BRIDGE /あなたがあなたであるために
Episode-A

 
Version5.0 (松井杏奈編)
“Bridge: Episode-A”は、“Bridge”東京公演版(2002年10月30日)を、公演後のアンケート集計結果に基づいて、改訂した台本です。

東京公演版(初演版)との違い……(本文中、改訂部分は黄文字で表示しています)
    礼拝後、泉に話しかける宮坂のシーン(ターキーの話)を追加(カットされたシーンの復活)。
    杏奈の実家、杏奈と母の会話を追加。
    クリスチャンに関する上田と佐古田の会話を改訂。
    役員会が始まる前の泉と別府の会話を追加。
    役員会の論争を全面改訂。
    泉の万里子のアパートのシーンを終盤に移動し、前の版では役員会で語られた部落差別との関連を合成。

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企画・提供:日本基督教団部落解放センター
脚本・監督:富田 正樹

上演時間:70分間  (台本はディスクに保存して、ゆっくりお読みください)

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#1  学校・放課後の教員室

   (チャイムの音、高校生たちの雑踏の音〜F.O.)
   (明転)
   舞台上には、事務机とイスが3つ。2人の教師が仕事をしている。上田徹と佐古田智治である。
   松井杏奈(教育実習中:スーツ姿、手に出席簿やファイル)、佐古田の前に立たされている。
佐古田「掃除は?」
杏奈 「ああ、生徒がみんな帰っちゃったんで。あたし一人でやりました」
佐古田「なんだそりゃ? それと、この単語テストの採点、なにこれ?」
杏奈 「――単語テストの採点が、なにか……」
佐古田「間違いだらけ。おまけに、点数計算もメチャクチャ。足し算もできないのか、おまえは」
杏奈 「……」 
佐古田「いいか? 女に対する世間の目は厳しいんだ。『女だから甘やかされてる』とか、『女の子なんてこんなもんだ』とか、そんなこと言われたくないだろ? だから女性は人一倍頑張らないといけないんだ。わかるか?」
佐古田、立ち上がって、杏奈のそばで立ち止まる。
佐古田「おまえの成績は後輩の女子の進路にも大きな影響を与える。立場をわきまえて、しっかりがんばれ! (後ろの教師たちに)オレぁ、クラブ見てくるわ」
徹  「はーい、ご苦労さまでーす」  (と、ゆうゆうと上手に去ってゆく)
   杏奈は机に寄り、荷物を机にたたきつけて、椅子にへたりこむ。
   徹、とつぜん周囲をきょろきょろ見回して――
徹  「杏奈……! 杏奈!」
杏奈 「(力なく)はン?」
徹  「おつかれさん」
杏奈 「はァ」
徹  「まだ3日目だよ、教育実習。大丈夫?」
杏奈 「わかんない」
徹  「ねえ、杏奈」
杏奈 「はン?」
徹  「なんで教育実習なんかに来たんだよ」
杏奈 「だって……他に特別やりたいこともなかったし、『資格ぐらい取っとけ』って言われたから来ただけよ」
徹  「教師になる気はないの」
杏奈 「ない」
徹  「(ため息)ハァ……まぁいいか。ぼくは嬉しいよ。こんな場所だけど、しばらくは君と毎日会えることになったからね。ふだんはぼくが忙しすぎて、なかなか会えないし、君も……最近、ぼくの教会にも来てくれないし」
杏奈 「ふん、自分だって教会になんか、なかなか行けてないくせに」
徹  「(肩をすくめて)そりゃ、そうだけど」
   立ち上がる徹、杏奈のそばに寄り、肩をもみ始める。
徹  「学生時代が懐かしいなぁ」
杏奈 「やめてよ」
徹  「(手を放し)……色気ないね」
杏奈 「ここは職場だよ。神聖なる」
徹  「まぁ、そうだけどさ」
   再び肩をすくめて、杏奈から離れる徹。
徹  「コーヒーでも入れよう」 と、サーバーから2つのカップにコーヒーを注ぐ。
徹  「佐古田と話してたら、誰だって憂鬱な気分になるよ」
杏奈 「徹」
徹  「ん?」
杏奈 「あたしは女に生まれたくなかった」
徹  「女に生まれなかったら、ぼくと出会っていなかったかもしれないじゃないか」
   コーヒーを杏奈の前において、自分の席に戻る徹。
杏奈 「そうかしら?」
徹  「そうだよ」
杏奈 「(「フン」と鼻で笑い)徹。あなたのその、ちょっとわかってないところは、嫌いじゃないわよ」
徹  「それって、ありがとう……って、言えばいいのかな」とカップをすする。
杏奈 「そうよ。あなたといると、楽」
徹  「ありがとう……」
杏奈 「さぁーてっ! 採点、やりなおすか!」
   単語テストの束を広げて、採点をやり直し始める杏奈。(暗転)(音楽:「役員会」)

#2  教会・夕方の臨時役員会

   (明転)
   テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「ええー、神学校のほうでも、ずいぶん苦慮していただいたようですが、なかなか当教会の要望と相容れる条件の方を見つけられないまま、時間だけが何ヶ月も過ぎております。みなさんには、お招きした先生とご面談いただいて、できれば今日、招聘を決定していただきたい、と思っております」 (と、立ち上がる)
別府 「(下手に)どうぞ、お入りください」
   森川泉が入ってくる。
泉  「はじめまして。森川、泉、と申します」
別府 「どうぞ、おかけください」
泉  「はい」 (と、腰掛ける。役員たち、ささやき、耳打ちしあう)
別府 「履歴書のコピーがお手元にあると思いますが、何かご質問などございましたら、どうぞ」
   間。やがて、最高齢の役員、田中健吉が口を開く……
田中 「(咳払い)あー、事情はお聞きおよびとは思いますが、私たちの教会は、もともと男性の伝道師で、できれば結婚しておられる方のほうがよい、という条件を出しておりましたが――」
別府 「あの、そのようなお話はご本人の前では――」
田中 「ええ、もちろん。もう済んだ話ですから。ただ、一応心づもりというものを持っていただかないと、あとあと『こんなはずではなかった』とお思いになって、先生にご迷惑をおかけする事にもなりかねないですから……」
泉  「お話はある程度はうかがっています。皆さんのご期待とは違う人間であることも承知しています。ただ、女性であるということでしたら、私はハンディには思っていません。教会にはきっと女性の方はたくさんいらっしゃるはずですから――」
田中 「いや、だから男性でなおかつ既婚者の方がよいと言っておったのでね」
重谷 「どーいう意味ですか?」
宮坂 「あのー、婦人会としては、女性の伝道師先生をお迎えすることを、たいへん喜んでいます。いま田中さんが言われたのは、婦人会の意見ではないので――」
別府 「あー、わかりました! ご意見は審議に移ってからでよろしいでしょうか。(見渡して)……では審議に移ります。申し訳ありませんが、先生、再び席を外していただけますか」
泉  「はい……」
   泉が立ち上がった瞬間、上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「すいません! いやー遅れました。どうしてもクラブが早く終われなくって!」
佐川 「おいおい、上田くんに合わせてわざわざ平日の夕方に役員会を開くことにしたんだから、遅れてもらっちゃ困るよ」
徹  「どうも、すいません」
別府 「まぁまぁ」
徹  「で、新しい伝道師先生は、どちらに?」
別府 「うん。ここにおられるのが――」
徹  「あ、奥さんですか。初めまして、上田徹です」 (と握手を求める)
別府 「いや、上田さん、あのね――」
徹  「で、ご主人はどちらに? ああ、トイレ?」
別府 「だから上田さんね。こちらの先生が、新しい伝道師として来られる方なんだよ」
徹  「え? あ! 女の先生だったんすか。ああ、こりゃどうも失礼しました」
泉  「いいえ、慣れてますから」
徹  「す、すいません」
別府 「(泉に)じゃ、先生」
泉  「はい。失礼します」
   下手に退場する泉。頭をかきながら、席につく徹。ひじ鉄をくらわす佐川。
別府 「それでは、審議を行いますが、森川泉伝道師のしょうへい招聘に関してご意見のある方はいらっしゃいますか」 (役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない)
 「(呆れたように)ご意見ありませんか。……それでは、承認されたものと受け取ってよろしいでしょうか」  (役員たちの何人かが、小さくうなずく)
 「わかりました。では、意義なしという事で、招聘を決定いたします。ありがとうございました。これで臨時役員会を終わります。みなさん、どうもご苦労様でした」
   役員たち立ち上がり、上手へ去ってゆく。牧師は下手へ。徹だけ座ったまま。
佐川 「(立って)どうした? なかなかまじめそうなお姉さんじゃないか」
徹  「え? いやあ、あの先生、気を悪くしたんじゃないかなぁ。初対面からぼく印象悪いですよね」
佐川 「大丈夫、大丈夫、すぐ忘れるって。慣れてますって言ってたろ? 誰だってカン違いするって。そんなことより、ぼかァあの子が婦人会とうまくやっていけんのか心配だな。女同士ってのはなぁ、なかなか難しいんだ……」
重谷 「なんですって?」
佐川 「(咳払い)いやー、婦人会のみなさんには、しっかり新しい伝道師さんを鍛えていただきませんと、ってね、そう言ってたんですよ、ハハ、ハハ……」
重谷 「私はもう、婦人会の会長ではありませんから」 フンと去ってゆく。
   徹を見て首をすくめる佐川。再び下手を見る徹。
   (暗転)(音楽:頌栄27番オルガン)

#3  教会・礼拝堂

   (明転)
   教会員一同で起立して礼拝の最後の歌をうたっている。司会者は田中。
   講壇の側には、説教を終えたばかりの泉が立っている。
一同 「(頌栄27番)♪父、子、聖霊の、ひとりの主よ。栄と力はただ主にあれ、とこしえまで。アーメン♪」
   歌い終わりにさしかかると、ごそごそと牧師の別府が立ち上がり、講壇に立つ。
別府 「(両手をあげ)主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の親しき交わりが、あなたがた一同に、とこしえに豊かにありますように――」
一同 「アーメン」
   ふたたび、ごそごそと別府、座席に戻る。    (音楽:ごくごく短い後奏)
田中 「それでは報告に移ります。本日は、礼拝後すぐ、クリスマスの実行委員会があります。担当委員の方はお残り下さい。他にはございませんか? ……ないようでしたら、これで本日の礼拝を終わります」 と泉に慇懃におじぎして下がる。
   牧師や教会員たち、口々に泉にお礼や励ましの言葉をかけ、それぞれに解散してゆく。牧師は下手へ退場。
                         *
   一人の女性の教会員、宮坂佳子が、頃合いを見計らって泉に近づく。
宮坂 「あの、森川先生」
泉  「はい?」
宮坂 「私、今年から新しく婦人会の会長になりました、宮坂佳子といいます。どうぞよろしくお願いします」
泉  「こちらこそ、よろしくお願いします」
宮坂 「あの、ところで先生、つかぬことをお伺いしますけど、先生はお料理、おできになります?」
泉  「え? ええまあ、一応」
宮坂 「ほんとに? ああ、よかった」
泉  「ちょっとだけですけど」
宮坂 「実は、来週の婦人会の例会は、クリスマスの最初の準備会なんです。今年は、わたし、今までとは違う! ってみんなに言わせるものを用意したくって――」
泉  「ええ」
宮坂 「――それで、できれば先生にも協力していただきたいなぁって」
泉  「なるほど……。じゃあー、ターキーでも焼きますか」
宮坂 「え? ターキー? ターキー……」
泉  「七面鳥です」
宮坂 「ええ、知ってますけど……」
泉  「よくないですか?」
宮坂 「いいえ、よくないことないです! でも、七面鳥なんか食べたことないですけど……」
泉  「(笑)じゃあ、いつもクリスマスは『とりもも』ですか?」
宮坂 「はい、クリスマスはとりももですね、今までは……」
泉  「じゃあ、今年はターキーの丸焼きにしましょう。教会にちょっと大きなオーブンがありますよね。あれで一日かけてじっくり焼きましょうか。ちゃんとスタッフィングを詰めてね」
宮坂 「ス、スタッフィングって何ですか?」
泉  「ああ、詰め物のことです。玉ネギなんかのみじん切りとパセリとか混ぜたり、細かく切ったパンを入れたり、それはいろいろ自由なんだけど――」
宮坂 「すごい。先生、本当はお料理得意なんですね!」
泉  「ただの趣味です。ときどき遊びでやってるだけですから」
宮坂 「すばらしいですよ! ほら、最近は女の人でもお料理できない人が多いって言うでしょう? 先生は希少価値だわ。きっといい牧師夫人になれますよ」
泉  「ぼ、牧師夫人?」
宮坂 「そうだ先生、いい人を紹介しましょうか? 私の叔母が牧師夫人なんですけど、きっと素敵な牧師さんを紹介してくれると思いますよ。この前もお見合い写真いっぱい持ってたし、ご夫婦で開拓伝道なんて、素晴らしいじゃないですか!」
   一瞬の沈黙。
泉  「(苦笑)……あの、結婚とかそういうのは、ちょっとわたしには早いって言うか……まだ、全然考えられないので……」
宮坂 「あ……そうですか。……どうもすみません」
泉  「いえ、お気遣いありがとうございます」
宮坂 「わたし、子どものときから、お料理が好きな牧師夫人の先生がいる教会で育ったもんですから、なんだかうれしくなっちゃったって……。でも、とにかく先生、本当にお願いしますね。シェフとして期待してますから!」 と手を握る。
泉  「あ、はい……」
宮坂 「来週、楽しみにしてます。さようなら」 と上手へ去ってゆく。
   泉、会釈をして別れる。肩をすくめて、講壇周りを片付け始める泉。

                         *
   入れ替わりに上手からそろりそろりと、泉のパートナー、津田万里子が入ってくる。
万里子「い、ず、み」
泉  「(おどろく)あぁ、万里子。」 思わず周囲を見回す。
万里子「何、今の人」
泉  「ううん、なんでもない。ただの教会員。婦人会の会長」
万里子「婦人会? その割には若いね。教会の人ってもっと年寄りが多いと思ってた」
泉  「今年から新しく会長になったのよ。だから張り切ってるみたい」
万里子「ふーん、それで七面鳥がどうのこうの言ってたのか」
泉  「聞いてたの?」
万里子「七面鳥の話をしてる時に来たのよ。そろそろ礼拝も終わった頃かなーって。楽しそうだね、趣味が合いそうで」
泉  「(ハァとため息)」
万里子「何よ、そのため息」
泉  「(万里子を見て)料理はただの趣味だって言ってるのに。お見合いだ、結婚だ、って、どうして教会ってすぐそうなっちゃうんだろう。わたしは自分で作って自分で食べるのが好きなのにな」
万里子「あれ? じゃああたしのために作ってくれてるんじゃないんだ」
泉  「そ、自分のため。君はおこぼれを食べてるだけ。食卓の下の犬と同じ」
万里子「なんかそういう話が聖書に書いてあるとか言ってたな」
泉  「マルコの8章……7章だったかな」
万里子「どうでもいいけど、まだかかりそうなの?」
泉  「うん、まだ委員会がひとつあるから。すぐ終わるとは思うけど……。ああでも、そのあとで牧師と打ち合わせがあるしなぁ……」
万里子「日曜日くらい、ゆっくりいっしょに過ごしたいもんだね」
泉  「そんなどこかの亭主みたいなことを言って。これがあたしの仕事なのよ」
万里子「(小さくため息)じゃあ、先にビールでも買って帰って、待ってよか?」
泉  「……ビールよりワインがいい」
万里子「おー、ゴージャスだね」
泉  「聖書にも、水ばかり飲まないでワイン飲みなさいって書いてあるもん」
万里子「ウソつけ」
泉  「ホント。テモテ、いやテトスだったかな……忘れた」 
万里子「要するにワインね。銘柄は?」
泉  「赤がいい」
万里子「赤ならなんでもいいね」
泉  「任せる」
万里子「(手を出して)お金をちょうだい」 と手を出す。
泉  「え……? あたしだって無いわよ」
万里子、一瞬考えてから、ひらめいたように指を鳴らし、黙って献金箱に近づいて、中からサッと千円札を取り上げてみせる。
泉  「だめよ! これは献金なんだから」 と取り上げようとするが、逃げる万里子。
万里子「借りとけばいいじゃない。すぐ返したらいいでしょ」
泉  「だーめっ。これは神さまにささげた献金なんだから」
万里子「だって最後は、泉の給料にもなるわけでしょ?」
泉  「万里子!……もう!(しぶしぶ自分のポケットから千円札を取り出し、献金箱に突っ込んで辺りを見回し)、だいたいなんでこんな所に置きっぱなしにしてんだろ……」
万里子「(千円札をヒラヒラ)じゃあ、遅くなるようだったら、メールくれる? パスタくらい茹でとくし」 と近づいてくる。
泉  「うん、わかった」 と片付けを続ける。
万里子「泉」
泉  「なぁに?」 と振り返る。
   泉にゆっくりと接近してゆく万里子。見つめあい、ふたりの姿が重なり合おうとする瞬間……!
泉  「(両手で、万里子を止める)……ここでは、ダメ」
万里子「……わかったよ。ここは聖なる礼拝堂ですから……だろ?」
泉  「そう……」
   ため息をつき、会堂を見上げる万里子。その手を握る泉
万里子「(うなずいて)オッケー。じゃあ、またあとでね」
泉  「うん」
   手を放し、その手をふって上手へと出てゆく万里子、手をふって見送る泉。
   入れ替わりに別府が下手から入ってくる。
泉  「(一瞬驚き)あぁ! 別府先生」
別府 「今出てった人は? お客さん?」
泉  「え? ……ああ、ええ、その……『お金をちょうだい』って」
別府 「(深刻そうなため息)そうか。ときどき来られるんだよ、ここの教会にもね……。あっ、それはそうと、君、委員会もう始まってるよ」
泉  「あ、はいっ、すぐに」
   別府、下手に退場。泉、それを見送って、上手を振り返り、そして別府に続く。
   (暗転)(音楽「教員室」)

#4  学校・放課後の教員室

   (明転)(学校の雑音:生徒の呼び声・ブラスバンドの練習の音など。〜F.O)
   生徒らの作文を、うんざりした顔で読んでいる杏奈。
生徒らの声「先生、さよならー」
徹  「おう、さよならー」 (と上手より入ってきて、杏奈の手許をのぞき込む)
   「何、それ」
杏奈 「今日の人権ホームルームの作文。教材読んで感想を書かせるだけよ。『やっぱり差別はいけないことだと改めて思いました』。ケッ!」
徹  「へぇ、ちょっと見せて……。(と、束を取り上げる)『自分は本当に今まで差別される人の気持ちが分かってなかったなぁと反省しました』」
徹&杏奈「ケッ」     (照明:次第にゆっくりと暗く、スポットを二人に集中)
徹  「模範回答だな。だいたい、こういうのは最後の方だけ読めばわかるんだ。やれやれ……(次をめくる)『私たちの社会から、早くこういう差別をなくしてほしいです』……『なくしてほしいです』か。こういう他人事みたいな書き方も多いんだな。
(杏奈に渡して、次をめくる)『差別はよくないことで、なくさなければならないと思います。でもぼくは差別は人間が生きている限りなくならないと思います』。ちゃんと最後に本音を入れてきてるじゃないか」
杏奈 「その子は、こんな作文書いて成績に関係あるのか、って聞いてきた子だわ」
徹  「なんて答えたの?」
杏奈 「『成績には関係ないんじゃない』って」
徹  「成績に関係ないから、本音を書いたんじゃないか?」
   杏奈、大きくため息をつく。徹、次をめくって、身動きが止まる。
徹  「なんだ、これ?」
杏奈 「?」
   徹、杏奈をじっと見て、やがてためらいがちに紙を渡す。杏奈、紙に目を落とす。
月島仁の声「俺は知っている。お前は同和地区の出身だ」
杏奈、ハッと徹を見る。   (音楽「差別文書」スタート)
徹  「月島、仁……ちょっと変わった子だよね」 (杏奈、再び作に目を落とす)
仁の声「俺は知っている。お前は同和地区の出身だ。
こんな感想文を書かせても、差別なんかなくならない。部落の人間が、自分の事を隠して俺の目の前に立っている。自分が部落民だということを隠したままで、『部落問題についての本を読んで、感想文を書きましょう』なんて言ってる。ふざけてる。ウソっぱちだ。お前がそこで自分の事を一言も言えないで立っている。それが差別ってことだ。」
読み終わり、杏奈、徹を見る。徹、思わず視線を逸らす。
徹  「……だ、誰のことを言ってるんだろうね?」
杏奈 「(きっぱり)あたしよ」
徹  「え? 君……そうだったの? ああ、そうだったんだー……な、なんで今までぼくに言ってくれなかったの?」
杏奈 「別に。言う機会もなかったし……」
徹  「ああ、そうか……。じ、じゃ、なんで、こいつは君の事を知ってるんだい?」
杏奈 「わかんない」
徹  「心当たりは?」
杏奈 「……ない。けど、どうせ近所の坊主でしょ」
徹  「そうか……。そうか……」
   うろうろと歩き始める徹。立ち止まり、杏奈を見る。目が合う。(音楽、F.O.)
杏奈 「何よ」
徹  「何が?」
杏奈 「だから何なのよ!」
徹  「何のことだよ!」
杏奈 「うろたえてるじゃない!」
徹  「うろたえてなんかない!」
杏奈 「いいや、うろたえてる!」
徹  「なぜ?! どこが?!」
杏奈 「だからどうなのよ、私のことを聞いて」
徹  「どう、って……どうって事ない」
杏奈 「ウソつき」
徹  「ウソつきは君だ」
杏奈 「どうして?!」
徹  「自分の事を隠してた」
杏奈 「隠してなんかない。たまたま言わなかっただけよ」
徹  「たまたま? たまたまだなんて、そんな――(あきれる)」
杏奈 「たまたまよ。昔からあたしは自分の事を隠したりなんかしなかったんだから」
徹  「それじゃあ、なんでぼくに言ってくれなかったんだよ」
杏奈 「だから、わざわざ言うことでもないって――」 
   (徹、首をふって背中を向ける)
杏奈 「じゃ、どうして、そんなにムキになるのよ! どうって事ないんだったら、『隠してた』とかなんとか、そんな言い方しなくたっていいじゃない。あたしがそうだからって、そんなにあなたにとって大層なことなの?」
徹  「……」
杏奈 「どうなのよ!」
徹  「……だから……どうって事ないって……。そんなことは問題ない。そんなことは君自身の人格には関係ないじゃないか。ぼくは、君がどこの生まれだとか、どこに住んでるとか、そういう事とは関係なく、君という人が好きなんだから。松井杏奈という一人の人間が好きなだけなんだから……」
   杏奈、ゆっくりと立ち上がる。
杏奈 「あたし、帰る」
徹  「送るよ」
杏奈 「いい」
徹  「なんで」
杏奈 「なんとなく」
徹  「もう暗いから。それに……いつも送って行ってたじゃないか、学生時代は」
杏奈 「今日は、あたし、実家に帰るのよ。それでもいいの?」
徹  「ああ……そりゃ、自分が通ってた高校なんだから、実家の方が近いよね……」
   杏奈、バサバサと書類を片付けて、カバンに詰め込み、さっさと上手へ退場。
   徹もあわてて自分の机を片付け、杏奈を追う。
徹  「おい、ちょ、ちょっと、待ってくれよ!」
   (暗転)  (川の流れの音&音楽スタート)

#5  道(杏奈の実家へと向かう)

   (両スポットのみで、杏奈と徹の動きを追う)
   客席前方から登場する杏奈、続いて徹。   (〜川の流れの音、F.O.)
徹  「誤解しないでほしいんだけど、ぼくは、あまりそういう事はこだわらないつもりだよ。君もあまり自意識過剰にならない方がいいんじゃないかな。基本的にみんな同じ人間なんだし……あの、ねぇ、聞いてる?」
杏奈、無視して歩きつづけるが、きょろきょろ周囲を見回しはじめる徹に、うんざりして立ち止まり――
杏奈 「もういいよ、ここで」
徹  「え? なんで? まだ橋を渡ったばかりだよ」
杏奈 「なんか嫌なのよ。さっきからキョロキョロ、キョロキョロ――」
徹  「ああ、ごめん。なんかイメージ違うな、と思って……。いや部落って言うから、道が狭かったり、家がボロボロなのかな、とか思ってたんだけど、そうでもないんだね」
杏奈 「そう、勉強になった?」
徹  「え? うん、まぁ、ね……」            (音楽、F.O.)
   杏奈「フン」ときびすを返し、再び歩き始めるが、やはり徹は周囲が気になる。
   そのまま二人は舞台の上へ。すれ違う人が、「よう、元気か?」と声をかけてゆく。
徹  「歩いてる人も、フツウだよね」
杏奈 「もう帰って! お願い」
徹  「……いやだ。帰らない……」
杏奈 「意地であたしと付き合わないで! もう今のあなたを見てると、あたしはつらくなるのよ!」
徹  「つらくなる? そんな……いつも君は、『ぼくといると楽だ』って――」
杏奈 「何が『歩いてる人もフツウだよね』よ! あたしはここで生まれて育ったのよ?!」
徹  「だ、だから、『何も違わないね』ってことを、いま確認しようとしたんじゃないか」
杏奈 「わざわざ今になって確認しようとしているあなたがイヤなのよ!」
徹  「だから……! だから……君が部落の出身だなんて、知らなければよかったんだ。知ってしまったから、かえって変な目で見てしまう……。君の出身がどこであっても関係ない。君は君じゃないか。そうだろ? だからもう……そういう話はしないことにしよう。なんて言うか……忘れよう」
杏奈 「忘れる……??」
徹  「別にそういう事にこだわらなくても、仲よくやっていけるんだから……」
   沈黙。考える杏奈。やがて――
杏奈 「それは……おかしいよ。うまく言えないけど、なんだかおかしい気がする。確かにあたしはことさら自分がムラの出身だとは言ってこなかったし、言う必要もないと思ってきた。でも、それを『なかったこと』にしないと人とまともに付き合えないのもおかしい……。だから、あなたのその提案は、あんまり魅力的だとは思えない」
徹  「……」
杏奈 「あたし、やっぱり一人で帰る。あなたが考えてる部落が、いつの時代のどこの部落かは知らないけど、ここはとっても治安がいいの。だから、送ってもらわなくても結構です。さようなら」
   スタスタと歩いて客席後方に去ってゆく杏奈。取り残される徹。
徹  「あ、杏奈……。杏奈ーっ!!」 (暗転)

#6  杏奈の母の家

   (明転) 誰もいない舞台、座布団とちゃぶ台が置いてある。
   杏奈が舞台に上がってくる。ひどく打ちひしがれた様子で座布団に座る。
   上手から杏奈の母が現れる。
母  「(鼻歌を歌いながら登場、杏奈を発見して)うわ! ……帰ってたの。帰ってきたら『ただいま』ぐらい言いなさいよ」
杏奈 「ただいま……」
母  「あれ、元気がないねぇ」
杏奈 「ほっといて」
母  「どうしたのよ」
杏奈 「……」
母  「ふーん。久しぶりに帰ってきたと思ったら、だんまりか……。まぁご飯でも用意してくるわ。今日はあんたが帰ってくると思ってねぇ――」 と言いかけて立ち止まる。
「……ねぇ、本当に何があったの?」
   沈黙、そして――
杏奈 「……お母さんは、2回も結婚するなんてすごいよね、立派なもんだ」
母  「何よ、その言い方」
杏奈 「どうしたらそうやって男が寄ってくるわけ? あたしなんかには真似できない芸当だわ」
母  「杏奈……!(駆け寄ってきてそばに座る) 何があったの? 言いなさい!」
杏奈 「……」
母  「(肩をつかみ)杏奈!」
杏奈 「(ふりもぎり)カンケイないでしょ! どうせあたしは独りぼっちよ!」
母  「……別れたの?」
杏奈 「なんにも知らないでしょ、お母さんは!」
母  「だから聞いてるんじゃない!」
杏奈 「(首を振って顔を覆う)……昔はなんにも気にしてなかったのに、今は気になって仕方がないのよ! 自分がどこの生まれとか、そんなの自分でも忘れてて、何の不都合もないのに、何でいちいち人にとやかく言われないといけないのよ! 『部落』って何よ!! あたしはそんなの知らないわよ!!」
母  「ここの出身だから、って切られたの?」
杏奈 「別にあたしはここの子に生まれたいって頼んだわけじゃないんだって! こんな所に生まれたかったわけじゃないんだって!」
母  「(ガックリくる)……ごめんね。こんなお母さんで……。あなたを産んでしまって……ごめん……」
杏奈 「(はっと母を見、激しく首をふる)そんなこと言ってるんじゃない! そんなこと言ってるんじゃない!」
母  「……わかってるよ。(笑顔を作り)お姉さんもよくそう言ってあたしを責めたね」
杏奈 「里奈が?」
母  「うん。杏奈もそういう年頃になったんだねぇ」
杏奈 「……」
母  「ねえ杏奈。その人は杏奈と別れたいって言ったの? その人はあんたを好いてくれなくなったのかい?」
杏奈 「……」
母  「あたしもいろんな事を経験したけど、人はひとりひとり違う。悪い人もいるけれども、いい人もいる。結局は人だね。そこに希望がある。仲よくさえしていれば、わかってくれる人はいる。その人はムラのことなんか何も知らないんだろう?」
杏奈 「(うなずく)」
母  「そう。じゃあ、あんた自身が嫌われてるんじゃなかったら、ガンバッテごらんよ」
   考える杏奈。
   (暗転)

#7  教会・役員会

   (明転)
   テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「(ニコニコと)……というわけで、クリスマス・パーティのリーダーは森川先生にお願いするということで、よろしいですね」
女性の役員2人がうれしそうに頷き、小さく拍手する。佐川もおどおどと拍手。
別府 「では、お願いします。えー、お聞きしておりました役員会の議事は以上ですが、その他の議案として、何かお持ちの方、いらっしゃいますか」
   間。
別府 「……特に無いようでしたら、本日の役員会はこれで――」
田中 「ああ、最後に……実は、たいへん申し上げにくいんですが、何と言うか。あー、森川先生ね」
泉  「はい?」
田中 「先生は、お独りですかな?」  (重谷ら「なに聞いてんのよ、ったく……」)
泉  「え?」
田中 「先生を当教会にお招きしたときは、先生はお独りだと思っておったのですが」
佐川 「ど、どういう意味ですか?」
田中 「どうも、お独りで暮らしているのではないような……あー、例えば先生が買い物に行ってる間に、洗濯物を干したりとか、そのぅ、何と言うか、もうお一方ごいっしょに住んでおられるような気配が――」
佐川 「田中さん、あなた、覗いてるんですか?」
田中 「いやいやいや、たまたま近所だから、目に入るだけなんですよ。たまたまなんだが……まーあ、しかしよく目に入る。他でもない伝道師館だし」
別府 「ちょ、ちょっと待ってください。こういう問題は……。とりあえず、役員会を終わりませんか。田中さん、私と個別にお話をしていただければありがたいのですが」
佐川 「その方がいいでしょうね」
重谷 「あのー、私も見ましたよ。でも、女の人でしょ」
佐川&別府「女の人?」
重谷 「ええ、女の人。目のくりっとした。この前、伝道師館に用事があって行ったら、戸口から出てこられて、『コンニチワ』って。元気な方でしたよ。妹さんかしら? ねぇ先生」
泉  「え? あ、ええ。そう……そうです」
佐川 「なんだ、妹さんか。びっくりしたなぁ、もう。ぼくはてっきり――ホホホホホ」
別府 「(笑)人騒がせですね」
田中 「いや、しかし……。私はよくわかりませんが、最近の若い女の人は、あれですか。妹さんとでも、出かける時には、こう、ギューッと抱きあったりするんですかな」
宮坂 「仲がよかったら、時にはおかしくないと思いますけど」
田中 「んじゃあ、接吻も、するんですかな」
   宮坂の目が泳ぐ。一同、顔を見合わせ、そして泉のほうを見る。
佐川 「……どういうことですか、森川先生」
泉  「はい。……いや、あの、それは……プライバシー? の問題ですから……」
   一同から嘆息が漏れる。
佐川 「ということは、隠す必要がある仲なんですかね?」
田中 「私も永年いろんな牧師や伝道師を見てきたけれども、こういうのは初めてですな。昔は想像もできなかった」
そこへ上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「すいません! いやー、これでも試合を途中で抜け出してきたんですが――。(場の雰囲気を察し)あれ? どうしたんですか?」
別府 「とにかく、役員会をこれで終了します。田中さん、すみませんが、ちょっと牧師室で、もう少しお話を」
   牧師と田中は下手へ。
他の役員たち、泉を振り返り、振り返り、退場する。特に宮坂と重谷、激しく何かやりとりしている様子、しかし全員上手へ……。
   取り残される徹と泉。
                              *
徹  「な、なんだよ……今日は役員会に出れると思ったら、もう終わりだって?
(泉に)……何があったんですか」
泉  「上田、徹さんですよね」
徹  「あ、はい。覚えてくれてたんですか。ぼくはあまり教会に来れてないから――」
泉  「はじめてお会いした時の印象が、強かったですから」
徹  「あーあ……、すいません」
泉  「皮肉ですよね。最初にお会いした時の役員会で私の招聘が決まったのに、ひょっとしたらもう今日が最後の役員会かも知れません」
徹  「へ? なんで?」 と荷物を置いて座る。
泉  「(首をすくめ)あたし、ここの教会、クビになっちゃうかも知れませんから」
徹  「何が、どうなってるのか、よくわかんないんですけど」
泉  「(ため息)同棲してるのがバレちゃったから」
徹  「同棲? そんなことでクビになるんですか? 彼氏がいたからって――」
泉  「彼氏じゃなくて……一緒に住んでるのは、彼女なんです」
徹  「あ、そうなんですか。でも……え? 彼女? はあぁ……そうなんですか……。そうなんだ……」
泉  「気持ち悪いんでしょ」
徹  「いや、そうじゃなくて。ただちょっと、びっくりしたもんで」
泉  「びっくりするでしょうね」
徹  「いや、そういう人が世の中にいるのは知ってたけど、実際に見たのは初めてなもんですから」
泉  「(ぴしゃりと)あたしはあなたに会ったのは2回目です」
徹  「あ、いや、そりゃそうですけど」
泉  「他にも会ってるかも知れませんよ。あなたの周りで、あなたに言わない、いや言えないだけでね」
   徹、苦しげに頷く。頬づえをついて遠くを見る泉。
徹  「……し、しかし、そもそもどうしてそんなプライベートなことが、教会の役員会に知れちゃったんですかね?」
泉  「(首をふり)伝道師にプライバシーなんか無いですから。(ため息)でも、どうせこうなるんだったら、自分から話したほうが、よっぽどよかったかも……」
徹  「ぼくは、個人的には構わないって思うんですけど、教会はカタい人が集まってるから……なかなか難しい面もあるかも知れないですね」
泉  「(フッと笑い)『ぼくは個人的には構わない』か……。わたしの友達で、彼氏に、『ぼくは個人的には構わないんだけど、両親や親戚が反対してるんだ』って言われて、捨てられちゃった子がいましたね」
徹  「(ピクッと)それって、ひょっとして、部落の人のことですか?」
泉  「ううん、コリアンの女の子。でも本質は同じかも知れないですね。ほんとうの自分を『ないこと』にして隠しておかないと、受け入れられないなんて……。まして教会でも受け入れられないなんて……おかしいと思いませんか……」 と上田を見据える。
徹  「え? ああ、そう……ですね……」
   (暗転)

#8  学校・昼休みの教員室

   (明転)(雑音〜F.O)
   仕事をしたり、弁当を食べたり、パソコンをいじったりしている教員たち。
   杏奈だけがイライラとしている様子。やがて、がまんできなくなったように立ち上がって、スポーツ雑誌を読んでいる佐古田の後を通過、徹の机のそばに行く。
杏奈 「(声を殺して)あたしは、やっぱり納得できないよ!!」
徹  「(周囲を気にしながら)な、何が納得できないんだよ」
杏奈 「あなたが私に関することを忘れたいって言ったことよ」
徹  「君のことを忘れたいって言ったんじゃなくて――」
杏奈 「おんなじことよ。あなたにとって気に入らないところがあったとしても、それを切り捨てて、都合のいい部分しか見ないって言うんなら、それは本当のあたしではないのよ! わかる?」 (佐古田が不審に思い、立ち上がる)
徹  「な、何言ってんのかわかんないよ」
杏奈 「ほら、そうやってゴマカす!」
徹  「ゴマカしてない! 聞いてるんだって!」
杏奈 「あなたはそうやって、都合の悪い事をすぐゴマカしたり、忘れたりできるのかも知れないけど、あたしに言わせればそれは、「私」という人間の『部分否定』なのよ!」
佐古田が後ろに立っている。
佐古田「なーにが『部分否定』なんだ?」
   二人、びっくりして互いに遠ざかる。
佐古田「(二人を見比べ)なんだ? おまえら。こら上田、なにコソコソしてんだ」
徹  「は? いや、だからその……『部分否定』ですよ。さすが、英語の先生だね」
佐古田「おまえは社会科だろうが。なんで二人でそんな話になるんだ」
杏奈 「佐古田先生、あたしたち、まだ話が終わってないんで」
佐古田「なに?」
徹  「ああいや、なんでもないんです。松井さん、今日はなんかおかしいよ」
杏奈 「結局あなたは、あたしの全部を好きなわけじゃない、ってことよ」
佐古田「好き?」
徹  「あああ、あのね――」 頭をかかえる徹。
杏奈 「例えばよ? 『あたしと付き合うのなら、宗教の話はなしにしてくれる?』って言ったら?」
佐古田「宗教?」
徹  「杏奈……やめてくれ」
杏奈 「『あなたがクリスチャンだってことを、わたしは忘れて付き合いたいの』って、あたしがそう言ったら、あなたはどう思うのよ」
佐古田「クリスチャン? 松井、おまえ上田に勧誘されてるのか?」
杏奈 「バカ」
佐古田「バカとはなんだ、バカとはー!! それが指導教諭に対する口のきき方か!」
杏奈 「フン」
佐古田「この野郎、調子に乗りやがって、おまえなんか全部D判定だ。明日からこなくていい!」
杏奈 「あーりがとうございます。あたしも佐古田先生を見ていて、あたしなんかとても学校の教師なんかなれないと思ってましたの、オーッホッホッホ!」
佐古田「なんだと、この野郎!」
徹  「もういいかげんにしてください!」
佐古田「だいたい、そもそもおまえが原因じゃないのか。宗教とか付き合うとか、どうなってるんだ、おまえらは! 一体なんだ? クリスチャンだ? 敬虔なクリスチャンが教育実習の女子学生なんかに手ェ出していいのか、え?!」
徹  「彼女と、ぼくは、学生時代からです。手を出したとか、そんなんじゃないです」
佐古田「それにしても、好きだのなんだの話をこんな所で昼間っからするな。ここは神聖なる教育の場なんだよ」
徹  「わかってます」  (フンと嘲笑う杏奈)
佐古田「(舌打ちして、ふと徹を見つめ)クリスチャンか……(と上から下まで見る)」
徹  「な、なんですか」
佐古田「酒は飲むのか?」
徹  「この前コンパで一緒だったじゃないですか」
佐古田「そうだな。お前も飲んでたじゃないか。いいのか?」
徹  「いや、別に禁止されてませんから」
佐古田「タバコは?」
徹  「吸いません」
佐古田「あ、やっぱり」
徹  「宗教とは関係ありません」
佐古田「じゃあ、どこが違うんだ?」
徹  「何も違いません。同じですよ。同じ人間ですよ、先生」
佐古田「うんまぁしかし、俺も日本人でクリスチャンってのは、今日初めて見たからな」
徹  「先生……ぼくはもうこの学校で、先生とも同じ学年で3年も組んでるんですよ」
佐古田「? それがどういう関係があるんだ?」
徹  「(ため息、首を振る)……いや、いいです」
佐古田「じゃあ……日曜日は? やっぱり教会に行ってるのか?」
徹  「え? いや……仕事で、ほとんど――」
佐古田「行ってないのか」
徹  「はぁ……」
佐古田「(鼻で笑う)ふふーん……。じゃあクリスチャンて、一体なんだ? ああ、あれか?日の丸、この前反対してた。あれは共産党か。キリスト教と共産党は関係あるのか?」
徹  「ないです……」
佐古田「ふーん、よくわからんな、キリスト教というのは。それでその、あれか? 松井もクリスチャンなのか?」
徹  「彼女は違います」
佐古田「(笑)だろうな。お前は違うと思ったよ。まぁせっかく付き合ってるんだったら、ちょっと洗脳してもらった方がいいんじゃないのか? ん? アナタハ、カミヲ、シンジマースカ?」
徹  「先生、もうやめてください……」
   佐古田、二人の反応の暗さに、シラケて立ち上がる。

佐古田「クラブ見てくるわ」
   上手に去ってゆこうとする佐古田、消える寸前でふと立ち止まり――
佐古田「……上田」
徹  「あ、はい」
佐古田「生徒は、勧誘するなよ」
   そして佐古田は出てゆく。舞台に残される二人。ガックリする徹。
杏奈 「……ごめんなさい。隠してたこと、勝手にしゃべっちゃって――」
徹  「いいんだ……! ぼくだって、自分で自分を否定していたんだから……」
   (暗転)

#9  教会・臨時役員会

   (明転) 
   役員会が始まる前、泉と別府が会議室に並んで座っている。
別府 「正直に言ってしまうけれど、私にもよくわからないんだよ」
泉  「何も違いませんよ。特別扱いしないでください」
別府 「でも自然な関係だとは言いにくいよね」
泉  「どうしてですか?」
別府 「女性と、男性が結びついて、子どもができるというのが自然の関係だから」
泉  「別府先生にはお子様がいらっしゃるんですか?」
別府 「それを言われると、もちろん私もつらいんだが……」
泉  「ごめんなさい……。でも、じゃあ別府先生は子どもを作るためにお連れ合いを選んで結婚されたんですか?」
別府 「いや、違う」
泉  「お連れ合いを愛しておられますか?」
別府 「愛している」
泉  「私も、彼女を愛してるんです」
別府 「……(じっと泉を見つめる)」

                                  *
   役員たちが入ってくる。徹以外の役員たち(田中、佐川、重谷、宮坂)が、一同に会す。
   佐川は、用意してきたプリントを全員の席に配り終えてから、席につく。
別府、プリントを手に取り、一同を苦しげに見渡してから話し始める。
別府 「本日の臨時役員会の議事は一件。森川泉伝道師の人事についてです。事情の説明と、原案につきましては、お手元のプリントをお読みください」
   プリントに目を落とす一同。重い沈黙。
別府 「……事情はおわかりいただけましたでしょうか。それでは審議に移ります。何かご意見なりご質問などお持ちの方は、どうぞ」
   役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない。
別府 「……本当に、何もご意見はないのですか」
   一同、沈黙している。
別府 「……私は、討議する必要があると思うのですが」
田中 「採決してください」
別府 「みなさんは?」
   佐川が田中の顔色を見て、うなずいている。
別府 「……じゃあ、採決の方法は、挙手で? それとも、投票で――?」
佐川 「挙手で、いいんじゃないですか」
別府 「(苦しそうに)挙手ですか……。それでは、採決します。原案:『森川泉伝道師への辞任勧告議案を教会総会に提出する』。賛成の方は挙手をお願いいたします」
   重谷以外は全員手を挙げる。宮坂も苦しげに挙げる。
別府 「――反対の方、おられますか」
   誰も手を挙げない。と突然、徹が上手から駆け込んでくる。
徹  「すいません! また遅れました!」
別府 「保留の方」 (重谷が手を挙げる)
「では賛成多数ということで――」
徹  「え?! ちょ、ちょっと待って下さい。少しだけ意見を言わせて下さい!」
佐川 「採決は終わったよ」
別府 「上田さん。残念ですが、もう少し早く到着してくださっていたら。それに、圧倒的に賛成多数での決議でしたから」
徹  「(怒る)賛成多数だから黙れってんですか? そんなのおかしいでしょう!」
田中 「あんたが朝から教会に来んからいかんのだ。毎週日曜日ちゃんと教会に来ることもできんようでは、世に対する証しにならんでしょうが」
佐川 「上田くんに合わせて、こんな土曜日に、しかも明日臨時総会だっていう日に、役員会を開くことになってしまったんだから、あんまり強いことを言われても、困るよ」
徹  「……審議は、じゅうぶんになされたんですか?」
別府 「意見は、出なかった」
徹  「出なかった? 人ひとりの進退にかかわることですよ。もっと話し合わないとダメです!」
田中 「(ため息)上田くん。これはね、罪の問題です。賛成とか反対とか、論議する以前に明らかなことを、形式上会議を通して、了承を得ているだけです」
徹  「罪……、罪って言っても、キリスト教じゃ、罪のない人なんかいないじゃないですか」
田中 「レベルが違う。同性愛ですよ、同性愛。ふつうに考えてみなさい。同性愛は自然の関係に反する「恥ずべきこと」と聖書にも書いてある。その「恥ずべきこと」が、もって生まれた性分だという人を、牧師として迎えるということが、教会としてできると思いますか? しかも、発覚するまでは黙っておったのだから、我々としてはだまされていたという思いもある」
徹  「黙ってたって、性に関することなんか、個人のプライバシーの問題なんですから――」
佐川 「(さえぎって)いやいや、それはおかしいよ、上田くん」
田中 「じゃあ君は、殺人犯でも黙ってたら構わないとでも言うのかね?」
徹  「なんで殺人犯と並べられるんですか?! この人が誰に迷惑かけたって言うんですか?!」
田中 「罪なんだ! 誰に迷惑をかけているかではなくて、いかに神のご意志から離れているかということなんだ! 上田くん、常識でわからんかね。(ため息)牧師さんからも何とか言ってください」
別府 「え? いやその、昨今はいろいろな意見があって、聖書にも自由な解釈が――」
田中 「それでいいんですか? 神学というのは、真理というのは、そう時代とか風潮によってコロコロ変わっていいものなんですか?」
別府 「ううむ、ですから――」
徹  「罪、罪って言うけど、キリスト教じゃ罪は赦されてるんでしょう?」
田中 「悔い改めれば、ね? 悔いて、改めれば、問題はない。私たちの罪は全て贖われ、赦されている。そのとおり。しかし、では森川先生(泉に向き直り)。あなたは悔いて、改める気がありますか? 罪を公然と続けながら、教会に仕えることなど、できるのですか?」
泉  「……」
田中 「どうかね。なんとかおっしゃったら……!」
   沈黙、やがて……
泉  「……私は、罪だとは思っていません」
田中 「(あきれて苦笑)自分で言うな」
泉  「自分で言わなかったら、他の誰が言ってくれるんですか?」
田中 「少しも悪いと思っていないのかね」
泉  「思っていません」
田中 「聖書に書いてあるんだぞ、聖書に! あなたのような人はつみびと罪人で、死ななくてはならない、とね」
泉  「私に『死ね』とおっしゃるんですか?!」
田中 「私が『死ね』と言っているのではなくて、聖書にそう書いていると言ってるだけなんです、聖書が」
泉  「聖書に責任をなすりつけないでください。そうやって、聖書や神が命じていると言いながら、いったいどんなにたくさんの命が奪われてきたと思ってるんですか! 魔女狩り、異端審問、十字軍、この前の戦争だって――」
田中 「私は戦争には反対でした!」
泉  「でも戦争を命令する政治家は、敬虔なクリスチャンなんです!」
田中 「そういう信仰は間違っている!」
泉  「じゃああなたも間違ってる!」 と立ち上がる。
   別府、あわてて「ちょ、ちょっと待って――」と泉を制止して、座らせる。
田中 「なぜ! 何を言っているのかわからない!」
泉  「自分の信仰と合わない人間に、『死ね』と言えるところが同じなんです!」
田中 「(深いため息)わたしが『悪だ』と言っているのではなく、聖書にそう書いてあるんです。あなたがこれまでと同じように、いやらしい不道徳な行いをやめることができないし、そういう変態的な欲望を自分で抑えることもできない上に、しかもそのことを悪とも罪とも思っていないというのであれば、それはそれでよろしい。勝手に地獄にでも落ちてくださればよい。しかし、そういう不潔で卑猥な空気を、この教会に蔓延させられて、悪影響をまきちらされることだけは、私たちとしてはご遠慮申し上げたい。それだけのことなのですよ、伝道師先生」
   泉、がっくりと座り込む。
田中 「また、蛇足のようだが、あなたはやがて牧師になろうとしておられるようだけれども、あなたから聖餐を受けることになるかも知れないどこかの教会の教会員たちもまた哀れであると、わたしは同情を禁じえない。しかも、あなたは女だ。そのことが女性のたくさんいる教会で与える悪影響については、ご承知いただきたい。以上」
   沈黙。
徹  「田中さん、俺、あんたがひどい事言ってるような気がするよ。聖書とか真理とか言ってるけど、でもなんかおかしいんじゃないか」
泉  「(うつむいたまま)もういい……。もういい……。(顔をあげ)席を外してもいいですか」
別府 「森川先生」
泉  「(放心したように立ち上がり)あとは、おまかせします」
頭を下げて、上手に出てゆく。
                                      *
   一同、沈黙している。   (雨音が聞こえ始める)
徹  「本当に、明日、この議案を出すんですか?」
一同 「……」
徹  「一日しかないんですよ」
佐川 「だから、君の都合で、今日が役員会になってしまったんだよ……」
宮坂 「あのー……、採決を、取り消すわけにはいかないんでしょうか?」
田中 「ナニ?」
宮坂 「わたしは賛成でしたけど、やっぱり保留に変えさせてほしいんです」
田中 「採決はもう終わったんだ!! そうでしょう?!(佐川に)」
佐川 「そうですね。終わってます」
田中 「意見は採決前に言いなさい」
宮坂 「(別府に)すみません。混乱させてるみたいで。でも田中さんが『聖書に書いてある』って何回も言うから――」
別府 「聖書が、なにか?」
宮坂 「思い出したんです。田中さんがいつか『女は教会では黙ってろ、って聖書に書いてあるんだ』って言ってたことを。
 わたしは同性愛がいいことかどうかは、よくわからないけど、その『聖書が書いてるから』というのも、どうだろうって思うんです。だから、保留にさせてください。そして、もう少し考える時間を下さい」
別府 「そうですね……」
田中 「何言ってる! 別府先生、あんた、いったん採決した決議を、議長権限でひっくり返すなら、首をかける覚悟があるんだろうな!」
   全員の視線が別府に集まる。別府、苦しんだ末に……
別府 「……議長権限を、使わせてもらって、よろしいですか……」
田中 「本気なんだな」
別府 「さきほどの決議は、審議不充分と言わざるを得ません。したがって、私はこの役員会の議長として、採決を撤回し、もう一度最初から審議を尽くすことをみなさんに求めます」
田中 「議案はどうする」
別府 「役員会の審議未了で、議案は提出しません」
田中 「じゃあ臨時総会を招集しておいて、何も話さないというのか」
別府 「議長のわたしが頭を下げます」
田中 「ふむ、せっかく教会員のみなさんに集まっていただいたんだ。私がその場で緊急動議を提出してもいいわけですな」
別府 「どういう動議ですか」
田中 「別府牧師に対する不信任案ですよ」
佐川 「田中さん!」 / 徹 「やめろ、そんなこと」 / 重谷 「あきれたねぇ」
   別府と田中、しばらくにらみ合う。やがて……
別府 「(力強く)けっこうです。感謝します。これで、わたしも、森川先生と少し近い立場になれたような気がします。どうぞ不信任案を提出してください」
   (暗転)  (雨の音が続いている。雷が遠くで聞こえる)

#10 泉と万里子のアパート

   (明転)  (雨音) 
   中央にテーブルとイス。あちこちにダンボールが散乱している。
   上手から泉が現れ、力なく腰掛けて、テーブルの上に伏してうなだれる。
   上手から、万里子が荷物を持ち、レインコートを着て現れる。
万里子「ただいまぁ……。(泉を発見して)うわ! 帰ってたの。おかえり。
(コートや荷物を片付けながら)仕事決まったよ。お祝いにワイン買ってきた。これでこの前の借りはチャラね」  とワインのボトルを見せる。
   身動き一つしない泉。不審に思い、万里子、泉の反対側に腰を下ろす。
万里子「泉……生きてる?」
泉  「……(黙って首をふる)」
万里子「(周囲のダンボールに気がつく)なに、このダンボール」
泉  「(ゆっくりと顔を上げる)引越しの用意」
万里子「(立ち上がる)引越し?! どどど、どういうことよ、今日あたしやっと面接に通ったのよ」
泉  「ごめん。ここのアパート、教会が借りてるから」
万里子「(座る)やっぱりダメだったの?」
泉  「……(再びうなだれる)」
万里子「あたしがいるから?!」
泉  「……(首を振る)」
万里子「(立ち上がる)だからキリスト教なんて嫌いなんだって! 神とか愛とか言ってるけど、結局人を型にはめたり、切り捨てたりしてるだけじゃない!」
泉  「万里子……」
万里子「まぁー、よかったんじゃないの? これできれいさっぱり教会ともおさらばしたら? 泉はカウンセラーの資格だって持ってるんだし、教会なんかよりもっと世の中の役に立つ仕事があるはずだよ。よかったよかった。乾杯だ」 
とワインを持って、片隅に置き、再び戻ってくる。
泉  「なんだか、教会が世の中の役に立ってないみたいだね……」
万里子「立ってるの?」
泉  「立ってない……?」
万里子「だって、教会が世の中のために何してる? 集まって、歌って、話きいて帰るだけでしょ? 誰がキリスト教なんか頼りにしてる?  困ったことがあったら、一般の相談窓口のほうがよっぽどしっかりしてるじゃない」
泉  「……」
万里子「(再び座る)それにさ、そうやってセクシャリティで人を解雇したりするのって、ハッキリ言って人権侵害なんじゃないの? 訴えられたら負けるよ。そんなこと自信たっぷりやってるなんて、教会って世の中の基準以下っていうか、とっても困った集団なんじゃないの?」
泉  「困った集団……」
万里子「だからさぁ、やめちゃいなよ、教会なんか。宗教なんかロクなもんじゃないって」
泉  「……」
万里子「ね! やめるんだよ! わかった?!」
泉  「……万里子、ごめん。今はそっとしといてくれる……」
万里子「……」
泉  「なんだか自分が怒られてるような気がするから……」 と再びぐったりする。
                                     *
   ドアホンが鳴る。  (ドアホンの音)
万里子「(上手を振り返り、また泉と目を合わす)誰だろ」
   万里子、立ち上がり、上手へ向かい、ドアを開ける。
万里子「あ……」
重谷 「こんばんは。森川先生いる?」 と傘を持った重谷と宮坂の姿。
万里子「あ、はあ」
重谷 「上がらせてね。(傘を置いて、泉のそばに寄る二人)ごめんね、先生」
泉  「(あわてて立ち上がる)ああ、いえ……」
重谷 「どうぞ、座って」 と言うので、泉、座る。重谷も座る。
重谷 「あたしたち、謝りに来た。何も言えなかった自分が恥ずかしくて。あんなにめちゃくちゃにされてたあなたを、ほったらかしにしていた。本当にごめん。ごめんね」
万里子「今さら謝ったって、どうしようもないでしょ。もう荷物まとめてるわよ」
重谷 「森川先生、さっきの話は、とりあえずなくなったのよ」
泉  「え?」
重谷 「牧師が決議をひっくり返しちゃったの。それで全部ご破算」
泉  「じゃあ、総会は?」
重谷 「どうなるか、わからない」
泉  「すいません。あたしのせいで」
万里子「あんたのせいじゃないでしょ!」
重谷 「そう、あなたのせいじゃない。全然あなたは悪くない。あたしたちが悪いのよ」
   上手に徹と杏奈が現れる。
徹  「すいません……森川先生、いますか?」 (また立ち上がる泉)
重谷 「ああ、あなたも来たの」
徹  「ええ、なんか心配で。それに申し訳なくって」
泉  「もう、いいんです。大丈夫ですから、わたしは」
   佐川が傘をたたみながら、恐る恐る顔をだす。
佐川 「こんばんは……」
重谷 「なんであんたまで来たんだよ!」  (宮坂が、泉をそばに行き、座らせる)
佐川 「え? いや、ちょっと近くを通りかかったら、みんなが見えたもんでさぁ――」
重谷 「どうするんだよ、あのじいさん」
佐川 「そんな、俺に言われたって……いや、でも、田中さん、きっと自分でも引っ込みつかないんだと思うんだけどな、ハハ、ハハ、ハハ」
重谷 「男ってのは、ホントに困った動物だね」
万里子「あ、の、ねぇ! どうでもいいけど結局どうなのよ? 泉のクビは。つながるの? 切られるの? こっちは生活かかってんだからさ! はっきりさせてよね! でも場合によっちゃ、こっちは人権関係のNGOに声をかけて抗議運動やらせてもらうからね」
佐川 「いや、それについては、継続審議だから――」
重谷 「(遮って)大丈夫よ。大丈夫、間違ってるのはあっちよ。決まってるじゃない」
佐川 「なんでそんなことが言えるんだよ」
重谷 「思い出したんだよ。うちの教会が昔、同じ間違いをやったことをね。
 もうだいぶ前、あたしが中学校の頃だったと思うけど、『同和地区』っていうのかな、そこから教会学校に通ってきてた高校生の男の子が、『献身したい』、『牧師になりたい』って言ったとき、みんなが反対した。
 『神学を勉強するのはいいが、牧師にはなるな』ってね。『おまえの、その手からパンを受けとる信徒の身になってみろ』とまで言う人もいた。かわいそうだったなー、あの人……。今はそんなこと言う人はいないけどね。でもあの頃はみんな、部落の人はケガレてて、聖職者になんかなれるわけがないって、本気で思ってた人が多かった。
 ちょっと前までは、女が牧師になることさえ、あれこれ文句を言う人が多かったし……。牧師夫人ならともかく、牧師になるなんてとんでもない、なんて言われてたんだよ」  (恥ずかしそうに目を伏せる宮坂)
杏奈 「その高校生はどうなったの?」
重谷 「姿を見なくなったね、教会では。そのあと名前を聞くこともなかった……。
 でも、いま教会で『部落の人は牧師にはなれない』なんて言ってごらんよ。笑われちゃうよ。そうやって教会ってのは、時代が変わるとコロッと言うことが変わったりする。
 (泉に)森川先生の言うとおりなんだよ。魔女狩り、異端審問……。でも必ず教会も間違ってたって気づく。気づいた者から教会を変えていくんだよ」
宮坂 「明日は私たちも黙ってませんから」
   うなずき泉の手を握る重谷。
重谷 「明日のことはあたしたちに任せて。あなたはとりあえず、ゆっくり休みなさい」
   全員が泉を見ている。泉、みんなの顔を見て、そして重谷を見る。再び頷く重谷。
   疲れがどっと出たように目を閉じる泉。
   (暗転)  (徹と杏奈は、傘を持ったまま、そのままの位置)

#11 道

   (明転)  (川の流れの音)
   杏奈と徹が、傘を持ったまま進み出る。
杏奈 「つまり、あたしが牧師になりたいって言ったら『おまえはケガレてるからダメだ』って言われてるかもしれないってこと?」
徹  「そういう時代があったということだね」
杏奈 「ふーん。教会ってのは、難しいところだね。『全てのことが赦されている』と言ってみたり、あれは罪だとか、これは死なねばならないとか、矛盾に満ちてるよ。
(立ち止まり)いったい徹は何を信じてるの?」
徹  「(立ち止まる)ぼく? ぼくが信じてるのは……人間は誰でも、持って生まれたものや、生きているありのままで、神に愛されている。それだけだよ。心底にあるのは、いたって単純な考えさ」
杏奈 「なるほど……」
徹  「杏奈……。ぼくは、もう自分から逃げないし、君の事からも逃げたりはしない。だから……もう一度、ぼくらの関係を一からやり直せないかな」
杏奈 「(ちょっと考えてから徹を振り向き)……橋をかけよう」
徹  「橋?」
杏奈 「クリスチャンであることを否定されたら、あなたはあなたでなくなるんでしょ?」
徹、頷く。
杏奈 「あたしも、自分が部落民であることを否定したら、あたし自身でなくなるのよ」
徹  「わかってる」
杏奈 「あなたがあたしと付き合うということは、あたしの課題をいっしょに負ってくれるっていうことよね?」
徹  「そういう、ことに、なる、かな?」
杏奈 「じゃあ、あたしもあなたの課題をいっしょに負うよ。それがお互いに橋をかけるということ」
徹  「え? ということは、また教会に来てくれるの?」
杏奈 「でも多分、いまのあなたの教会は好きになれないと思う。あなたが信じてる宗教は、人のためにある教えじゃなくて、教えのために人があるような感じだから」
徹  「でも本来はそうじゃないんだ――」
杏奈 「でも実態はそうでしょう?」
徹  「……」
杏奈 「そんな場所には魅力はないわ。ただ、あたしは……そこで悩み始めたあなたと、いっしょに悩んで……いっしょに生きる道を見つけたい。それだけよ」
徹  「じゃあ、ぼくは……君と橋をかけるために、何をすればいい?
杏奈 「(客席のかなたを指差し)……あの橋を渡って、あたしの家においでよ」
   杏奈、くるりときびすを返して、歩き始め、客席に歩み出る。
   (音楽「エンディング」スタート)
徹  「あ、ちょっと……」
   杏奈、立ち止まり、振り返る。
杏奈 「徹!」 と片手を差し出す。
徹  「杏奈!」
   徹、杏奈のあとを追い、二人、手をつないで客席後方に退場する。
   (暗転)   (音楽、続く)

−完−


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