
人生の現実に根ざしたクリスチャンからのラブレター
「愛の人」と思われているイエスがなぜあんなにわがままで理不尽な言動をするのか。「罪」や「悔い改め」の本当の意味は何なのか。教会とは何を指すのか。祈りとはどういうものなのか。事実と真実の違い。そして信じるとはどういうことなのか……などなど。
キリスト教のことをよく知らない人に対して、とても親切で、拙著『信じる気持ち』と並ぶほど(笑)キリスト教をわかりやすく、しかも大切なエッセンスを余すところなく伝えています。また、ところどころにはさまれる「コラム」には、ごく基本的なキリスト教に関する知識が散りばめられていて、キリスト教に初めて触れる人にも「なるほど」と思ってもらえることでしょう。
その一方で、たとえば「納得することと信じることは別」、あるいは「真実」「真理」が神でありキリストであることなど、それが自明であるかのように叙述している点は、やはり信仰者にしかわからない言葉遣いが残っているなと、少々残念に思う点もないではありません。
「信仰には理屈はない、わからないから信じるのだ」「事実ではなく真実が大事」「人間の判断を超えている」という口上などなど、あまりに「クリスチャン的言葉遣い」であり、正直に言ってノンクリスチャンには理解し難いのではないかと感じる部分もあります。
けれども、「信じる」という気持ちが、実は人間にとって「一目惚れ」の恋人との出会いのような、なんでもない偶然のようでありながら、小さな奇跡のようなもの、そして決してゴールではなくスタートであり、探求なのだという語り口は、とてもリアルな証言です。
また、私たちが人生の途上で直面せざるを得ない悲劇や不条理に対しても、神を恨むのではなく、ここで私が何を問われているのか、何が本当に与えられているのかを問うという生き方には深い共感を覚えます。信仰とは、自分の人生を何に使うかという問いに応えようとする求道の生き方のことなのでしょう。
そのような人間に対する愛情と励ましに満ちた、これはひとりのクリスチャンの信仰告白集集であり、ノンクリスチャンに向けて宛てたラブレターのようなものです。
日本人がクリスチャンに対して抱きがちな誤解を解く意味においても、また神という存在と向き合って生きることへのいざないという意味においても、人生の現実にラディカルに突っ込んだ本音の語りが満載の、非常に良い本だと思います。
これからキリスト教の基本的なこと、大切なことを知りたいという人には、ぜひお勧めしたい入門書の1冊です。