マグダラのマリアの伝説


2017年10月1日(日) 

 日本キリスト教団徳島北教会 主日聖日礼拝 説き明かし

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聖書朗読と説き明かし18分間 + 分かち合い35分間 = 53分間

 マルコによる福音書16章9−11節 (新共同訳)
 イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。
 このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。
 マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。
 しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。



▼マグダラの遺跡

 先日のイスラエル旅行で訪れた遺跡の一つに、マグダラの遺跡があります。マグダラのマリアの出身地と言われている街の遺跡です。
 この遺跡は、まだ発見されて間もなく、発掘作業が進行中なので、多分まだあまり日本人の研究者が入っていない遺跡だと思います。
 そういう意味でもこの遺跡に訪問することは私にとって非常に意義がありましたし、「日本で一番」とか「日本で最初」というのが大好きな私のことですので、おそらく日本の中高の聖書の教師で多分最初だろうということに、とても興奮しました。
 また、もう1つ興奮する理由がありまして、マグダラのマリアは、近年、実はイエスの第1の使徒だったのではないかと注目されている人物だからです。
 以前から、『ダ・ヴィンチ・コード』などの小説や映画でも取り上げられ、イエスの妻であるとか、イエスの愛人であるとか、いろいろの説のある女性です。 
 こちらの教会では笠置牧師の影響で、マグダラのマリアはイエスの妻であったと信じておられる方が多いようですが、私自身はまだそこまでは確信が持てないでいます。ただ、イエスの妻であったとしても、妻でなかったとしても、どちらでもいいかなと思っています。
 ヨハネによる福音書における最後の晩餐の場面で、「イエスの愛した弟子」という男性がイエスの胸に体を預けて寝ていたりする様子も描かれていますので、彼がバイセクシュアルであったのではないかという説もあるくらいですし、妻以外に愛する男性がいるということは一夫一婦制にこだわっていなかった人であった可能性もあります。
 いずれにしろ確かなことは、このマグダラのマリアが、イエス一行においては非常に重要な位置を占める女性であったことは間違いないということです。
 そもそも聖書のなかに女性がきちんと名前を書いて残されるということは稀なことですし、女性が登場する場面でも、その多くでマグダラのマリアは筆頭に名前を記され、登場回数も他の女性に比べて圧倒的に多いですから、少なくともイエスの女性の弟子達のリーダーだったのではないかと見なされています。
 そして、その女性の弟子たちが、男性の弟子たちに負けないくらい実力を持っていた集団であったのかということが、今日の聖書学の大きな研究テーマになっているんですね。

▼付け足し

 今日の聖書の箇所になっている、マルコによる福音書の、この「結び」という小見出しが付いている部分は、本来のマルコによる福音書にはなかった部分だということは、ご存知かもしれませんね。
 本来のマルコによる福音書が16章8節で終わっていることは、もう聖書学の定説となっています。
 そしてそのために、この16章9節以降は近年では、あまりまともに研究されていないような節があります。この部分はせいぜいルカによる福音書の24章に書いてあることの焼き直しに過ぎないだろうと言われていて、それで大体終わりです。
 すなわち、マグダラのマリアと他の2人の女性たちがイエスの復活を知らされ、このことを使徒たちに話したけれども、使徒たちはまともに取り合わなかった。しかしペトロだけは現地を確かめに行った、という話です。
 初めて「福音書」というジャンルを作ったマルコの本には、イエスの誕生の物語も入っておりませんし、復活したイエスが見える姿で現れたという物語も入っていません。
 これを後から見た福音書記者たちは、「これではいけない」と思ったんでしょうね。それでマタイもルカも、それぞれに自分の誕生物語と復活物語を付け加えました。特にルカは、「私は最初から最後までちゃんと調べています」と自分の作品の冒頭につけることで、マルコに対する嫌味を書いていますよね。「私は誕生も復活も書いておりまして、そのどちらも書いてないマルコとは違います」と言いたいわけですね。
 そういうルカ福音書の影響なども受けて、だいぶ後の時代の人が(早くても6世紀ですから、イエスがなくなって500年近くは後の写本から登場するようですが)、この16章9節以降を付け加えたんだろうとされているわけです。そして、先ほど申し上げたように、あまりまともに研究もされていないんですね。

▼7つの悪霊

 しかし、私はそんなに専門的な知識を持っているわけではありませんが、この16章9節はとても面白いと思っているのですね。
 と言いますのは、実は、「マグダラのマリアがイエスに7つの悪霊を追い出していただいた」ということは、ここにしか書かれていないんですね。
 彼女が7つの悪霊を追い出してもらったという話は割りと有名なのですが、実はどの正典の福音書にも書かれていなくて、この後から付け足された部分にだけこそっと盛られた情報なんです。
 他のどの福音書にも、このマグダラのマリアについてのプロフィールは書いてないので、逆にこの部分の「7つの悪霊」の話が目立ってしまって、私たちの印象に残ってしまうのかもしれません。
 もし、この記事が単なるルカ福音書のある部分的な記事の単純な焼き直しであったなら、「7つの悪霊を追い出してもらった」という情報がどこから入ってきたのかが謎なんですね。
 悪霊に取り憑かれているというのは、イエスの時代には、たいていの病気について言われていたことですから、何の病気について言っているのかはわかりません。しかし、通常は1回で悪霊を追い出すことができたというイエスの話しか私たちは知りませんから、イエスもこのマグダラのマリアについては随分苦労したのだという情報なのでしょうね。
 「ケセン語訳聖書」など、東北地方をベースにした聖書翻訳の仕事を数多くなさっている山浦玄嗣さんの作品で『ナツェラットの男』というイエス伝の小説がありますが、この小説ではイエスは何度悪霊祓いの治療をしても治らず、病気がしぶとく7回もぶり返したのだ、という風に描いています。7つの病気を一気に治したのではなく、7回もぶり返して、ずいぶん手をかけられたのだ、という推測は、元医者だった山浦さんの言うことだけに、説得力があります。
 とにかく、治療に非常に苦労したということで、それだけにイエスとマグダラのマリアの関係は非常に深い、親しいものになったことが考えられます。

▼イエスが教えたシナゴーグ

 イエスと彼女の出会いの地は、まず間違いなくマグダラの街でしょう。イエスはガリラヤ湖畔の町々を歩いて回り、人々を教えたり癒したりして回りましたから。マグダラはガリラヤ湖のほとりの街で、少し湖に近づくと、美しい青緑色の湖面が見渡せます。
 今は、その湖岸のすぐ近くに、彼女を記念する礼拝堂が立っていて、船を模した形の講壇が設置してあって、その向こうにガリラヤ湖が見えるという設計になっています。
 さて、イエスが町々をめぐって人々を教えたのは、シナゴーグというユダヤ教の礼拝所でした。イエス自身、当初から新しい宗教を開こうとしていたわけではなかったので、普通にユダヤ教の会堂で礼拝し、他の地方から来た先生ということで、「兄弟よ、どうぞお話をしてください」と促されてお話をするということが頻繁にあったはずなんですね。そういう風にイエスはシナゴーグで教えたり、街頭に立って教えたりもしました。
 このマグダラという町のシナゴーグにもやってきて、マグダラのマリアとも会っているはずなのですが、そのマグダラのシナゴーグの土台と床の部分が現在発掘されています。それが写真の遺跡です。
 また他にも、このシナゴーグで使われていた聖書台の写真があります。これもイエス時代のものです。
 ということは、先週ご紹介したエルサレムの道路と違って、このシナゴーグには明らかに、ほぼ100%イエスが訪れた場所だと見て良いということです。そしてこの聖書台は、ほぼ間違いなくイエスが使ったことのある聖書台であると言えるということです。
 これには最高に興奮しました。
 「ここでイエスが教えたのか!」と。

▼マグダラのマリアの地位

 マグダラのマリアが7つの悪霊を追い出してもらったという伝承を誰が伝えたのかはわかりません。
 しかし、4人の福音書記者がこぞって無視していたか、見落としていた言い伝えを、別のグループが伝えていたということはありうることで、特に女性が中心となった初代教会の時代のあるマイナーなグループが伝えていた可能性はあると思います。
 マルコ、マタイ、ルカという風に、後の時代になるほど、マグダラのマリアの扱いは軽いものになってゆきます。
 最初の福音書であるマルコでは、イエスのお墓が空っぽであったことを一番に発見したのは、マグダラのマリアら女性たちであった、ということでこの福音書が完結しているのに、マタイでは男性の弟子たちが改めてイエスと再会した話が付け加わり、ルカでは女性たちの話を男性の弟子たちは信用しなかったという話にまで変えられてしまいました。
 そして、さらに後の時代には、このルカによる「女性たちの話は信用できない」という物語を、後付けでマルコの写本の終わりに(今日の聖書の箇所のように)書き加えるような人たちも出てきた。
 そんな風に、初期の教会がだんだん男性優位になってゆく中で、マグダラのマリアの地位も下げられて行ってしまいます。
 ところが、これに対抗して、ヨハネによる福音書は、復活したイエスと直接1対1で言葉を交わした女性として、マグダラのマリアを持ち上げています。イエスとマグダラのマリアが、他の弟子たちを差し置いて、1対1に話ができることで、彼女がイエスと対等に話ができるほどに地位が高いのだという主張しているんですね。
 そこで、「マグダラのマリアの地位をめぐって、ルカとヨハネが争っている」と言う表現をする研究者もいます。

▼マグダラのマリアと主の晩餐

 こうやって、マグダラのマリアの地位について、初代教会の間でも論争になるほど、彼女はみんなの関心の的であったということなんでしょうね。
 教会の中でだんだんと男性が幅を利かせ始める中で、彼女の地位は表向きかき消されていったものの、ポロリポロリと彼女についての噂が、別ルートで伝わっていて、例えば今回お読みした聖書の記事のようなところにも入り込むことがあったということなんでしょう。
 まあ普通に考えて、男性の教会指導者たちが、一生懸命に1人の女性の消息を消してしまおうとしたということから、逆にその女性の存在感がいかに大きかったかということが推測できます。
 聖書が隠しているものを透かして読むようにして、そんなマグダラのマリアに注目してゆこうとすることは、初期の教会において、女性がどのような地位にあったのかということを考える上で、私たちにとってとても大事なことです。
 最初の教会が実は男性中心的なグループばかりではなく、女性のリーダーによる群れもあったのだということを知ることによって、私たちの現在の教会のあり方を振り返る上でも、大きな示唆を与えられるのではないでしょうか。





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