一点の曇りも無い生き方に憧れて


2020年1月12日(日) 

 日本キリスト教団 徳島北教会 新年礼拝 説き明かし

礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る







聖書の朗読&お話(約22分)



 ヨハネの手紙(一)1章5-10節 
(新共同訳)
 わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
 わたしたちが、神との交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、それをうそをついているのであり、真理を行ってはいません。
 しかし、神が光の中におられるように、わたしたちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
 自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
 罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。



▼新年を迎えて


 おはようございます。新年の喜びを申し上げたいところですが、私たちはつい先週、私たちの教会にとって大切な人がこの世を去ったのをお見送りしたばかりですので、ちょっと「おめでとう」と言う気分にはなれないのが正直なところです。
 けれども、この方がこの世での務めを終えて、今は別のところ、神様のところに帰られて、今はゆっくり、まったりしておられるのかなと思うと、まあそれはそれでおめでたい事かな? と思ったりもします。
 というわけで、私自身の気持ちも、寂しい思いと「仕方がないなあ」という思いとの間を行き交っていますが、気を取り直して、今日の聖書の箇所に取り組んでみたいと思います。

▼人の書いた文

 今日お読みいただいた聖書の箇所は、ヨハネの手紙(一)という文書の最初の部分で、書き出しの部分の次に書かれた本文の始まりのようなところです。
 この手紙は「ヨハネの手紙」と呼ばれていますけれども、福音書を書いたヨハネと同じ人物というわけではありません。ただ、ヨハネによる福音書の影響を大きく受けているという事で、福音書と手紙の一、二、三をまとめて「ヨハネ文書」と呼んでいる解説書もありますが、とにかく、福音書のヨハネとは別の人物の作品です。
 そして、私がこの手紙の作者と同じような考えをしているかというと、そうでもありません。例えば、5節の後半に、「神は光であり、神には闇が全くないということです」とありますが、私がこの言葉に全く納得が行っているかといえば、そうでもありません。
 そんなことを言うと、聖書を冒涜しているとか神を冒涜しているとか言って怒り出す人もいるのですが、そんなことはありません。先ほども申しましたように、聖書に収められた文書は、それぞれ違う人が違う考え方で書いているので、お互い言っていることが違うなんてのは、日常茶飯事なんですね。人間が書いた文章ですから仕方がありません。それが自然なことです。
 そして、聖書の中に、あっちとこっちでは言ってることが違うじゃないかということがあるということは、例えば聖書の中の、この人が書いたこの文章と、読んでいる私とでは、ちょっと見解が違いますね、ということも出てきてもおかしくないわけです。
 その一方で、聖書の中には、私の胸を打つ言葉も書かれている。私を救ってくれた言葉がいくつもあります。でも、「私を救う言葉」というのは人によって違ってもいいし、考えてみれば人間は一人一人皆違うのですから、それで当たり前です。ですから、そういう意味でも聖書が必ずしも統一性のある書物かというとそうでもないというのは、逆に良いことではないかと思うんですね。

▼神は闇をも作った

 そして、なぜ私が「神は光であり、神には闇が全くない」という言葉に違和感を感じるのかというと、これはイエスが自分から闇の中へ、汚れた方へ、そして苦しい方へと突き進んでいったことと矛盾するなあと思うからです。
 またそもそも、天地創造の物語でも、神は光だけを造ったわけではありませ。もちろん神の最初の言葉は「光あれ」でした。しかし、そうすることによって光が生まれると同時に闇が生まれました。光が生まれるということは、その光の届かない陰の部分が必ず生まれますし、闇があるからこそ、光の輝きが際立つのですね。
 そして、神は次に光の部分を「昼」と呼び、闇の部分を「夜」と呼んだ。そして太陽に昼の部分を司らせ、月に夜の部分を司らせるようにしました。つまり、私たちの生きる時間を作ったわけですが、その人生の時間の明るい光の時も、暗い闇の時も、どちらも神様の手の中にあるんだよということを示していると思われるのですね。
 そういう風に読むと、私たちが起きている時も眠っている時も、またそれだけではなく、光の中を歩んでいるように喜びの中にある時も、闇の中を歩んでいるように悲しみや痛み・苦しみの中にある時、あるいは悪の中にいる時でさえも、神様は優しく見守ってそれを受け入れているのではないかという希望を持たせてくれるわけです。
 自分はそんなに品行方正じゃない、悪い心もたくさん持っている、清く正しく美しくなんて生き方はとてもできません、という人なら、神は闇をも見守り、受け入れるという解釈をご理解いただけるのではないかと思います。
 今日の聖書の箇所のように、「神は光であり、神には闇が全くない」とか、「闇の中を歩むなら、それをうそをついているのであり、真理を行ってはいません」などといったことを言ったり書いたり書けるのは、そういう人間界には集団でも個人でも色々と闇の部分があって、それを抜きには生きることもできない悲しさを持っている人間もたくさんいるんだよということがわからない人だろうなあと思います。
 詩編23編には「たとえ私が死の陰の谷を歩む時も、私は恐れない。あなたが私と共にいてくださるから」という言葉も収められています。私たちが信じたいのは、闇の部分を切り捨てる神ではなく、光も闇もその手の中に包み込んでいる神様です。

▼自分は欺けない

 ところが、とはいえ今日の聖書の言葉を全く読むに値しないものとして無視しておけば良いかというと、そうでもありません。
 例えば、「自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にはありません」という言葉は妙に胸に突き刺さるものがあります。
 なぜかと考えてみたのですが、おそらく「自分には罪がない」と言えるような人は、ちょっと良識のある人だったら言えないはずだからですね。
 もっとも、このヨハネの手紙を書いた人が、「私は光の中を歩んでいる(つまり罪がない)けれども、あなたがたには罪がある」と、そこまで思い上がった相当脳天気な人間だから、こういうことが書けるのかもしれませんが(そして実際そうだと言っている聖書学者もいらっしゃいますけれども)。
 でもまあ、大なり小なり罪がない人間などいません。悪気があるかどうかとは全く別に、結果として人を傷つけたり、痛めつけたりしたことのない人はいませんでしょうし、社会的に大きなレベルで見れば、盗みや殺害に加担している人間などいません。
 ですから真面目な人ほど自分を振り返って、「私に罪はありません」とは言えないなあと自己反省してしまうし、自分を欺くことはできないことに改めて気づくのです。他人には絶対に言えなくても、自分の人生の汚点は自分がわかっているし、意識がはっきりしている限り、それを忘れることはできないのです。

▼尹東柱

 ところで、第二次世界大戦中に京都の同志社大学に留学していたクリスチャンで朝鮮半島出身の尹東柱(ユン・ドンジュ)という詩人がいるんですが、皆さんはお名前はお聞きになったことがありますでしょうか。
 朝鮮と言っても当時は満州国の支配下にありました。つまり日本の傀儡政権の支配を受けていたので、実質日本の占領下にあったようなものです。
 そんな中で尹東柱は、朝鮮の民主化運動に加わると共に、朝鮮語による詩を書くという活動を続けてゆきました。日本政府は朝鮮語を禁止して日本語を使うことを強制していたので、尹東柱も朝鮮語の詩を書くことを禁止されるんですけれども、それを絶対に止めようとしませんでした。
 その結果、彼は同志社大学在学中に逮捕され、投獄されます。そして、第二次世界大戦で日本が負けて、朝鮮が解放される半年前に獄中で亡くなりました。27歳でした。
 大日本帝国によって言葉を奪われ、名前まで変えさせられた時代に、断固として朝鮮語で著作することを譲らず、最期までその志を貫いたこの「抵抗の詩人」のために、同志社大学でも礼拝堂の横に、「尹東柱詩碑」という石碑を立てて、彼のことを記念しています。
 そんな尹東柱の作品の中に「序詩」(「はじめの詩」という意味で、彼の死後発見された手製の詩集の始まりの詩ということですが)という詩があります。これを(日本語ではありますが)朗読して、ちょっと味わってみたいと思います。

 死ぬ日まで 天をあおぎ
 一点の恥ずることなきを
 木の葉にそよぐ風にも
 わたしは心痛めた
 星をうたう心で
 すべて死にゆくものたちをいとおしまねば
 そしてわたしに与えられた道を
 歩みゆかねば
 今宵も 星が 風にむせび泣く

 (同志社尹東柱詩碑建立委員会訳に、一部川上盾牧師訳を加えて編集したもの)

 いかがでしょうか。「死ぬ日まで天を仰ぎ、一点の恥ずることなきを」という書き出しの言葉に象徴されるように、尹東柱の純粋な精神が冴え渡っているように感じます。
 何一つ間違ったことはしていないのだ、という思いと共に、彼の鋭くて、優しい、純粋な心に、読んでいるこちらの心も洗われるように感じると共に、「ここまで純粋な心になれることが自分にはあるのだろうか」という問いかけを向けられるような気持ちにもなりませんでしょうか。

▼新島襄

 時代を遡って、同志社の創立者で新島襄という人も、遺言にこんな言葉を残しています。現代語に訳した形でこれも、その一部だけを抜粋してみたいと思います。
 「私は普段から敵をつくらない決心をしていた。もし皆さんの中であるいは私に対してわだかまりを持つ人がいるならば、そのことを許していただければ幸いである。私の胸中には一点の曇りもない」
 ここにも、「私の胸中には一点の曇りもない」という言葉があります。私は新島襄の生涯を少しはかじってきているので、彼の生涯が全く清く正しく美しく、何の汚点もない人生だったかというと、そういうわけでもないだろうと思います。
 生きている間に起こる様々な葛藤や人とのぶつかり合いの中で、自分自身苦々しい思いをしたり、虚しい気持ちに陥ったり、相手にも不快な思いをさせ、批判をされることも多々あったようですし、教え子たちが必ずしも自分が望んだようには成長してくれなかったという面もあり、苦労の多い人生でした。
 そんな新島が「私の胸中には一点の曇りもない」と言えたのは、おそらく神の前に、すべて悔い改めるという信仰があったからではないかと思います。
 人生いろいろあったけれども、もう死ぬ前に至って、何も隠すことはない。少なくとも神様は全てをお見通しである。他の誰にも言えないことでも、神の目から見れば何一つ隠されているものはない。全てを見通している神に「赦してください」と願う以上に自分にできることがない。「私の負債を赦してください。私自身はもう他の人の負債は全て赦していますから。もう私の胸の中に一点の曇りもありません」という意味で彼は祈るように語ったのではないかと思います。

▼一点の曇りもない終わり方

 私たちの人生もそんなにまっさらで美しいことばかりではありません。光の中ばかりを歩いてきて、闇の部分なのでこれっぽっちも無いという人はいないのではないでしょうか。もちろん「私には闇がない」と言える人はそれで結構なことですが、こと私に関して言えば、光よりも闇の部分の方が多いような人生をこれまで送ってきました。
 それでも、今からでも「一点の曇りもない終わり方」を目指すことは無理ではないのかなぁとは思います。
 既にシミだらけの人生ですが、そんなことは神様はお見通し、よくわかってくださっている。神様に隠すことは今更何もない。
 ただ、私たちが日々唱えている「主の祈り」のように、「私に負債のある者を赦しますから、私の負債も赦してください」と神様にお願いしつつ、誰に対しても曇りのない思いでこれからの人生を生きてゆく。そのような生き方、終わり方を目指してゆくというのは、どうでしょうか。
 年始早々に「終わり方」の話をするのも少々おかしいかもしれませんが、私たちの地上の生涯はいつ終わるかわかりません。いつ取り上げられてもわからない限られた時間を、できるだけ曇りのない生き方で過ごしてゆきたいものだと、この年の始まりに改めて思うものです。






礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール