Brother Thomas' Underground Chapel

マティアの選出

   by Br. Thomas  06/13/2014

ブラザー・トマスのアンダーグラウンド・チャペル入り口へ
三十番地キリスト教会の案内図に戻る

聖書:使徒言行録1章21-26節 (新共同訳)

 「そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」
 そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」
 二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。




 
  福音書の記事の場合、端的に言えば、4福音書を読み比べることで伝承と編集をある程度まで見極めることができます。使徒言行録の後半部分についても、パウロ書簡と比較しながら読むことが可能です(実際には辻褄の合わない箇所の方が多いようですが)。
 そのような平行文書の全くないのが使徒言行録前半部分です。使徒言行録第1章、使徒の補充、マティアの選出の物語もその一部です。イエスの弟子集団の中に、12弟子という特別なポジションを与えることはすでにマルコが記していますが、ルカはその12人に使徒というさらに特別なポジションを与えます。そして、イスカリオテのユダの欠員をマティアが埋めることになった、とルカは報じます。

 一方、使徒言行録第12章では、12使徒の1人であるはずのヨハネの兄弟ヤコブ(ゼベダイの子)が処刑されたことを報じつつ、欠員補充については一言も触れておりません。この違いは何なのでしょう。2つの可能性を考えてみましょう。

 第1に、ルカが記すように、イスカリオテのユダの欠員は補充したけれどもヨハネの兄弟ヤコブの欠員は補充していない。という可能性が考えられます。
 その場合はペトロの提示した使徒の要件が重要になるでしょう。裏返して言えば、ヨハネの兄弟ヤコブの欠員を補充すべき時には、ペトロの提示した要件を満たす人がすでにエルサレム教会には居なかった、ということかもしれません。

 ペトロの提示した要件(これもルカの編集が入っている可能性が高いわけですが)は以下の通りです。「主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」(新共同訳)
 マティアとバルサバが洗礼者ヨハネの弟子であったとすると辻褄が合います。洗礼者ヨハネの弟子であれば、イエスの洗礼に立ち会った人物である可能性は高いでしょう。そうだとすると、おそらく2人は12弟子とは別系統の最古参のイエスの弟子であり、ルカの記す72人の弟子の中に含まれる可能性は高いように思えます。
 ヨハネ福音書は、洗礼者ヨハネの弟子から数人がイエスの弟子となったと伝えます。これは福音書の書かれた時代にもまだヨハネの教団が存続しており、初代教会にとって有力な競争相手であったことを暗示する記事としても読めるのですが、記事どおりに受け取っておいて、マティアとバルサバの背景と読んでも無理はないだろうと思われます。
 さらに想像を逞しくするならば、11使徒と7人のヘレニストグループ代表との間に拮抗関係が窺われるのと同じように、11使徒と72人の弟子グループ、あるいは11使徒とヨハネ教団系の弟子グループの間にもあからさまには描かれていない拮抗関係が存在し、彼らの顔を立てるために使徒という集団指導部の一員にマティアを選出した可能性も出てくるような気がします。

 第2に、これは一段と大胆な想定なのですが、実際にはイスカリオテのユダの欠員も補充されていない。という文脈もあり得るような気がします。
 そのように考え得る根拠(と言うと大袈裟なので引っ掛かりとでも言いましょうか)が2つあります。
 ユダの裏切りについても実際のところの詳しいことは判らないとしか言いようがないわけですが、ユダの裏切りが実際にあったとして、あとの11人は「俺たちは裏切ってない」と言えるでしょうか?結局はゲッセマネで全員が逃げておりますから、ユダのことをとやかく言えた義理ではありません。そして福音書の記事を信じる限り、少なくとも復活のイエスはユダを糾弾する言葉を残していないと読めます。そうすると、ユダを糾弾するペトロの告示も、全体がルカの作文という可能性を考慮してもいいでしょう。
 ペトロの使徒権は少なくともローマカトリック教会に於いては現代まで脈々と継承されているわけですが、あとの10人についてはどうなのでしょうか?12人という集団が使徒権とでも言うべき権威を持っていたのではなく、それはペトロだけが持っていたのでしょうか?ペトロ以外の10使徒の活躍については使徒言行録は何も記していないに等しいわけです。そして、ペトロの使徒権の直接の後継者(つまり後に言う第2代のローマ教皇)は、まだ他にも生存者は居たであろうにも関わらず、10使徒の中から選ばれてはおりません。ペトロだけが特別な権威を持つのであるなら、ユダの欠員を補充する必要性はあまりないように思えます。マティアにしても、使徒に加えられた後の活動は何も記されておらず、名前自体も言及されることがありません。(もちろん、この時点では補充が必要と思っていたけど、徐々に必要性を感じなくなっていった、という可能性もあるわけですが)

 さて、もしマティアの選出が実際には行われていなかったとしたら、ルカは何故そのような記事を創作したのでしょうか?
 その疑問を解くヒントはマティアとバルサバの名前にあるようです。
 マティアはヤハウェの賜物を意味します。ついでながら福音書記者でもあるマタイはアドナイ(主)の賜物です。英語で見ると Matthias と Matthew です。英語で見るだけで、よく似た名前だと見当が付きます。そう思って辞書を繰ってみると、なるほど意味の似た名前でした。
 バルサバは安息日の息子を意味します。ユストはラテン語で正義になります。ヨセフはヤハウェは加えるという意味になります。使徒言行録の最初の読者たちは、ヨセフが安息日規定を始めとした律法の規定を大切に守る義しい人である、と容易に考えたことでしょう。

 つまりこの記事は、祈ってくじを引いたところ、つまり神意を問うたところ、安息日の息子ではなく、ヤハウェの賜物が選ばれた、と書いているのです。それがルカの書きたいことだったとすると、仮にこの記事全体がルカの創作であったとして、記事を創作するに値する充分な理由であるように思えます。ルカは使徒言行録の冒頭に於いて、初代教会が律法遵守よりも神の賜物を重視したことを、そしてそれは他ならぬ神の意志であったことを、この記事によって提示しているのです。
 弟子たちに神意が下され、使徒言行録は次に聖霊降臨の記事へと歩を進めます。くじによって示された神意がいよいよ弟子たちの上に展開されることになるのです。
 



Clip to Evernote


ブラザー・トマスのアンダーグラウンド・チャペル入り口へ

礼拝堂/メッセージライブラリに戻る

「キリスト教・下世話なQ&Aコーナー」に入る

ご意見・ご指摘・ご感想等は……
 →ブラザー・トマスあてメール
 →三十番地キリスト教会牧師あてメール