
「トイレの伝道師」が説く持続可能な社会における人間の生き方論
「ミスター・トイレ」と呼ばれるシンガポール出身の社会起業家、ジャック・シム氏のロング・インタビューに基づく日本語読者向けの著書です。
まず最初に注目すべきは、目次に先立って提示されている「数字で知るトイレ(Toilet Data Book)」です。これによって、世界中のいかに多くの人が、トイレの不整備のせいで生命の危険にさらされ、また国際情勢が悪化しているかということが手に取るようにわかります。そこから著者のトイレ談義が始まります。
しかし、この本の内容はミスター・トイレのトイレ普及活動報告にとどまりません。
社会、経済、政治、そして教育のあり方について、そしてひとりの人間がいかに生きるのかについても、ページをめくるたびに刺激的な提言が見つかり、どこを読んでも、何度読んでも、さまざまな学びが得られます。
社会的な課題を解決するためのムーブメントを展開するには、「笑い」と「ストーリー」が必要であること。
今でも多くの日本人が最高の経済システムだと信じて疑わない資本主義は、世界の1%の人が地球上の富を独占し、99%の人々が敗者になるという結果によって、実に間違ったおかしなゲームであること。
チャリティでは貧困は無くせないこと。必要なのは投資であり、世界の40%の貧困者を市場に復帰させ、収入が無くなって消費もできなくさせられた人々によって再び経済を活性化させること。
今の世界があまりに男性的な価値観で運営されており、それが過剰な消費と人間の生きる環境を悪化させており、愛と共感をベースにした女性的な価値観が必要だとも説いています。
お金はとても大切だけれども、お金という貯金が可能な価値のために、自分の寿命という貯金のできない時間という価値を犠牲にし過ぎていないか。そして、その時間を最も喜びあるものにし、私たちを真のビリオネア(億万長者)にしてくれる価値観とは何か。AI時代に生き延びる人間の資質とは何なのか。
そういった様々な提言を通して、私たちの自らの生き方そのものを問い直してくれる良書です。
しかも、非常にわかりやすい。世界中の様々な人々に、トイレの問題という非常にシンプルかつ最重要な問題の解決を、複雑な社会システムの中で説き続けてきた、さすがは「トイレの伝道師」と呼ばれた人の語り口です。
私たちがこの社会の中で生きながら「行き詰まり(糞詰まり)」を感じたとき、この本を読み返すと、人生に新しい「流れ」を起こすヒントが与えられるかもしれません。