その後12人に現れ、ついで500人以上もの兄弟に現れ(女性が含まれていないような記述が気になりますが、たぶんパウロの目に入っていなかったのでしょうね。ここがパウロの女性に嫌われる所以でもありますが)、それからヤコブにも現れ(というのは、イエスの弟のヤコブのことでしょうね。実はイエスが死んでから後になって初期の教会にはイエスの弟たちが入ってきて指導者のような顔をして活動を始めています)、その後すべての使徒に現れ、そして最後に自分にも現れた、と書いているくらいなものです。
 ですから、何らかの神秘的な体験をして、イエスと出会う機会を持った可能性がありますけれども、それが光に打たれて馬から落ちて、イエスの声を聞いたのだとは一言も語っていませんし、むしろ地味な表現。
 体験の見かけ上の派手さではなく、「イエスが自分に現れる」ということが、イエスの言葉や行いを彼自身も使徒たちから聞き、学び、自分自身を見つめ、そして自分自身の内面の大きな変革を、おそらく何年も時間をかけて体験したということなのではないかと僕は思っています。

▼パウロ以前のクリスチャンたち

 さて、事実が書かれてあるとは言えないと言っても、それでは使徒言行録の2章のこのパウロの回心の記事に意味がないかというとそういうわけではなくて、いろいろと興味深いことも示されています。
 かつてパウロと呼ばれていたパウロは初期のクリスチャンたちを脅迫し、殺そうと意気込んで、シリアのダマスコという街に乗り込んで行こうとしています。
 2節には「この道に従う者」という呼び方もなされていますが、最初の頃のクリスチャンの呼ばれ方は、こんな風に「この道の者」とか「主の弟子たち」とか言ったものでした。まだ「キリスト教」という呼び方がなかった頃ですね。
 そして、ここの部分で大事なことは、まだパウロが迫害に行く前から、エルサレムからかなり離れたシリア地方の方まで、結構たくさんの「主の弟子たち」がいたということですね。
 よく、パウロが伝道旅行をして、東ヨーロッパの各地域にキリスト教を広めていったように思っている人がいるのですけれども、それは誤解で、実はパウロは、すでに出来上がっているあちこちの教会を訪ね歩いて旅をしていたのですね。
 まあとにかく、ダマスコにも、パウロがまだキリスト教に改宗する以前から、たくさんの「主の弟子たち」、「この道の者たち」がいました。そして、その人たちをパウロは逮捕してエルサレムに連行して弾圧を加えようとしていたわけですね。
 
▼無辜の民の殺害

 ところが、彼がダマスコに近づいた時に、突然天からの光が彼の周りを照らして、彼は馬から落ちた。「馬」とはどこにも書いてありませんが、当時、庶民はロバで旅をしましたけれども、ある新興宗教を弾圧するためにエルサレムの神殿のお墨付きを得て、殺害の息を弾ませて行ったわけですから、おそらく馬でしょう。ユダヤ教では馬は戦いの象徴、ロバは平和の象徴です。
 で、パウロは馬から落ちました。声が聞こえました。
 「サウル、サウル(パウロというのはギリシア語での呼び名ですが、ヘブライ語、つまりユダヤ人の間では「サウル」と彼は呼ばれていたようです。で、イエスは彼にヘブライ語で話しかけたんですね)」
 「サウル、サウル、なぜ、私を迫害するのか」とイエス。
 「主よ、あなたはどなたですか」とパウロ。
 「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。起きて町に入れ。そうすればあなたのなすべきことが知らされる」(使徒9.4-6)。
 文字通りこのような会話がイエスとパウロの間にあったかは、先ほども申し上げたように、その判断は難しいところです。
 しかし、パウロの心の中で、このようなイエスとの会話に近い葛藤があったことは確かだと思われます。
 彼はこれまでクリスチャンたちを逮捕し、拷問し、殺害してきた張本人であったわけですが、別にクリスチャンたちが何か重大な犯罪を犯しているから迫害をしていたわけではないです。クリスチャンたちが正当なユダヤ教から外れて、イエスという異端者に救ってもらったのだと主張し始めたから、それは間違っているのだと思って必死になってそのような不届き者たちを抹殺しようとしていたわけです。
 しかし、どう考えても、何も悪いことをしていないクリスチャンを殺しまくるのはおかしい。
 彼ら彼女らはイエスの後を継いで、貧しい者も富める者も一緒に食べる共同の食事を実施し、病人を手当てし、宿のない人に宿を貸し、といった奉仕を続けていました。そのような善良な人々を次から次へと引っ捕えて殺してゆく。
 しかも、「この道の者たち」は暴力をもって復讐するのではなく、この使徒言行録の8章の手前の部分、227ページに書いてあるような、ステファノの殉教の時のように、「主よ、この罪を彼らに負わせないでください」と叫びながら殺されてゆく。自分を殺す者のために祈りながら死んでゆくわけです。
 こんな人々をずっと殺し続けていたら、殺している方が頭がどうにかなりそうなくらい葛藤を抱えるようになっていくのは、当たり前だと思います。
 アメリカ軍の兵士でイラクなどで実戦の経験をした人が、軒並み心の山になっていて、本国に帰ってから自死してしまう人が多いのというのと非常に似ていると思います。兵士だけでなく、子供も動物も「動くものは何でも撃て」と言われて、殺しまくっている兵士は精神的に破壊されてしまうのですね。それと同じような精神状態にパウロも陥ってしまっていたと考えても、おかしくないと思います。
 その葛藤や自己矛盾によるストレスが限界に達したときに、彼は精神的に死んでしまったのではないでしょうか。

▼死んでいたパウロ

 8節を読むと、「サウロは地面から起き上がって、目を開けたが、何も見えなかった」とあります。
 「目が見えない」という表現は、真実や真理、本当のことが見えていないということを指すときによく聖書で使われます。彼は物理的に目が見えなくなったのではなくて、自分が何をやってきたのか、それがどんなにおぞましいことだったのかを思い返して、目の前が真っ暗になる思いだったのでしょう。
 9節には「サウロは三日間、目が見えず、食べも飲みもしなかった」とあります。
 「三日間」というのも物理的な3日間ではなくて、聖書の中では死んでしまったり、行方不明になってしまったりする時間のことを指します。例えば、旧約聖書ではヨナが大きな魚に飲み込まれてしまって3日間行方不明になったり、新約聖書ではイエスが3日間死んで墓の中に眠っていたなど。
 ここでも3日間も、パウロがいかに死んだような心持ちで、今まで生きてやってきたことが全て無意味になっただけではなく、とんでもない罪を犯してしまったことの恐ろしさで、重い重い絶望の底に落ちていたということを指しているんですね。

▼よみがえるパウロ

 さて、今日お読みいただいた箇所の後の方に読み進んで行きますと、ダマスコにいた「この道の者」だったアナニアという人がパウロを訪ねてきて、パウロの頭に手を置き、「主イエスによって元どおり目が見えるようになり、聖霊に満たされるように、私は遣わされました」と告げます(8.10-17)。
 すると、18節から19節を見てみますと、たちまちパウロは目が見えるようになり、そして洗礼を受け、食事をして元気を取り戻した、と書いてあります。
 アナニアがしたことは、今まで残酷な悪事を働いてきたパウロに対する赦しですね。13節を見ると、アナニア自身も最初はパウロに会うのを怖がっていたことがわかります。しかし、実はこのパウロこそ、神が選んだ器であって、彼こそがこれまでの人生と180度転換して、人から恐れられたり嘲られたりしながらも、クリスチャンとして生き直す人間なのだということをアナニアは悟り、パウロのところに勇気を振り絞ってやってきたのですね。そして、「実はパウロさん、あなたこそが選ばれた方なんですよ」と教えてあげたんです。
 そこで、パウロはこれまでとは全く逆に生き方を示されて、そちらに踏み出すことを決心した時、食事をして元気を取り戻したわけですね。
 ここでの「食事」(19節)というのは、もう思い当たる方も多かろうと思いますが、愛餐の食事のことです。ギリシア語で「アガペー」(つまり「愛」)という呼び方をされていた食事会のことです。もっとも、最初の頃のクリスチャンの食事では、アガペーの愛餐も聖餐式も区別がありませんでしたから、これは聖餐も兼ねた食事です。つまるところ、クリスチャンたちがイエスの愛と命と、そして喜びを分かち合おうとする、心の籠った食事のことです。
 パウロは初めてこのクリスチャンたちのアガペーの食事に触れて、生きなおそうとする元気を得たんですね。
 やっぱり人間、飯を食わないと元気は出ませんが、この初代の教会の愛餐会は特にパウロを元気づけるものだったんですね。

 というわけで、今日は一旦は生ける屍のようになってしまったパウロさんが、よみがえって元気になったというお話でした。
 どんな罪を犯した人も、クリスチャンの共同体はその人に赦しを伝え、生き直すチャンスを与えたということです。
 本日の説き明かしは以上とさせていただきます。
 




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