『劣等感がなくなる方法 人生が変わる心理学』加藤諦三(大和書房、2016、Kindle版 ¥1,320-)

劣等感とは自分をありのままに認められて育って来なかった人の病。しかし、人はそれを克服し、自分らしく生きることができる。

劣等感に悩まされがちな自分のために読んだ本。

まず基本的に、劣等感というものは事実ではなく、事実に対する歪んだ自分の捉え方のことである。自分が他人より劣っているという事実がある。しかし、そんな自分は受け入れられないという解釈は自分の心の中にある。劣等である自分でも、そんな自分が自分のままで受け入れられ、認められ、肯定されている場がしっかりとあれば、その人は劣等感により自分を破壊しなくても済む。

劣等感に覆われる人間の多くは、子ども時代の親との関係に原因がある。他人やきょうだいと比較されたり、ありのままの自分を愛されず、条件付きで可愛がられるような体験を積み重ねてきている。そのような基本的な帰属感の欠如、共同体に受け入れられているという経験のなさが、自分という人間が受け入れられていないという感覚につながり、自分が受け入れられるために必死に愛される条件を満たそうと虚しい努力を続けてしまう。しかし、それが成功したときの喜びはいっときのものだし、その優越感も永続的なものではない。

劣等感が即座に消えるような手軽なコツのようなものはない。そんな手軽な方法を求める人がカルトのようなものに走ってしまう。しかし、まずは自分の生育歴に何が欠けていたのかを認識し、自分が劣等感に振り回されて生きてきたことを認識する。そこからが始まりである。

自分がそうなった責任は親にあるが、大人になってそのような生き方を続けるには自分自身の責任もある。自分らしく生きるためには、自分の状態をよく見つめ、不安と困惑に向き合い、自分のやるべきことをただ懸命にやることしか方法はない。

……劣等感を即座に無くす方法などないというのが、いかにも長い人生経験を経た人物の甘くない見解であった。

しかし、「どうせ『自分は愛情のない親に育てられたからダメな人間だ』というのではなく、『あの親でよくここまで生きてきたよ』と自分を肯定することである。『あのひどい親なら、自分は自殺しているか、人を殺して刑務所にいてもおかしくない、その自分が今こうして立派に生きている、自分にはすごい力があるんだ』と気づくことである。(Kindle の位置No.1296-1299). 」という言葉は救いであった。

同じようなことを、あるカウンセラーにも言われたことがある。「よくそんな環境で、立派にお育ちになったことですね」と褒められた。「よくあんなところで生き延びたのだから、自分は大丈夫」と思えるのとは自分の心の財産になる。

また、自分が考えるほど人は自分のことを気にしていないという助言も有益であった。劣等感の底にあるのは、愛されたいという甘えである。劣等感を刺激されて「嫌われているのではないか」、「見下げられているのではないか」と感じるのは、全て自分の心の中で起こっていることであり、相手はそこまで考えてはいない。相手はそこまで考えてものを言っていないし、そこまで自分のことを見ていないと思うことは、自分を自由にしてくれると思った。

人が何を感じるかはどうせわからないし、どうすることもできない。ただ、イエスと言うべき時はイエスと言い、ノーと言うべき時はノーと言って、自分らしく自分のやるべきことに誠実に取り組んでゆく以外に道はないのだと教えられた。

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