【雲の柱と火の柱が我らを導く】

2021年6月20日(日)徳島北教会 創立75周年記念礼拝 説き明かし

聖書の言葉……出エジプト記13章17-22節

▼徳島北教会の沿革

 おはようございます。今日は、徳島北教会の創立75周年の記念礼拝ということです。といっても、このコロナの状況ですので、午後からみんなで記念会とか食事会とかやろうというアイデアも出ませんで(会食が一番感染リスクが高いということですので)、普通どおりの礼拝を粛々とやっていくということになりました。

 徳島北教会は今から75年前の1946年に創立されました。いわゆる太平洋戦争で日本が負けて、その翌年の6月30日に創立されたんですね。

 最初は徳島北教会という名称ではなく、徳島兄弟教会という名前だったんですね。吉野川市にある鴨島兄弟教会、美馬市にある脇町兄弟教会、そして徳島市にある徳島兄弟教会という3つの教会が同時期に建って、「兄弟教会」と言いますけれども、この3つは姉妹教会だったわけですね。

 そして、私の聞いているところでは、最初の牧師は小川秀一(「しゅういち」と読むんでしょうか? 「ひでかず」と読むんでしょうか?)さんという方で、もともと大阪の四貫島教会の方なんですが、そこからやってこられたと聞いております。

 その後、木村優子先生に洗礼を授けた前田牧師。その後、しばらく無牧時代が会って、その間外国人、おそらくアメリカから来られた宣教師の方々が教会を支えてくださって、その後、徳島児童ホームの3代目園長であられた佐藤孝義牧師。そしてその佐藤牧師が小松島教会に転任されてから、林邦夫牧師。その次がおよそ25年間だったか、この教会に仕えた笠置隆司牧師。

 その笠置牧師が辞任されてから、しばらくの間、徳島分区の先生方が代務者をなされて、おそらく2011年から高木総平牧師が2年間主任をなされましたよね。その間2年間、私も協力牧師として月に1回礼拝の説き明かしを担当させていただいていたんですけれども、2013年から高木牧師の転任に伴って、代務者として就任することになり、現在に至っているということなんですね。

 ですから、私はこちらの教会の代務者として9年目、協力牧師の期間を入れると11年目に入っているわけです。けれども、この教会の歴史についてまだまだあまりにも知らない。「俺、なんもわかってないなあ」ということを自覚したのは、情けないことに最近です。まあ体調が優れなくて、そこまで見てゆく余裕が無かったということもありましたけれども。

 それでも近ごろは、教会の歴史とまでは行かないまでも、沿革くらいはまとめたいですね、とは強く思い始めたわけです。せめて教会のホームページに載せるくらいの内容は書けたらいいのにな、と。詳しいところまではわからなくても、歴史の概要くらいは把握したいなという気持ちがムクムク湧き上がってきているわけです。

▼迂回を促すはからい

 さて、今日お読みした聖書、出エジプト記。出エジプト記というのは「エジプトを出た時の記録/エジプト脱出記」というような意味ですね。英語やラテン語では「エクソダス/エクソドス」と言います。これも脱出という意味です。

 それで書かれているのは、古代のエジプトで奴隷にされていたイスラエル人がモーセという人をリーダーにして、そのエジプトから脱出して、カナンの約束の地に向かって旅をするという物語です。

 今日読んだのは、その物語の一部で、エジプトから脱出した直後で、エジプトとペリシテ人の住んでいる土地(この「ペリシテ」というのが、今日の「パレスティナ」という地名の語源だと言われますが)、このエジプトとペリシテの国境あたりに近づいていった時の話です。

 神はエジプトから逃げてきたイスラエルの人たちを、ペリシテ街道の方には行かせなかったというふうに書かれていますね。ペリシテ街道というのは、さっきのエジプトとペリシテの国境地帯で、国境警備隊の軍事基地があるんですね。そっちは近道だけれど、国境警備隊に見つかったら戦いになってしまう。そうすると、イスラエルの人たちは後悔してエジプトに帰ろうとしてしまうかもしれないと(出エジプト13.17)。だから、戦いにならないように、遠回りになるけれども別の道を通って行きなさいと、そんな風にはからってくれるわけですね。

 そして、その時にモーセはヨセフの骨を持ってきていたという風に書かれています(13.19)。ヨセフというのは、このイスラエル人たちの先祖ですよね。

▼歴史に参加する

 もっと遡ると、このヨセフというのも、旧約聖書の最初の本:創世記の中に書かれた、アブラハム~イサク~ヤコブ、そしてヨセフという4代に渡る歴史の系統の人物ですよね。

 このアブラハム、イサク、ヤコブという3代目までがカナンの地、つまりパレスティナ地方で暮らしていて、ヨセフの代で色々ややこしい事情があって、エジプト奴隷として売られてしまいます。

 けれども、ヨセフはその特別な才能を活かして、奴隷の身分から王様(ファラオ)の次に位の高い大臣になります。そして、パレスティナ地方から家族を呼び寄せて、エジプトで幸せに暮らすことになりました……というところで創世記が終わる。

 エジプトにおいては、このヨセフという人は外国人の大臣なんですね。エジプト人の中のイスラエル人。そのアイデンティティはヨセフは失わなかったというのが創世記の最後の最後で、今日の聖書の箇所にもあるように、ヨセフは遺言を残しているんですね。

 「神は必ずあなたたちを顧みるから、その時、私の骨も持って行ってくれよ」と(創世記50.25)。つまり、「あなたがたのことを神様が顧みて、いつかあなたがたは先祖たちの故郷のパレスティナに戻ることができるだろう。その時は私の骨も持って行ってくれよ」というわけです。エジプトにいるけれども、心はパレスティナにあるんだよ、という思いですね。

 アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ……としてモーセはこのヨセフよりも何代も後ですけれども、ずっとこの約束を忘れずに来たわけですよね。これが歴史を生きる、歴史に参加するということだと思うんですね。

▼導くのは神

 そして、このイスラエルの人々を導いたのは、雲の柱と火の柱であったというと記されていますね。昼は雲の柱が先頭に立って導き、夜は火の柱が行く先を照らしてくれたので、人々は昼も夜も進んでゆくことができたとあります(出エジプト13.21-22)。

 ちょっと想像してみても、壮大な眺めだと思いませんか? 地上から天に向かって雲の柱が伸びている様子です。また夜は地上から天に向かって火の柱が伸びている。ものすごい超自然的な光景が繰り広げられています。もうモーセという人間一人がリーダーとして引っ張ってゆくというようなレベルではない。この旅を導いているのは神だということなんですね。

 皆さんご存知でしょうか、東京に「雲柱社」という社会福祉法人があります。時々、私も広告で見る程度ですけれども、児童館や子ども家庭支援センター、保育園、障がい児・障がい者支援など、こちら徳島北教会と深い関わりのある社会福祉法人矯風会と似通った事業をされているところなんですね。この雲柱社の名前のもとになっているのが、今日の聖書の御言葉であった「雲の柱」です。

 私はこの雲柱社について、詳しいことを知っているわけではありませんが、ここはこの徳島にもゆかりのある賀川豊彦先生が、関東大震災の直後に、被災者の子ども達を集めて託児所を作ったのが、この「雲柱社」の始まりだったというんですね。

 でも、賀川豊彦という偉大な人物が始めたその力は凄まじいんだけれども、雲柱社としては、賀川豊彦が我々をこれまで導いてきたのではなく、「我々を導いたのは神のお計らいによる『雲の柱』である」という、これはこの名前自体が信仰の告白になっている……と、雲柱社の社員さんが全員そう思っているかはわかりませんが、大事なのは、賀川豊彦という人間を神格化しないということですね。

 賀川豊彦が始めたけれども、それを育て、導いたのは神であるという、名前が信仰告白になっているわけです。

▼共に歩む道行き

 さあ、そういうわけで、もう一度今日の聖書の物語を振り返りますと、神様は決して私達に近道を通らせない。遠回りだけれども、戦いにひるんで引き返したりしないように、ちゃんと確かな道を導いてくださるということが読み取れます。

 そして、昼は雲の柱、夜は火の柱のように、常に私達の進むべき道を導き、照らしてくださる。それは私達にとって、とても頼りがいのある目印であり、先頭に立って進む道を切り開き、照らしてくれる神の力を象徴しているのですね。

 それは、誰か強いカリスマを持つようなリーダーに率いられる集団ではなくて、私達を導いているのは人間ではなく、神なんだということを強く証ししているわけです。

 そして、その集団はヨセフの骨を大切に携えて運んでゆく。自分たちの歴史を大切にし、その歴史を背負いながら、自分もその歴史に参加する一人として、この道行きを共にしてゆく。そういう生き方、そういう人間集団のあり方が、ここに示されているということではないかと思います。

 私達の教会、この徳島北教会も、この道行きを共にしています。長くここで歩んできた人も、後から加わった人も、みんな今こうして出会い、既に一緒に歩いているわけです。

 私自身、ここに招かれたのはこの歴史の中では最近のことで、たかだか10年程度に過ぎません。でも、こんな小さな私でも、大きな顔をしてこの歴史の歩みの中に加わって一緒に歩いています。そうやってこの道行きに招かれたことを心から感謝しています。

 今までも色々な物語があったでしょう。今日の聖書に書かれたイスラエルの道行きのように、回り道があったとしても、近道というのは無かったのではないでしょうか。

 そして、これからも必ず色々なことがあると思いますが、これからも必ず神様が雲の柱、火の柱で導いてくださいます。私達を導くのは人間の力ではなく、神様です。

 それを信じて、75周年も、76周年も一緒に歩んでまいりましょう。

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