BRIDGE /あなたがあなたであるように
 
Version4.4……初演(日本キリスト教団第33回総会議場公演)版

2002年10月30日公演
企画・提供:日本基督教団部落解放センター
脚本・監督:富田 正樹

上演時間:50分間  (台本はディスクに保存して、ゆっくりお読みください)

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#1  学校・放課後の教員室

   (明転)(チャイムの音)
   舞台上には、事務机とイスが3つ。2人の教師が仕事をしている。上田徹と佐古田智治である。
   松井杏奈(教育実習中:スーツ姿、手に出席簿やファイル)、佐古田の前に立たされている。
佐古田「掃除は?」
杏奈 「ああ、生徒がみんな帰っちゃったんで。あたし一人でやりました」
佐古田「なんだそりゃ? それと、この単語テストの採点、なにこれ?」
杏奈 「――単語テストの採点が、なにか……」
佐古田「間違いだらけ。おまけに、点数計算もメチャクチャ。足し算もできないのか、おまえは」
杏奈 「……」
佐古田「いいか? 女に対する世間の目は厳しいんだ。『女だから甘やかされてる』とか、『女の子なんてこんなもんだ』とか、そんなこと言われたくないだろ? だから女性は人一倍頑張らないといけないんだ。わかるか?」
佐古田、立ち上がって、杏奈のそばで立ち止まる。
佐古田「おまえの成績は後輩の女子の進路にも大きな影響を与える。立場をわきまえて、しっかりがんばれ! (徹に)じゃ、オレはクラブ見てくるわ」
徹  「はーい、ご苦労さまでーす」  (と、ゆうゆうと上手に去ってゆく)
   杏奈は机に寄り、荷物を机にたたきつけて、椅子にへたりこむ。
   徹、とつぜん周囲をきょろきょろ見回して――
徹  「杏奈……! 杏奈!」
杏奈 「(力なく)はン?」
徹  「おつかれさん」
杏奈 「はァ」
徹  「まだ3日目だよ、教育実習。大丈夫?」
杏奈 「わかんない」
徹  「ねえ、杏奈」
杏奈 「はン?」
徹  「なんで教育実習なんかに来たんだよ」
杏奈 「だって……他に特別やりたいこともなかったし、『資格ぐらい取っとけ』って言われたから来ただけよ」
徹  「教師になる気はないの」
杏奈 「ない」
徹  「(ため息)ハァ……まぁいいか。ぼくは嬉しいよ。こんな場所だけど、しばらくは君と毎日会えることになったからね。ふだんはぼくが忙しすぎて、なかなか会えないし、君も……最近、ぼくの教会にも来てくれないし」
杏奈 「ふん、自分だって教会になんか、なかなか行けてないくせに」
徹  「(肩をすくめて)そりゃ、そうだけど」
   立ち上がる徹、杏奈のそばに寄り、肩をもみ始める。
徹  「学生時代が懐かしいなぁ」
杏奈 「やめてよ」
徹  「(手を放し)……色気ないね」
杏奈 「ここは職場だよ。神聖なる」
徹  「まぁ、そうだけどさ」
   再び肩をすくめて、杏奈から離れる徹。
徹  「コーヒーでも入れよう」 と、サーバーから2つのカップにコーヒーを注ぐ。
徹  「佐古田と話してたら、誰だって憂鬱な気分になるよ」
杏奈 「徹」
徹  「ん?」
杏奈 「あたしは女に生まれたくなかった」
徹  「女に生まれなかったら、ぼくと出会っていなかったかもしれないじゃないか」
   コーヒーを杏奈の前において、自分の席に戻る徹。
杏奈 「そうかしら?」
徹  「そうだよ」
杏奈 「(「フン」と鼻で笑い)徹。あなたのその、ちょっとわかってないところは、嫌いじゃないわよ」
徹  「それって、ありがとう……って、言えばいいのかな」とカップをすする。
杏奈 「そうよ。あなたといると、楽」
徹  「ありがとう……」
杏奈 「さぁーてっ! 採点、やりなおすか!」
   単語テストの束を広げて、採点をやり直し始める杏奈。(暗転)(音楽1:「役員会」)

#2  教会・夕方の臨時役員会

   (明転)テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「ええー、神学校のほうでも、ずいぶん苦慮していただいたようですが、なかなか当教会の要望と相容れる条件の方を見つけられないまま、時間だけが何ヶ月も過ぎております。みなさんには、お招きした先生とご面談いただいて、できれば今日、招聘を決定していただきたい、と思っております」 (と、立ち上がる)
別府 「(下手に)どうぞ、お入りください」
   森川泉が入ってくる。
泉  「はじめまして。森川、泉、と申します」
別府 「どうぞ、おかけください」
泉  「はい」 (と、腰掛ける。役員たち、ささやき、耳打ちしあう)
別府 「履歴書のコピーがお手元にあると思いますが、何かご質問などございましたら、どうぞ」
   間。やがて、最高齢の役員、田中健吉が口を開く……
田中 「(咳払い)あー、事情はお聞きおよびとは思いますが、私たちの教会は、もともと男性の伝道師で、できれば結婚しておられる方のほうがよい、という条件を出しておりましたが――」
別府 「あの、そのようなお話はご本人の前では――」
田中 「ええ、もちろん。もう済んだ話ですから。ただ、一応心づもりというものを持っていただかないと、あとあと『こんなはずではなかった』とお思いになって、先生にご迷惑をおかけする事にもなりかねないですから」
泉  「お話はある程度はうかがっています。皆さんのご期待とは違う人間であることも承知しております。ただ、女性であるということでしたら、私はハンディには思っておりません。教会にはきっと女性の方はたくさんいらっしゃるはずですから」
田中 「(苦笑)いや、だから男性で既婚者の方がよいと言っておったのですがね」
宮坂 「あのー、婦人会としては、女性の伝道師先生をお迎えすることを、喜んでいますけど」
別府 「あー、もうご質問はありませんか? ありませんね? では、審議にうつりますので、申し訳ありませんが、先生、再び席を外していただけますか」
泉  「はい……」
   泉が立ち上がった瞬間、上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「すいません! すいません! いやー遅れました。どうしてもクラブが早く終われなくって!」
佐川 「おいおい、上田さんに合わせてわざわざ平日の夕方に役員会を開くことにしたんだから、遅れてもらっちゃ困るよ」
徹  「どうも、すいません」
別府 「まぁまぁ」
徹  「で、新しい伝道師先生は、どちらに?」
別府 「うん。ここにおられるのが――」
徹  「あ、奥さんですか。初めまして、上田徹です」 (と握手を求める)
別府 「いや、上田さん、あのね――」
徹  「で、ご主人はどちらに? ああ、トイレ?」
別府 「だから上田さんね。こちらの先生が、新しい伝道師として来られる方なんだよ」
徹  「え? あ! 女の先生だったんすか。ああ、こりゃどうも失礼しました」
泉  「いいえ、慣れてますから」
徹  「す、すいません」
別府 「(泉に)じゃ、先生」
泉  「はい。失礼します」
徹  「あ、じゃ、改めて……」 と手を出すが、泉は無視して下手に退場する。
   頭をかきながら、席につく徹。ひじ鉄をくらわす佐川。
別府 「それでは、審議を行いますが、森川泉伝道師の招聘に関してご意見のある方はいらっしゃいますか」 
   役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない。
別府 「とくにご意見が出ないようでしたら、承認されたものと受け取ってよろしいでしょうか」
   役員たちの何人かが、小さくうなずく。
別府 「わかりました。では、意義なしという事で、招聘を決定いたします。ありがとうございました。これで臨時役員会を終わります。みなさん、どうもご苦労様でした」
   役員たち立ち上がり、上手へ去ってゆく。牧師は下手へ。徹だけ座ったまま。
佐川 「(立ちあがりながら)どうした? なかなかいい感じのお嬢さんじゃないか」
徹  「いやあ、あの先生、気を悪くしたんじゃないかなぁ。初対面からぼく印象悪いですよね」
佐川 「大丈夫、大丈夫、すぐ忘れるって。慣れてますって言ってたろ? 誰だってカン違いするって。そんなことより、ぼかァあの娘が婦人会とうまくやっていけんのか心配だな。女同士ってのはなぁ、難しいんだ……」
重谷 「なんですって?」
佐川 「(咳払い)いやー、婦人会のみなさんには、しっかり新しい伝道師さんを鍛えていただきませんとね」
重谷 「私はもう、婦人会の会長ではありませんから」 フンと去ってゆく。
   「やれやれ」と首を振りながら出てゆく佐川。再び下手を見る徹。
   (暗転)(音楽2:讃美歌21「頌栄27番」オルガン)

#3  教会・礼拝堂

   (明転) 教会員一同で起立して礼拝の最後の歌をうたっている。司会者は田中。
   講壇には、説教を終えたばかりの泉が立っている。
一同 「(頌栄27番)♪父、子、聖霊の、ひとりの主よ。栄と力はただ主にあれ、とこしえまで。アーメン♪」
   歌い終わりにさしかかると、ごそごそと牧師の別府が立ち上がり、講壇に立つ。
別府 「(両手をあげ)主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の親しき交わりが、あなたがた一同に、とこしえに豊かにありますように――」
一同 「アーメン」
   ふたたび、ごそごそと別府、座席に戻る。  (音楽3:ごくごく短いレスポンス)
田中 「それでは報告に移ります。本日は、礼拝後すぐ、クリスマスの実行委員会があります。担当委員の方はお残り下さい。他にはございませんか? ……ないようでしたら、これで本日の礼拝を終わります」 と泉に慇懃におじぎして下がる。
   牧師や教会員たち、口々に泉に御礼や励ましの言葉をかけ、それぞれに解散してゆく。牧師は下手へ退場。
   泉、ひとり残って、講壇の上の聖書などを片付け始める。
   上手からそろりそろりと、泉のパートナー津田万里子が入ってくる。
万里子「い、ず、み」
泉  「(おどろく)あっ、万里子」
万里子「もう終わった?」
泉  「礼拝は終わったよ」
万里子「じゃあ帰ろう」
泉  「まだ委員会がひとつあるから。すぐ終わるとは思うけど。ああ、でも、そのあとで牧師と打ち合わせがあるしなぁ……」
万里子「日曜日くらい、ゆっくりいっしょに過ごしたいもんだね」
泉  「どこかの亭主みたいなこと言わないでよ。これがあたしの仕事なんだから」
万里子「(小さくため息)じゃあ、先にビールでも買って、帰って待ってるわ」
泉  「うーん、いや、ワインがいい」
万里子「おー、今日はイタリアンかね」
泉  「聖書にもね、水ばかり飲んでないでワインを飲みなさいって書いてあるんだよ」
万里子「ウソつけ」
泉  「ホントだよ。第一テモテ。いやテトスだったかな……忘れた」
万里子「要するにワインね。銘柄は任してくれる?」
泉  「赤がいい」
万里子「赤ならなんでもいいね」
泉  「任せる」
万里子「お金ちょうだい」 と手を出す。
泉  「えーっ? ウソでしょ。あたしだって無いわよ」
万里子、黙って献金入れを指さす。
泉  「だめよ! これ献金なんだから。もう、なんでこんなところに置きっぱなしにしてんだろ」 (と辺りを見回す)
万里子「借りとけばいいじゃない。すぐ返したらいいでしょ」
泉  「だめっ。これは皆さんのささげた献金なのよ」
   泉、ポケットから千円札を取り出し、万里子に渡す。
泉  「はい! これで買えるワインで充分よ」
万里子「せんえんー? まぁいいか、お互い貧乏だ。じゃあ、夕方遅くなるようだったら、パスタくらいゆ茹でとくから」
泉  「お願い」
万里子「オッケー。じゃ、行ってきまーす」 と、上手へ退場してゆく。
   入れ替わりに別府が下手から入ってくる。
泉  「(一瞬驚き)あぁ! 牧師先生」
別府 「今出てった人は? お客さん?」
泉  「え……ええ、その、えーっと……『お金をください』って」
別府 「(深刻そうな顔)そうか。ときどき来られるんだよ、ここの教会にもね……。あっ、それはそうと、君、委員会もう始まってるよ」
泉  「あ、はいっ」
   別府、下手に退場。それを見送り――
泉  「(ふーっと息をつき)ウソは言ってないわよね。ウソは……」 と下手へ退場。
   (暗転)(音楽4「教員室」)

#4  学校・放課後の教員室

   (明転)
   生徒らの作文を、うんざりした顔で読んでいる杏奈。
生徒らの声「先生、さよならー」
徹  「おう、さよならー」 (と上手より入ってきて、杏奈の手許をのぞき込む)
   「何、それ」
杏奈 「今日の人権ホームルームの作文。教材読んで感想を書かせるだけよ。『やっぱり差別はいけないことだと改めて思いました』。ケッ!」
徹  「へぇ、ちょっと見せて……。(と、束を取り上げる)『自分は本当に今まで差別される人の気持ちが分かってなかったなぁと反省しました』」
徹&杏奈「ケッ」     (照明:次第にゆっくりと暗く、スポットを二人に集中)
徹  「模範回答だな。だいたい、こういうのは最後の方だけ読めばわかるんだ。やれやれ……(次をめくる)『私たちの社会から、早くこういう差別をなくしてほしいです』……『なくしてほしいです』か。こういう他人事みたいな書き方も多いんだな。
(杏奈に渡して、次をめくる)『差別はよくないことで、なくさなければならないと思います。でもぼくは差別は人間が生きている限りなくならないと思います』。ちゃんと最後に本音を入れてきてるじゃないか」
杏奈 「その子は、こんな作文書いて成績に関係あるのか、って聞いてきた子だわ」
徹  「なんて答えたの?」
杏奈 「『成績には関係ないんじゃない』って」
徹  「成績に関係ないから、本音を書いたんじゃないか?」
   杏奈、大きくため息をつく。徹、次をめくって、身動きが止まる。
徹  「なに、これ?」
杏奈 「?」
徹、杏奈をじっと見て、やがてためらいがちに紙を渡す。杏奈、紙に目を落とす。
月島仁の声「俺は知っている。お前は同和地区の出身だ」
杏奈、ハッと徹を見る。       (音楽5「差別」スタート)
徹  「月島、仁……ちょっと変わった子だよね」 (杏奈、再び作文に目を落とす)
仁の声「俺は知っている。お前は同和地区の出身だ。
こんな感想文を書かせても、差別なんかなくならない。部落の人間が、自分の事を隠して俺の目の前に立っている。自分が部落民だということを隠したままで、『部落問題についての本を読んで、感想文を書きましょう』なんて言ってる。ふざけてる。ウソっぱちだ。お前がそこで自分の事を一言も言えないで立っている。それが差別ってことだ。」
読み終わり、杏奈、徹を見る。徹、思わず視線を逸らす。
徹  「……だ、誰のことを言ってるんだろうね?」
杏奈 「(きっぱり)あたしよ」
徹  「え? 君……そうだったの? ああ、そうだったんだー……な、なんで今までぼくに言ってくれなかったの?」
杏奈 「別に。言う機会もなかったし……」
徹  「ああ、そうか……。じ、じゃ、なんで、こいつは君の事を知ってるんだい?」
杏奈 「わかんない」
徹  「心当たりは?」
杏奈 「……ない。けど、どうせ近所の坊主でしょ」
徹  「そうか……。そうか……」
   うろうろと歩き始める徹。立ち止まり、杏奈を見る。目が合う。
杏奈 「何よ」
徹  「何が?」
杏奈 「だから何なのよ!」
徹  「何のことだよ!」
杏奈 「うろたえてるじゃない!」
徹  「うろたえてなんかない!」
杏奈 「いいや、うろたえてる!」
徹  「なぜ?! どこが?!」
杏奈 「だからどうなのよ、私のことを聞いて」
徹  「どう、って……どうって事ない」
杏奈 「ウソつき」
徹  「ウソつきは君だ」
杏奈 「どうして?!」
徹  「自分の事を隠してた」
杏奈 「隠してなんかない。たまたま言わなかっただけよ」
徹  「たまたま? たまたまだなんて、そんな――(あきれる)」
杏奈 「たまたまよ。昔からあたしは自分の事を隠したりなんかしなかったんだから」
徹  「それじゃあ、なんでぼくに言ってくれなかったんだよ」
杏奈 「だから、わざわざ言うことでもないって――」 
   徹、首をふって背中を向ける。
杏奈 「じゃ、どうして、そんなにムキになるのよ! どうって事ないんだったら、『隠してた』とかなんとか、そんな言い方しなくたっていいじゃない。あたしがそうだからって、そんなにあなたにとって大層なことなの?」
徹  「……」
杏奈 「どうなのよ!」
徹  「……だから……どうって事ないって……。そんなことは問題ない。そんなことは君自身の人格には関係ないことだ。ぼくは、君がどこの生まれだとか、どこに住んでるとか、そういう事とは関係なく、君という人が好きなんだから。松井杏奈という一人の人間が好きなだけなんだから……」
   杏奈、ゆっくりと立ち上がる。
杏奈 「あたし、帰る」
徹  「送るよ」
杏奈 「いい」
徹  「なんで」
杏奈 「なんとなく」
徹  「もう暗いから。それに……いつも送って行ってたじゃないか、学生時代は」
杏奈 「今日は、あたし、実家に帰るのよ。それでもいいの?」
徹  「ああ……そりゃ、自分が通ってた高校なんだから、実家の方が近いよね……」
   杏奈、バサバサと書類を片付けて、カバンに詰め込み、さっさと上手へ退場。
   徹もあわてて自分の机を片付け、杏奈を追う。
徹  「おいおい、ちょっと、待ってくれよ!」
   (暗転) (川の流れの音、スタート)

#5  道(杏奈の実家へと向かう)

   (両ピンスポットのみで、杏奈と徹の動きを追う)
   客席の入口から登場する杏奈、続いて徹。   (〜川の流れの音、F.O.)
徹  「誤解しないでほしいんだけど、ぼくは、あまりそういう事はこだわらないつもりだよ。君もあまり自意識過剰にならない方がいいんじゃないかな。基本的にみんな同じ人間なんだし……あの、ねぇ、聞いてる?」
   杏奈、無視して歩きつづける。
   二人は中央で方向を変え、真ん中の通路から舞台正面へ向かって歩いてゆく。
   きょろきょろ周囲を見回しはじめる徹に、うんざりする杏奈、立ち止まり――
杏奈 「もういいよ、ここで」
徹  「え? なんで? まだ橋を渡ったばかりだよ」
杏奈 「なんか嫌なのよ。さっきからキョロキョロ、キョロキョロ――」
徹  「ああ、ごめん。なんかイメージ違うな、と思って……。いや部落って言うから、道が狭かったり、家がボロボロなのかな、とか思ってたんだけど、そうでもないんだね」
杏奈 「そう、勉強になった?」
徹  「え? うん、まぁ、ね……」
   杏奈「フン」ときびすを返し、再び歩き始めるが、やはり徹は周囲が気になる。
   そのまま二人は舞台の上へ。
   通りすがりのムラのおっちゃんが「よう、杏奈ちゃん、元気か?」と声をかけて、通り過ぎてゆく。
徹  「歩いてる人も、フツウだよね」
杏奈 「もう帰って! お願い」
徹  「……いやだ。帰らない」
杏奈 「意地であたしと付き合わないで! もう今のあなたを見てると、あたしはつらくなるのよ!」
徹  「つらくなる? そんな……いつも君は、『ぼくといると楽だ』って――」
杏奈 「何が『歩いてる人もフツウだよね』よ! あたしはここで生まれて育ったのよ?!」
徹  「だ、だから、『何も違わないね』ってことを、いま確認しようとしたんじゃないか」
杏奈 「わざわざ今になって確認しようとしているあなたがイヤなのよ!」
徹  「だから……君が部落の出身だなんて、知らなければよかったんだ。知ってしまったから、かえって変な目で見てしまう……。君の出身がどこであっても関係ない。君は君じゃないか。そうだろ? だからもう、そういう事は……忘れることにしよう」
杏奈 「忘れる……??」
徹  「そういう事に拘らなくても、今までどおり仲よくやっていけるんだから……」
   沈黙。やがて――
杏奈 「それは……おかしいよ。うまく言えないけど、なんだかおかしいような気がする。確かにあたしはことさらに自分がムラの出身だとは言わないし、言う必要もないことだと思ってきた。でも、それを『なかったこと』にしないと人とまともに付き合えないのもおかしい……。だから、あなたのその提案は、あんまり魅力的だとは思えない」
徹  「……」
杏奈 「あたし、やっぱり一人で帰る。あなたが考えてる部落が、いつの時代のどこの部落かは知らないけど、ここはとっても治安がいいの。だから、送ってもらわなくても結構です。さようなら」
   スタスタと歩いて上手に去ってゆく杏奈。取り残される徹。
徹  「ねぇ、杏奈……。杏奈ーっ!!」
   (暗転)(音楽6「不吉な役員会」)

#6  教会・役員会

   (明転)
   テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「……それでは、お聞きしておりました役員会の議事は以上ですが、その他の議案として、何かお持ちの方、いらっしゃいますか」
   間。
別府 「……特に無いようでしたら、本日の役員会はこれで――」
田中 「ああ、最後に……実は、たいへん申し上げにくいんですが、何と言うか……そのぅ……森川伝道師をお招きしたときは、先生はお独りだと思っておったのですが」
佐川 「どういう意味ですか?」
田中 「いやぁ、どうもお独りで暮らしているのではないような……えー、例えば森川先生が買い物に行ってる間に、洗濯物を干したりとか、そのぅ、何と言うか、もうお一方ごいっしょに住んでおられるような気配が――」
佐川 「た、田中さん、あなた、覗いてるんですか?」
田中 「いやいやいや、たまたま家が近所なもので、よく目に入るだけなんですよ。たまたまなんだが……まーあ、よく目に入る。まぁ他でもない伝道師館だし」
別府 「ちょ、ちょっと待ってください。ちょっとこういう問題は……。一度、役員会を解散しませんか。田中さん、私と個別にお話をしていただければありがたいのですが」
佐川 「その方がいいでしょうね」
重谷 「あのー、私も見ましたよ。でも、女の人でしょ」
佐川&別府「女の人?」
重谷 「ええ、女の人。少し大柄でお若い方。この前、伝道師館に用事があって行ったら、戸口から出てこられて、『コンニチワ』って。元気な方でしたよ。妹さんかしら?」
泉  「え?! あっ、ハイ、そう……そうです」
佐川 「なんだ、妹さんか。びっくりしたなぁ、もう」
別府 「(笑)いやー、人騒がせですね」
田中 「いや、しかし……。私はよくわかりませんが、最近の若い女の人は、あれですか。妹さんとでも、出かける時には、こう、ギューッと接吻したりとかするんですかな……」
   沈黙。そして――
佐川 「ど、どういうことですか、森川先生」
泉  「いえ、そ、それは、プライバシーの問題ですから……」
   一同から嘆息が漏れる。
佐川 「ということは、隠す必要がある仲なんですかね?」
そこへ上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「すいません、すいません! いやー、これでも試合を途中で抜け出してきたんですが――。(場の雰囲気を察し)あれ? どうしたんですか?」
別府 「とにかく、役員会をこれで終了します。田中さん、すみませんが、ちょっと牧師室で、もう少しくわしいお話を」
   牧師と田中、下手へ。他の役員たち、泉を振り返り、振り返り、退場する。
   取り残される徹と泉。
徹  「な、なんだよ……今日は役員会に出れると思ったら、もう終わりだって?
(泉に)……何があったんですか」
泉  「上田徹さんですよね」
徹  「あ、はい。覚えてくれてたんですか。ぼくはあまり教会に来れてないから――」
泉  「はじめてお会いした時の印象が、強かったですから」
徹  「あ、す、すいません」
泉  「皮肉ですよね。最初にお会いした時の役員会で私の招聘が決まったのに、ひょっとしたら今日がお会いできる最後の日かも知れません」
徹  「へ? なんで?」
泉  「(首をすくめ)あたし、ここの教会、クビになっちゃうかも知れませんから」
徹  「何が、どうなってるのか、わかんないんですけど」
泉  「同棲してるのがバレちゃったから」
徹  「同棲? そんなことでクビになるんですか? 彼氏がいたからって――」
泉  「(ため息)彼氏じゃなくて、一緒に住んでるのは、彼女なんです」
徹  「ああ……そうか。そうなんだ」
泉  「『そうなんだ』って、納得しちゃうんですか?!」
徹  「いや、そうじゃなくて……ちょっと……びっくりしただけです」
泉  「びっくりしただけなんですか?」
徹  「ええ、まぁ」
泉  「たとえば、そんな人間が牧師になるなんておかしいとか思うんじゃないんですか? 同性愛者の牧師がいるなんて許せない、とか――」
徹  「いや、だから……それはプライベートな問題ということにしておけば……よくわかんないけど、なんて言うか……黙ってたら、よかったんじゃないですかね……」
泉  「(ため息)カクレキリシタンみたいですね……。と言っても、今回は教会が迫害してる方ですけど」
徹  「ぼくは、個人的には構わないって思うんですけど、教会はカタい人が集まってるから……なかなか難しい面もあるかも知れない」
泉  「(フッと笑い)わたしの友達で、『ぼくは個人的には構わないんだけど、両親の反対を説得しきれないんだ』って彼氏に言われて、別れちゃった子がいましたね」
徹  「(ピクッと)ひ、ひょっとして、部落問題で?」
泉  「ううん、韓国人の女の子。でも事柄の本質は同じようなものかも知れないですよね。『いつまでも隠してろ』っていうのも何だか……。自分が持って生まれたものを、ないことにするというのはね。どうしたって納得がいかないですよ……」
徹  「……」
   (暗転)(音楽7「孤独と怒り」)

#7  泉と万里子のアパート

   (明転(50%)・ピンスポット強調)
   中央のソファに、泉が座っている。上手から万里子が入ってくる。
万里子「納得なんかいくわけないだろ!」
泉  「だから、あたしもさっきからそう言ってる」
万里子「だからキリスト教なんか嫌いなんだって。キリスト教が同性愛を受け入れられるか? なんでいちいちキリスト教に受け入れてもらわないといけないのよ! 何様だと思ってんの? キリスト教になんか受け入れてもらわなくたって、だれも生活困らないんだからさ」
泉  「(うなずく)あたしもそう思う」
万里子「キリスト教の人って、自分たちが世界の中心だって思ってるんじゃないの?」
泉  「(頭をかかえる)……そういう人も多いね」
万里子「なんでそんな所で、泉は働こうと思ったんだよ」
泉  「(遠くを見る)……なんでだろうねぇ」
万里子「あんたはね、カウンセラーの資格だって持ってるんだから、教会なんかよりもっと世の中の役に立てる仕事があるはずなのよ」
泉  「なんだか、教会が世の中の役に立ってないみたいだねー」
万里子「立ってるの?」
泉  「立ってない?」
万里子「だって、教会が世の中のために何してる? 集まって、歌って、話きいて帰るだけでしょ? 誰がキリスト教なんか頼りにしてる? 困ったことがあったら、一般の市民運動や人権ようご擁護団体のほうがよっぽどしっかりしてるじゃない」
泉  「でも、そういう教会のような集まりが必要で来ている人もいて――」
万里子「その割には、なんかみんな偉そうじゃない? 教会に行ってることがすごくプライドになってるみたい。まぁ、好きな人だけでやってるぶんには、害はないけどさ。
 (泉のそばに座り)……ねぇ。泉はいつか、キリスト教ってのは『愛』という一言に尽きるんだ、って教えてくれたけど、あたしが泉を通して聞いてる限りでは、教会の人に『愛』を感じることは、ないよ。一般の人の方が、よっぽど寛容だと思う」
泉  「自分の信仰の押しつけを『愛』だと思っている人もいるからね……」
万里子「でもさぁ。そうやってセクシャリティで人をクビにしたり、採用を取りやめたりするのって、要するに人権侵害じゃない? そういうのって普通の世の中じゃ通用しないんじゃないの? もしそんなこと自信たっぷりやってるんだったら、キリスト教なんて世の中の基準以下っていうか、とっても困った集団なんじゃないの?」
泉  「困った集団……困った集団ねぇ」
万里子「だからさぁ、もう自分からやめちゃいなよ、牧師なんか。宗教なんかロクなもんじゃない」
   間。
泉  「……でもねぇ、万里子。あたしはそれでも信じてるんだよ」
万里子「何を? 神さまを?」
泉  「(うなずく)イエスは教会をつくったわけじゃない。教会はいつもイエスから見れば、不充分で間違いだらけなんだと思う。けど、わたしは教会を信じてるわけじゃなくて、神さまを信じてるから。
 教会は後追いなんだよ、いつも。神さまの後追い。いまは神さまどころか、世の中からも遅れてるけどね」
万里子「まったくだ」
   泉、ゆっくりと立ち上がる。   (音楽8「追憶と希望」スタート)
泉  「神さまは私たちをこんな風に造った。教会がまだその事をわかってないだけ。これから分からせていかないと」
万里子「分かるもんかねぇ」
泉  「今回のことも、これでよかったんだと思うよ。わたしは今まで黙ってきた。そして、いつかは口を開かないといけない時が来ると思ってた。でもこれで、自分で言う手間が省けたよ。次の日曜日が楽しみだね」
万里子「泉……」
   (暗転)(音楽8、継続)

#8  学校・昼休みの教員室

   (明転)
   仕事をしたり、弁当を食べたり、パソコンをいじったりしている教員たち。
   杏奈だけがイライラとしている様子。そして、突然机を叩いて立ち上がる。
杏奈 「あたしは、やっぱり納得できないよ!!」
佐古田「な、なんだいきなり?!」
杏奈 「あんたに言ったんじゃない!(徹を指さし)あんたに言ったんだよ!」
佐古田「なんだとー?!」 (と、雑誌を机に叩きつけて立ち上がる)
徹  「な、何が納得できないんだよ」 と立ち上がる。
杏奈 「あなたが私のことを忘れたいって言ったことよ」
徹  「君のことを忘れたいって言ったんじゃなくて――」
杏奈 「おんなじことよ。あなたにとって気に入らないところがあったとしても、それもあたしなのよ。それを切り捨てて、あなたに都合のいい私しか見ないって言うんなら、それは本当のあたしではないのよ! わかる?」
佐古田「おいおい、どういうことだ。こいつの事を忘れるとか忘れないとか。おまえら一体どういう関係なんだ、え?」 と座る。
徹  「いや、先生、なんでもないんです。松井さん、今日はなんかおかしいよ」
杏奈 「あなたはそうやって、何でも隠してコソコソ生きる生き方が染みついてるから、自分にとって都合の悪い事をすぐゴマカしたり、忘れたりできるのかも知れないけど、あたしに言わせればそれは、私という人間の『部分否定』なのよ」
徹  「部分否定? さすがは英語の先生だね――」
杏奈 「結局あなたは、決してあたしの全部を好きなわけじゃない、ってことよ。例えばあたしが『あなたがクリスチャンだってことを、わたしは忘れて付き合いたい』って言ったら、あなたはどう思うのよ」
佐古田「? 誰がクリスチャンだって?」
   徹、うろたえる。
佐古田「上田、おまえ、アーメンだったの?」
徹  「え、いや……」
杏奈 「(ハッと)徹、あなた、自分がクリスチャンだってことを言ってなかったの?」
   苦しげにうなずく徹。
佐古田「へーえ、あ、それでおまえ、あんなに誘ってるのにゴルフにも付き合わないのか。タバコも吸わないしなァ。あれ? でも、おまえこの前の飲み会で一緒に乾杯してたよな。クリスチャンがチューハイなんか飲んでいいのか?」
杏奈 「やめてください!」
佐古田「ふーん、しかし敬虔なクリスチャンが、教育実習生に手を出したらいかんだろー。神に対する冒涜だ。いや神聖なる職場に対する冒涜だ」
杏奈 「やめろって言ってるだろ!!」
佐古田「うるさいな! 誰に向かって口聞いてんだ、さっきから! 教育実習生の分際で」
杏奈 「あんただって、あたしらみたい学生に威張ってみたって何になるのよ。なんか欲求不満じゃないの?」
佐古田「なんだとこの野郎!」 と立ち上がって手を振り上げる。
徹  「佐古田先生!! ……佐古田先生、その手を、下ろしてください」
佐古田「……チッ! なんだお前らは」  しぶしぶ手を下ろす。
徹  「ぼくと、彼女は、学生時代からです。手を出したとか、そんなんじゃないです」
佐古田「フン」 (と、不機嫌そうに、椅子にどっかと腰をおろす)
「……この前の中学の修学旅行で日光に行った時、俺が生徒らに参拝させようとしたら、おまえ反対したな。あれもおまえの宗教が関係あるのか?」
徹  「いえ……」
佐古田「まぁ、俺も教会式で結婚式あげたしな。キリスト教は嫌いじゃない。嫌いじゃないが、あんまり……(鼻で笑い)まぁいいか。それでその、あれか? 松井もクリスチャンなのか?」
徹  「彼女は違います」
佐古田「(笑)だろうな。お前は違うと思ったよ。上田、ちょっと、こいつ洗脳してやれ、な。(杏奈に)アナタハ、カミヲ、シンジマースカー?」
   高笑いするが、二人の沈んだ様子を見て、シラケてしまう佐古田。
佐古田「(舌打ちして)……クラブ見てくるわ」
   上手に去ってゆこうとする佐古田、ふと立ち止まり――
佐古田「……上田。生徒は、勧誘するなよ」
   そして佐古田は出てゆく。舞台に残される二人。
杏奈 「……ごめんなさい。隠してたこと、勝手にしゃべっちゃって――」
徹  「いいんだ……。ぼくがバカだったんだ」
杏奈 「そんなことないよ。言えないことってのは、あるんだよ」
徹  「(首を振る)違うんだ。ぼくはなんにもわかってなかったんだ」
杏奈 「……」
   (暗転)(音楽5「差別」再び……音楽にかぶせて役員Aの祈りの声がかぶる)

#9  教会・臨時役員会

田中の声「全能の父なる御神さま。日々の恵みを感謝します。私たちがあなたの御心を正しく知り、それを行い、世に対する良き証をなすことができますように。これより行われます臨時役員会の議事が御心にかなったものでありますように、どうか会を始まりから終わりまで守り、導いてください。あがめまつる主、イエス・キリストの御名によって、お祈り申し上げます」
一同の声「アーメン」
   (明転)
   牧師と伝道師と、徹以外の役員たち(田中、佐川、重谷、宮坂)が、一同に会す。
別府 「本日の議事は一件。森川泉伝道師の人事についてです。事情の説明と、原案につきましては、すでに配布してありますお手元のプリントをお読みください」
   プリントに目を落とす一同。一瞬、宮坂が息を呑む。
宮坂 「えっ?! 泉先生、本当なんですか、これ?」
泉  「……」
別府 「事情はおわかりいただけましたでしょうか。……それでは審議に移ります。何かご意見なりご質問などお持ちの方は、どうぞ」
   役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない。
別府 「……本当に、何もご意見はないのですか」
   一同、沈黙している。
別府 「……私は、討議する必要があると思うんですが」
田中 「採決してください」
別府 「みなさんは?」
   佐川が田中の顔色を見て、うなずいている。
別府 「……じゃあ、採決の方法は、挙手で? それとも、投票で――?」
佐川 「挙手で、いいんじゃないですか」
別府 「(苦しそうに)挙手ですか……。それでは、採決します。原案:『森川泉伝道師への辞任勧告議案を教会総会に提出する』。賛成の方は挙手をお願いいたします」
   重谷以外は全員手を挙げる。
別府 「――反対の方、おられますか」
   誰も手を挙げない。と突然、徹が上手から駆け込んでくる。
徹  「すいません、すいません! また遅れました!」
別府 「保留の方」 (重谷が手を挙げる)
「では賛成多数ということで――」
徹  「え?! ちょ、ちょっと待って下さいよ。少しだけ意見を言わせてください!」
佐川 「採決は終わったよ」
別府 「上田さん。残念ですが、もう少し早く到着してくださっていたら。それに、圧倒的に賛成多数での決議でしたから」
徹  「(怒る)賛成多数だから黙れってんですか? そんなのおかしいでしょう!」
別府 「私だって、こういう言い方はつらいんです!」
田中 「(別府をさえぎって)あんたが朝から教会に来んからいかんのだ。毎週日曜日ちゃんと教会に来る事もできんようでは、世に対する証しにならんでしょうが」
徹  「世に対する証し……? ここにいる人の中で、自分はクリスチャンだと、職場や近所の人に堂々と言っている人が何人いますか?」
田中 「わしは言うておる」
徹  「他のみなさんは?」
   一同、黙っている。
徹  「……どうして言えないんですか?」
田中 「わしは隠しとらん。今までどこでも、自分がクリスチャンだとはっきり言ってきたし、仕事や付き合いよりも、日曜日は頑として守り続けてきた。それがわしの誇りだ」
徹  「(カッとなり)そういう生き方をしているあなたにあこがれて、いったい何人のあなたの知り合いが、新しくこの教会に来てくれたんですか?!」
田中 「な、なんだと……!」
別府 「上田さん! それは、いくらなんでも失礼でしょう」 
徹  「先生。先生は教会で、キリスト教に関心があって来ている人ばかり相手にしているから、わからないでしょうね。でも、先生のお子さんはどうです? 自分がクリスチャンだってことを学校で言いたがりますか?」
別府 「……いや、言いたがらない」
徹  「それはなぜですか?」
別府 「……」
徹  「それは、『みんなと違う』と思われるのが、嫌だからですよ! みんなと違う人ははじき出される。子どものほうがそういう事には敏感だから、だから自分のことを言いたがらないんです。
 もしも『ぼくは、実はクリスチャンなんだ』なんて、みんなの前で言ったらどうなると思います? 何かいい事をしたら、『さすがは上田、クリスチャンだなー』。でも、何か悪い事をしたら、『クリスチャンがそんな事していいのか?』。何かにつけ、クリスチャンというレッテルを貼られて、からかわれるんですよ。
 だからぼくは、自分のことは話したくないって、ずっと思ってきました。そして、大人になってからも、口をつぐんでいるのが当たり前になってしまった」
別府 「私が牧師を目指したのは、自分がクリスチャンであるということに、口をつぐみたくなかったからです」
徹  「でもあなたは、教会という安全な場所でしか、口を開いてないじゃないですか」
田中 「(わずらわしそうに)あー、結局、何がいいたいのか。この会の議事と何の関係があるんですか」
徹  「『みんなと違う』と思われるのが嫌で、自分の事も言えない人がたくさんいるんですよ。そんな教会で、今度はどうしてひとりの人を、『みんなと違う』からと言ってはじき出すんですか?!」
佐川 「つまり?」
徹  「つまり! ぼくは、森川先生の解任には反対です!」
佐川 「反対が一票」
別府 「解任決議には3分の2の賛成が必要です」
田中 「それは総会でのことでしょう。役員会ではまだ原案の提出だけですから、過半数で可決です」
上田 「人ひとりの進退にかかわることですよ。もっと話し合わないとダメです!」
田中 「(ため息)上田くん。これはね、罪の問題です。賛成とか反対以前に、罪であるかどうかは、明らかなはずでしょう」
   沈黙。
泉  「……私は、罪だとは思っていません」
田中 「自分で言うな」
泉  「自分で言わなかったら、他の誰が言ってくれるんですか?」
田中 「聖書に書いてあるんですぞ、聖書に。あなたのような人はつみびと罪人で、死ななくてはならない、とね」
泉  「私に『死ね』とおっしゃるんですか?!」
田中 「いや別に、私が『死ね』と言っているのではありませんよ。聖書がそう書いていると言ってるだけです、聖書が」
泉  「聖書に責任をなすりつけないでください。そうやって、聖書や神が命じていると言いながら、教会が『罪だ』と一方的に決め付けたおかげで、これまで何千、何万の人が、命を奪われてきたと思ってるんですか! 魔女狩り、異端審問、テロの報復――」
田中 「採決はもう終わったんだ!! そうでしょう?!(佐川に)」
佐川 「そうですね。終わってます」
宮坂 「あのー、採決を取り消すわけにはいかないんですか?」
田中 「なに?」
宮坂 「わたしは賛成でしたけど、やっぱり保留に変えさせてください」
田中 「(キレる)き、君らは、会議を冒涜しとる!」
重谷 「会議より他に冒涜しちゃいけないものがあるでしょう」
宮坂 「(別府に)すみません。混乱させてるみたいで。でも田中さんが『聖書に書いてある』って言ったんで――」
別府 「聖書が、なにか?」
宮坂 「思い出したんです。田中さんがいつか『女は教会では黙ってろ、って聖書に書いてあるんだ』って言ってたことを。
 わたしは同性愛がいいことかどうかは、よくわからないけど、その『聖書が書いてるから』というのも、どうだろうって思うんです。だから、保留にさせてください。そして、もう少し勉強したり、考えたりする時間を下さい」
佐川 「(田中に)……過半数、割りましたね」
田中 「何言ってるんですか!! 全ては、採決の時、議場を閉鎖しなかった議長の責任だ。ちゃんと規則どおりやっていれば、上田くんなんか入って来なかった」
上田 「な、なんですって?!」
田中 「別府先生、いったん採決した決議を、議長権限でひっくり返すなら、首をかけてやってくれたまえ。一体、決議を撤回する理由があるかね?」
   全員の視線が別府に集まる。別府、熟慮の末に……
別府 「……議長権限を、使わせてもらって、よろしいですか……」
田中 「もう一度、決を採るつもりか?!」
佐川 「いま採決したら、否決ですよ。負けになります」
別府 「採決はやめましょう」
田中 「では、凍結か?」
別府 「継続審議です」 (田中「あきれた」と言わんばかりの態度)
    「この問題に関しては、私たちはあまりに不勉強です。ですから……話し合いを、続けましょう。採決は、納得がいくまでよく調べて、話し合ってからにしましょう」
田中 「いずれにしろ、議案は保留なんだな?」
別府 「(首を振る)継続、『審議』、です。話し合いを続けるんです」
田中 「ご苦労。しっかりがんばってくれたまえ。しかし今度は、別府先生の解任決議をとることになるのかもね!」
   と資料をまとめて立ち上がる。
佐川 「あ、ちょ、ちょっと、待ってくださいよ」 と立ち上がる。
   田中、イスを戻し、スタスタと上手へ退場して行ってしまう。
重谷 「これじゃあ話し合いにならないわねぇ。いちばん話し合わないといけない人が行っちゃったんだから。先生、今日はもう仕切り直しということにしませんか」
別府 「はあ……しかし、また来てくださるでしょうか」
佐川 「来られると思いますよ。それはそうと重谷さん。こんな事を聞くのも何ですが、あなた、どうして最初から賛成してなかったんですか?」
重谷 「あたし? あたしは……直接何度も会ってるからね」
佐川 「会ってる? だれと」
重谷 「(上手を指す)あのじいさんは遠くでコソコソ覗いてただけだけど、わたしは、森川先生の相手の人にも何度も会って話してるのよ。別におかしな人じゃないし。あいさつも気持ちいいし。明るくてまじめな、まぁ普通の人だよ。ただ、『何が罪か』なんて話は、私みたいなヒラ信徒には、わかんないから……。ただ……」
   (音楽9「追憶」スタート)
「ただ……思い出したよ。あたしが中学の頃通ってた教会で、いわゆる同和地区ってところかなー、そこから教会学校に通ってた高校生の男の子が、『献身したい』、『牧師になりたい』って言ったとき、みんなが反対した。『神学を勉強するのはいいが、牧師にはなるな』ってね。『おまえの、その手からパンを受けとる信徒の身になってみろ』とまで言う人もいた。かわいそうだったなー、あの人……。今はそんなこと言う人はいないけどね。でもあの頃はみんな、部落の人はケガレてて、聖職者になんかなれるわけがないって、本気で思ってた人が多かった。
 ちょっと前までは、女の人が牧師になるのも、どうだこうだ言われてたし……。
 あたしはうれしかったよ。女の伝道師先生が来てくれることが決まった時。でも残念だね、あんなことを言う人がいて……。
 ごめんね、先生。こんな小さな世界でも、中では多数決だからね。おかしな話もいっぱいあるのよ」
泉  「(微笑み)わたしは、大丈夫です」
重谷 「まぁ時代がもう少し変われば、きっと教会も言うことがコロッと変わったりするんだよ。魔女狩り、異端審問……。あなたの言うとおり、いつか教会も間違ってたって気づく。世の中の後を追ってね」 と、上手に去ってゆく。
   重谷のあとをついて、佐川が首をすくめながら出てゆく。舞台上には泉と徹が残る。
   上手から、万理子が入ってくる。
万里子「もう終わった?」
泉  「今日のところはね」
万里子「そう……。じゃあ、帰ろう」
泉  「うん」  (と、ゆっくりと立ち上がり、万里子について出て行こうとする)
万里子「(徹に)さよならっ」
徹  「あ、ああ、さよなら……」
泉  「(徹に)さようなら……」
徹  「森川先生!」 (と、立ち上がる)
泉  「?」
徹  「こ、これから、どうするんですか」
泉  「私ですか? 私は相変わらずここの伝道師を続けるわけですよね。むしろ、あなたはこれからどうするんですか?」
徹  「ぼく……ですか?」
泉  「これは、私の問題ではなくて、本当は皆さんの問題ですから」
徹  「そ、そうですよね……」
泉  「今日は、私は疲れました。もしゆっくりされるんなら、戸締りはお願いしますね」
  と軽く会釈をして、万里子といっしょに出てゆく泉。残される徹。
徹  「あ、はい……いや、あの……でも、今日は疲れたんですよね……」
   (暗転)(川の流れの音〜)

#10 道

   (〜川の流れの音〜次第にF.O.)
   杏奈が上手から登場。後から徹がついてくる。歩きながら話す二人。
杏奈 「あたしが牧師になりたいって言ったら、『おまえはケガレてるからムリだ』って言われてたかもしれないってこと?」
徹  「そういう時代があったということだね」
杏奈 「ふーん。教会ってのは、難しいところだね。『全てのことが赦されている』と言ってみたり、あれは罪だとか、これは死なねばならないとか、矛盾に満ちてるよ。
(立ち止まり)いったい徹は何を信じてるの?」
徹  「(立ち止まる)ぼくは……ぼくは、人間はどんな人でも愛されている。持って生まれたものや、生きているありのままを、神はそのままで愛してくれている。そう信じてる。心底にあるのは、いたって単純な考えさ」
杏奈 「なるほど」
徹  「ねぇ杏奈……。ぼくは、もう自分から逃げないし、君の事からも逃げたりはしない。だからもう一度、ぼくらの関係を一からやり直せないか」
杏奈 「(ちょっと考えてから徹を振り向き)……橋をかけよう」
徹  「なに?」 
杏奈 「クリスチャンであることを否定されたら、あなたはあなたでなくなるんでしょ?」
   徹、頷く。
杏奈 「あたしも、自分が部落民であることを否定したら、あたし自身でなくなるのよ」
徹  「わかってる」
杏奈 「だから、あなたの課題と、あたしの課題の間に、橋をかける」
徹  「なるほど」
杏奈 「あなたがあたしと付き合うということは、あたしの課題をいっしょに負ってくれるということよね?」
徹  「そういう、ことに、なる、かな?」
杏奈 「あたしもあなたの課題をいっしょに負いたいよ。そうでないと本気で付き合ってるってことにならないような気がする」
徹  「? ということは、また教会に来てくれるの?」
杏奈 「(背中を向け)多分、いまのあなたの教会は好きになれないと思う。あなたが信じてる宗教は、人のためにある教えじゃなくて、教えのために人があるような感じだから。教えに合わない人は切り捨てる、そんな感じだから――」
徹  「でも本来はそうじゃないんだ――」
杏奈 「(再び徹を見る)でも実態はそうでしょう?」
徹  「……」
杏奈 「そんな宗教には魅力はないわ。ただ、あたしは……そこで悩み始めたあなたと、いっしょに悩んで……いっしょに生きる道を見つけたい。それだけよ」
徹  「ぼくは、君と橋をかけるために、何をすればいいんだい?」
杏奈 「あなたは、なんにも知らなさすぎる。まず部落ってのはどんな所か、ちゃんと知って欲しい」
徹  「わ、わかった、で、何から勉強したらいい? 何かいい本があれば読むし」
杏奈 「(クスリと笑い)まずはねぇ……これから、うちにご飯でも食べにおいでよ」
徹  「え? どういうこと」
杏奈 「来りゃわかるって。あなたが食べたことないようなおいしいご飯炊いてあるから」 
徹  「……?」
  杏奈、くるりときびすを返して、下手に向かって歩き始める。
   (音楽10「エンディング・テーマ」スタート)
徹  「あ、ちょっと……ちょっと待ってよ」
  立ち止まり、徹を振り返って微笑む杏奈。
杏奈 「行こう。徹」
  徹もやっと微笑む。そして、杏奈を追って、その手をにぎり、二人は下手に退場する。
   (暗転)(音楽10、鳴りつづける)

−完−



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