聖書を読む喜び


2017年4月2日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日礼拝 説き明かし

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聖書朗読と説き明かし25分間 + わかちあい37分間 = 62分間

 ヨハネによる福音書5章39-40節 (新共同訳)
 あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。



▼聖書を読む喜び

 レントの最後の日曜日になりました。
 考えてみれば、レントというのは、イースターの前の日曜日を除いた40日間のことを言うんですよね。ですから、日曜日以外は慎ましい生活をし、日曜日は喜びの礼拝を神様に捧げるということになります。
 我々は毎週楽しい充実した日曜日を送っているわけですが、これで良しということになるわけです。
 さて、今日は説きあかしに「聖書を読む喜び」というタイトルをつけました。
 タイトルはそのようにしたものの、すぐに「聖書を読む喜び」というのは人によって違うのだろうということに、すぐに思い至りました。ということは、私個人が万人に共有する「聖書を読む喜び」を皆さんに伝授するということはあり得ないということです。
 ただ、1人の牧師として、どのように楽しく聖書を読むようにしているのかということをお話しすることはできるだろうと思います。「聖書を読む喜び」というテーマを与えられた時、私は自分が聖書を読む時に、どんな風に喜びを感じているのだろうかということを考えました。

▼正典の決まり方

 私は聖書を読むたびに、「この文書を書いた人は、どういう社会において、どういう階級で、どういう政治的立場で、またどういう信仰をもって、誰に対して、何を主張しようとしてこれを書いたのかなぁ」ということを考えることに喜びを感じています。
 私が神学校で学んだことをベースに正直なことを申し上げれば、聖書というのは、統一した1つのテーマを持ったひとまとまりの文書ではありません。
 そもそも、旧約聖書という書物はキリスト教の聖書として書かれたものではなく、ユダヤ教の聖書です。それも、もともと私たちが知っているような39冊の本が聖書とされていたのではなく、キリスト教が福音書や手紙などのうち何冊かを自分たちの「聖なる書物」として固定しようとしていた、その運動に対抗してユダヤ教側が慌てて39冊に制定したんですね。
 また、キリスト教の新約聖書も当初から私たちがよく知っているような27冊の本ではありませんでした。初期のキリスト教の文書にはもっとたくさんの福音書やもっとたくさんの手紙、黙示録があったのですけれども、最初にマルキオンという人が「キリスト教の聖書の範囲はこれだ」と言って、本の種類を限定しようとしたんですね。
 それがルカによる福音書や使徒言行録、そしていくつかの手紙をまとめた、ごく小規模のものだったわけです。その時、マルキオンの聖書の中には旧約聖書を入れようという発想はありませんでした。
 では、もともとたくさんあったキリスト教の文書の中で、なぜマルキオンが範囲を狭く定めようとしたのはなぜかと言うと、それは彼が自分以外のキリスト教の各派を「お前たちは間違っている、異端だ」と言って排除したいと思ったからなんですね。そこで、自分が正しいと思う本を「正典(つまり、これがキリスト教の基準だという本)」として少数に絞ったわけです。
 そういうことをし始めたマルキオンに対して、他のキリスト教の各派は「マルキオンなかなか面白いことを考えるじゃないか」と、この発想を自分たちも取り入れることにします。なぜかというと、この「正典を決める」というやり方は「何がキリスト教でないか」ということをハッキリさせるのに役立つからです。つまり、自分以外のキリスト教に対しては「あいつは我々とは違う。異端である」と決めつけるのに役立つからです。
 そういうキリスト教の人々の動きを見ていて、ユダヤ教の方も「自分たちもキリスト教が間違っていることをハッキリさせてやろうじゃないか」と言って、ヘブライ語聖書の範囲を固定しようとしました。
 やがてキリスト教の中ではマルキオンでさえも多数派から排除され、異端とされてしまいました。
 また、多数派を形成しようとする人たちが、その多数派を作り出すために連立与党などを組んだりするのと同じように、もともとが違う主張をしていて互いに矛盾する内容を含んだ福音書や手紙などを、「これも仲間の文書だから」ということで取り入れて行くという寄せ集めも行われ、聖書の冊数は大幅に膨らみました。
 また、もともとユダヤ教の書物であったものを、キリスト教多数派はやがて、自分たちの聖書の中に入れて、「旧約聖書」と名付けました。そして自分たちが選んだ聖書は「新約聖書」と名付けたんですね。
 つまり、そもそも「聖書」という範囲が確定しようという発想が、イエス自身が亡くなってから何世紀も経ってから、それもお互いの派閥を異端扱いして排除するために生まれてきた。そのあともすったもんだしながら歴史を経ていった結果、私たちの聖書は旧約が39冊、新約が27冊に確定した、ということなんですね。

▼聖書の中の論争

 このような派閥争いが聖書の種類の選択だけでなく、聖書の各文書そのものの内容にも反映されている箇所は数え上げると実にたくさんあるのですが、中でも今日お読みしたヨハネによる福音書の5章を読むと、その主張が非常に強いというか、ちょっと激しすぎるほどではないかと特に感じさせられ、またマルキオンが登場するずっと前から、聖書というのは、ある文書を生み出したグループと別のグループとの間で、こんな風に対立していたんだなということがわかるので、今日は引用させていただきました。
 ただ、このヨハネの言葉は、読む前に少々翻訳のおかしさを修正して読まないといけません。そのまま読むと意味が通りません。
 
「 あなたたちは聖書の中に永遠の命があると考えて、聖書を研究している。ところが、聖書はわたしについて証しをするものだ。それなのに、あなたたちは、命を得るためにわたしのところへ来ようとしない。」
 これでは読んでいる我々は非常に混乱します。「聖書の中に永遠の命がある。しかし、そうではなくイエスの証をするものだ。それなのにイエスのところに行かない」……何を言っているのかよくわかりません。
 調べて見たところ、様々な説があるのですけれど、そのなかでおそらく説得力があると私が思うのは、「しかし」という言葉は実は「そして」と訳すのが適切であろうという説です。ギリシア語で「και(カイ)」という言葉なんですが、そもそもここの単語は、普通は「そして」と訳されている単語なんですね。そこで、ここを「しかし」ではなく「そして」と訳し直してみます。
 すると、こう訳せる可能性が出てきます。
 
「あなたたちは聖書の中に永遠の命があると思っている。そして聖書はイエスについて証をしていると思っている。それなのに、命を得るためにイエスのところに来ない」となります。
 やはり、意味不明だとお思いになりますでしょうか。

▼ヨハネはヘブライ語聖書の引用を認めない

 これは実は意味不明ではないと思われるんですね。と言いますのは、ここで言われている「聖書」というのは、ユダヤ教のヘブライ語のいくつかの文書のことを指しているからです。もちろんそのころはまだ「旧約聖書」というものは確定していませんし、そういう呼び名もありませんし、もちろん「新約聖書」など影も形もありません。
 つまりヨハネは、イエスの永遠の命を理解しようとして、またイエスのことがユダヤ教の文書の中にイエスのことが予言されているのではないかと思って、ユダヤ教文書を一生懸命研究しているが、そんなことには全く意味がない、直接イエスのもとに行かないとダメだ、と言いたがっているのですね。
 これは、単にユダヤ教の文書を批判しているのではありません。そうではなくて、イエスのことは既にユダヤ教の文書の中に予言されているのだと言って、やたらとヘブライ語文書からの引用を使って手紙を書いたパウロや、同じやり方でたくさん引用することで福音書を書いたマタイを批判しているのですね。
 イエスの登場や生涯や死が、実はユダヤ教の文書に書かれてあるのだというのは、全く間違っている。そういうやり方ではなく、イエスの霊に、イエスの愛に直接触れなさい、とヨハネは強く言っているのです。
 たぶんヨハネが後に聖書の正典を選ばなくてはならない立場に立ったとしたら、彼はマルキオンと同じように、旧約聖書というものは作らなかったでしょう。
 しかし、もちろん現代の私たちは、このヨハネが言っている事に一理あると思いつつも、このヨハネの意見が正しいのだと断言することまでできるでしょうか。
 私たちは旧約聖書をキリスト教の正典に入れるという伝統の中に、既に生きていますから、ヨハネと一緒になって、旧約なんていらないよ、とは言わないわけです。そういう意味では我々はヨハネが絶対に正しいとは言えません。しかし、彼がパウロやマタイを批判する意見にも耳は傾け、なぜ彼がこういうことを言いたかったのかを研究する意義はあります。
 そうやって、色々なものの見方を身につけて行き、自分とは異なる見解の人の言うことにも耳を傾けることによって、意見んお多様性の豊かさと言うものを味わって行く。そこに聖書の学びの喜びがあるのではないかと思うのです。
 そういう意味で私は、「聖書には全て矛盾なく統一された神の言葉である」という考えとは全く違います。聖書はそれぞれの文書が書かれた時代があり、社会状況があり、著書の立場や意図がある。読んで欲しいと思って想定した読者もいる。そのような幅のある中で、互いに違うこと、矛盾することを含んでいたとしても、それが当たり前ではないかと思っているのです。
 なぜこのことが嬉しいのかというと、それが世の中の実際の現実に即しているからです。
 聖書も人間の作った普通の書物だった。世の中の現実の現象に反して、全く矛盾も間違いもない統一された本ではなく、人間の手垢にまみれた非常に現実的な本だった。それで私はホッとするのですね。そして、「矛盾がないはずだ」と思って読むから理解に苦しむのに、「矛盾があって当たり前」と思って読むと、すんなり理解できるということがあまりにも多くて、やはりそのように考える方が良かったのだと安心できるのです。

▼聖書が読めるということ

 そもそも聖書という本を、我々一般庶民が読めるようになったのも、早く見積もっても16世紀以降、つまり最近の500年程度の話です。つまり、キリスト教の歴史全体から見ると、後ろ4分の1ほどの時代の話です。もし、16世紀に印刷術が発明されていなかったら、私たちは聖書を読むということができなかったでしょう。今でこそ、聖書を読むのが当たり前のように考えるクリスチャンもいますが、これは決して当たり前のことではありません。印刷術という発明、出版というメディア革命がなかったら、ありえなかったことです。
 ということは、さらに言えばこのことは、そもそも1世紀や2世紀に聖書の各文書を書いた人たちは、庶民が聖書を読むということを期待していなかったということをも示しています。
 だいいち、その頃のパピルスやインクというのは、非常に高価なものですから、本を書くということが限られた上流階級の人にしか許されていませんでしたし、印刷術もありませんから、コピーは全て手書きです。
 そうなると、聖書の元になった福音書や手紙の写しなんていうものも、教会に1部あってもいい方、下手をすると街に1部しか無い。読み書きの出来ない貧しい庶民には読めないどころか、読み書き能力があっても一般人にはとても手が届かない、聖職者しか読めない。
 聖職者の中でもきちんとギリシア語やラテン語が読める人しか読めない。中には、言葉の意味もわからない学のない修道士が、意味もわからないままに謎の記号か絵を描き写すかのように、写し取った写本もあって、意味不明の間違いだらけのコピーが出回ったりすることもあったんです。
 そういう状況が1500年近く続いていて、そして、やっと我々のような一般人が、ある程度信頼できる訳本を読めるようになったのが、たった最近の数百年のことです。日本では150年に満たない期間で可能になった状況です。それまでに実にたくさんの聖書学者の血のにじむような努力や論争がありました。
 こうやって、たくさんの人々の手を渡り、いくつもの偶然に助けられて、私たちの手元には、今読もうと思えばいつでも読める状態になって聖書がある。このこと自体が素晴らしいことだと思うんですね。
 「聖書がそこにあって、すぐに読める状態になる」。このことが決して当たり前のことではないのだということに、私たちは感謝したいと思います。
 と同時に、聖書が読めないということについて、私たちが自分を責める必要もないんですね。なぜなら、聖書が書かれてから1500年以上もの間は、どんなに信仰が熱心でも、聖書を読むこと自体が叶わぬ夢だったんですからね。むしろ現代に生きている私たちの方が、その点では恵まれていると感謝するだけで良いのではないでしょうか。
 聖書に依存するのではなく、聖書を私たちの杖、あるいは支え石として親しんで行くこと。そこに聖書を読むことの喜びと楽しみが存在していると思っております。
 皆さんはどのようにお思いになりますでしょうか。





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