version 2001

version2000(初演版)との違い……(本文中、改訂部分は白文字で表示しています)
    学習会の後、英男と教会員Cの会話シーンを追加。
    回想後の杏奈と英男の会話を部分的に改訂。
    杏奈と上総の場面の終盤部分を改訂。
    ラストシーンを全面的に変更。

草津公演(2001年8月26日:日本キリスト教団草津教会)
神戸公演(2001年9月2日:日本キリスト教団甲南教会)

企画:日本基督教団部落解放センター
執筆:富田 正樹

上演時間:約60分間……ダウンロードしてゆっくりお読みください。

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#1  X教会/朝の聖日礼拝

   (音楽1IN〜20秒程度で明転、 左スポット:牧師へ)
   牧師の別府 渉が説教をしている。
別府 「――いったい私たちは、どこまで自分の本当の苦しみを、自分以外の人と分かち合うことができるでしょうか。こんな事言ってもわかるまい。こんな事話してもかえって迷惑だろう。そうやってますます恥と孤独の中に自分を追い込んでしまう――」
   説教中に、松井杏奈、そろりと入ってくる。 (スポット右:杏奈へ)
別府 「――しかし、皆さんに忘れないでいただきたいのです。誰に打ち明けることができなくても、必ずあなたの祈りを聞いてくださっている方がおられるということを。あなたの孤独の闇の奥で、じっと黙って耳を傾けている方がおられるということを。あなたは一人ではありません……祈ります」(――と頭を垂れる) 
   (全暗転:音楽1F.O.→明転)
別府 「(両手をあげて)仰ぎ請い願わくば、主イエス・キリストの恵み、父なる神の御愛、聖霊の親しき御交わりが、今日ここに集う一同の上に豊かにあらんことを。アーメン」
一同 「アーメン」
司会者「それでは、本日、新しくいらっしゃった方をご紹介します。石松町3丁目2の5の104にお住まいの松井杏奈さんです。ちょっとお立ちくださいますか?」
   杏奈、おずおずと立ち上がる。
司会者「ようこそいらっしゃいました。何かひとこと、自己紹介でも――」
   突然、信徒の一人、伊藤英男が手を上げる。
英男 「ちょっと待ってください! 新しく教会に来られた人の住所は言わないって、この前の学習会で決めたんじゃなかったんですか!」
司会者「いや、その……役員会では、そういうお話までは出ませんでしたから――」
英男 「でも、あなたも、学習会に出席していたじゃないですか」
司会者「はぁ……しかし、他でもない礼拝の司会に関する事ですから、牧師先生にも了解を得て、役員会できちんと話し合って、皆さんの了解を得てからでないと――」
英男 「でも、学習会で『差別につながる恐れがある』って確認したことを、どうしてあなたは続けることができるんですか?」
司会者「ううむ、永年続いたやり方を、わたしの一存で変えていいとは思えないのでありまして――」
教会員A「ちょっと! いいかげんにしてくれませんか。まだ礼拝は終わってないんですよ。報告が終わるまでは、まだ礼拝中なんですから」
   (一同、牧師を見る)
別府 「(司会者に)続けてください」
司会者「はい……では、報告を続けます。本日の礼拝後の予定ですが……ああ、今日も勉強会ですね。詳しいことは、勉強会の担当者の方に、お願いします」
英男 「(立ち上がり)……今日は、第2日曜ですから、部落問題の学習会を行います。どうか皆さん、残っていってください」
司会者「――と、言うことですので、どうぞ皆さん、お残りください。他にはございませんか。それでは、本日の礼拝を終わります」
   牧師をはじめ、一同、初めて来た杏奈に歓迎の言葉をかけながら、退場してゆく。
英男 「あの、学習会やりますから! お昼を済ませて、12時半には、またここに集まってください……!」
   教会員たち、全員出て行ってしまう。
   英男と杏奈が目が合う。あわてて目をそらし、そそくさと帰り支度を始める杏奈。
   英男が寄ってくる。
英男 「……あのー、すいません」
杏奈 「はい?」
英男 「はじめて来られた方ですよね」
杏奈 「あぁ、はい」
英男 「あのぉ……学習会、出て行かれませんか?」
杏奈 「は?」
英男 「あ、いきなり言われても何のことかわかりませんよね。教会っていろんな事やってるんですよ。礼拝だけじゃなくて、バザーとか、子ども会とか、学習会とか」
杏奈 「でも、みんな出て行っちゃったみたいだけど……」
英男 「実は、あんまり言いたくないけど、正直言って最近、参加者は減ってるんです」
杏奈 「何の学習会でしたっけ」
英男 「部落差別の……」
杏奈 「あーぁ」
英男 「興味ないですか」
杏奈 「ええ……あんまり」
英男 「部落差別って、知ってますよね?」
杏奈 「知ってますよ」
英男 「大切な問題です」
杏奈 「はぁ……でも、今でも、差別なんかあるんですか?」
英男 「ありますよ! あります! 住宅とか道路とか、見える所は改善されたけれど、実は差別はなくなってないんです。例えば……」
杏奈 「……たとえば?」
英男 「例えば……結婚差別です。結婚する時、本人がどんなに結婚したくても、親や親戚が反対して、無理やり縁談をつぶしてしまうんです。それに――」
杏奈 「親なんか関係ないじゃないですか」
英男 「え?」
杏奈 「親や親戚が反対したって、結婚は二人の合意だけでできるって法律に書いてあるんだから、しちゃえばいいじゃないですか。それができないような頼りない相手だったら、そんな人と無理に結婚なんかしなくてもいいし」
英男 「ま、そうだけど、いざ結婚って時になったら――」
杏奈 「昔の人は結婚するのが当たり前だと思ってたじゃないですか。でも、あたしは、できれば結婚はしたくないな、って思ってるんです。結婚そのものに疑問持ってるってゆうかぁ」
英男 「そ、そうですか……そういう考え方もあるんだ、うーん……」
杏奈 「あなた、ムラの出身ですか?」
英男 「へ?! ……な、なんでそんな事いきなり聞くんですか! 失礼じゃないか!」
杏奈 「あたし、隣りの今仲市の三郷町の出身なんです」
英男 「三郷町って言ったら……えっ!! じゃあ君は……!」
杏奈 「そう。こっちの方に姉がいるんで、この4月からいっしょに下宿してるんです」
英男 「下宿? ひょっとして、君、学生? 1回生なんだ。どこの大学?」
杏奈 「道頓堀国際」
英男 「なんだ一緒じゃないか。ぼくも『トンボリ』だよ。そうなんだ! ねぇねぇ、ぼく大学で部落解放研究会やってるんだけど、君も入らないか」
杏奈 「いえ、いいです」
英男 「どうして? だって、部落出身なんでしょ? 当事者が入ってくれたら大歓迎なんだけど。それから、この教会の学習会でも、いつか発題してくれないかなぁ」
杏奈 「結構です」
英男 「どうして? だって、あるでしょ、たとえば差別された体験とか」
杏奈 「ありません」
英男 「ない? ウソ」
杏奈 「ウソなんか、つきません」
英男 「被差別体験がない……。あの、失礼だけど、君、ホントに部落出身なの?」
杏奈 「どういう意味ですか!」
英男 「え? あ、ごめん、もし傷つけたのなら、悪い! あやまる!」
杏奈 「あなた、なんだか不愉快です。何が不愉快なのか、よくわかんないけど。でも、何かイヤです。……あたし、今日はもう帰ります!」
英男 「あ、あ、待って! ぼく伊藤って言うんだ。解放研の伊藤英男。学館の2階にボックスがあるから……って言っても、来るわけねぇか……。何だか嫌われちゃったみたいだ……。でも、あいつ本当に部落の出身なのかな。変な奴だな」
   (暗転)

#2  杏奈と里奈の下宿

   (明転:薄明かり)
   杏奈と姉の里奈が、ティーカップを持って現れる。(両スポット:杏奈&里奈)
杏奈 「て言うか、もう、あの男サイテー! バッカじゃないって感じ」
里奈 「まぁ、聞いてる限りでは、カン違い男っぽいよね」
杏奈 「あたし、変かも知れないけど、自分のこと『部落出身』って言われて腹がたったの、あの人が初めてだわ」
里奈 「皮肉よねぇ。その人、きっと大まじめに解放運動やってるつもりだと思うよ」
杏奈 「大まじめねぇ……」
   二人、テーブルの前に腰掛ける。杏奈、ふと、しんみりとなる。
杏奈 「ねぇ、結婚する時って、やっぱりあたしたちって条件悪いのかな」
里奈 「なによ、いきなり。杏奈は結婚に興味ないんじゃなかったの」
杏奈 「あたしはね。問題はお姉ちゃんでしょ」
里奈 「どうしてあたしなのよ」
杏奈 「何で就職活動やめて大学院に行ったのよ」
里奈 「勉強したいことができたからよ」
杏奈 「ウソだ。彼氏が修士課程に進んだからでしょ」
里奈 「勝手に決めないでよ」
杏奈 「決めてないよ。聞いてるんじゃない」
里奈 「……もう別れたわよ」
杏奈 「ええっ? いつ? あ、だから今度、博士課程まで進むんだ」
里奈 「うるさいわねぇ。本当は人一倍結婚に関心があるの、杏奈の方じゃないの?」
杏奈 「あたしは興味ないよ……結婚なんかイヤだな……。結婚なんかしたってさ……くっついたり、別れたり、再婚したりさ。バカみたいじゃん、何回も何回も」
里奈 「杏奈。お母さんは1回しか離婚してないよ」
杏奈 「1回でも2回でもいっしょだよ。あんなサイテーの男とだったら、あたしだったら何べんだって離婚してやるって――」
里奈 「杏奈! 誰のおかげであたしたちが大学に行けてると思ってるの」
杏奈 「誰もそんなこと頼んでないじゃない。単なる金持ちなだけでしょ。他にしたいこともなかったし、大学に行ける成績だから行けって言われて進学しただけよ」
里奈 「あたしは今のお父さんに感謝してるわよ。少なくとも経済的なことについては、あたしたちは文句は言えないわ」
杏奈 「だから頼んでないって! 養ってもらってるからって、生活に不自由ないからって、あとの事は全部ガマンしろって言うの?! あたしはお母さんがかわいそうだから言ってるのよ! なんであそこまで耐えないといけないのよ。大学なんか行けなくたってよかったんだよ。生活できないから働けって言われたら、あたしは働いたよ!」
里奈 「お母さんは、あれでもお父さんは優しいところもあるのよって――」
杏奈 「あの男がいつ優しかった? いっつも酒臭い匂いさせて。いつ笑っていつ怒るかも分からない。お母さんもあたしたちも、みんなあの男にいつ殴られるかって、おどおどして暮らしてたじゃない! そんな奴のどこに優しさがあるって――」
里奈 「(大声で)杏奈!!」
杏奈 「……」
里奈 「やめて。お母さんの苦労が無駄になる」
杏奈 「……ごめん。今日あたし朝からムカついてるから」
里奈 「みたいね……。来週も、また教会に行くの?」
杏奈 「さぁ……ねぇ、どこか別の教会知らない? なんかあそこの教会イヤだな」
里奈 「さぁ、あたしは教会には行った事ないから。お母さんに聞いてみたら?」
杏奈 「お母さんに教えてもらったのよ、あの教会」
里奈 「ふーん。じゃあ地図で調べてみたら?」
杏奈 「お母さんが地図で調べてくれたのよ。近くに教会はここしかないって」
里奈 「ふーん(うなずいて)……どうして杏奈は教会に行こうって思ったの?」
杏奈 「……お姉ちゃん、お母さんがどうして毎週日曜日だけは、あんなに楽しそうに教会に行くんだと思う?」
里奈 「さぁ、あたしは聞いたことないけど……」
   (全暗転)

#3  1ヵ月後のX教会/礼拝後

   (明転)
司会者A「では、報告に移ります。本日の礼拝後の予定ですが……、あ、これは、伊藤さんから、お願いします」
英男 「あ、あの、今日も月いちの部落問題学習会がありますので、どうぞ皆さん集まってください。有志の参加ですけど、最近参加者が少なくなってきて、少しさびしく思っています。どうぞよろしくお願いいたします」
司会者A「それでは、これで本日の礼拝を終わります」
   帰り始める教会員たち。そそくさと帰ろうとする杏奈を英男が見つける。
英男 「あ! おーい、松井さん……! あれ? 松井さーん!!」
杏奈 「(やけくそで振り返り)ハイ!」
英男 「やぁ、またこの教会に来てくれたんですね。1ヶ月ぶりじゃないかな」
杏奈 「近くに、他に教会がありませんから」
英男 「え? ありますよ、すぐ近所にカトリックとバプテストの教会が。でも、まあいいじゃないですか。ここで会えたのも何かの縁ですよ」
杏奈 「なんですって?」  (照明:次第に薄明かりに、 両スポット:英男&杏奈)
英男 「今日、お時間ありますか? ちょっとお話したいんだけど」
杏奈 「また、あのお話ですか?」
英男 「あのお話って、何のお話かわかってるんですか?」
杏奈 「……部落差別のお話でしょ」
英男 「よ……よくわかりましたね……」
杏奈 「あたし、あんまり詳しくないですし、じっさい興味ないんで」(と立ちかける)
英男 「ちょ、ちょっと待ってよ。どうして君はそうなのかな」
杏奈 「何がですか」
英男 「君は自分が部落出身だって言ったよね。それが本当だったら、まして三郷町みたいにしっかりした地域だったら、部落差別ってのがどんなものか、ちゃんと教育受けて知ってるはずだよね。いまは改善されてても、昔はどうだったかとか、ちゃんと地域の歴史も教わったはずでしょ」
杏奈 「……一応」
英男 「じゃあ、なんでそんなに、この問題に無関心でいられるわけ?」
杏奈 「だって、そんなの昔の話だし、今のあたしに直接影響ないもん」
英男 「小学校や中学校で、差別落書きなんか、なかった?」
杏奈 「あったよ。高校で」
英男 「ほら! 差別されてるじゃないか!」
杏奈 「別に。あたし個人が攻撃されてるわけじゃないもん」
英男 「自分の事だと思わないの?」
杏奈 「思わない。『ブラクは学校に来るな』ってトイレに書いてあったって、『ブラク』って誰よって感じ。『ブラク』とか『部落民』とか言う名前の人がいると思う? そういうレッテルを貼りたい人はいるかもしれないけど、あたしはそういうレッテル以前に、松井杏奈という一人の人間なの」
英男 「はーあ、そういう考え方もあるんだ」
杏奈 「フツーよ、フツー。日本人とか外人とか色々言う前に、私たちは一人の人間なんだって。そうでしょ?」
英男 「じゃあ、自分が部落に住んでいて、特別だと思うことはなかったんだ」
杏奈 「ぜんぜん。むしろ楽しかったかな」
英男 「楽しかった?」
杏奈 「うん、楽しかったねぇ。三郷町は地域の結束は固いからね。お祭りとかすごいよ。お店とか屋台とかいっぱい出てね。野外ステージで若い人も子どももみんな出し物考えて参加する」
英男 「カラオケ大会とか?」
杏奈 「うん、あとバンドやったり」
英男 「芝居やったり?」
杏奈 「おお芝居、やったやった!」
英男 「部落解放劇とか」
杏奈 「ううん、ドタバタ・コメディ」
英男 「……」
杏奈 「まぁそういう意味では、確かにムラは楽しいところね。ほかの地域より住みやすいかも知れないと思う。家賃とかもだいたい安いし」
英男 「そういう地域を作ってこられたんでしょ、大人の人たちが、努力して」
杏奈 「まぁ、それは確かにあなたの言うとおりだろうけど……」
英男 「そうでしょ? 部落の人たちは、自分の家や土地を提供したり、何度も行政と話し合ったりして、住みやすい町を作るために運動してきたんじゃないか。それを――」
杏奈 「でも、だからこそ、今のあたしたちの世代が、ことさらに深刻そうな顔をしないほうがいいんじゃないの?」
英男 「そうかな」
杏奈 「そうよ。あたしたちがつらそうな顔をしたら、先代の苦労も水の泡じゃない」
英男 「それじゃ、もう部落問題なんて終わっちゃってるみたいだ……」
杏奈 「ほとんど終わってるんじゃない? だから、『お涙ちょうだい』みたいな昔話をするのもあんまり好きじゃないわけ。はっきり言って悪いけど、あなたのその学習会ってのもあんまり興味ないんだな」
英男 「……学習会は、実はここ半年ほど、開店休業状態に近いんだよ」
杏奈 「最初はもっと参加してたの?」
英男 「ああ、もちろん。たくさん参加してたんだよ。でも今は……」
杏奈 「今は? なんでみんな参加しないの?」
英男 「……決定的だったのは、あの時かなぁ。ちょうど、半年程前だったと思う」
    (全暗転)→(音楽2IN)教会員たち登場、学習会の形態に座りなおす。

#4−2  回想:半年前の学習会

    (音楽2Out)
    →(明転:照明=「セピア」、 左スポット:英男&別府、右スポット:教会員ら)
別府 「では、皆さん、何かご意見はありますか……?」
   一同、沈黙。
別府 「ええと今日は、いまだ残る就職差別というテーマで、伊藤英男くんに発題してもらいましたが……何かみなさん、ご感想でも……」
   一同、沈黙。
別府 「特にありませんか……じゃあ――」
教会員B「ああ、あの……ちょっと、いいですかいの……ちょっとばかし質問が……」
別府 「どうぞ」
教会員B「差別というのは、もひとつよぅわからんところもあるんですが。うちの嫁がですなぁ、アイスクリームを買うてきてくれとわしが頼んどるのにですなぁ、これがいっつも忘れよる。アイスクリームはわしの大好物やと毎回言うとるのに、それでも忘れてきよる。これは、差別やと思いますが、違いますかいの」
別府 「(英男に)……ど、どうだろうね」
英男 「え? さ、さぁ……」
教会員C「あああ、うちの家内もそうです。いや、お恥ずかしい話ですが、私の父の世話も全然まともにやってくれない。昔に比べたら、嫁の仕事なんかは楽になったはずなんですがね。あれでは、本当に寝たきりになってしまう。愛情のこもった接し方とか語りかけがあれば、痴呆もある程度は治るって、この前もテレビで言っていたんですよ。わたしはあれを観てて思いましたね。そうなんだ、やっぱり愛が一番大事なんだってね。それはどこへ行ってもいっしょだ。ま、家内はクリスチャンじゃないんで、そのへんがよくわからないんですなぁ」
教会員D「最近の若い人について言えば本当にそうですわね。掃除一つ満足にできませんからねぇ。今はそういうことは誰も教えないんでしょうか。そうそう、お産の時でも私たちの時代には、絶対に里帰りしないで嫁ぎ先で産もうと思っていたもんですけど、最近の人は半年でも1年でも実家ですねをかじってるそうじゃありませんか」
教会員E「あのー、お言葉を返すようですけど、嫁の立場も結構つらいんですよ。私の親だってもう年ですから、たまには面倒見に帰りたいのに、なかなか自由にさせてもらえないし、夫に話しても『俺は忙しいからなぁ』って、いつもそうなんですよ!」
英男「あのーぉ、ちょっと部落差別から話がずれてきているような気がするんですが」
教会員E「あ、アぁアぁ差別ですわね。そう、差別って事で言えば、うちの義理の父親がまだ元気な頃、私よく差別されましたわ。もう何かと義理の妹を――うちの主人の弟のお嫁さんですけどね、そっちばっかりかわいがって、お洋服買ってあげたり、お食事に連れて行ったり、それはそれはえこひいきするんです。これは差別ですわ!」
英男 「あのー、そういうあまりに個人的な問題って差別という枠に入るかどうか」
教会員E「でも、あたしの方が長男の嫁なんですよ?!」
英男 「長男だから偉いとか、長男の嫁だから偉いって言うのもおかしいんじゃないでしょうか」
教会員E「まぁ!」
英男 「それに、『嫁』っていう言葉も女性差別ですよ。そういう事を言っていると、自分で自分を差別することにつながりますよ――」
教会員E「じゃあ、あたしが間違ってるって言うんですか?」
英男 「そうじゃなくて、そういう事を言ってると、差別的な考え方の中に、自分自身も知らないうちにどっぷりと――」
教会員E「あたしは差別的な考え方なんかしてませんよ!」
英男 「いや、そういう意味で言ってるんじゃなくて――」
教会員E「あたしは差別なんかしてませんよ!! あなたなんかに私の苦労がわかりますか?! 何でしょう、この学習会! 人の粗さがしのためにやってるのかしら。あたし不愉快ですから、失礼します!」
   猛然と立ち去る教会員E。
別府 「ああ、ちょっと待ってください! ちょっと……! ああ……英男くん……」
教会員D「先生……私もちょっと、この勉強会、疲れてきたんですけど」
英男 「でも、世の中には差別でもっと苦しい、辛い思いをしている人もいるんです!」
   教会員たち、互いに顔を見合わせ、ため息をついたり、首をすくめたり。
教会員D「あのね、私たちも私たちなりにいろいろ苦しいことや疲れていることがあるんです。最近の別府先生のお説教も、毎回毎回、差別のお話ばっかりで。なんか――こんな事言ってはなんですけど――何だかとってつけたようなお話というか、抽象的で、自分とは関係ないような感じが、ねぇ……」(教会員Aや他の教会員たち、うなずき合う)
英男 「それは危険ですよ。『自分には関係ない』っていう意識が、差別の容認に――」
教会員D「だから、あなたはいつもそうやって、人の揚げ足を取るでしょう。そんな言い方されて、誰が納得します? あなたは自分では正しいつもりかも知れないけど、誰もあなたの事なんか偉いと思ってませんよ。私も帰らせていただきます。失礼」
   教会員Dも出て行ってしまう。
別府 「あ、ちょ、ちょっと……(ため息)英男くん、実はね、私も疲れているんだよ」
英男 「え? ど、どういうことですか」
別府 「君だから正直に言うが、確かに、私の説教もゆきづまっている。ぼく自身が救われてない。ぼく自身が喜びに満たされてないからだ」
英男 「そんな! だって、『心の救いとか平安とか、そんな事ばかり語っているのは、信仰を個人的な問題に矮小化することだ』、『宗教とは元来社会的なものだ』っておっしゃっていたのは、先生じゃないですか」
別府 「確かにそうだ。でも……だから結局、私も矮小化された信仰しか持ってないと言われるかも知れないが、私自身の疲れが癒されてないことに気づいたんだよ。だから、ちょっと、ここらで考え直したいんだ。もし、君がこの学習会を続けるんだったら、続けてくれたらいい。しかし、私はしばらく休みたい。申し訳ないけれど」(去る)
英男 「……ぼくは……ぼくは、やめませんよ。ぼく一人でも続けますから……!」
教会員B「……わ、矮小化って、なんですかいの?」
教会員C「(首を振り)さぁ。どうせ神学用語でしょう。いや神学ではなく、信仰を語ってもらいたいもんだ。悪いけど、我々も退散させてもらいましょう。」
   教会員Bを介添えしながら、退場しようとする教会員C。
英男 「どうぞ! ご勝手に」
教会員C「(カチンときて)君ね、もう少し謙虚になったらどうだね! みんな貴重な時間をさいて、君のために集まってあげたんじゃないか!」(教会員B、そのまま退場)
英男 「ぼくのために、ですか!?」
教会員C「そうだよ。他の誰のために?」
英男 「ぼくに対する同情とか、ぼくが呼んだからとかじゃなくて、部落差別に本当に関心を持って――」
教会員C「もちろんそれが理想だろう。でも実際には、君はこの教会の若手のホープだし、君の呼びかけなら、みんな答えたいという気持ちもある……。(ため息)それなのに君、あんな言い方をして――」
英男 「(ため息)でも、そんなんじゃ、意味ないじゃないですか」
教会員C「それ以上にどんな意味があるんだね。だいたい、ここにいない人のことを一生懸命話しても――」
英男 「どうして『ここにいない』って決めつけるんですか!」
教会員C「どうしてって……いないでしょう、ここにぶら……え? まさか……君、そうなの……?」
英男 「違います!」
教会員C「(不審そうな眼差しで見てから)……ぼくが言いたいのはね、当事者に語ってもらうのが一番いいということなんだよ。当事者のいないところで、いくら部落の人の苦しみなんか思い描いてみても、いまひとつ実感が湧かないんだ、はっきり言って。やっぱり当事者がここに来て話してくれないとね」
英男 「(間)……そんな酷なこと……本当に、ここで部落出身の人に、言えますか?」
教会員C「(間)……言えますかって、誰がそうなのかもわからないんだよ?」
英男 「ぼくがそうかも知れないですよね」
教会員C「君はさっき違うと言っただろう」
英男 「でも、隠しているかも知れないですよね」
教会員C「それはそうかも知れない。でも、だからこそ、君がそうだと言ってくれないとわからないだろう」
英男 「言えると思いますか」
教会員C「……酷だと言われるかも知れないが、本人が名乗りをあげてくれないと、我々だって誰を助けていいかわかんないだろう。そうじゃないかね」
英男 「……」
教会員C「(念を押すように)そうじゃないかね」
英男 「(間)……ここが、名乗りをあげられるような雰囲気だったら、もう誰かがあげていてもおかしくない……そうは思いませんか……?」
   沈黙する二人。やがて、
教会員C「……伊藤くん。私は君が、この教会がどんなにひどいところか、そればかり言ってるようにしか聞こえない。だけど、教会はいまそんな事をやっている場合じゃない。伝道の課題は山積みだ。教会員が教会を批判ばかりしていて、そんな教会に人が来てくれると思うかね? はっきり言っておく。私は、この教会の役員として……、非常に不愉快だ」
   去ってゆく教会員C。その後姿をにらみつづける英男。
   (暗転、 左スポット:英男をとらえたまま)→(音楽3IN。以後、自然F.O.)

#4−3  再び現在のX教会

杏奈が上手から入ってくる。英男、杏奈を見上げる。 (右スポット:杏奈)
英男 「あれから、だんだん減っていった気がするな……。学習会も、教会に来る人も」
杏奈 「それで、あたしに会った時、喜んだんだね。あたし当事者だもんね」
英男 「そんなんじゃない……」

杏奈 「もういっぺん聞くけど、あなた、部落の出身なの?」
英男 「(沈黙のあと)……いや……違う」
杏奈 「じゃあ、なんでこの問題に首を突っ込んでるわけ?」
英男 「いけないかい? 当事者でなきゃ、この問題は理解できないって言うのかい?」
杏奈 「そんなむずかしいこと聞いてるんじゃないの。きっかけを聞いてるのよ」
英男 「きっかけ……?」
杏奈 「そう、きっかけ。あなたがなんでこんなに一生懸命になるのかわからない」
英男 「……(考え込む)」
杏奈 「何よ。言いにくいことなの?」
英男 「……他の人に話さないって約束するか?」
杏奈 「約束した事は話さないよ」
英男 「……(ため息)高校のとき……ぼくは……恋人を、捨てたことがある……。彼女が部落出身だって事は、つきあい始めてから、親から教えられて、わかった」
杏奈 「それで? ……ああ、『別れろ』って言われたんだ」
英男 「(うなずく)最初の頃から、彼女も、『あたしと付き合ってたって、どうせいい事ないから』って、ずっと言ってた。そのうち、彼女の方から、だんだんぼくを避けるようになっていった。『ぼくの事が嫌いなのか』って聞いたら、『そんなことない』って言うんだよ。そうやって、彼女がぼくと会うのをいやがったり、かと思うと、急に『会いたい』って言われて呼び出されたり……だけど、結局ぼくは彼女を引きとめることができなかった。引きとめ続ける勇気が無かった。親の反対はどんどんひどくなるし、親父も(父親の声色で)『遊びだったらいいが、本気にはなるな』とか言って――」
杏奈 「ふんっ、バカにしてる」

英男 「でも、そういう親と戦う勇気がなかったんだ……」
杏奈 「それで……? 結局、別れたんだ」
英男 「(うなずく)」
杏奈 「ふぅーん。それは……はっきり言って、差別だね!」(はき捨てるように)
英男 「(怒って)わかってるよ、そんな事!! だから、今でもこうして自分の問題にし続けているんじゃないか!」
杏奈 「(冷ややかに)その自分の問題を学習会でやったらどうなの」
英男 「そんな! ムリだ」
杏奈 「どうして?」
英男 「個人的すぎる」
杏奈 「(怒り始める)でも、その個人的な出来事の中で、あんたはその彼女を差別したんじゃない! そうでしょう?!」
英男 「意図的に差別しようなんて思わなかった!」
杏奈 「当たり前よ! でも、彼女と別れる理由は他には無かったんでしょう?」
英男 「……無かった……」
杏奈 「じゃあ、やっぱりあんたは差別したことになるじゃない!!」
英男 「だから……! (元気なく)わかってるよ……そんなこと……」
杏奈 「(再び冷ややかに)その彼女、あんたはいっしょに重荷を担ってくれる人じゃないって見抜いてたのかもしれないね」
英男 「え……?」
杏奈 「教会のおじいさんやおばあさんの話もまともに受け止められないし、昔も今も変わってないんだよ、あなたは」 
   (音楽2F.O.)
英男 「(ぐっとつまる)……立ち直れないようなことを言うね、君は」
杏奈 「あたしはねぇ……なんだか自分の事のように腹が立ったよ。その彼女があたしの友達だったら、それが自分だったらどうだろうって考えたら、カーッと顔が熱くなったよ。あたしは他人事じゃないからね。『自分が差別されている!!』って感じ? なんかそういう気持ちの、ほんのカケラでもつかめたような気がするよ。あなたのおかげでね! ……これって『ありがとう』って言えばいいのかな!」
英男 「……悪い事をしたと思ってる。その罪をつぐないたいから、この問題にかかわってきてる……という面もある」(最後は自信なさそうに)
杏奈 「誰に対してつぐなってるのよ」
英男 「誰に……って、そりゃ、彼女……かな」
杏奈 「彼女は? 赦してくれたわけ?」
英男 「いや……あれから、一度も会ってない」
杏奈 「(キレる)会ってない?! あやまりにも行かないで、どうやって赦してもらえるのよ」
英男 「今さら会うなんて……! ムリだ……」
杏奈 「(あきれ)また、ムリだ、か。(ため息)ま、いいんじゃないの? あなたの神さまに赦してもらえば?」
英男 「え?」
杏奈 「あなたクリスチャンなんでしょ? キリスト教の神さまに赦してもらったらいいじゃない。今日の礼拝でも牧師さんが言ってたじゃない、『どんな罪を犯しても、たとえ人を殺しても神さまは赦してくださる』って、だからいいじゃない、それで」
英男 「……(戸惑い、うつむく)」

   (全暗転)(音楽4IN)

#5  Y伝道所

   (明転)シンプルな丸テーブルとイスが二つ。
杏奈 「(声)……『礼拝、日曜10時半。祈祷会、水曜7時半。牧師、上総美雪……。だれでも、いつでも、気軽にどうぞ』……ここだな」
   杏奈、客席前方の上手から舞台に上がり、周囲を見回す。 (右スポット:杏奈)
   →(音楽4F.O.)

#5−1(杏奈の母をめぐって)

杏奈 「ごめんください……。ごめんくださーい!」
  エプロンをした上総、上手より現れる。  (左スポット:上総)
上総 「はーい……! ああ、杏奈さん? あなたが松井杏奈さんね? 牧師の上総です。いま、裏の畑に水やってたところだからねぇ、すぐ戻ってくるから、かけて待ってて」
杏奈 「はい」
  座って、待つ。ほどなく上総美雪が、お盆に湯飲みをのせて現れる。
上総 「(湯飲みを置きながら)よくこんな田舎の小さな伝道所に訪ねてきたねぇ。迷子にならなかった?」
杏奈 「母に教えてもらいましたから」
上総 「あの人が? 道を教える? 地図もろくに読めないのに?」
杏奈 「(笑)読めませんね、確かに」
上総 「でもまぁなんとか無事に着いたから、ここにいるわけね、あなたが」
杏奈 「(笑)そうです」
上総 「……お母さんから聞いたんだけど……お父さんの事で悩んでるとか?」
杏奈 「はい……。あのぉ、唐突ですけど……どうして、母は離婚したんでしょうか」
上総 「お母さんに聞かなかったの?」
杏奈 「『私の我慢が足りなかった……』としか」
上総 「ふーん、そうなのかな」
杏奈 「ご存知なんですか?」
上総 「……お母さんがあなたをここに来させたってことは、私が話してもいいのかな。自分で言いにくいから、私に代わりに話してくれってことなのかな……」
杏奈 「お願いします」
   上総、考えながら立ち上がり、エプロンを取って椅子にかける。そして――
上総 「お母さんが別れたのはねぇ……(決心して)一言で言えば部落差別が原因よ」
杏奈 「え……?」
上総 「お父さんの事は聞いてる?」
杏奈 「離婚して間もなくして、亡くなったって」
上総 「まぁ、それは嘘ではないけれど……、その前に失踪したんだよね」
杏奈 「失踪……?!」
上総 「お父さんの家族の方がね、部落から嫁をもらうってことにずっと反対だったのよ。結婚する前から反対だったし、結婚してからもそう。家の誰かが病気になると、『変な血を家系に入れたからだ』とか、娘さんのどっちかが交通事故で入院したら――」
杏奈 「姉です。姉が幼稚園の時だったそうです」
上総 「そうしたら、これはご先祖がお怒りになっておられるからだ、とか何とか言って、お母さんを責めてしまったのね。で、お父さんは、お母さんを守るよりも、『オレがしっかりしてないから』って間に入って苦しんだ。苦しんだあげく、自殺しようとしたけど未遂に終わった。そしたら今度はもう親戚一同で、息子は呪われとるだの嫁に殺されるだの大騒ぎになって。結局、お父さん、逃げ出しちゃったのね」
杏奈 「はぁ……」
上総 「そうしたら、お母さんはもう完全に一人ぼっちでしょ。子どもはまだ小さいし、お父さんの実家でも面倒なんか見てくれないし、急にちゃんとした仕事を見つけることなんてできないじゃない」
杏奈 「はい」
上総 「それで、お母さんはすぐにお父さんの家とは縁を切って、実家にあなたたちを預けて、店に出たわけ」
杏奈 「(深刻そうに)夜の?」
上総 「(さっぱりと)そう、夜の。そして、店に飲みに来てたお客の一人が今のあなたたちのお父さん」
杏奈 「あんなの父親じゃないです」
上総 「彼も離婚したばかりでね。でも収入はよかったし、子どももいなかった。むしろ子どもができなかったのが離婚の原因かな」
杏奈 「関係ないです」
上総 「私も『もうちょっと慎重に考えた方がいいよ』って言ったんだけど、やっぱり生活苦しかったのね。それに、子どもたちには立派な教育を受けさせたいって言ってね……」
杏奈 「あの、やっぱり、あたしたちがいたから、母は大変な思いをしなくちゃいけなくなったんでしょうか」
上総 「どういうこと?」
杏奈 「あたしたちさえいなかったら、母はあんな奴と再婚しなくて済んだんじゃないかって……」
上総 「さぁ、それは……どうだろうねぇ」
杏奈 「母は、決して再婚して幸せにはなってません。でも一生懸命耐えてます。母は『あんたたちにはちゃんとした教育を受けさせたい』って、事あるごとに言います。だから、母が何のために耐えているのか、あたしたちには分かるんです」
上総 「それは……そうかも知れないわねぇ……」
杏奈 「だから、母を不幸にしているのは、娘の私たちなんじゃないかって――」
上総 「(きっぱり)それは違うよ」
杏奈 「(間)……違うんでしょうか」
上総 「うん。違う。それはあなたの罪じゃない。だって、考えてごらんよ。何があなたの本当の父親を奪ったのだと思う?」(一瞬、しまったという顔をする)
杏奈 「父は?!……その後、どうなったんでしょうか?」
   上総、座る。
上総 「山で、遺体で見つかったわ……。何て言うか……2度目には自殺に成功されたのね。でも、もっと正確に言うなら、殺されたのよ」
杏奈 「……」
上総 「あなたの家庭は今でもいろいろ大変だけど、あなたの家庭が壊れていった最初の原因がどこにあるのか、わかるでしょう?」
杏奈 「(怒りを抑えながら、うなずく)……」
上総 「それは、私がむかし、不本意な結婚をした原因と同じものよ。結局、別れちゃったけど……」

#5−2(上総の過去)

杏奈 「あの……、か、上総先生は、どうして離婚されたんですか?」
上総 「どうして離婚したのか、というより、どうして結婚したかが問題だったのね、私の場合……。別に結婚したかったわけじゃないんだけど、無事に結婚できるかどうかを人並み以上に心配してしまうのも、ムラの親たちの現実なのよね。『お前だけは幸せになってくれよ!』って親に泣かれるとね……まぁこれも親孝行かとか思って、紹介された人と結婚しちゃったけど……結局うまくいかなかったね」
杏奈 「……」
上総 「……その頃の私は、もうバリバリ解放運動やってた。うまくいかない結婚の不満もあってね。『何もかも部落差別が悪いんだ!』ってね。じっさいそうなんだけど。すぐカーッとなる私に、いつもあなたのお母さんがやんわりとね、『まぁ、美雪ちゃん、いちいち腹立てたって体に悪いから』」
杏奈 「……母の口癖です……」
上総 「私の基本的な姿勢は教会批判だった。教会員からちょっとでも差別的な言葉が出ると、もう徹底的に叩いた。当然、信徒はどんどん減っていったね……」
杏奈 「はぁ……」
上総 「信徒が半分以上も減って、離婚して、教会から解任決議を出されて、自分の居場所がなくなってから、初めて自分の事をゆっくり考えるようになった……。
 私の言ってた事は間違ってなかったと、今でも思う。間違ってはいなかったけれど、やっぱり私が至らなかったとも思うの。
 私は、教会に来ている一人一人の重荷を、ちゃんと受け止めようとしていなかった。それをやってれば、みんな去っていかなかったんじゃないか、ってね……。私は、相手を黙らせることはできても、心までは開かせることはできなかった」
杏奈 「心……ですか……」
上総 「そうよ。それに、純粋に個人的な問題なんて、本当はないのよね。どんなに個人的な悩みでも、深く掘り下げたら、かならず社会的な問題が潜んでる。おじいさんのボヤキの中に高齢者の問題が、おばさんのグチの中に女性差別が、そして失恋の涙の中に部落差別があったりするのよ。そこまで耳を傾けていかないとね。そこまで耳を傾けて初めて、相手は自分の中の社会的な問題に、自分で気付いてゆくんだわ……」
杏奈 「自分で……気づく……」
上総「(気分を変えるように)私ね、今この伝道所で、よろず相談所やってるのよ。いわゆる何でも屋さんね。いろんな人が来るようになってねぇ、楽しいよ。相変わらず信徒は増えないけど(笑)」
杏奈 「(笑)母がなぜ教会に行くのを楽しみにしていたのか、わかる気がします」
上総 「(首をふり)あの頃は、あなたのお母さんが私の牧師だったわ。私の重荷を受け止めてくれたのは、あなたのお母さんだった。だからこそやってこられたのに。それに気づいたのも最近のこと……」
   上総、再び座る。

#5−3(杏奈の気づき)

上総 「それはそうと、あなた、お姉さんは元気?」
杏奈 「はい、元気にしてますけど」
上総 「そう。それなら、よかった……。あなたにこの伝道所を紹介するように、お母さんに言ったのは、お姉さんらしいわよ。お父さんの事で悩んでるって――」
杏奈 「え? あの、姉は教会になんか行った事ないはずですけど」
上総 「前に、お母さんを通じて、相談に乗ったことがあるのよ。お姉さん、長いこと付き合っていたボーイフレンドと別れたでしょう。大学院までいっしょに進学して結婚まで考えていた人と別れたって」
杏奈 「はい、そう聞きました」
上総 「どうして、別れたんだと思う?」
杏奈 「……! まさか?!」
上総 「そう。それに、どうして就職しないで、ずっと大学院にいるんだと思う?」
杏奈 「就職できないんですか?!」
上総 「景気は相変わらず悪いし、ハッキリとした証拠があるわけではないんだけど、苦戦は強いられてるでしょうね。出身地がどこだとか、親が若すぎるとか、いろいろ聞かれるらしいね……」
杏奈 「……どうして、あたしに一言も言ってくれなかったんだろう!」
上総 「心配かけたくなかったのよ。それに、あなたが将来の希望を失うんじゃないかって、すごく気にしてた」
杏奈 「それじゃ、あたしだけが何も知らなかったって事ですか? あたしだけが何も知らなくて、本当はあたしの周りは差別だらけだった、って事ですか?」
上総 「そうやって、あなたを守っていたのよ、みんな」
杏奈 「守る……?! もし私の将来が本当に心配なら、本当の事を教えてくれてもよかったはずじゃないですか! 死んだお父さんの事だって、本当の事を教えてもらっていたら、どうして私たちを捨てたんだって、こんなに長い間、恨むこともなかったのに!!」
上総 「ねぇ、きびしいことを言うようだけど、あなた、本当に何も聞いてないのかな……」
杏奈 「……どういう、こと、ですか」
上総 「お姉さんがね、妹に話しても相談にならない、って。何か言っても『そんな男ふっちゃえばいいのよ!』って言っておしまいだから、って笑ってた。あなた、ひょっとしたら本当の事、聞いてたかも知れないんだよ」
杏奈 「……(考え込む。そして突然立ち上がる)あたし、帰ります!」
上総 「ごめん、気を悪くした?」(立ち上がる)
杏奈 「いえ、そうじゃなくて……。なんだか……。なんだか……おかしくなっちゃったんですよ。(と、まるでおかしくなさそうに)だって、それだけいろんなことが今まで周りで起こってきたのに、あたし自身はなんにも知らなかったんですよ?
 あたしははっきり言って、いままで部落差別なんて受けたつもりはないし。部落差別の事について聞いてても、ちゃんと聞こえてなかったんだろうし……いま先生の話を聞いたあとでも、ホントはやっぱり実感ないです」
上総 「そう……」
杏奈 「あたしにとって、はっきりしてるのは、あたしは、自分のうち家が嫌いだってことです。あのガサツで、イヤラシくて、暴力的な酒飲みと暮らすのが、イヤでイヤでたまりませんでした。だから大学に入ってうち家を出た時は、ホントにせいせいしました。
 でも……うち家を出て気付いたのは、実は母がいちばん苦しかったんだってこと。うち家を出て楽になったと思ったんだけど、今度は母が苦しんでることが、私自身の負担になってきたんです」 
上総 「……(黙ってうなずく)」
杏奈 「こうして、先生の話を聞いてわかったのは、本当のことを知ったら、少しは気持ちが楽になるってことです。(上総の方に向き直り)私は、母の話が聴きたくなりました。話すことは母を楽にすることになるんでしょうか」
上総 「心から……耳を傾けて受け止めてくれる人がいればね」
杏奈 「私は母に話を聴いてもいいんでしょうか」
上総 「大丈夫よ……。実は、私もあなたに感謝してるわ。私の話を聴いてくれて、ありがとう(と手を差し出す)」。
杏奈 「……(おずおずと、手を出して上総の手を握る)」
上総 「(ゆっくりと送り出すように手を放し、やさしく)さぁ。行きなさい。また、いつでもおいで」
   杏奈、黙って一礼し、去ってゆく。
(長い全暗転)(音楽5IN)教会員たち、礼拝の席につく。


#6  X教会/礼拝中

   (明転)(音楽5F.O.)
司会者「では、これより、別府牧師より、説教を賜ります」
   別府が講壇に立つ。(右スポット:牧師)
別府 「……」
ずっと黙っている。教会員たちが、ざわざわとし始める。
司会者「(会衆の雰囲気を察知し)……あの、べ、別府先生」
別府 「はい」
司会者「説教を、よろしく、お願いします」
別府 「……実は……、話したくないんです」
司会者「は?」
教会員ら、ざわめく。
別府 「いや、説教をしたくないとか、そういうことではないんです。お話したいメッセージはたくさん、いや、それこそいくらでもあります。ただ……」
司会者「ただ?」
別府 「今は、話すより、聴きたいのです」
司会者「は?!」
別府 「私はふだんこうして、一方的に話してばかりきました。だからきっと、みなさんの話を聴くのがヘタなんでしょう。しかし、聖書には『疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい』と書いてあります。わたしが話すよりはむしろ、みなさんの疲れや重荷を、ここで降ろしていただくほうがいい。そう思うのです」
   やれやれ……と首を振る教会員たち。
別府 「ですから、みなさん。どうぞ、常日頃つらいと思ったこと、悲しかったこと、傷ついたことなどを、どなたからでも、どうぞ話してみてください。私は耳を傾けたいと思います」
   ながい沈黙……。
ときおり、咳をする者、大きなため息をつく者……。
教会員D「あの……先生。いきなりそんな風に話してくださいと言われても、むずかしいと思うんですけど」
別府 「(苦笑して)……やはり、そうでしょうか」
教会員A「そうですよ。それに、やっぱり私たちは、先生のメッセージを楽しみにしていて、一週間の力をいただこうと思ってるんですから」
別府 「でも、いつもいつも一方的に私が話してばかりです。時には、お互いにやりとりするような礼拝があってもいいんじゃないでしょうか」
教会員C「(咳払いして)別府先生。わたしたちはね、自分の悩みは神さまに聞いていただいてるから、それで充分なんですよ」
   一同、Cの方を見る。
教会員C「それに、じっさい話しにくいこともあると思うんですね。傷ついたことと言っても……、まぁ率直な話、教会も人の集まりですから、お互い知らない間に傷つくということもあるわけで、それをわざわざ口に出すというのはねぇ……だから私たちは、個人的な悩みは神さまに聞いていただくだけで充分だと、それでいいんじゃないですか?」
教会員たち「そうね」「そうよ」と、お互いの顔を見てうなずきあう。
英男 「(ふてくされた様子で)そうですよね」
別府 「(意外そうに)英男くん――」      
英男 「(立ち上がる)人間にとっていちばん難しいのは、人前で自分の罪を認めることじゃないか、って思います。だから、ぼくは、そういうことをここで話すのはむずかしいと思います」(どすんと座る)
   間。
別府 「……じゃあ、みなさんが話しにくいというのなら、私の罪から告白しましょう」
教会員C「ちょ、ちょっと……どうしてそうなるんですか? 牧師先生の過去の罪なんか聞いて、信徒である私たちはどうすればいいんですか? 何の意味があるんですか? そんな事しても、権威がおとしめられるだけでしょう」
別府 「私に権威なんかありません。権威をお持ちになるのは神さまだけです」
教会員C「いやいや、そんな事言ってるんじゃなくて。牧師という、そのお立場があらわす権威のことですよ。何と言うか、人間としての先生個人に権威があるとか、そういうことを言ってるわけじゃあ――」
別府 「(教会員Cに)……そのとおり。私には権威も何もない、ただの人間です」
   別府、首を振ってガウンを脱ぎ、丸めて講壇にのせる。
教会員C「ちょ、ちょっとあなた何やってんですか!(一同に)これが礼拝か?!」
   別府、進み出て語り始める。
別府 「……あの学習会のあと、私は、私なりに、半年間悩みつづけてきました……。(教会員たちの間に進み出る)よく考えてみれば、あの時、私たちは、『自分は大事にされていない』という痛みを持つという点では、お互いよく似ていたはずだったのです。それなのに、なぜ私たちはその事に気づかず、分かり合えなかったのでしょうか」
英男 「(おずおずと立ち上がる)あの学習会で、ぼくは人のことを責めてばかりだったけれど、本当は……本当は、ぼくが一番、罪深いんです! 他の人を差別者だって責めたりしたけど、本当はぼく自身が差別したんです! でも、それが、言えなかったから、人のことを責めてただけです。そういうことは、この教会では素直に言えない。 それが苦しかったんです……!」 
別府 「この教会では言えない……か。きっといままで、そういう信頼関係を作ることができなかったんだろうね――」
教会員A「(立ち上がる)ちょっと待って下さい! 私たち、信頼関係ありますよ。みんな神さまを信じてるんですから、信頼関係ありますよ! (一同に)ねぇ!」
別府 「(微笑んで、うなずき)そうですね。でも、もう一歩、進めましょう。もっと深い信頼関係を造りましょう」            
   教会員A、一同を見回しながら座る。
   別府、英男の肩に手を添えて、座らせる。  (音楽6IN)

別府 「(一息つき)……私は、もう一度始めたい。そう思っています。
……私は、あの時の皆さんの一言一言を思い出して、改めて思いました。どんなに個人的な悩みでも、必ずその根っこに、もっと大きな、本当の問題が横たわっているのではないかと……。皆さんがあの学習会で『これは差別だ』とおっしゃったこと、それらはやはり本当に差別なのでしょう。しかしそれらは、全く別のものではなくて、実は根っこではつながっているような気がするのです。そこまで掘り下げて、それが何かを探らないと、私たちは本当には救われない。本当の癒しはない。私はそう思うのです――」(と次第に、観客席のほうに近づいてゆく) (音楽6F.O.)
教会員B「ああ……いい説教じゃあ……はぁ」
別府 「(苦笑し)ああ、また話しすぎたようですね。……私の話はもう終わります。
 私は、心を込めて皆さんに呼びかけます。
 もう一度、聴きあうことから始めませんか……。
 もう一度、あなたの傷みを、聴かせてください」

(全暗転)(音楽7IN〜F.O.)

−完−



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