『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ著(河出書房新社、2018、上下とも¥1,900-)

『ホモ・デウス』ユヴァル・ノア・ハラリ著

ホモ・サピエンスという種が進化史において既に斜陽であるという衝撃の提言

『サピエンス全史』の続編として読めます。『サピエンス全史』が人類の過去をメインに描き出しているのに対し、この『ホモ・デウス』は人類の未来について予測しています。

ただし、多くの紙数を割いて、『サピエンス全史』をおさらいするような歴史の見直しを行っています。その前提を踏まえて、未来に向けての深い考察を展開しており、じゅうぶんに刺激でした。

認知革命によって虚構による人間の組織化に成功し、農業革命によって有神論による人間至上主義が始まり、産業革命による無限のテクノロジーの発展を遂げ、やがて人間至上主義が伝統的宗教から資本主義や自由主義へと人類を移行させ、ホモ・サピエンスは進化史の頂点に立ったかのように今は見えます。

しかし、ここまでの発展は、すべて「意識」という不正確で不安定で、ひょっとしたら脳の余計な副産物だったものによって足を引っ張られたゆっくりとした歩みでした。

これからは意識など持たなくとも、膨大なデータを瞬時に処理し、はるかに人間よりも正確な判断と優れた能力を持ち、迅速に発展を遂げてゆく人工知能のアルゴリズムに取って代わられ、ホモ・サピエンスが無用な存在としてこの地球から一掃される日も近いという可能性が示唆されます。

これまでのサピエンスの発展の中で、多くの生命に満ちた世界から、神と人間だけが主役の物語が作られ、やがてそれが人間の一人芝居となりました。

そのプロセスで、人間は多くの動物たちを人間のために利用できるものを除いて、無用な存在として絶滅を追い込んできました。次はサピエンスがそうなる可能性があるというのとです。

サピエンスの行く末の鍵を握るのは、人間の「意識」というものが「知能」よりも優先するものであり続けるのか、生命は単なるアルゴリズムなのか、それともそうではないのかという問題に対する取り組みであろうと提言されています。

一宗教者として興味を抱くのは、この進化史の中で、徹頭徹尾重要な倫理的判断の根拠は宗教であり、これからもきっと宗教なしにはありえないだろうという主張でした。

最初は「全ての生命には霊が宿る」という観念であり、やがて「神が我々人間を特別な存在とした」という有神論であり、それが「人間は内なる声に従うべきだ」という自由主義、人間至上主義に取って代わられました。それらは皆、一種の宗教です。

この先、どのような宗教が未来を支配するかわかりませんが、とにかく「価値」「意味」「倫理」は科学には生み出せません。それらの厳選は「物語」としての宗教なのです。

ですから、私は一宗教者として、これからの人類の物語の変遷に敏感でありたいと思いました。

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