ここは安心できますか?


2020年7月19日(日) 

 日本キリスト教団 徳島北教会 部落解放祈りの日礼拝 説き明かし

 牧師:富田正樹

礼拝堂(メッセージ・ライブラリ)に戻る
「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る
教会の案内図に戻る







聖書の朗読&お話(約22分)



 ローマの信徒への手紙9章25−26節 
(新共同訳)
 ホセアの書にも、次のように述べられています。
 「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。
 『あなたたちは、わたしの民ではない』と言われたその場所で、
 彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」




▼被差別者は自由意志でやめられない

 おはようございます。今日は、私たちの教会では1週間遅れで「部落解放祈りの日」の礼拝を行っています。本来は毎年7月の第2週の日曜日が日本基督教団で決めた「部落解放祈りの日」なんですけれども、私の都合で1週間遅れにさせていただきました。どうもすみません。
 この「部落解放祈りの日」というのは、1975年(45年前ですね)の7月に、日本基督教団の当時の部落差別問題特別委員会(現在の教団部落解放センター)の設置と共に提案されたものです。教団の教会は強制的に参加するというものではなく、「できるだけ多くの教会・伝道所の方にご参加いただきたい」という形で、自発的な参加を呼びかけるものです。私たちの徳島北教会も、だいぶ前から、私のくる前、笠置牧師の時代からこの「祈りの日」礼拝を守ってきています。
 私自身は、今は遠ざかっていますけれど、20年ほど前に、この教団の部落解放センターの主催している「解放劇」という運動に加わっていました。演劇を通して、部落差別とキリスト教の関わりについて、一緒に考えたり、問題意識を投げかけたりという活動ですけれども、東京で行われる教団総会の議場で上演するために、学校の授業を終えてから飛行機で東京に行って、演劇をやって、その夜に夜行バスで大阪に帰ってきて、そのまま朝から授業とか、今思えば若かったからできたんだなぁと思いますけれども、懐かしい思い出です。
 ただ、「解放劇」自体は「懐かしい」と言ってもいい思い出だとは思いますけれど、差別される当事者の人間の苦しみは、いつまで経っても「懐かしい」などと言って過去のことのように片付けるわけにはいきません。
 差別そのものは無くなっていないどころか、部落差別だけではなく、民族差別、女性差別、性的少数者差別……ありとあらゆる形を取って、世の中に蔓延しています。差別される当事者にとっては、「昨日も、今日も、明日も」差別される立場を自分の意志で「やめる」ということができないんですね。「今日はしんどいし、被差別者やめとこか」ということはできないんですね。その苦しみを忘れたらあかんなと思うんです。

▼「社会派」と「教会派」

 キリスト教会が「差別を無くしましょう」という呼びかけをやっていると、必ず文句を行ってくるクリスチャンがいます。「そういう社会問題に関わることは、教会でなくてもできる。教会には教会にしかできないことをやるべきだ」とか、あるいは「差別の問題とかをやっていると、教会の活動がそればっかりになってしまう」とかですね。そういう難癖をつけてくるクリスチャンが必ずいます。
 「社会問題を教会でやるべきではない」というのは、60年代、70年代の学生運動と協調した教会の動きに対して、必死に巻き返しを測ってきた東京神学大学を中心とした保守的な人たちの合言葉ですね。その頃のことは「教団紛争」と呼ばれていまして、ウィキペディアでも出てきます。
 この人たちは万博キリスト教館の問題や、戦争責任の問題、沖縄キリスト教団との合同の捉え直しの問題などを通して社会への関心を持っていた人々が70年代に主導権を握っていたのを、ひっくり返そうと一生懸命やってきたんですね。
 そして、その時に自分たちの敵としてレッテル貼りと言いますかラベリングですね、それに使ったのが「社会派」という言葉です。そして「教団の信徒が減ったのは『社会派』のせいだ」というネガティブ・キャンペーンを繰り広げました。「社会のことばかりに関わっていて、伝道を疎かにしたからだ」というわけですね。
 この「社会派」というラベリングに対して、ラベリングをしている側の人たちのことを「教会派」とか「伝道派」と呼ぶ人もいますが、こういう風に「教会か社会か」、「伝道か社会か」という二者択一の論理に乗っかってしまうこと自体が、彼らの罠ですので、程々にしておきたいですね。
 そして、このラベリングとネガティブ・キャンペーン、そして弛まぬ政治的な工作が実ったのが、2002年に山北宣久(やまきた・のぶひさ)という人が教団議長になったことでしょうね。
 この方は教団議長になってから5年目の2006年の教団総会で、それまでのいわゆる「社会派」との対立、教団紛争を「荒野の40年」という言葉で表現したんですね。ということは、これはある意味「勝利宣言」ですね。教団紛争を振り返って過去40年間のものであると言い切ったわけですね。
 その山北議長時代を一番印象づける事件といえば、その「荒野の40年」の言葉を発した翌年、2007年に出された、当時紅葉坂教会の北村慈郎牧師に対する「教師退任勧告決議案」ですね。要するに「オープン聖餐」をやっている牧師はクビにしろ」ということですね。
 この決議案は3年後の2010年に教団総会を通ってしまいました。これは、この時既に教団が完全に彼らの手の中にあるということを示す象徴的な事件になりました。
 そして、私たち徳島北教会は、オープン聖餐(またの名をフリー聖餐)を実践し続ける教会として、この「北村慈郎牧師を支援する会」に今も連帯し続けているわけです。
 ちなみに、北村慈郎牧師への「教師退任勧告決議案」を山北議長が出した同じ年に、どこかのキリスト教学校の教師をしている富田某という人物が出した『信じる気持ち』という本も、その山北議長の名前で「この本は直ちに回収し、廃刊にし、絶版にせよ」という勧告が教団出版局に出されたという、ちょっとしたオマケのような出来事もありました(笑)。

▼泣いている人が笑える場所に

 話が大回りになりましたが、要するに「教会は社会問題に関わるべきではない」というネガティブなスローガンは、実は日本基督教団の政治的な争いの中で作られたラベリングで出てきたもので、あまり本気になって唱えてるのもどうでしょうか、ということなんですよね。
 最近では今月の『クリスチャン・プレス』というキリスト教関係の雑誌で、現在の石橋秀雄議長が、今でもまだ「社会派ガー、社会派ガー」とインタビューで言っています。まだ社会派のせいで教団の信者が減ったと言っています。でも、彼らが政権を取ってから、もう20年経っているのに、教団の信徒が増えたという話を聞いたことがありません。
 もうこんなネガティブ・キャンペーンをやっている場合ではないと思うのですが、多分自分たちの「祈りましょう、伝道しましょう、献金しましょう」という運動があまり効果を発揮してないので、まだ「社会派」に対するラベリングでとりあえずしのごうとしているのでしょうね。
 「教会か社会か」、「伝道か社会か」という二分法、「あれかこれか」の二者択一の単純化された論理というのは、人を扇動する時によく使われるんですね。こういうのに乗っかってはいけません。
 特に差別にまつわる社会問題というのは、実はキリスト教の一番メインで取り掛からなくてはいけない課題でもあるんですね。その理由は単純明快です。イエス自身が「今泣いている人々は、幸いである。あなたがたは笑うようになる」(ルカ6.21)と言っているからですね。
 イエス自身が、被差別地域であるガリラヤ地方の、そのまた見下げられたナザレという貧しい部落の出身で、ヨハネの福音書にも書かれているように、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」(ヨハネ1.46)という差別発言を受けているんですね。
 そのイエスが、自分自分も幼い頃から差別を受けて泣いていた、その泣いている仲間に対して、「泣いている者、幸いなり。あなたがたは笑うだろう」という言葉を発しているのに、そのイエスの遺志を継ぐキリスト教会が、「泣いている者」にとって笑える場所にならなかったら、一体何をやっているんですかということになるんですね。

▼私が差別した人を神は愛する
 
 今日、お読みした聖書の箇所は、パウロ自身もここで書いているように、元々はホセアという預言者が書いた旧約聖書の中の一つの文書を引用しています。
 前後の文脈から読むと、パウロはどうやら、イスラエル(つまりユダヤ人)と異邦人のどっちが神に選ばれるのかということを述べています。そして、イスラエル(ユダヤ人)が自分たちは神に選ばれた民族だと思い込んでいるのに対して、それは違うよと言っているのですね。むしろ異邦人、つまりユダヤ人がケガレていると言って嫌っている異民族が選ばれるということがあると。誰を選ぶか選ばないのかは、全くの神の自由なんですよということを9章を通じて言っています。
 ここで「選ぶ」と言われているのは、もう選民意識とか特権意識というのではなく、25節の後半に引用されている、ホセア書からの引用の言葉、「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、愛されなかった者を愛された者と呼ぶ」(ローマ9.25)という逆転の思想ですね。
 これは先ほどご紹介した「泣いている者、幸いなり」というイエスに相通じるものです。「今泣いている人こそが、笑うようになるんだ」というイエスの言葉ですね。
 それで、この「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼ぶ」という言葉を旧約聖書の中に探してみると、ホセア書の2章1節と25節に記されています。ホセアの場合は、これを神を裏切って偶像礼拝に走っていったイスラエル民族を、それでも「私は愛している、あなたがたを見捨てはしない、戻って来いよ」という意味で言っているように私には読めます。
 けれども、パウロが書いている、「愛されなかった者を愛された者と呼ぶ」(ローマ9.25)という言葉は、実はホセア書の中には無いんですね。これはパウロが補って書いた可能性があります。
 ホセアは、元来「イスラエルが神を裏切っても、神は赦して受け入れるよ」という意味で書いていたわけですが、パウロはそれを全然逆の意味にひっくり返しています。
 イスラエルが差別して「お前は我々の民ではない、異民族なのだ」と決めつけて排除している人々こそが、神に選ばれて愛されるのだという、イスラエルに対するカウンター・パンチを入れているんですね。
 しかも、パウロ自身はユダヤ人ですから、ユダヤ人自身が「我々が差別して排除した人たちこそが、神に愛されるのだ」と言っているわけで、これはパウロ自身の「私も差別者の一員なのだ」という自覚、悔い改めの告白でもあるんですね。

▼ここは安心できる場所ですか?

 さて、翻って私たちの教会は、誰もが差別されない共同体になっているでしょうか?
 私はそう思いたいですし、私自身は居心地がとても良いのですが、ひょっとしたら、この教会では自分のことをオープンにはできないと思っている人もいるかもしれません。もしそういう方がいらっしゃって、心の中の重荷を下ろすことができずにいらっしゃったら、私は悔い改めなくてはなりません。「居心地がいい」と思っているということは、誰かの痛みに気づいていないという可能性も高いので、そうであったら、私は悔い改めないといけません。
 どんなに「愛、愛」と唱えていても、本当に誰にとっても安心して「ここにいていいんだ」「生きていていいんだ」と思える場所でなければ、それはキリストの教会に相応しくありません。
  差別したり、いじめたり、嘲ったりする対象に貼られるレッテル/ラベルのことを「スティグマ」とも呼びます。「スティグマ」というのは「こいつをいじめればいいんだ」と加害者に立つ人々が貼り付ける負のレッテル、ネガティブのレッテルです。
 例えば、それは被差別部落の出身者であるとか、在日であるとか、LGBTという言葉ではくくることのできない性におけるマイノリティであるとか、精神障害を患っているとか、あるいは人生で大きな過ちを犯した人など。
 黙っていればわからないから黙っている。でも、ここは本当に安心して真実の自分が自分として受け入れられる場所なんだろうか? ここは安全な場所なんだろうか? たとえ、ここは多分安心していい場所なんだろうな……と頭では分かっていても、「自分のことをオープンにしても、ここでは受け止めてもらえる」という安心感や自信を持てるようになるには、時間がかかります。けれども、あるがままの自分を解放して、それが受け入れられている場所になるかどうかというのは、教会という場所に来ている被差別当事者にとっては死活問題です。
 かと言って私は、スティグマを抱えた人に「あなたのスティグマをカミングアウトしてください」と求めているわけではありません。それはご本人が判断することです。ただ、私たちは、「この世では愛されなかった人、スティグマを抱えた人こそが、実はとても愛されているんだよ」ということを証できる教会でありたいと思っています。
 ここでは誰もが安心して、あるがままの自分を神様に肯定してもらえる。そういう教会でなくては、キリストの教会である意味はありません。でも、私たちはキリストの教会に相応しい教会でありたいと皆さん思っておられると思いますし、その方向に向かって今日も成長し続けていると私は信じています。
 皆さんはいかがお考えになりますでしょうか。
 本日の説き明かしは以上といたします。





教会の入り口に戻る

礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

ご意見・ご指摘・ご感想等はこちらまで→牧師あてメール