BRIDGE /あなたがあなたであるために
Episode-B

 
Version6.1 (宮川一輝編)
“Bridge: Episode-B”は、Episode-A”の主人公である「松井杏奈」という女性を、「宮川一輝」という男性に置き換えたバージョンです。

2003年8月17日(日)日本キリスト教団草津教会上演
2003年8月31日(日)日本キリスト教団大阪東十三教会上演

“Episode−A”との違い……(本文中、改訂部分は黄緑文字で表示しています)
    宮川一輝が登場する場面はすべて新しく書き下ろした部分です。
    学校の場面は一輝の登場に伴い、全面改訂されています。
    ラスト・シーンを徹と佐古田の新しいシーンに書き直しました。
    大阪東十三教会で上演された実際のセリフを反映させています。

“Episode-A”へ

企画・提供:日本基督教団部落解放センター
脚本・監督:富田 正樹

上演時間:80分間  (台本はディスクに保存して、ゆっくりお読みください)

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#1  学校・放課後の教員室


   (チャイムの音 )
   (明転)
   舞台上には、事務机とイスが3つ。2人の教師が仕事をしている。上田徹と佐古田智治である。
   宮川一輝(教育実習中:スーツ姿、手に出席簿やファイル)は、佐古田の前に立たされている。
佐古田「一体どういうつもりだ、え?!」
一輝 「……」
佐古田「実習生って言ったって、生徒たちに対しては、オレたちと同じように『先生』としてやってくれないと困るんだよ!」
一輝 「はい」
佐古田「その『先生』が遅刻してきてどうする。それもただの遅刻じゃない。終礼まぎわにノコノコやって来て、どういう度胸してんだ、え?!」
一輝 「はい」
佐古田「ハイじゃねえよ、ハイじゃ!」
徹  「まぁまぁ。ね、先生――」
佐古田「黙ってろ、おまえは!」
徹  「すいません」
一輝 「……」
佐古田「何やってたんだ」
一輝 「え……?」
佐古田「こんな時間まで、何やってたんだ。寝てたんじゃねえだろーな」
一輝 「いえ……、シュウカツを……」
佐古田「シュウカツぅ? なんだそりゃ」
徹  「あのねぇ、あのぉ、就職活動のことですよ」
佐古田「(徹に)黙ってろって――!」
徹  「すいません」
佐古田「(一輝に)就職活動ぅ? なめとんのか、おまえ? 教師になる気もないやつが、教育実習なんか来るな!」
一輝 「すいません」
佐古田「(徹に)上田も」
徹  「はいっ」
佐古田「ちゃんと指導しとけ。こんなんじゃ、どこに就職したって使いもんにならねーぞ、な」
徹  「そうっすねぇ」
佐古田「じゃ、俺ぁクラブ見てくるから」
徹  「はいっ、どうもごくろうさまです」
佐古田「シュウカツ……ったく近頃の若いのは何でもかんでも略しおって……!ハァ」
   とブツクサ言いながら、上手に退場してゆく。
                              *
   ため息をついて座る一輝。頭をかかえる。
   徹、佐古田が行ったのを確認し、一輝に話しかける。
徹  「一輝……! 一輝!」
一輝 「あ、はい、先輩……」
徹  「どうなってんだよぉ」
一輝 「はァ」
徹  「あのなぁ、おまえ、教育実習、まだ三日目じゃないか、大丈夫かよぉ?」
一輝 「(首をふる)わかりません」
徹  「(苦笑)わかりませんって、おまえ、なんで教育実習なんかに来たんだよ」
一輝 「いや他に取れる資格もないですし……せめて教職でも取っとかないと」
徹  「(再び苦笑)『せめて教職でも』ねぇ……おまえ教師になる気ないの?」
一輝 「教師にでもなんでも、なれたら御の字ですよ」
徹  「なんだよ、そりゃあ……まぁいい。とにかく、おまえがさ、しっかりやってくれないと、指導教官としての俺の評価まで疑われちゃうんだからさ、しっかりやってくれよ、頼むよ。……ま、いいか」
   と立ち上がり、一輝の肩を叩く。
一輝 「はい」 とため息をついて、うつむく。
徹  「コーヒーでも入れよう」 
   と、コーヒー・サーバーから2つのカップに注ぎ始める。
徹  「まあな、あの佐古田としゃべってたら、誰だって憂鬱な気分になるんだよ。俺だって、いろいろあってさ……。まあいいや」
   と一輝のところにカップを持って来る。
徹  「ほれ、コーヒー」
一輝 「(カップを覗き込み)あ、俺、コーヒー、ダメなんすけど」
徹  「? なんだよ(舌打ち)早く言えよ……まったく」 と、カップを引き下げる。
一輝 「すいません。でも、前に俺、コーヒー飲めないのに『スタバ』でバイトしてるって、先輩もいっしょになって笑ってたと思うんですけど……」
徹  「(一瞬止まる)……あ、そうか……おまえコーヒー、ダメだったな……すまんすまん」
   2つのカップを持って、自分の席に座る徹。一口すすって――
徹  「しかし、こうして一緒にやってると、学生時代が懐かしいよなァ。そうだ、そう言や、おまえ卒業する前に、付き合ってた子いたよな。なんていう子だったかな。ええーと……ま、いいや、とにかくあの子とその後、どうなったんだよ」
一輝 「上田先輩」
徹  「ん?」
一輝 「明日も遅れてきちゃいけませんか」
徹  「(コーヒーを吹きそうになる)なんだよ、そりゃあ?」
一輝 「すいません」
徹  「おまえ……。またシュウカツか?」
一輝 「明日、最終の本命なんですよ」
徹  「ハァ……あのねぇ、おまえ自分がやったこと、わかってるのか? 授業放棄。職務放棄みたいなもんじゃないか。今日、俺がどれだけフォローに走り回ったと思ってんだよ」
一輝 「すいません。いや、だから、明日は無断で遅れないように――」
徹  「そういう問題じゃないんだよ! そんなんだったら、実習なんか来なくたっていいんだからさ! 何が『せめて教職でも』だよ。いいかげんにしてくれ!」
一輝 「……だめでしょうか」
徹  「ダメだ!」
一輝 「……はい、わかりました」

   (暗転)(音楽:「役員会」)

#2  教会・夕方の臨時役員会

   (明転)
   テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「ええー、神学校のほうでも、ずいぶん苦慮していただいたようですが、なかなか当教会の要望と相容れる条件の方を見つけられないまま、時間だけが何ヶ月も過ぎ去っております。みなさんには、お招きした先生とご面談いただいて、できれば今日、招聘を決定していただきたい、と思っております」 (と、立ち上がる)
別府 「(上手に)どうぞ、お入りください」
泉  「はい」 
   森川泉が入ってくる。
泉  「はじめまして。森川、泉、と申します」
別府 「どうぞ、おかけください」
泉  「はい」 (と、腰掛ける。役員たち、ささやき、耳打ちしあう)
別府 「履歴書のコピーがお手元にあると思いますが、何かご質問などございましたら、どうぞ」
   間。やがて、最高齢の役員、田中健吉が口を開く……
田中 「(咳払い)あー、事情はお聞きおよびとは思いますが、私たちの教会は、もともと男性の伝道師で、できれば結婚しておられる方のほうがよい、という条件を出しておりまして――」
別府 「あの、そのようなお話はご本人の前では――」
田中 「ええ、もちろん。もう済んだ話ですから。ただ、一応心づもりというものを持っていただかないと、まあ、あとあと『こんなはずではなかった』とお思いになって、先生にご迷惑をおかけする事にもなりかねませんしねぇ……」
泉  「お話はある程度はうかがっています。皆さんのご期待とは違う人間であることも承知しています。ただ、女性であるということでしたら、私はハンディには思っておりません。きっと教会には女性の方はたくさんいらっしゃるはずですから――」
田中 「あ、いや、だから男性既婚者の方がよいと言っておったのですがねぇ」
重谷 「どういう意味ですか?」
宮坂 「あのー、婦人会としては、女性の伝道師先生をお迎えすることを、とっても喜んでいるんです。いま田中さんが言われたのは、婦人会の意見ではないので――」
別府 「あー、わかりました! ご意見はまた審議に移ってからでよろしいでしょうか。(見渡して)……よろしいですね? それでは審議に移りたいと思います。すみません、先生、もう一度席を外していただけますか」
泉  「はい……」
   泉が立ち上がった瞬間、上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「いやー、どうもすいません! すいません! いやー遅れました。これでもね、クラブがなかなか終われなかったんですよ!」
佐川 「おいおい、上田くんに合わせてわざわざ平日の夕方に役員会を開くことにしたんだから、遅れてもらっちゃ困るんだよなぁ」
徹  「どうも、すいません」
別府 「まぁまぁ」
徹  「で、ところで新しい伝道師先生は、どちらに?」
別府 「うん。ここにおられるのが――」
徹  「ア、こちらが、奥さまでいらっしゃいますね。どうも初めまして、上田、徹です」 (と握手を求める)
別府 「いや、上田さん、あのね――」
徹  「で、ご主人はどちらに? ああ、トイレ?」
別府 「ですから上田さん。こちらの先生が、今度新しく伝道師として来られる方なんだよ」
徹  「え……? あ! 女の先生だったんすか。ああ、こりゃ大変失礼しました」
泉  「いいえ、慣れてますから」
徹  「す、すいません」
別府 「(泉に)じゃ、先生」
泉  「はい。失礼します」
徹  「(小声で)失礼いたしました……」
   上手に退場する泉。頭をかきながら、「あちゃー」とつぶやきつつ席につく徹。ひじ鉄をくらわす佐川。
別府 「えー、それでは、審議に移りたいと思います。森川泉伝道師のしょうへい招聘に関しまして、何かご意見のある方はいらっしゃいますでしょうか」 
   役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない。
別府 「(呆れたように)え、特にご意見ありませんか。……それでは、承認されたものと受け取ってよろしいでしょうか」
   役員たちの何人かが、小さくうなずく。
別府 「わかりました。では、意義なしという事で、招聘を決定いたします。どうもありがとうございました。これで臨時役員会を終わります。みなさん、どうもご苦労様でした」
   役員たち立ち上がり、上手へ去ってゆく。牧師は下手へ。徹、佐川は座っている。
佐川 「(立って)どうした? なかなかまじめそうなお嬢さんじゃないか」
徹  「いやあ、あの先生、気を悪くしたんじゃないのかなぁ。初対面からぼく印象悪いですよね」
佐川 「大丈夫、大丈夫、すぐ忘れるって。今もほら、慣れてますって言ってたろ?」
徹  「そうですかぁ?」  (重谷が雑用を済ませ、戻ってくる)
佐川 「人間、誰だってカン違いするって。それよりも、ぼかァあの子がこれからうちの教会の婦人会とうまいことやっていけるのかどうか、そっちのほうが心配だよ。女同士ってのは、なかなか難しいんだよなぁ……」
重谷 「ちょっと、なんですって?」
佐川 「(咳払い)いや、あの、婦人会のみなさんには、新しい伝道師さんをしっかり鍛えていただきませんと、ってね、そう言っとったんですよ、ねぇ、ハハ、ハハ……」
重谷 「私はもう、婦人会の会長じゃありませんから」 フンと去ってゆく。
   徹を見て首をすくめる佐川。
   (暗転)(音楽:頌栄27番オルガン)

#3  教会・礼拝堂

   (明転) 
   教会員一同で起立して礼拝の最後の歌をうたっている。司会者は田中。
   講壇の側には、説教を終えたばかりの泉が立っている。
一同 「(頌栄27番)♪父、子、聖霊の、ひとりの主よ。栄と力はただ主にあれ、とこしえまで。アーメン♪」
   歌い終わりにさしかかると、ごそごそと牧師の別府が立ち上がり、講壇に立つ。
別府 「(両手をあげ)仰ぎ請い願わくは、主イエス・キリストの恵み、父なる神の愛、聖霊の親しき交わりが、今日ここに集う一同の上に、豊かにありますように――」
一同 「アーメン」(音楽:ごくごく短い後奏)
   ふたたび、ごそごそと別府、座席に戻る。   
田中 「それでは報告に移ります。本日は、礼拝後すぐ、クリスマスの実行委員会があります。担当委員の方はお残り下さい。他にはございませんか? ……ないようでしたら、これで本日の礼拝を終わります」 
別府 「ご苦労様でした」
佐川 「先生、ありがとうございました」 
牧師や教会員たち、口々にお礼、おじぎをして退場。重谷と宮坂が、泉に近づく。
重谷 「森川先生。良かった、今日のお話。すごくよくわかった!」
泉  「どうも、ありがとうございます」
重谷 「次が楽しみ。がんばってね!」
泉  「はい」  (と、重谷、上手に退場。牧師は下手へ退場)
                              *
一人の女性の教会員、宮坂佳子が、周囲がいなくなるのを確かめ、改めて泉に、
宮坂 「あの、森川先生」
泉  「あ、はい?」
宮坂 「私、今度新しく婦人会の会長になりました、宮坂佳子といいます。よろしくお願いします」
泉  「こちらこそ、よろしくお願いします」
宮坂 「あの、先生、つかぬことをお伺いしますけど、先生はお料理、おできになります?」
泉  「ええ、まあ、一応」
宮坂 「ああ、よかったぁ。実は、来週の婦人会の例会、最初のクリスマスの準備会なんです。それでわたし、今年は今までとは違う! ってみんなに言わせるものを用意したくって――」
泉  「ええ」
宮坂 「――できれば先生にもご協力していただければなぁと思いまして」
泉  「なるほど……。じゃあー、ターキーでも焼きますか」
宮坂 「え? ターキー? ターキー……」
泉  「七面鳥です」
宮坂 「……知ってますけど」
泉  「よくないですか?」
宮坂 「いやぁ、よくないことはないんですけど! ……食べたことないんです」
泉  「(笑)じゃあ、クリスマスはいつも『とりもも』ですか?」
宮坂 「そうですねぇ、クリスマスはとりももです……」
泉  「じゃあ、今年はターキーの丸焼きにしましょう。たしか教会に大きなオーブンがありましたよね。あれで一日かけてじっくり焼きましょうか。ちゃんとスタッフィングを詰めてね」
宮坂 「ス、スタッフィングって何ですか?」
泉  「ああ、詰め物のことです。玉ネギなんかのみじん切りとパセリとか混ぜたり、細かく切ったパンを入れたり、それはいろいろ自由なんだけど――」
宮坂 「すごい。先生、本当はお料理お得意なんですね!」
泉  「ただの趣味です。ときどき遊びでやってるだけですから」
宮坂 「いやー、すごいですよ! だってほら、最近は女の人でもお料理できない人が多いって言うでしょう? 先生は希少価値だわ。きっといい牧師夫人になれますよ!」
泉  「ぼ、牧師夫人?」
宮坂 「そうだ先生、いい人を紹介しましょうか? 私の叔母が牧師夫人なんですけど、きっと素敵な牧師先生を紹介してくれると思うんです。この前もお見合い写真いっぱい持ってたし、ご夫婦で開拓伝道なんて、素晴らしいじゃないですか!」
   一瞬の沈黙。
泉  「(苦笑)……あの、結婚とかそういうのは、ちょっとわたしには早いって言うか……まだ、全然考えられませんので……」
宮坂 「あ……どうもすみません」
泉  「いえ、お気遣いありがとうございます」
宮坂 「わたし、あの、小さいころから、お料理好きな牧師夫人の先生がいる教会で育ったもんですから、ついついうれしくなっちゃって……。でも先生、シェフとして期待してますから! よろしくお願いします!」 と手を握る。
泉  「あ、はい……」
宮坂 「じゃあ来週、楽しみにしてます。失礼します。さよなら」 と上手へ去ってゆく。
泉  「さようなら」
   泉、会釈をして別れる。肩をすくめて、講壇周りを片付け始める泉。
                             *
   入れ替わりに上手からそろりそろりと、泉のパートナー、津田万里子が入ってくる。
万里子「『向こう岸へ渡ろう』……か」
泉  「(おどろく)あぁ、万里子。」 思わず周囲を見回す。
万里子「かっこいいねェ」
泉  「看板に説教の題名を書かないといけないのよ。ちょっと恥ずかしいんだけどね」
万里子「ふふーん。で、今の人は?」 (と、上手を振り返る)
泉  「ううん、なんでもない。ただの教会員。婦人会の会長」
万里子「婦人会? その割には若いね。教会の人ってもっと年寄りが多いのかと思ってた」
泉  「今年、会長になったばかりなのよ。だから張り切ってるみたい」
万里子「それで……七面鳥がどうのこうの言ってたのか」
泉  「聞いてたの?」
万里子「七面鳥の話をしてる時に来たのよ。そろそろ礼拝も終わった頃かなーって。楽しそうだね、趣味が合いそうで」
泉  「(ハァとため息)」
万里子「何よ、そのため息」
泉  「(万里子を見て)だって……料理は趣味だって言ってるのに。お見合いだ、結婚だ、って、教会ってどうしていつもそうなっちゃうんだろう。わたしは自分で作って自分で食べるのが好きなだけなのにな」
万里子「え? あれってあたしのために作ってくれてるんじゃないんだ」
泉  「そ、自分のため。君はおこぼれを食べてるだけ。食卓の下の犬と同じ」
万里子「なんかそういう話が聖書にあるとか言ってたな」
泉  「マルコの8章……7章だったかな」
万里子「どうでもいいけど、まだかかりそうなの?」
泉  「う〜ん、まだあとひとつ委員会が残ってるから。まあ、すぐ終わるとは思うけど……。ああでも、そのあとで牧師と打ち合わせがあるしなぁ……」
万里子「日曜日くらい、ゆっくりいっしょに過ごしたいもんだね」
泉  「そんなどこかの亭主みたいなことを言って。これがあたしの仕事なのよ」
万里子「(小さくため息)はぁ、じゃ、先にビールでも買って帰って、待ってるわ?」
泉  「んー……ビールよりワインがいい」
万里子「おー、ゴージャスだね」
泉  「だって聖書にも、水ばかり飲まないでワイン飲みなさいって書いてあるもん」
万里子「ウソばっかり」
泉  「ホント。テモテ、いやテトスだったかな……忘れた」 
万里子「要するにワインね。赤がいい?白がいい?」
泉  「赤がいい」
万里子「赤ならなんでもいいね」
泉  「うん、任せる」
万里子「(手を出して)お金ちょうだい」
泉  「え……? あたしだって無いわよ」
万里子、一瞬考えてから、ひらめいたように指を鳴らし、黙って献金箱に近づいて、中からサッと千円札を取り上げてみせる。
泉  「だめよ! それは献金なんだから」 と取り上げようとするが、逃げる万里子。
万里子「いいじゃない、借りとけば。すぐに返すんだし、いいでしょ」
泉  「だーめっ! 神さまにささげた献金なんだから」
万里子「だって最後は、泉の給料にだってなるわけでしょ?」
泉  「万里子! ……もう!(しぶしぶ自分のポケットから千円札を取り出し、献金箱に突っ込んで辺りを見回し)、だいたいなんでこんな所に置きっぱなしにしてんだろ……」
万里子「(千円札をヒラヒラ)じゃあ、遅くなるようだったら、メールしてくれる? パスタくらい茹でとくから」
泉  「うん、わかった」 と片付けを続ける。
   その泉のほうへ、万里子が近づいてくる。
万里子「泉」
泉  「なぁに?」 と振り返る。
   泉に接近する万里子。見つめあい、二人の姿が重なり合おうとする瞬間、
泉  「(両手で、万里子を止める)……ここでは、ダメ」
万里子「ハァ……。わかったよ。『ここは聖なる礼拝堂ですから』だろ?」
泉  「そう……」
   ため息をつき、会堂を見上げる万里子。その手を握って引き寄せ、軽くハグする泉。
万里子「(うなずいて)オッケー。じゃあ、またあとでね」
泉  「うん」
   手を放し、その手をふって上手へと出てゆく万里子、手をふって見送る泉。
   入れ替わりに別府が下手から入ってくる。
泉  「(振り向いて驚き)あぁ! 別府先生」
別府 「今出てった人は? お客さん?」
泉  「え? ……ああ、あの、その……『お金を下さい』って」
別府 「(深刻そうなため息)そうか。ときどき来られるんだよ、ここの教会にもね……。あっ、それはそうと、君、委員会もう始まってるから」
泉  「あ、はいっ、すぐに」
   別府、下手に退場。
   泉、それを見送って、万里子を振り返り、そして別府に続く。
   (暗転)(音楽「教員室」)

#4  学校・放課後の教員室

  (明転)(学校の雑音:生徒の呼び声・ブラスバンドの練習の音など。〜F.O)
   赤ペン片手に、生徒らの作文を、うんざりした顔で読んでいる一輝。
徹  「はぁ、今日も一日、終わった終わったぁ!(と上手より入ってきて、一輝の手許をのぞき込む)お、仕事してるねぇ、今日は」
一輝 「あっ、先輩! ……人権ホームルームの作文ですよ。プリント読ませて、感想を書かせるだけなんですね。(一枚、取り上げる)『やっぱり差別はいけないことだと改めて思いました』。ケッ!」
徹  「ふ−ん、どれ、ちょっと見せて……。(と、一枚取り上げる)、『自分は本当に今まで差別される人の気持ちが分かってなかったなぁと反省しました』」
徹&一輝「ケッ」 
    (照明:次第にゆっくりと暗く、スポットを二人に集中)
徹  「模範回答だな。だいたい、こういうのは文章の最後の方だけ読めばわかるんだ……」
一輝 「こういうのもありますよ」 (と、もう一枚わたす。徹、受け取る)
徹  「ほう。『私たちの社会から、早くこういう差別をなくしてほしいです』……『なくしてほしいです』か。こういう他人事みたいな書き方も多いんだよなー」
一輝 「(うんざり、といった調子で)じゃあ、こういうのはどうですか?」 (わたす)
徹  「どれどれ? 『差別はよくないことで、なくさなければいけないと思います。でもぼくは差別は人間が生きている限りなくならないと思います』。 ちゃんと最後に本音を入れてきてるじゃないか」
一輝 「その子、『この作文、どの科目に何点分入るんですか?』、って聞いてきたんですよ」
徹  「なんて答えたんだ?」
一輝 「まぁ、『成績とは関係ないんじゃないか』って」
徹  「何て言ってた?」
一輝 「黙って鉛筆を手から落としてましたけど」
徹  「なんだよ、そりゃあ」
一輝 「でも、結局『書かなきゃ先生の立場もないか』とか言って、書いてましたけどね」
徹  「ふーん、まぁ、成績に関係ないから、思いっ切り本音を書いてきたんだろうな。はーあ、他には?」
一輝、次の一枚を手に持って見つめたまま、凍っている。
徹  「それは? 何て書いてる?」
  と、一輝の手から次の用紙を取ろうとするが、一輝が少しあわてた様子で取り返す。
一輝 「あ、いえ、今日中に全部読んで、コメント書いときますんで……」
徹  「?……そうか。まあ、あんまり無理すんなよ」
一輝 「はい」 
徹  「ちゃんと書いてるものにはちゃんと応える。ちゃんと書いてないものにはそれなりに。ま、それでいいんだ」
一輝 「はい」 (ガサガサと先ほどの紙を、束の下のほうにねじ込む)
徹  「さーぁて、と。俺、ちょっと先に帰っていいかぁ?」 
一輝 「あ、はい」
徹  「そうか、じゃ、まぁお疲れさん。あんまり無理すんなよ」 (とカバンを持つ)
一輝 「はい、お疲れさまでした」 (と立ちあがる)
徹  「はい」   
   徹、自分のカバンを持って、上手へと去ってゆく。
   一輝、徹がいなくなったのを確認し、周囲を見回してから、再び座り、ねじ込んだ先ほどの紙を再び取り出し、読み返す。
   (音楽「差別文書」スタート)
仁の声「俺は知っている。お前は同和地区の出身だ。こんな感想文を書かせても、差別なんかなくならない。部落の人間が、自分の事を隠して俺の目の前に立っている。自分が部落民だということを隠したままで、『部落問題についての本を読んで、感想文を書きましょう』なんて言ってる。ふざけてる。ウソっぱちだ。お前がそこで自分の事を一言も言えないで立っている。それが差別ってことだ。」
   一輝、作文用紙を持つ手がわなわなと震えだしたかと思うと、突然、用紙を引き裂き、ちりぢりに破り捨てる。
一輝 「誰だ、こんなこと書いてきたのは?!」
   と、立ち上がって歩き回るが、あわてて机にもどってきて、さっき破った紙を拾い集めて、パズルのように並べなおす。そして……
一輝 「月島 仁……。月島……。(舌打ち)月島んとこの甥っ子か……クソッ!」 と再び立ち上がる。
一輝 「なんで俺のクラスにいるんだよ……!」 と頭を抱えて、歩き、下手に寄る。
   突然、徹が上手から戻ってくる。
徹  「いやーまいったまいった。大事なもん忘れてたよぉ。(ふと一輝の机を見て)あれ、なんだよこれ? 破けてるじゃないか」
一輝 「ああ、先輩」
徹  「どうした、これ」
一輝 「いや、いま、つなぎ合わせてたところでなんです――!」
徹  「ふーん。まあ、最近の生徒はキレやすいからなァ。誰、これ? お、月島か。こいつはちょっと変わってるやつだからな、要注意だ」
一輝 「要注意?!」
徹  「ああ……。(時計を見て)あ、すまん。俺、ちょっと先急いでるから。ごめん、お先」
一輝 「あ、はい、お疲れさまです」
   再び上手へ走り出てゆく徹。
   残された一輝、机の前に戻り、名前が記された部分の紙片を取り上げる。
一輝 「変わってる……。要注意……?」
   徹が去った上手のほうを見る。

   (暗転)(音楽「不吉な役員会」)

#5  教会・役員会

   (明転)
   テーブルを囲んで、牧師の別府渉と教会役員たちが座っている。
別府 「(ニコニコと)……えー、それでは、クリスマス・パーティのリーダーは森川先生にお願いするということで、よろしいですね」
   女性の役員2人がうれしそうに頷き、小さく拍手する。佐川もおどおどと拍手。
別府 「それでは、よろしくお願いします。本日役員会の議事としてお聞きしておりましたものは以上ですけれども、他に何か議案としてお持ちの方、いらっしゃいますでしょうか」
   間。
別府 「……特に無いようでしたら、本日の役員会はこれで――」
田中 「ああ、最後に……いや、実は、たいへん申し上げにくいことなんですが、何と言うか。そのー、あー、森川先生ね」
泉  「はい?」
田中 「先生は、お独りですかな?」 (重谷ら「なに聞いてんのよ、ったく……」)
泉  「え?」
田中 「先生を当教会にお招きしたときは、先生はお独りだと思っておったのですが」
佐川 「ど、どういう意味ですか?」
田中 「いや、どうも、お独りで暮らしているのではないような……あー、例えば先生が買い物に行ってる間に、洗濯物を干してたりとか、何と言うか、そのぅ、もうお一方ごいっしょに住んでおられるような気配が――」
佐川 「田中さん、あなた、覗いてらっしゃるんですか?」
田中 「いやいやいやいや、たまたま、目に入るだけなんですよ。たまたまなんだが……しかしよく目に入る。ま、事は伝道師館で起きてる事ですしね」
別府 「いや、ちょ、ちょっと待ってください。こういう問題は……。あの、一度、役員会を解散しませんか。田中さん、私と個別にお話をしてもらえたらありがたいのですが」
佐川 「そのほうがいいでしょうな」
重谷 「あのー、私も見ましたよ。でも、女の人でしょ」
佐川&別府「女の人?」
重谷 「そう、女の人。目が大きくて、くりっとして、若くて、元気で……。このあいだも、用事があって伝道師館に行ったら、戸口から出てこられて、『コンニチワ』ってご挨拶してくださって。妹さんかしら? ねぇ先生。そうでしょ?ねぇ?」
泉  「え? あ、ええ。そう……そうです」
佐川 「なんだ、妹さんか。びっくりしたなぁ、もう。ぼくはもうてっきり――ホホホホホ」
別府 「(笑)いやー、もう人騒がせですね」
田中 「いや、しかし……。いや、私はこういう事はよくわからないんですが、最近の若い女の人というのは、あれですか。妹さんとでも、出かける時には、こう、ギューッと抱きあったりするもんなんですかな」
宮坂 「仲がよかったら、時にはおかしくないと思いますけど」
田中 「んじゃあ、接吻も、するんですかな」
   宮坂の目が泳ぐ。一同、顔を見合わせ、そして泉のほうを見る。
佐川 「……どういうことですか、森川先生」
泉  「はい。……いや、あの、それは……プライバシー? の問題ですから……」
   一同から嘆息が漏れる。
佐川 「プライバシー?……ということはだ、隠す必要がある仲なんですかね?」
田中 「いやぁ、私も永年いろんな牧師や伝道師を見てきたが、こういうのはちょっと初めてですな。ま、もっとも昔は考えることもできなかったんだが……」
そこへ上手から徹が駆け込んでくる。
徹  「いや、どうもすいません! すいません! これでもねぇ、クラブの試合、途中で抜け出して――。(場の雰囲気を察し)あれ? どうしたんですか?」
別府 「とにかく、役員会をこれで終了します」
徹  「えっ?」
別府 「田中さん、すみませんが、ちょっと牧師室で、もう少し詳しいお話を」
   牧師と田中は下手へ。
   他の役員たち、泉を振り返り、振り返り、退場する。特に宮坂と重谷、激しく何かやりとりしている様子、しかし全員上手へ……。
   取り残される徹と泉。
                              *
徹  「おいおい、えぇ? 何なんだよ……今日は役員会に出れると思ったら、もう終わりだって?
(泉に)……何か、あったんですか」
泉  「上田、徹さんですよね」
徹  「あ、はい。いやー覚えてくれてたんですか。ぼくはなかなか教会に来れてないからなぁ――」
泉  「はじめてお会いした時の印象が、強かったですから」
徹  「あーあ……、どうもすいません」
泉  「皮肉ですよね。はじめてお会いした時の役員会で私の招聘が決まったのに、もう今日が最後の役員会になるかも知れません」
徹  「へ? なんで?」 と荷物を置いて座る。
泉  「(首をすくめ)あたし、ここの教会、クビになっちゃうかも知れませんから」
徹  「えっ、ちょっと何が、どうなってんだか、よくわかんないんですけど」
泉  「(ため息)同棲してるのがバレちゃったから」
徹  「え? 同棲? そんなことでクビになるんですか? 彼氏がいたからって――」
泉  「彼氏じゃなくて、一緒に住んでるのは……彼女なんです」
徹  「はぁ彼女ですか、でもだからって……(言葉の意味を知り絶句)、ハァァァ……『彼女』……あ、そうなんですか……そうなんだ……」
泉  「気持ち悪いんでしょ」
徹  「いや、ちょっと、びっくりしただけですから」
泉  「びっくりするでしょうね」
徹  「いや、まぁそういう人が世の中にいるっていうのは知ってましたけど、まぁ、こうして実際に見るのは初めてなもんですから」
泉  「(ぴしゃりと)あたしはあなたに会ったのは2回目です」
徹  「あ、いや、そりゃまぁそうですけど」
泉  「他にも会ってるかも知れませんよ。あなたの周りで、あなたに言わない、いや言えないだけでね」
   徹、苦しげに頷く。
徹  「いやぁ、まぁ……し、しかし、そもそもなんでそんなプライベートなことが、教会の役員会なんかに知れちゃったりしたんですか?」
泉  「(首をふり)伝道師にプライバシーなんか無いですから。(ため息)でも、どうせこうなるんだったら、自分から話したほうが、よっぽどよかったかも……」
徹  「いやぁ、ぼくは、個人的には構わないって思うんですよ、でも教会ってとこはカタい人が集まってるからなぁ……なかなか難しい問題があるかも知れませんねぇ」
泉  「(フッと笑い)『個人的には構わない』か……。わたしの友達で、彼氏に、『ぼくは個人的には構わないんだけど、両親や親戚が反対してるんだ』って言われて、捨てられちゃった子がいましたね」
徹  「……あのぉ、それと、同性愛と、なんか関係あるんですか――?」
泉  「だから……! (うんざり)もういいです」
徹  「はぁ……すいません」
泉  「でも……ほんとうの自分を『ないこと』にして隠しておかないと、受け入れられないなんて……。まして教会でも受け入れられないなんて……おかしいと思いませんか……!」 と上田を見据える。
徹  「え? ああ、そりゃア、そう……ですよね……」 
   (暗転) (音楽:「教員室パート2」)

#6  学校
#6−1  授業時間

   (明転)
佐古田の声「上田ーっ!! 上田ーっ!!」
徹の声「はーい……!」
   佐古田が上手から舞台に走りこんでくる。
佐古田「どこだっ! 上田っ!」
   徹、プリントを手に、座っている。
徹  「はい、なんでしょう」
佐古田「宮川どこだ、宮川は!」
徹  「えっ、一輝ですか? あいつなら授業入ってますよぉ」
佐古田「バカ、授業に来てねぇから探してんじゃねぇか。生徒が廊下で遊んでるぞ!」
徹  「え?! マジっすか?」 
佐古田「あんなサボリはもうダメだ!」
徹  「いやぁ、ここんところ真面目に来てたんですけどねぇ」
佐古田「連絡はあったのか?」
徹  「いや、ないです」
佐古田「じゃあ無断欠勤だな。それに授業放棄。こりゃだめだ。実習打ち切りだ!」
徹  「ええっ、じゃ、授業は?」
佐古田「決まっとるだろうが」
徹  「(うんざり、といった様子で)はぁ……わかりましたよぉ。(舌打ちして)クソッ、一輝のヤツ! 今日は授業5コマもあるっていうのに。なんでこんな日に……もう!」     (と教材やノートを取り、あわてて教室に向かおうとする。)
佐古田「おう、あと、勝手に教室抜け出して、購買に行ってる生徒もいたぞ!」
   徹、上手退場の手前で、キレそうになりながら振り返る。
徹  「そんなの見てんだったら、自分で連れてきてくださいよ!」
佐古田「なんだとぉ?!」
徹  「――はいっ、すいません。行ってきます!……はぁ、もう!」
  と、上手にダッシュして消える。
   (ごく短い暗転)

#6−2  放課後

   (明転)
   机の前にふんぞりかえっている佐古田。徹が戻ってきて、机にバサッと教材を置く。
徹  「はぁあ、……終わりました」
   疲れ切って椅子に沈み込む徹。
佐古田「今回の貸しは焼き鳥3本だな。これで4月から上田には39本――」
徹  「もう、やめてくださいよ、そういうの」
佐古田「なんで。これは指導教官のおまえの責任だ」
徹  「わかってますよ」
佐古田「これを見ろ」 (と、2−3枚の破れた紙の切れ端を、徹の前に散らす)
徹  「なんすか、これ」
佐古田「履歴書の切れ端だ」
徹  「なんで破れてるんすか」
佐古田「知らねぇよ。俺はだいたい履歴書がここに落ちていること自体が問題だ、って言ってるんだ」
   徹、ちぎれた紙をのぞきこみ、並べなおす。
徹  「他の切れ端は?」
佐古田「調べるまでもない。あいつの。宮川のだ」 (立ち上がり、歩き始める)
徹  「ええ、そりゃそうでしょうけどねぇ」 (机の下を覗き込んだり探し始める)
佐古田「俺は教科主任として、今日中にでもあいつの大学に電話をかけて、実習の打ち切りを通告するぞ。いいな」 
徹  「ちょっと待ってくださいよ――」
   と言いながら、紙の切れ端を机の上にばらまき、パズルのように並べ始める。
佐古田「本人が実習を放棄してるんだからな。これ以上、生徒に迷惑をかけられたら、こっちが――」 (と徹を振り返って、唖然とする)
徹  「……(独り言)そうか、あいつ、キレると破っちゃうのか……」
佐古田「なにやってんるんだよ」
徹  「え? いや、別になんていうか……」
   佐古田、不審気に徹に寄ってきて、並んで机上を覗き込む。 (音楽「差別文書」スタート)
佐古田「パズルなんかやってる場合か」
徹  「(並べ続けながら)……何枚も破ってますよ。ほら」
佐古田「ただの書き損じだろ。ここ、ボールペンで塗りつぶしてるじゃねぇか」
徹  「いちいち全部塗りつぶしてから、破る?」 (と佐古田を見る)
佐古田「イライラしてたんだろ。だいたいこういうものを学校で書いてること自体が――」
徹  「ほら、おんなじところを塗りつぶしてる」
佐古田「(再び覗き込む)どれ……住所だな」
徹  「住所ですねぇ」 (と再び佐古田を見る)
佐古田「(切れ端を1つ取り上げる)これは? これは消しが中途半端だな」
徹  「読めますね」
   二人、切れ端の住所を読み、顔を見合わせる。が、佐古田、目をそらし、切れ端を机の上に放る。
佐古田「こりゃあ……橋の向こうだ」
徹  「……」
佐古田「わかるか? 橋の向こうだ」
徹  「わかってますよ」
佐古田「そうか。あいつ、あっちの出身だったのかぁ。なるほどな」
徹  「なにが『なるほど』なんですか?」
佐古田「そりゃあ、おまえ、思い当たるふしもいろいろあるってことさ」  (音楽終了)
徹  「……とにかく、俺、ちょっとあいつに電話してみます」 (と携帯電話を操作しはじめる)
佐古田「あとで俺にも替わってくれ。教科主任として、あいつに実習の打ち切りを通告せんとな――」
   教員室の片隅で、別の携帯電話が鳴り始める。 (携帯電話の呼び出し音)
佐古田「ん? (見回し)誰もいないのか? 取るぞ。(取り上げる)これどうやって使うんだ? これか?(開いて、通話ボタンを押す)もしもし?」
徹  「あ、もしもし」
佐古田「はいはい」
徹  「あ、一輝か?」
佐古田「いや、ちがいますが」
徹  「(はっと振り返り)佐古田先生、それ、一輝の電話ですよ」
佐古田「あ? (電話を見る)なんでこんなところにあるんだよ」
徹  「知りませんよ、そんなこと」 
佐古田から電話を取り上げ、通話終了ボタンを押す。そして彼が放った紙を取る。
徹  「とにかく、俺、この住所のところに行ってみます」
佐古田「え?! 行くのか! 橋の向こうへ」
徹  「多分これ、あいつの実家の住所じゃないでしょう。いま教育実習中だから、地元に戻ってきてるんじゃないですかねぇ」
佐古田「でも、なんで? なんで履歴書にだって、正直に自分の実家の住所を書いておくんだ? 下宿の住所を書いておけばいいんだ。黙ってたらわからないんだから」
徹  「……とにかく、俺行ってきます」 (とカバンに荷物を入れ始める)
佐古田「一人で行くのか?」
徹  「先生も行きますか?」
佐古田「いや俺はいい」
徹  「なんで?実習生が失踪してるかもしれないんですよ」
佐古田「橋の向こうに行って、俺たちまで失踪したらどうするんだよ」
徹  「何言ってるんですか。俺だって、行ったことないんですよ、あっちのほうは」
佐古田「おまえ、携帯電話持ってるだろ? なんかあったら、しばらく俺はまだ学校にいるから、電話しろ。な」
徹  「やれやれ」 (とカバンをかついで歩き出す)
佐古田「無事を祈る。からまれても抵抗はするな。おっ、そうだ、現金は置いていけ」
徹  「なんで?先生に預けるほうが心配ですよ」 
佐古田「なんだよ、そりゃあ」
徹  「(振り返り)あ。これ、貸しですからね」
佐古田「……わかった、さっきの焼き鳥3本は取り消しにしてやる――」
徹  「全部です」
佐古田「全部?」
徹  「それくらい勇気がいるんですから。教科主任の代理で、危険もかえりみずに」
佐古田「……じゃあ、10本だな」
徹  「……ケチ」
   会場、中央を通り、入口方向へと退場してゆく徹。
   (暗転)(音響……雷と川の流れの音)

#7  橋〜道

   徹、ふたたび登場。 (両スポットのみで徹を追う)
   おどおどと歩きながら入場し、いったん後を振り返る徹。
徹  「ハァ……あ〜あ、とうとう渡って来ちまったなぁ、こっち側に」
   ふたたび前を向き、町の様子をうかがう。
徹  「こうして見ると、ふつうの町並みだぁ……」
   深呼吸して、ゆっくりと歩きはじめる。
徹  「なんかこう、昔ならった同和地区のイメージとは違うよなぁ……。もっと道が狭かったり、家がボロボロなのか、とか思ってたけど、そうでもないなぁ……」
   と言いながら、舞台の前まで進む。 (川の音、F.O.)
徹  「あっ、ここだ!」

#8  一輝の家

   (ゆっくりと明転) だれもいない舞台。
徹の声「あー、ごめんくださーい」
   反応がない。
徹の声「ごめんくださーい。あのー、学校の上田ですが。一輝くんいますかぁ」
   反応がない。
徹  「ごめんください……一輝くんの先輩で、教育実習にも来てもらっている学校の上田徹という者ですがァ」
   反応がない。
徹  「だれかいませんか――」
   一輝、上手から現れ、徹の背後に近づく。部屋着のような格好。
一輝 「あれ? 先輩?」
徹  「おぉ! なんだよ、いたのかよぉ!」
一輝 「先輩こそ、なんでこんなところに?」
徹  「なんでって、おまえを探しに来たんじゃないか!」
一輝 「あぁ……」
徹  「あぁじゃないよぉ。おまえが今日学校に来なかったおかげで、こっちは授業5コマも穴があいたんだぞ! まったく、何やってたんだよ!」
一輝 「(深いため息)すいません……どうしても、家を出ることができなくって」
   と、進み出、舞台上のイスにゆっくりと座る。
徹  「なんだ、おまえ、シュウカツに行ってたんじゃなかったのか?」
一輝 「(首を振り)起き上がる気力もわかないし、学校に行かなくちゃいけないってことは、わかってたんですが……」
徹  「じゃあ、なんで俺に連絡入れてくれなかったんだよ」
一輝 「もう誰とも話したくなくて……ていうか、話す気力もなかったんで」
徹  「話す気力も?」
一輝 「夕方ごろから、やっと立ち歩けるようになったくらいで。それまではずっと部屋にこもってたんです……」
徹  「そうかぁ……(と、わかったような顔をして、一輝に向き合って座る)……いったい、何が問題なのかなぁ」
一輝 「え?」
徹  「何か気になってることでも、あるんじゃないのか? ほら、教師だって生徒と一緒で、学校に行かなきゃいけないって思ってても、どうしてもこう、体が言うことをきかないってことはあるんだよ。もちろん原因を本人が意識できないこともある。しかし、もし自分で心当たりがあるようだったら、遠慮なく話してくれないか? 学校に、なんかこう行きたくないなぁって思うような出来事でもあったのか?」
一輝 「……」
徹  「実習がうまくいかない理由でもあるとか」
一輝 「いいえ」
徹  「じゃあ、なんだ、生徒とはうまくいってるのか?」
一輝 「ええ、まあ」
徹  「ふーん。――あっ、あの佐古田に何か言われたんだろ?」
一輝 「いいえ」
徹  「じゃあ、一体なんなんだろうなぁ」
一輝 「……どうってことないですよ。個人的な問題なんで」 (と立ちあがる)
徹  「おい、ちょっと待てよ。なんだよ、自分でわかってるんだったら話してくれよ。水臭いな」
一輝 「(ゆっくりと振り向く)俺は、先輩に何でも話してきましたよ!」
徹  「何を。いつ」
一輝 「就職活動がうまくいかないんですよ」
徹  「就職活動がうまくいかないから、学校休んだのか?」
一輝 「学校を休まなかったから、最終の面接に行けなかったんですよ」
徹  「なんだよ! じゃ、なにか! 俺が悪いとでも言ってるのか?!」
一輝 「そんなことは言ってません!」
徹  「そういう言い方じゃないか。(立ち上がる)なんだよ。シュウカツがうまくいかないのを、実習のせいになんかするなよ! 就職が本命だったら、実習なんか来なくていいんだからさ! どうせおまえにとって教師なんて、『教師にでも』なれればいいやって、その程度のもんなんだろう!」
一輝 「ああ、そうですよ! 教師にでもなんでも、メシの種になることだったら、なんだってしますよ!」
徹  「そういう心がけで教育実習なんか来てほしくないんだよ! なんだよ、学校の机で履歴書なんか破いたりしてさぁ。学校に何しに来てんだよ。学校に来てたって頭の中は会社訪問のことでいっぱいじゃないか!」
一輝 「先輩はなんだかんだ言って食えてるから、わかんないんですよ! 同級生が何人も内定もらっているのに、俺だけ何ひとつもらえないこの状況が!!」
徹  「だから、そんなに必死なんだったら、こんな時に家でダラダラしてないでさぁ、今からでも会社訪問に行けばいいじゃないか! 明日もあさっても、行って来いよ!」
一輝 「明日は学校に行きますよ! 俺の手持ちは、全部無くなったんですから!」
徹  「おまえの教育実習は打ち切りだ!……今頃、あの佐古田が大学に電話を入れてるだろうよ」
一輝 「……!!」
   くずおれるようにイスに座り、机に伏してうなだれる。
徹  「(焦る)なんだよ……だっておまえ、無理じゃないか。無断遅刻、無断欠勤。こういうのが続いたら、俺だって庇いきれないじゃないか……」
   沈黙。
   ゆっくりと顔を徹の方に向ける一輝。鬼気迫る表情で――
一輝 「庇う……? 本当に俺のことが心配だったら、俺に仕事をくださいよ」
徹  「なに、仕事?」
一輝 「俺に仕事をくださいよ。俺を先輩の学校で雇ってくださいよ! 教師やりたいんですよ!!」
徹  「一輝……」
一輝 「昨日夕べ遅くに、本命とは違うけど、最終面接までいってた会社2つから、ことわりの電話がありました。これで俺の手持ちは全部無くなりました。また一からやり直しです。もう秋ですよ……」
   うなだれかけるが、ふたたび徹に顔を向ける。
一輝 「どうして俺がこういうことになるか。わかるでしょう」
徹  「……いや」
一輝 「俺がここに住んでるからなんですよ」 (と床を指差す)
徹  「い……今でも、そういうこと、あるのか」
一輝 「証拠はありません。でも、同じ数履歴書送っても、会ってくれる会社の数が同級生よりも少ないですから……。(ふっと苦笑)ぜいたくかも知れないけど、うちの大学で今ごろまで決まってなかったら、何か特別な理由のある奴なんですよ」
徹  「なんでおまえ……下宿の住所を、書かなかったんだよ」
一輝 「下宿は引き払いました」
徹  「え……?」
一輝 「親父が入院したんです。癌ですよ。それで仕事もやめさせられちゃったし。お袋が今見舞いに行ってますが、もう長くないでしょう。それで俺も、下宿代苦しくなってきたんで、今は家に戻ってきたんです」
徹  「そうか……」
一輝 「だから、来年、資格も仕事もないっていうのはね……マズイんですよ……」
徹  「そうか……(立ち上がる)。お、俺さ……おまえが部落の出身だなんて、知らなかったんだよ。だから、あんな風に厳しいこと言っちゃったりしたんだよ。おまえがそんなに苦しい思いをしてるって分かったら、俺だって何か、こう、配慮できたかもしれない――」
一輝 「俺、先輩に、自分の生まれのこと、話したことがあったと思うんですけど……」
徹  「(一瞬止まる)え?……いつ?」
一輝 「先輩が卒業する前、俺がつき合ってた子のことで、先輩のところに相談に行ったんですけど。彼女の親に、俺の生まれのことを、言うべきかどうかって」
徹  「俺、そのとき、なんて言ってた?」
一輝 「気にするな。がんばれ。差別に負けちゃいけない」
徹  「(両手で顔を覆う)模範回答だ……」 (と、イスにへたり込む)
一輝 「その後、ぼくらがどうなったかまでは、先輩にはまだ話してませんけど。先輩、教員室で俺にたずねましたよね。……結果はご想像のとおりです」
徹  「すまん……。俺は……俺はなんにもわかってなかったんだよ。聞いてたけど、聞いてなかった。会ってたけど、出会ってなかったんだよ!」
   一輝、じっと徹を見る。
一輝 「そんなことより、先輩ね。俺は、ここから前へ進めないんですよ。食っていけないんですよ……どうしたらいいんですか……」
徹  「どうしたら、って……(あとずさる)
俺に、何ができるんだよ……? うちの学校だって、誰かがやめなかったら採用ないし……俺に何ができるって言うんだよ」
一輝 「……(首を振る)」
   (暗転) (音楽:「苦難と力」) 

#9  教会・臨時役員会

   (照明:ピンスポットのみ) 
   役員会が始まる前、泉と別府が会議室に並んで座っている。
別府 「正直に言ってしまうけれど、私にもよくわからないんだよ」
泉  「何も違いませんよ。特別扱いしないでください」
別府 「でも自然な関係だとは言いにくいよね」
泉  「どうしてですか?」
別府 「女性が男性と結びついて、子どもができるというのが自然な関係だから」
泉  「別府先生にはお子様がいらっしゃるんですか?」
別府 「いや、それを言われると、私もつらいんだが……」
泉  「ごめんなさい……。でも、じゃあ別府先生は子どもを作るためにお連れ合いを選んで結婚されたんですか?」
別府 「いや、違う」
泉  「お連れ合いを愛しておられますか?」
別府 「愛している」
泉  「私も、彼女を愛してるんです」
別府 「……(じっと泉を見つめる)」
                              *
   役員たちが入ってくる。徹以外の役員たち(田中、佐川、重谷、宮坂)が、一同に会す。
   佐川は、用意してきたプリントを全員の席に配り終えてから、席につく。
   (照明:役員たちが揃うにつれ明転)
   別府、プリントを手に取り、一同を苦しげに見渡してから話し始める。
別府 「本日の議事は一件。森川泉伝道師の人事についてです。事情の説明と、原案につきましては、お手元に配布してあります資料をご覧下さい」
   プリントに目を落とす一同。重い沈黙。
別府 「……事情はおわかりいただけましたでしょうか。それでは審議に入ります。何かご質問なりご意見なりお持ちの方は、どうぞ」
   役員たち、互いに顔を見合わせるが、何も意見は出ない。
別府 「……何もご意見はないのですか」
   一同、沈黙している。
別府 「……私は、討議する必要があると思うのですが」
田中 「採決してください」
別府 「ほかのみなさんは?」
   佐川が田中の顔色を見て、うなずいている。
別府 「……それでは、採決の方法は、挙手で? それとも、投票で――?」
佐川 「挙手で、いいんじゃないですか」
別府 「(苦しそうに)挙手ですか……。それでは、採決します。原案:『森川泉伝道師への辞任勧告議案を教会総会に提出する』。賛成の方は挙手をお願いいたします」
   重谷以外は全員手を挙げる。宮坂も苦しげに挙げる。
別府 「――反対の方、おられますか」
   誰も手を挙げない。と突然、徹が上手から駆け込んでくる。
徹  「すいません! また遅れました!」
別府 「保留の方。(重谷が手を挙げる)それでは賛成多数ということで――」
徹  「え?! ちょ、ちょっと待って下さい。少し意見を言わせて下さい!」
佐川 「採決は終わったよ」
別府 「上田さん。もう少し早く来てくださっていたら。それに、圧倒的に賛成多数での決議でしたから」
徹  「(怒る)賛成多数だから黙れってんですか? そんなのおかしいじゃないですか!」
佐川 「上田くんに合わせて、こんな土曜日に、しかも明日臨時総会だっていう大切なときに、役員会を開くことになってしまったんだからさぁ、あんまりごちゃごちゃ言われても、困るよ」
田中 「あんたが最初から出とらんからいかんのだ。もっとも毎週日曜日にきちんと教会に来ることもできんようでは、世に対する証しになっとらんがね」
徹  「……審議は、じゅうぶんになされたんですか?」
別府 「意見は、出なかった」
徹  「出なかった? 人ひとりの進退にかかわることですよ。もっと話し合わないとダメです!」
田中 「(ため息)上田くん。これはね、罪の問題です。賛成とか反対とか、論議する以前に明らかなことを、形式上会議を通して、了承を得ているだけなんです」
徹  「罪って言うけど、キリスト教じゃ、罪のない人なんかいないじゃないですか」
田中 「レベルが違う。同性愛ですよ同性愛。ふつうに考えてごらんなさい。聖書に、同性愛は自然の関係に反する「恥ずべきこと」だと書かれている。その「恥ずべきこと」が、もって生まれた性分だという人を、牧師として迎えるということが、教会としてできると思いますか? しかも、発覚するまでは黙っていたのだから、私たちとしてはだまされたという思いもある」
徹  「黙ってたって言ったって、性に関することなんか、プライバシーの問題じゃないですか――」
佐川 「(さえぎって)いやいや、そりゃあおかしいよ、上田くん」
田中 「じゃあ君は、殺人犯でも黙っていたら構わないとでも言うのかね?」
徹  「なんで殺人犯と並べられるんですか?! 一体この人が誰に迷惑をかけたって言うんですか?!」
田中 「誰に迷惑をかけたかということではなくて、いかに神のご意志からかけ離れているかということなんだ! 常識でわからんかね。(ため息)別府先生からも何とか言ってやってください」
別府 「あ、いや、そうですね……。まあ、昨今ではいろいろな意見がありまして、聖書にも自由な解釈といいますか――」
田中 「それでいいんですか? 神学というのは、真理というのは、そう時代とか風潮とかによってコロコロ変わってかまわないものなんですか?」
別府 「ううむ、ですから――」
徹  「罪、罪って、キリスト教じゃ罪は赦されるんでしょう?」
田中 「悔い改めれば、ね? 悔いて、改めれば、問題はない。私たちの罪は全て贖われ、赦されている。そのとおり。しかし、では森川先生(泉に向き直り)。あなたは悔いて、改めることができますか? 罪を公然と続けておきながら、教会に仕えることなど、できるとお思いですか?」
泉  「……」
田中 「どうかね。なんとかおっしゃったら……!」
   沈黙、やがて……
泉  「……私は、罪だとは思っていません」
田中 「(あきれて苦笑)自分で言うな」
泉  「自分で言わなかったら、他の誰が言ってくれるんですか?」
田中 「少しも悪いと思っていないのかね」
泉  「思っていません」
田中 「聖書に書かれているんですよ! あなたのような人はつみびと罪人で、死ななくてはならない、とね」
泉  「私に『死ね』とおっしゃるんですか?!」
田中 「私が『死ね』と言っているのではなくて、聖書に書かれているんです。聖書に!」
泉  「聖書に責任をなすりつけないでください。そうやって、聖書や神が命じていると言いながら、いったいどんなにたくさんの命が奪われてきたと思ってるんですか! 魔女狩り、異端審問、十字軍、この前の戦争だって――」
田中 「私だって戦争には反対していますよ」
泉  「でも戦争を命令する政治家は、敬虔なクリスチャンなんです!」
田中 「そういう信仰は間違っている」
泉  「じゃああなたも間違ってる!」 と立ち上がる。
  別府、あわてて「ちょ、ちょっと待って――」と泉を制止して、座らせる。
田中 「なぜ! 何を言っているのかわからない!」
泉  「自分の信仰と合わない人間に、『死ね』と言えるところが同じなんです!」
田中 「(深いため息)ああぁ……君は、わたしに何度同じ事を言わせる気だ! わたしが『悪い』と言っているのではなく、聖書に『悪い』と書いてある、と言っているんです。あなたがこれまでと同じように、いやらしい不道徳な行いを改めることができないし、そういう変態的な欲望を自分で抑えつけることもできない上に、しかもそのことを罪とも悪とも思っていないのであれば、それはそれでよろしい。勝手に地獄にでも落ちてくださればよい。しかし、そういう不潔で卑猥な空気を、この教会に蔓延させられて、悪影響を及ぼされるということだけは、私たちとしてはご遠慮申し上げたい。それだけのことなのですよ、伝道師先生」
   泉、がっくりと座り込む。
田中 「また、蛇足のようだが、あなたはやがて牧師になろうとしておられるようだけれども、あなたから聖餐を受けることになるかも知れないどこかの教会の教会員たちもまた哀れであると、わたしは同情を禁じえない。しかも、あなたは女だ。そのことが女性のたくさんいる教会に及ぼす悪影響については、ご想像願いたい」
泉  「……」
田中 「しかしまあ、わたしにはさっぱりわからんね。どうして、あなたみたいな人が、牧師を志したのか? また、どうしてあなたみたいな人が、牧師になれたのか。……昔はこんなことはなかった」
   沈黙。
徹  「田中さん、あんた、ひどい事言ってるような気がするよ。聖書とか真理とか言ってるけど、なんか、あんた、それおかしいよ」
泉  「(うつむいたまま)もういい……。もういい……。(顔をあげ)席を外してもいいですか」
別府 「森川先生」
泉  「(放心したように立ち上がり)あとは、おまかせします」
頭を下げて、上手に出てゆく。
                              *
   一同、沈黙している。   
徹  「本当に、明日、この議案を提出するんですか?」
一同 「……」
徹  「一日しかないんですよ」
佐川 「だから、君の都合で、今日が役員会になってしまったんだ……」
宮坂 「あのー……、採決を、取り消すわけにはいかないんでしょうか?」
田中 「ナニ?」
宮坂 「わたし、賛成だったんですけど、やっぱり保留に変えさせてほしいんです」
田中 「採決はもう終わったんだ!! そうでしょう?!(佐川に)」
佐川 「はい。終わってます」
田中 「意見は採決前に言いなさい」
宮坂 「(別府に)すみません。混乱させてるみたいで。でも田中さんが『聖書に書いてある』って何回も言うから――」
別府 「聖書が、なにか?」
宮坂 「わたし、思い出したんです。いつか田中さんが『女は教会で黙ってろ、って聖書に書いてあるんだ』って言ってたのを。
 わたし、同性愛がいいかどうかは、わからないけど、その『聖書に書いてあるから』っていうのも、どうなんだろうって思うんです。だから、保留に変えさせてほしいし、もう少し考える時間がほしいんです」
別府 「そうですね……」
田中 「別府先生、あなた、何言ってる! あなたいったん採決した決議を、議長権限ででも、ひっくり返すおつもりですか? ……ほほぅ、おもしろい。それは首をかけてやっていただけるんでしょうな!」
   全員の視線が別府に集まる。別府、苦しんだ末に……
別府 「……議長権限を、使わせてもらって、よろしいですか……」
田中 「ほほぅ、本気なんですか」
別府 「さきほどの決議は、審議不充分と言わざるを得ません。したがって、私はこの役員会の議長として、採決を撤回し、もう一度最初から審議を尽くすことを求めます」
田中 「明日の議案はどうするんですか」
別府 「役員会の審議未了で、提出いたしません」
田中 「じゃあ、わざわざ臨時総会を招集しておいて、何も話しあわないと、そういうことですか」
別府 「議長のわたしが頭を下げます」
田中 「ま、せっかく教会員のみなさんにお集まりいただいたんだ。ここは、私がひとつ、緊急動議でも出すといたしますか」
別府 「どういう動議ですか」
田中 「別府先生……あなたに対する、不信任案ですよ」
佐川 「田中さん!」 / 徹 「やめろよ、そんなこと」 / 重谷 「あきれたねぇ」
別府 「(力強く)けっこうです。感謝します。これで、わたしも少しは、森川先生と近い立場になれたような気がします。どうぞ不信任案を提出してください」
   (暗転) 〈音楽:「悲しみ」〉  

#10 泉と万里子のアパート

   (明転) 中央にテーブルとイス。あちこちにダンボールが散乱している。
   上手から泉が現れ、力なく腰掛けて、テーブルの上に伏してうなだれる。
   上手から、万里子が荷物を持ち、レインコートを着て現れる。
万里子「ただいまぁ……。(コートや荷物を片付けながら、泉を発見して)うわ! 帰ってたの。おかえり。驚かさないでよ。みてみて、仕事決まったの。お祝いにワイン買ってきた。これでこの前の借りはチャラね」  とワインのボトルを見せる。
   身動き一つしない泉。不審に思い、万里子、泉の反対側に腰を下ろす。
万里子「泉……生きてる?」
泉  「……(黙って首をふる)」
万里子「(周囲のダンボールに気がつく)なに、このダンボール」
泉  「(ゆっくりと顔を上げる)引越しの用意」
万里子「(立ち上がる)引越し?! どういうことよ! あたし今日、やっと面接に通ったのよ」
泉  「ごめん。ここのアパート、教会が借りてるから」
万里子「(座る)やっぱり、ダメだったの?」
泉  「……(再びうなだれる)」
万里子「あたしがいるから?!」
泉  「……(首を振る)」
万里子「(立ち上がる)だからキリスト教なんて嫌いなんだって! 神とか愛とか言ってるけど、結局人を型にはめたり、切り捨てたりしてるだけじゃない!」
泉  「万里子……」
万里子「まぁー、よかったんじゃないの? これできれいさっぱり教会ともおさらばしたら? 泉はカウンセラーの資格だって持ってるんだし、教会なんかよりもっと世の中の役に立つ仕事があるはずだよ。よかったよかった。乾杯だ」 
とワインを机に置いて、隅に行き、グラスを持って再び戻ってくる。
泉  「なんだか、教会が世の中の役に立ってないみたいだね……」
万里子「立ってるの?」
泉  「立ってない……?」
万里子「だって、教会が世の中のために何してる? 集まって、歌って、話きいて帰るだけでしょ? 誰がキリスト教なんか頼りにしてる?  困ったことがあったら、一般の相談窓口のほうがよっぽどしっかりしてるじゃない」
泉  「……」
万里子「(再び座る)それにさ、こうやってセクシャリティで人のこと解雇したりするのって、ハッキリ言って人権侵害なんじゃないの? 訴えられたって仕方のないくらいのことなんだよ。そんなこと自信たっぷりやってるなんて、教会って世の中の基準以下っていうか、とっても困った集団なんじゃないの?」
泉  「困った集団……」
万里子「だからさぁ、もうやめちゃいなよ、教会なんか。宗教なんかロクなもんじゃないって」
泉  「……」
万里子「ね! やめるんだよ! わかった?!」
泉  「……万里子、ごめん。今はそっとしといてくれる……」
万里子「……」
泉  「なんだかわたしが怒られてるような気がするから……」 と再びぐったりする。
                             *
   ドアホンが鳴る。  (ドアホンの音)
万里子「誰だろ」
   万里子、立ち上がり、上手へ向かい、ドアを開ける。
万里子「あ……」
重谷 「こんばんは。森川先生いる?」 と傘を持った重谷と宮坂の姿。
万里子「あ、はあ」
重谷 「上がらせて。(傘を置いて、泉のそばに寄る二人)ごめんね、先生」
泉  「(あわてて立ち上がる)ああ、いえ……」
重谷 「どうぞ、座って」 と言うので、泉、座る。重谷も座る。
重谷 「ごめん。あたしたちね、謝りに来たの、先生に。あんなにめちゃめちゃに言われてる先生に、何も言えなかった自分が恥ずかしくて。ごめん、本当に悪かった」
万里子「今さら謝ったって、しょうがないでしょ。もう荷物まとめてるわよ」
重谷 「先生、あの話ね、とりあえずなくなったんよ」
泉  「え?」
重谷 「牧師が決議をひっくり返して、全部ご破算!」
泉  「じゃあ、総会は?」
重谷 「どうなるか、わからへんねぇ」
泉  「すみません。あたしのせいで」
万里子「あんたのせいじゃないでしょ!」
重谷 「そう、悪いのは先生やない。悪いのはあたしたち。それはわかってる」
   上手に徹が現れる。
徹  「こんばんわぁ……森川先生、いますか?」 (また立ち上がる泉)
重谷 「ああ、あんたも来たの」
徹  「いやぁ、ちょっと心配で。それに、申し訳なくって」
泉  「もう、いいです。大丈夫ですから、わたしは」
   佐川が傘をたたみながら、恐る恐る顔をだす。
佐川 「こんばんわぁ……」
重谷 「ゲ! なんであんたまで来るの!」  (宮坂が、泉のそばに行き、座らせる)
佐川 「え? いや、ちょっと近くを通りかかったら、みんなが見えたからさぁ――」
重谷 「ちょっと、あのじいさん、一体どないするつもりよ、みんな」
佐川 「そーんな、俺に言われたって……でも、いやぁ田中さん、きっと自分で引っ込みつかなくなっちゃってると思うんだけどなァ、ハハ、ハハ、ハハ」
重谷 「男っていうのは、ほんまに困った動物やね」
万里子「あ、の、ねぇ! どうでもいいけど結局どうなのよ? 泉のクビは。つながるの? 切られるの? あたしたちには生活がかかってんだから! もう、はっきりさせてよね! 場合によっちゃ、人権関係のNGOに声かけて、抗議運動やらせてもらったっていいんだからね」
佐川 「いやでも、それは継続審議中だから――」
重谷 「(遮って)大丈夫。大丈夫、それははっきりしてる。悪いのは教会やから、ね」
佐川 「どうしてそんなにはっきり言えるんだよ」
重谷 「ほら、昔、あたしらの教会、おんなじような間違いしたことあったでしょうが」
佐川 「え? そうか?」
重谷 「そうよ。あたしが中学生の頃やったかな、教会学校に高校生の男の子、いわゆる『同和地区』って言うのかな、そこから来てる子がいて、『牧師になりたい』、『献身したい』って言ったとき、教会のみんなが反対した事あったでしょう」
佐川 「そんなこと、あったっけ」
重谷 「あった。『神学を勉強するのはええけど、牧師にはなるな』とか、『おまえの、その手から聖餐式のパンを受け取る信徒の身になってみろ』とまで言う人もいて、ほんまにかわいそうやったよ、あの人……。あの頃、部落の人はケガレてて、牧師になんかなれないって、みんなが思ってた。そうでしょう? ちょっと前までは、女が牧師になるのもどうのこうの言われてねぇ。牧師夫人やったらいいけど、牧師になるなんかとんでもないなんて、そんなこと言われてた時代もあったからねぇ」
  (恥ずかしそうに目を伏せる宮坂、後ろめたさを隠すように――。徹もばつが悪そうにしている)
宮坂 「あの、それで、その高校生の人はどうなったんですか?」
重谷 「あれから姿を見なくなったよねぇ。名前を聞くこともなかった……。今の時代に、教会の中で、『部落の人はケガレてて、聖職者・牧師にはなれない』なんて、言うてごらん。笑われてしまうよ。
 (泉に)そやからねぇ、先生の言うとおり。魔女狩り、異端審問……。教会はいつも後になって間違っていたことに気がつく。あたしたちも、気がつき始めてる。気がついた者から教会を変えていくから、ね!」
宮坂 「そう、私たちも、明日黙ってませんから」
   うなずき、泉の手を握る重谷。
重谷 「明日のことはあたしたちに任せて。とりあえず、あなたはゆっくり休みなさい」
   全員が泉を見ている。泉、みんなの顔を見て、そして重谷を見る。再び頷く重谷。
   疲れがどっと出たように目を閉じる泉。
   (暗転)(音楽:「ささやかな希望」) 

#11 橋

   (明転) 徹が人待ち顔に、腕時計をチラチラ見ている。上手から佐古田の声。
佐古田の声「上田ーっ!! 上田ーっ!!」
   徹、無言であきれ顔。佐古田が現れる。
佐古田「どこにいたんだおまえ、探したんだぞ!」
徹  「ぼくはずーっとここにいましたよ」
佐古田「ホントかぁ。橋のこっち側って言ったら、おまえ――」
徹  「ま、遅刻は遅刻ですからね。焼き鳥、1本てことにしておきましょう」
佐古田「な、なんだと?」
徹  「さ、行きますよ」 ときびすを返す。
佐古田「おいちょっと待て」
徹  「なんすか?」
佐古田「ほんとうに行くのか? 上田」
徹  「行くんですよ、佐古田先生」
佐古田「気が進まねぇなァ」
徹  「人ひとりの将来のために、ほんのささやかな手助けをするだけですよ」
佐古田「おまえがそう言ってゆずらないから、この1週間俺がどんなに頑張ったか!」
徹  「それはよくわかってるつもりです」
佐古田「教務を説得し、校長・教頭を説得し、教員会議を説得し、先方の大学からは皮肉を言われ――」
徹  「だって先生がカッとなった勢いで大学に断りの電話入れちゃったんですから――」
佐古田「わかってるっ! だからこそ! あいつの教育実習をもう一度やってやるという話をするのに、どんなに勇気が要ったか、どんなに恥をしのんだか――」
徹  「先生の苦労は察するに余りあります」 (と、頷いてみせる)
佐古田「いいか? 『男』に二言は無いんだ。その『男』を、あえて曲げて俺は、一度宣言したことを撤回したんだからな」
徹  「でも一輝は喜びますよ。先生は迷える子羊を探す羊飼いのようだなァ――」
佐古田「俺は人権擁護の鏡のような教師だ!」
徹  「そのとおり!  だからこそ! ネ。さ、総仕上げです。行きましょう。橋の向こうへ。一輝を迎えに行きましょう」
佐古田「うむ(と進みかけて)……ううーむ……!」
徹  「何なんですか」
佐古田「やっぱり俺も一緒に行かなきゃいけないか?」
徹  「先生が一緒に行くことに意味があるんじゃないんですか! 佐古田先生が、あの一輝のために一生懸命頑張ってるんだ、ってところを、俺は一輝に見せたいんです」
佐古田「上田……。おまえ、なんでそんなに向こう岸に行きたがるんだよ」
徹  「別に行きたがってるわけじゃないですよ。ただ……」
佐古田「ただ?」
徹  「(橋の向こうを見て、独り言のように)……『向こう岸に渡ろう』って聖書に書いてあるんです」
佐古田「聖書ぉ? おまえ、クリスチャンでもあるまいし」
徹  「(佐古田を振り返り)ぼくは……クリスチャンですよ」
佐古田「クリスチャン? おまえが? キャハハッ……!」
徹  「おかしいっすか?」
佐古田「いやぁ、なんていうか、クリスチャンって奴の、実物を見るのは初めてだからさァ」
徹  「(少し考えて)……初めまして、上田、徹です」 (と、佐古田に手を差し出す)
佐古田「……上田」
徹  「さ、行きますよ」 (と、歩き始める)
佐古田「お?! お、おい、ちょっ、ちょっと待って! 待ってくれよ!」
   (音楽「エンディング・テーマ」スタート)
   徹、どんどん会場出入り口に向かって歩いてゆく。佐古田、追いかける。
   二人、去ってゆく。
   (暗転)

−完−


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