『同性愛と新約聖書』(小林昭博、風塵社、2021、¥4,980)

キリスト教に関わる人で同性愛について言及しようとする人には必読の書です。

 

副題に「古代地中海世界の性文化と性の権力構造」とありますが、本書は聖書にかかわる古代の性のあり方が、現代人である私たちの性愛の捉え方とは全く違っていたということを、まずこの本はその前半部分で徹底的にわからせてくれます。

古代人の性は、現代人のセクシュアリティ(たとえば異性愛、同性愛、両性愛などといった区別があるとか、人間には性的指向があるとか)によって理解されるようなものとは全く違います。

古代の地中海世界における性とは、成人男性による圧倒的な権力と支配・またそれによる従属、征服と屈服の力関係を形にするものに他ならなかったのです。「挿し手」と「受け手」という力関係が基本であり、ギリシャ・ローマ社会の成人男性にとって性の対象は相手が女性であろうが男性であろうが、支配し屈服させるということが「男らしさ」であったというわけです。

また古代ユダヤ社会においても、男性らしさとはの「挿し手」であり、支配者であるのに対して、女性らしさとは「受け手」であり、従属する者であることでした。

このように、現代の我々の性理解とは全く異なる「性の権力構造」の理解をベースに、これまでな聖書の読みを再検証してくれているのが本書です。

コリントの信徒への手紙(一)6章9節およびテモテへの手紙(一)1章10節など、いわゆる「悪徳表」を中心として、同性愛を断罪するために非常に頻繁に使われてきた、いくつかの単語を徹底的に再検証するなど、他にもそのような聖書の翻訳の問題点(はっきり言えば誤読)を指摘しています。また、新約聖書だけではなく、旧約聖書のソドムについての記述にも、しっかりとした検証がなされています。

聖書は、性的少数者を攻撃するために長年悪用されてきており、クリスチャンによる根深いホモフォビアの歴史は相当に積み重なっています。まさにそのために、本書では徹底的にそのような聖書の読み方の誤りを正すことに渾身の力が注がれています。

そのため、できるだけ多くの人が正しく理解できるように、くどいほどわかりやすく説明を尽くしています。この種の本が「先述のように」と言った言い回しで何度もページを遡って捲らなくてはならないものが多いのに対し、本書はその必要を最小限にとどめるよう、読者に非常に配慮した記述になっています。

また膨大な量の文献に圧倒されますが、同時に脚注に大量に書かれた説明注も読みごたえがあり、とても興味深いものです。

このような構成になっているため、結果的に分厚くなっていますが、にもかかわらず、大変読みやすい本となっています。

「聖書に書いてあるから同性愛者は罪人なんだ」と思い込んでいる人には是非読んで勉強していただきたいですし、「そうではないのではないか、しかしどうしてそうじゃないのか上手く言えない」と思う人にも読んでいただきたい、必読の書です。

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